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Chapter3 内からの蝕み
File13:女王の出現
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一週間の輪廻は、気怠い朝から始まる。学生にも社会人にも、容赦なく月曜日が訪れるのだ。直近の二日で伸びきった体のスイッチを入れ、冴えない頭で電車に乗り込む。
龍太郎は、校門の前までやってきていた。プレートに刻まれた金文字の高校名が、かつての栄光を醸し出している。校舎の至る所に落書きがされ、校長の画像を加工して貼り付ける奴が後を絶たない今の状況を、教師陣はどう捉えているのだろうか。
立ち漕ぎの自転車が、トラックと張り合うように校内へと走り抜けていく。これでも、バイクを乗り回して女子生徒を連れまわす輩よりは幾ばくか健全だ。彼らは、『運転免許取得禁止』の校則だけは律儀に守っている。
この地獄で生き残る方法は、悪目立ちしないこと。出る杭は、打たれるばかりか電動ドリルで削られてしまう。
(……美紀、大丈夫なのか……?)
彼女は、高校デビュー初週で大博打に負けてしまった。他クラスで様子はあまり見に行けないが、厄介事に巻き込まれていないかが龍太郎の心をチクチク刺す。
校門を入ってすぐの中庭には、手入れもされず色あせた花々たち。雑草が大勢を支配していて、もはやどちらが栽培されていたのか見分けがつかない。高校の質にふさわしい庭である。
(……俺も、これに……)
龍太郎も、この沼に飲み込まれていたかもしれない。心では抜け出したいともがいても、行動に移さなければ周りに同化してしまう。
『美紀を、どうにかする』。強力な一本の矢が、龍太郎の傾きやすい精神をつなぎとめていた。膨大な感情のうねりが、堕落した漆黒の誘いを撥ねつけているのだ。
「そこの、バカ面してボーっとしてるキミ!」
遠くから、持ち主不明の弾ける声がかかった。下駄箱へと続く道を眺めても、魂の抜けた人間は見つからない。誰のことなのだろうか。
平気でスカートの丈を短くしている、メイクの濃い有象無象の女子が、雲の子を散らすようにはけていった。それとは反対に、輪になって一人の冷徹な空気を纏う女子に集結する者たちもいた。
(……何なんだ……?)
入学してまだ二週間の底辺高校初心者に、暗黙のルールは通用しない。何か、禁断の糸を切ってしまったのだろうか。脳があまり回転せず、悪寒も身震いもしない。
「もう一回言うよ? 珍しくきちんと制服を着てるキミ! キミだよ!」
朝っぱらから、高校を覆うどんよりとした空気を切り裂く声。
明らかに、彼女は自身を周りに誇示していた。
面倒くさがりな龍太郎だが、本能に従って流石に光り輝く女子の元へと駆け足した。
(……美紀と同じ手口で……?)
