入学初日に告白してきた美少女には、『好き』がないらしい。~欠けた感情を追い求めて~

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Chapter2 春日和

File8:待ち合わせタイム(前)

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 通勤ラッシュをすり抜けて、凹みがまだ戻らない座席を運ぶ列車。貫通扉が左右に揺れ動き、数両先まで見通せる。
 車窓には、圧迫感のある住宅街と放棄された水田が、交互に姿を見せる。列車は速いもので、電線とパンタグラフが擦り切れる速さで駆け抜けていく。

 龍太郎の日常は、この一辺倒な映画を鑑賞することから始まる。一人で暮らすアパート付近には、生活最低限度しか揃っていないのだ。幸い、定期券という強い味方を備えているので、お金には困らない。

 レールが続く果てに、点在する高層ビルが現れ始めた。もう、駅に着くのも遅くはない。

(……今日で美紀と深まらなかったら、どうなるんだ……)

 顔を上げて歩こうとする自分がいる一方で、失敗を振り返って棒立ちになっている自分もいる。
 何でもお任せ、スーパーマン亜希をもってしても、美紀の進展が無かった時。龍太郎に施せる手段は残っていない。

「天国か、地獄か……」

 日が暮れた世界に、待っているのはどちらか。

 自動放送が、スピーカーから流れてくる。勝負を決する第一幕が、開演されようとしていた。
 座席から立ち上がるのを戸惑いながら、肩掛けバッグから、定期券を取り出した龍太郎であった。



----------



 ホームに降り立つなり、駅前の手すりに腰掛ける少女を発見した。片手に爽やかな色のアイスを手に、冷たさと戦っている。
 一足、二足。駅舎を出てしばらくしても、彼女は列車を気に留める様子を見せない。龍太郎の乗ってくる列車は分からずとも、時刻表とにらめっこすれば大方の概算は出来る。

 さっきまで佇んでいた列車が、街中へと向かっていく。周りの環境にはわき目も振らず、チョコミントアイスに立ち向かおうと表面を舐める美紀。何をしに、駅までやってきたのだろうか。
 龍太郎は、手錠をかける勢いで少女の肩を掴まえた。

 隙だらけだった身体が、瞬間で跳ね上がる。

「だ、だ、誰です……」
「待ち合わせをしてた『登川くん』でした。……食い物の方が重要、と……」
「そんなこと、ないない……」

 首はブンブン横に振っているのだが、語尾がフリーフォールしてしまっていた。目線も、龍太郎とアイスを往復している。
 平常運転になった彼女は、間違った『カノジョ』時代とも、屋上の再告白の悲劇ヒロインとも異なっていた。首元が緩い、水色のTシャツ。濃紺の、形が決まったジーンズ。ミントアイスと合わせて、全身水色人間だ。

(……全員が喋れない世界だったら、な……)

 座ればタンポポ、立てばヒマワリ。春の陽気を受けて、彼女の素直な長髪が光沢がかる。飛び出た遊び毛が、簡素なイメージにアクセントを加えていた。
 言うまでもなく、口が付くと威勢の無い炎になってしまう。

 本日の主役の慌てふためき様に浸っていた龍太郎は、ピースが欠けていることに気付いた。

「……あれ、亜希は?」

 我らがヒーロー、亜希がこの場にいない。同じ家で一夜を共にした二人が、道中ではぐれるとは考えにくい。

 アイスの定位置を見つけた少女は、垂らした藁にすがりついた。

「……いきなり質問してもいい、登川くん?」
「昨日のことは心配しなくていい。気に……はしてるけど、割り切ってる」
「今日は、何の日でしょう?」

 意識を過去に忘れてきたのは龍太郎の方だった。

 今日は、まごうこと無き土曜日。青文字で書かれた、中途半端な休日だ。

(……ああ、亜希だけ……)

 進学校所属、学級委員、皆のリーダー……。ありとあらゆる亜希の情報を検索し、一つの見解を得た。

「今日も学校か……。大変だな、進学校って……」

 技能の五角形を満たすため、勉学を休む日を設けてはいけない進学校。努力の継続者である亜希こそ、適任だ。午後八時で自宅にいた彼女が遅刻を免れていないのは自明ではあるが。

「……ここ最近の学校は、どこも平日だけだよ……? 第一、亜希が大事な授業をすっぽぬかすと思う?」
「……そりゃそうか……」

 違った。ポンコツ探偵だった。

「……まあ、似たようなものだけど……。今日、週刊漫画の発売日なんだって……。私が飛び入りで泊まったから、忘れちゃってたみたい」

 やはり推測の方向は正しかった。方針は合っているので、部分点は貰えそうだ。

 美紀の指は、横断歩道の連続する大通りを指していた。この方向に、完全無欠かに思えた親友は爆走していったのだろう。なーにしてるんだ、自分から誘っておいて。
 何はともあれ、暫くは二人で間を持たせなければいけない。

(俺がリード出来なくて、何が一発逆転だよ)

