入学初日に告白してきた美少女には、『好き』がないらしい。~欠けた感情を追い求めて~

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Chapter1 謎の少女

File1:どちら様ですか?

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「……キミのことが、大好き! 付き合って、くれませんか……?」

 高校の入学式、その当日。龍太郎(りゅうたろう)は、青春の一ページを始めようとする間もなく、岐路に立たされていた。

 強風になびく、晴れの日の屋上。立ち入り禁止区域とあって、邪魔など入るはずがない。コンクリートはむきだしで、『雰囲気は自力で作れ』と任されていた。
 火蓋を切った彼女の紺青スカートが、わずかに持ち上げられる。じっと龍太郎を見つめて、てこでも動かなさそうだ。

『……喜んで!』

 並みのラブコメ主人公は、目の前に垂らされたエサに食らいつくだろう。実際、龍太郎もそうしたい。
 だが、物事に一切の突っかかりがない。流れるように事が運び過ぎているのである。テンプレート、そのまま。コピペしたと換言するのが正しいのだろうか。

 何よりも、前に踏み出させない足かせが、龍太郎には掛けられていた。

(……この子、顔すら合わせたことないんだけどな……?)



----------



 もう少し、時間をさかのぼってみよう。

 形式ばった入学式から帰還した龍太郎は、与えられたばかりの机の上にへばりついていた。スライムよろしく、指先が床に垂れそうだった。

(……俺、こんな高校に来ちゃったんだよな……)

 修繕を試みた形跡のない、はがれかかった天井の塗装。消音設備も付いていなければ、風をしのぐ窓すら半分は撤去されている。何でも、在校生が売りさばいてしまうのだとか。立派な底辺高だ。
 冬が明けても勉強から逃げつづけた龍太郎が、行きついた僻地。流されるまま駒を進めたら最後、待遇もそれ相応になることをようやく覚えさせられた。

 春の一大イベントに数えられる、『友達作り』。底辺高校では、それすらもままならない。半グレは同志を見つけて階級社会を形成し、その他はゴミ溜めにいる金魚のフンになる。
 くわえて、男子の知人がいない。クラスと打ち解ける架け橋は、自分で作らなければならないのだ。

(……三年間、監獄生活ですか……)

 怠惰の罰だと、甘んじて受け入れよう。龍太郎は、着実にダメ人間への道を歩もうとしていた。

 机の中から、身に覚えのないノートの切れ端が突き出している。ギザギザに引きちぎられた断片は、送り手の焦りを投影していた。

(……なんだ、これ……)

 紙の乱雑さに反して、端麗な文字だった。

『屋上で、キミを待ってます』

 差出人は、不明。さっそくヤクザグループに獲物として目を付けられでもしたのだろうか。
 突然の呼び出しから開かれる、青春ラブコメへの道……。そのような、底辺でまともな絵が描けるはずがない。

 冷静を保とうとする自身の西軍とは対照的に、『チャンスを逃すな』と悪魔的ささやきを吹きこんでくる東軍もいる。

(どっちだ……?)

 天下分け目の、一大決戦。情勢を見誤れば、今度こそ三年間の懲役刑が待っている。モノクロで埋められたアルバムを、一生持ち運ぶことになる。
 龍太郎は手紙をそっとズボンのポケットにしまい込んだ。

(綺麗な字、だったな……)

 周りを見渡せば、品のない言葉を連発する、目のよどんだ男たち。教科書に漫画を貼りつけ、授業を受ける気のない無気力勢。勝手に、腐ったものを排出する溜め息が漏れた。
 みじめな姿を誘う卑劣な集団が背後にいるのだとすれば、この文面を用意した不届きものがいる。
 はたして、心が汚れきった一介の男が、女性的文字に似せられるか。

(……屋上に行けば、何かが変わるかもしれない)

 捨てきれないラブストーリーへの憧れと、暴力組の能力の低さに賭けた、希望的観測。これでも、志を持たない龍太郎に働きかけるには十分な動機になった。

 龍太郎は教室を飛び出し、一目散に上り階段へと向かう。異変に気づかれる前に、完遂してしまうのだ。

 屋上へと続く階段は、水がしたたる古びた木製のものだった。赤コーンがテープで連なり、命の保障はしないことを告げている。踏み抜けば、一階層下まで自由落下を味わうことになる。

 この手紙が、恥をかかせる悪意を含有しているとしたら。真意をくみ取るのは、たやすい。

(……そもそも、立ち入り禁止を通った先に、まともな女子が待ってる可能性は……)

 偏差値が地を這う高校に、『健全な』という形容詞が適用されるのかは知らない。が、良識ある一般学生は、恋する相手を危機に陥らせない。
 進めば、身の危険。退けば、単調で苦しい修羅の道。二つに、一つ。

 龍太郎は、気づけば赤コーンをまたぎ越していた。



----------



(この子が本気なら、みすみす逃せない……)