今度も、騙されない。ハニートラップは、龍太郎に逆効果だ。
茶色がかった、毛先が輪郭に沿って大きく曲がっている髪。ショートヘアーで、重厚さは感じられない。
吊り上がった目尻から、世の中全てを下僕とみなす圧力が生み出されている。彼女を本気で怒らす事が禁じ手なのは、龍太郎でなくとも理解させられる。
「……誰か分からないけど、何、その態度……。目の前にいるのが誰か、分かってる……」
取り巻きの一味に、虫けらの目で軽蔑された。女子には女子なりの事情があるのだろうが、この高校から外れたがっている龍太郎からすると知ったことではない。
輪の真ん中にいる彼女は、特段常識から脱線していない。ブレザーに身をおさめ、ピアスの穴を開けた形跡もなさそうだ。
「……あんたたち、暫く口を塞いどいて。この子と、サシで話したいから」
文字通り、上振れていた空気が凍った。手を組んで弄っていた取り巻きらが、動きを止めた。いや、止めさせられたと敲(たた)き直すべきか。
超高気圧から吹き出す暴風に、胸を張って上から目線だった金魚のフンたちが散った。龍太郎をこの世の物とは思えぬ眼光で睨みつけ、各々校舎へ入っていった。
一言で、この気迫。背中に虎でも宿しているのではなかろうか。野球で中々優勝できない鬱憤を、ここでまき散らされても困る。
この場を支配する、台風の目となった彼女。視線を周囲に張り巡らせ、龍太郎を物陰へと連れてきた。
手首を掴まないで欲しかった。血流が途絶えてしまう。
龍太郎にしか聞き取れない小さな声で、彼女がささやく。
「……キミ、だよね? あの子と一緒に居たの」
具体的な名詞が、一切出てこない。『あの子』と念を押されても、意味不明不適切出題である。
「あの子……、って誰のこと? ……そもそも、名乗りもしないのは失礼じゃないか?」
美紀と同じ流れだ。主導権は向こう側にあって、龍太郎は次々と鼻垂れる弾幕を盾で防ぐのみ。防衛した後に、報酬は与えられない。
「……それもそうか。……私は、成瀬(なるせ)。何でこんなのを付けたのか、親に聞きたいんだけどね」
彼女が明後日に気持ちの銃口を向け、気晴らしに一発撃った。暴力団物語の姉御によく似ている。
『成瀬』が、珍しい苗字ランキングに食い込んでいた記憶は無い。むしろ、メジャーな部類に入るのではなかろうか。下の名前でないのだから、親が名づけることも出来ない。
彼女に、体を寄せられる。組織の上方に君臨する人は、人付き合いの恥じらいも感じないのだろう。ここまで異性に大胆な仕掛けを行えるのは、龍太郎の思いつく限りだと亜希ただ一人である。
「……あの子だよ、前橋(まえばし)っていう女子。……まさか、知らないとは言わせないよ」
緩急をつけられると、こちらの体力が無駄に消耗する。念押しの、台本をそのまま読んだ味気なさは異常である。
「……群馬県? 縁もゆかりもない……」
人違いだ、と断ろうとして。脳内検索エンジンに、一件の記事が見つかった。
まごうこと無き、ミキミキこと前橋美紀だった。教師以外が誰一人として苗字呼びしない環境で、すぐには思い出せなかった。
旅する少女に、少なくとも取り巻きが纏わりつくような大将が何の要件なのだろうか。ケツモチをしていて、みかじめ料を請求されても払えないものは払えない。
龍太郎の詰まりに確信を持った彼女が、畳みかけてきた。
「……そういえば、名前呼びなんだっけ。美紀と、どんな仲? まだ手を繋いだだけ? キスも? 入籍しちゃった?」
「なんなんだ……。勘違いしてるなら訂正すると、美紀は彼女じゃない」
女子の組織を引っ張るリーダー(龍太郎予測)が、お気楽調子で人の懐に飛び込んでくるのは珍しい。お堅く、傲慢で、鼻息一つで男子を蹴散らせると誤解した自称『トップ・オブ・ザ・ワールド』が典型的な像である。
美紀が屋上で涙ぐんだ出来事は、龍太郎と亜希に保管されている。巷に流布している噂は、未だに二人がバカップルしているものだ。当然、彼女も知っていなくて当然だ。
(……ただの知り合いじゃなさそうだけどな……?)
しかし、疑問は残る。
美紀について深掘っているのなら、美紀との面識が濃いはず。一目ぼれして妄想を垂れ流す男子ではないのだ、最低でも『友達』くらいの照合はあるだろう。
現実に戻ると、彼女は直接美紀から情報を入手できていない。
(……美紀を、従わせようとしている……?)