 美紀の世界を探し求める。この主目標の裏には、龍太郎が望むラブコメがある。どちらにせよ、龍太郎は美紀の手を引っ張っていくべきである。
 会話の発端には、何がいいだろう。趣味、昨日の続き、しょうもない話……。

「……登川くん、アイス、買ってくる?」
「その間に亜希が帰ってきたら、ただのコントだからな……」

 切り込みを先制して入れられた。大言壮語しておきながら、龍太郎は受け身になっていた。
 一歩遅れて、龍太郎も受け取ったボールを投げ返す。

「……美紀と亜希って、どこからの知り合い?」
「……登川くん程じゃないと思うけど、中学校の部活からかな。部長が亜希で、私はただの部員どまり」
「亜希が部長? ……ソフトテニス部か。……中学校、同じだったのか」
「そういうことになるね……」

 目を点にしている少女も、龍太郎も、亜希も、一つの中学校から輩出(排出)されたというわけだ。飛び込んだ環境は、三者三様だった。
 美紀を中学時代に見かけた心当たりは、一度も無い。亜希の付き添いでソフトテニス部の練習を眺めていたこともあったが、特に目立った人はいなかった記憶がある。見ての通り押されただけ凹む気質で、隅っこに自ら立っていたのもあるのだろう。

(……もしかして、同類……?)

 類は友を呼ぶ、という諺は案外デタラメでもなさそうだ。歯車の嚙み合わなさそうな第一印象だった美紀は、回る仕組みからパーツまで似たり寄ったりの少女であったのだ。幼い頃からの付き合いがある亜希は例外としておこう。

「……でも、それだけだと仲良くはならないぞ? 慕ってることは分かるけど」
「……一番、下手だったから。手取り足取り、亜希が教えてくれた。一緒になる機会も多くて、それで友達になれた」

 きっかけを作ったのは、亜希の方から。幹から枝葉まで、性格が龍太郎と似通っている。

『龍太郎、っていう名前? 元気ないなぁ……。何かあったら、私に任せてよ!』

 遡る限り、龍太郎の知る亜希の第一声。対話の不得手な龍太郎の、友達。
 帰り道を、気まぐれで変えていた。曲がり角を一本、遅らせただけ。わずかな違いに、亜希との出会いの鍵が落ちていたのだ。
 当時は、亜希の住んでいる地区周辺部に住んでいた。わざわざ離れへ移り住んだのは、中学の面々と顔を極力合わせたくなかったからである。

(……あの日、普通に帰ってたら……)

 彼女と触れ合うチャンスは訪れていただろう。が、しかし、話しかける時機を逸していたのではないだろうか。今日の三人団子は、もちろん成立していない。
 美紀が龍太郎へ特攻したのは、偶然から始まった物語が軸になっている。時の運も、不可欠な要素の内の一つなのだ。

「……話しかけてくれた。それがあったからかな、家に遊びに行くまでになったのも」

 同一のラベルを自身に貼り付けた者同士である。

 美紀の視線が、何もない空中を向く。種も仕掛けも無いのだが、太陽に照らされて肌色が際立った。頭を腕に閉じ込めていたとある日の屋上の少女とは、全くの別人である。

「……登川くんを知ったのも、亜希からだったね。……なんで、だろう……」
「亜希からは、何て言われた? 電話で聞いた時は、曖昧だったから……」

 彼女がまた、沈降するのを遮った。せっかく地表に出てきた頭が引っ込んでは、命綱を付けられない。
 美紀の体重が手すりに傾く。お行儀が悪いお嬢様だ。

 彼女の口から、実際の亜希の言葉が語られた。

『龍太郎くんだったら、何をしても受け止めてくれるんじゃないかな……』
『多少手荒でも、許してくれると思うよ……』

 頭の中が白ペンキで塗り直され、また新しく装飾されていく。いつの間にか、唇を噛んでは弄っていた。
 亜希から、たった今の一文が快活に流れ出るとは思えなかった。龍太郎は試験場でも、試し切りの藁人形でもない。
 本人に確認するしか、この濃霧は晴らせない。大通りに視線を移したが、女子高生の爆走は視認できなかった。

(美紀も、美紀だよな……)

 背景情報があり、犯行が起こり、結果が出る。この流れを把握した上で、亜希の助言からの屈折具合が酷い。翻訳機を通したのか、と疑うレベルである。
 龍太郎が信頼を置く大親友の『手荒』は、頼み込む事を指していて、腕力を示せと命令しているのではない。そうであってほしい。『恋愛』の欠如という、人間らしく生きる権利を半ば失われた状態で無かったならば、満場一致で刑務所に連行しているところだ。

「……当然、登川くんに告白したのは、私の独断」

 当たり前である。

 日光が差し込む角度が、大きくなってきた。影の身長が縮み、エネルギーは勢力を拡大している。
 何処を探しても雲一つない青空の下で、美紀の水色が同化して……。

「……美紀、右手」

 同化し過ぎていた。
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