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第4章 修学旅行編

058 前兆

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「俺はもうギブアップ。寝る」

 横岳がそう言って座席の背もたれ部分に完全に倒れこんだ。

 亮平達は、帰りの飛行機の中にいる。飛行機は離陸体制に移行したばかりなので、まだ離陸はしていない。

 本来は三日目の昼から帰る予定だったが、亮平達が不運にも遭遇してしまった誘拐事件によって、朝すぐに帰ることになったのだ。当然、修学旅行の『修学』の部分は達成されていない。それを突っ込む奴も別にいないが。

 そして今は、とにかく眠い。『寝るな』と言われてもそれに逆らってしまうぐらいに眠い。

 なにせ、今日は早朝からずっと寝ていないのだ。寝ていないだけならともかく、三十分ほど走ったり色々な場所へ移動したりで、結構体に疲れがたまっている。

 亮平の五班は、亮平以外はすでに全員熟睡している。未帆など、行く時に興奮していたのが嘘のように静かな寝息を立てている。

 ぼんやりとする意識の中で、未だに整理しきれていない昨日からの出来事を少しずつ整理する。

 いきなり男達に囲まれて、トラックの荷台にのせられて、気絶させられて……。

 ここまで来て、未帆達女子陣が変な事をされていないか、という不安が頭をよぎる。言動や格好を思い返してみると、特別に変だったところはなかったので多分大丈夫だろうが。

(第一、今回の事は自分がいなければ起こらなかったはずだ)

 考えてはいけないと思っていても、つい考えてしまう。自責の念というものは、思ったより深く心に刺さるらしい。

 亮平が班にいなければ、注意事項をよく聞いていれば、あの人通りがない道を未帆や横岳たちが通ることはなかった。もしも、男達に囲まれたところで亮平に力があったなら、危険な目に班の全員をさらすことはなかった。そして、影島さんも誘拐されることはなかった。

(小学校時代の事にしたって、最近の八条学園の事にしたって)

 作戦が失敗しなければ、友佳はカッターで刺されることはなかった。八条学園の連中だって、東成中に亮平がいなければ、少なくとも離れている東成中までわざわざ殴り込みに来たりはしなかっただろう。

 全て、亮平がいたからこそ起こったこと。亮平には、そうとしか思えなかった。

(自分が側にいるから、危険な目に……)

 外の風景の動く速度が、一気に速くなった。飛行機内のアナウンスから、今から離陸する旨の放送がわずかに亮平の耳に入った。

 飛行機が空港に着くまでに、まだ何時間もかかる。そこから解散するまでにも、かなり時間がある。亮平達の誘拐事件についての詳細な説明は、そこでされることだろう。

 張りつめていた精神が一気に緩んだなのだろうか、亮平の意識は、ハンマーに殴られたかのように、前兆もなく突然途切れた。

 ……なお、五班全員が飛行機着陸後もなかなか起きなかったのはいうまでもない。
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