 無私無欲な僧侶になれたならば、どれほどよかったことだろう。怪しげな告白を跳ね返し、背を向けるだけでいいのだから。わだかまりも、苦悩も、起こりえない。
 龍太郎は、人の子だった。
 超常展開の可能性を放棄することは、己の欲をなくすということ。人間は、欲深き生きものである。

 真偽のわからない愛を伝えた少女は、無言で何もかも龍太郎に委ねている。両手を挙げて、こちらのアクションがあるまで待機している。主導権を、半ば無理やり握らされていた。

「……こっちから質問するのも、なんだけど……。理由くらい……」
「キミが好きだから。私がキミを好きなのは、キミが好きだから」

 無限ループバグを起こしたような、ぼやけた答えが返ってきた。
 彼女の顔からは、何も読み取ることができない。龍太郎が苦しまぎれの一打を放っても、打ち消すだけ。反撃をしてこないぶん、こちらの体力が浪費されていく。

「……そう、キミが好きなんだ、私は……」

 不格好な論理をぶつけてくれれば、心の内が清算できるのだが。

(……仕掛けられない……)

 少女の瞳は、龍太郎で満たされていた。カラー写真ではなく、インク切れの不完全な彩色で。
 彼女を否定することは簡単だが、飛び降りでもされたらかなわない。素性が爆発型である線が消えない限り、触れることもままならないのだ。

 龍太郎は、口を堅く閉ざした。最善手を打ち続けて、ようやく互角になる。焦りは攻撃のミスを生み、自滅へとつながる。

「……野崎くん、だよね。キミは……」

 対峙相手が目線を石にしたのを感じ取ったか、目の前の彼女は主導権を取り戻した。この場の支配者は、最初から彼女なのだ。
 さあ、野崎くん、いらっしゃい。

(……はて?)

 聞き間違いだろうか。苗字にニアミスも部分点もない。完全一致か、外れるかの二つだけだ。
 ドッキリ番組のキャストと、龍太郎を取り違えたのか。入り口を振り返るが、看板を持ったスタッフが風景と同化していることもなかった。

 目を細める龍太郎に、彼女が初めて上半身を引いた。向こうとしても、予想通りの展開に持ちこめていないのだろう。

(……ああ、そうか。告白したい人は、俺じゃなかったんだな……)

 望みをかけた一縷の光は、幻だったらしい。まあ、典型ラブコメなんて起こらないよな……。
 想いを馳せる恋人と、どこの馬の骨と知れない男を混同すること自体、やはり彼女は生きている階層が違う。別世界から転生した、と説明されてやっと納得できる。

「……呼んでこようか、その野崎ってやつ」

 野崎も、災難な男である。校則違反を強要され、頭が宇宙に取り残された少女に空白の愛情をぶつけられるのだから。
 この場から逃れる口実を手に入れた龍太郎。話を切り上げ、踵を返そうとした。

「……ああ、登川くんか。出席番号、一個だけズレてたよ」
「……何を仰っていられるんですか、アナタは……」

 あふれ出ん感情を託す相方を、無機質な記号で識別していたとでもいうのか。頭を真っ二つに割って、中身を見てみたい。医学の貢献にでもなるだろう。

「それじゃあ、改めて……。登川くん、私と付き合ってください」

 少女の無造作に投げ出された長髪が、無重力状態で浮き上がった。深く腰を折り曲げ、形を崩すことなく停止ボタンが押されたようだった。
 またまた、判断を迫られるのは龍太郎。ノベルゲームでいうところの、一つ目の山頂だ。

 どこに行っても丁重に扱われそうな身のこなしの、本心が見つからない少女。糸を切り、関わらないのはいつでも出来る。

(……誰でもよさそう、に見える……)

 龍太郎には、彼女の言い間違いが決断の妨げになっていた。

 その気になれば、机の手紙を他人が盗めただろう。勝手に書き換え、逆に彼女への嫌悪感を煽る可能性もあった。
 心で一番頼りを寄せる人を手放す危険を、犯してもいいのか。

(それが『イエス』だったから、なんだろうな……)

 彼女を野放しにしておけば、ほどなくして次なる犠牲者が生み出される。それだけなら勝手にさせておくが、前任者の龍太郎にとばっちりが飛んではたまらない。論理的には関連がなくとも、この高校の在籍者ならやりかねないのだ。
 もちろん、『ラブコメを歩んでやる』という野心も含まれてはいる。

 少女が差し出した、震えもしなければ発熱してもいない手をにぎる。

「……こちらこそ」

 淡く甘酸っぱい恋愛物語など、この地に堕ちた高校で綴れるはずがなかった。期待した龍太郎が馬鹿であった。

 「ありがとね」、少女はその一言だけを投げて、意識を後ろに向けることなく屋上から出ていった。虚無に打ちのめされ、少女の手の温かさも、もう記憶に薄い。



 結局、少女の名前は聞けずじまいだった。
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