支配下に学年の女子全員を置く野望を携えているなら、辻褄は合う。合ってしまう。
「……彼女じゃないの……? ふーん、あんなに距離近いのに」
期待と異なる答えに、調子が狂ったらしい。突っ込んできた勢いが減衰し、再起動しなおそうと彼女は目をつぶっていた。
彼女が美紀を攻略する砦を建設しようとしているなら、龍太郎はその実現を阻止せねばならない。折角稼働したベルトコンベアを、ひょんな事態で停止させたくないのだ。
損得など、気にならなかった。その辺の空き地に転がされても、計画を瓦解させる。
まあいい、と成瀬が立ち直った。屈伸して筋肉をほぐし、またしゃがみこむ。
「……そうだとしても、キミは美紀とプライベートで行動してた、そうでしょ? 付き添いか何かの女の子もいたような……」
「……どこから、ファミレスの話が……」
「よし、これで美紀と一緒にいたのがキミだった、って訳だ」
話がトントン拍子で進んでいく。私的な交流まで見透かされていたとは、恐るべき情報網だ。
(それにしては、自信なさげだったぞ……)
そういえば、ファミレスで同じ高校の女子にガンを飛ばされた。ぱっと見でリア充だった美紀を爆発させたい身勝手な奴かと思っていたが、全く別の線がここにきて浮上してきた。
例の女子と、成瀬とを重ねてみる。うん、成瀬だった。
美紀も、厄介な人物に目をつけられてしまったものだ。カースト上位に腰を据える、積極系女王様の関心を振り払うのは、至難の業である。
「……そんなキミに、成瀬が頼みたいことがあるんだ。……呼びづらいから、キミのことはこれから『龍太郎くん』でいいかな?」
情報漏洩はもう気にしない。成瀬が総力を挙げれば、クラスの一男子など簡単に見つかる。
一人称が苗字なのは、理由が気になるところである。本筋の腰を折った未来に続く道が断絶しているので、深追いはしない。
彼女のなんとなく柔らかい体を摺り寄せる圧に負け、龍太郎は渋々頭を垂らした。
「美紀、どうかしてるの? 昼になっても、弁当箱取り出さないし……。情報、あったら教えて」
初対面から数分の相手に、同級とはいえ話をつけるのは、如何にもコミュニケーション勝者だ。人の家に土足で上がり込む行為だと、龍太郎は躊躇してしまう。
確かに、糧にありつく美紀をあまり見ていない。弁当を他クラスに持ち込むのは目立ちすぎであり、かと言って弁当を食べた後だと彼女も決まって机の上が片付いている。
龍太郎の耳が、ピクリと反応した。
(……帰る時の美紀、やけに元気ないんだよな……)
龍太郎に、亜希ほどの安心感と信頼感を据えてはくれていない。いないが、それを抜きししても彼女は騒がない。何もない道で躓くのも、何度見てきたことか。
アイス二つを腹に入れた状態で、更にデザート祭りを完食した一昨日の美紀。やや小柄なこともあって、龍太郎よりも胃袋の絶対値が大きいとも考えにくい。
違和感と違和感が、交差する。
「……昼に、何も食べてないかもしれない……」
与えられたピースと、手持ちの情報を当てはめていく。すると、驚くほど隙間のない真実らしき絵が完成した。
朝食で満たしたはずの胃が、もう新たな食糧を欲している。栄養が脳に集中し、血管が悲鳴を上げている。
成瀬が、合図無しに立ち上がった。スカートの丈の下限が、目線の高さと合わさった。
「……美紀のことは龍太郎くん、キミの方がよく知ってる。美紀に何かあったら、また成瀬はキミに頼ってもいいかな?」
居ても立っても居られない、と足踏みしている。アドレナリンが全身に回っているようだ。
いきなりのことで、肯定の返事しかできなかった。
「……それじゃあ、また時間のある時に」
嵐のごとく現れた彼女は、引き際も早かった。スカートがめくれ上がるかどうかの速さで、校舎の入口へと駆けていく。
成瀬の連絡先を、龍太郎は受け取っていない。交換もせずに去っていくとは、よほど急いでいるのだろう。
彼女の目的は、依然として闇のベールに包まれたまま。当初の予測だった、関わらない方が良い人物ではなさそうだが、どちらに転ぶかは分からない。
そこら中に雑草が生い茂る、陰湿とした物陰を出たところで。
『……始業時間です……』
辺りには、誰も居なかった。
龍太郎は、校門の前までやってきていた。プレートに刻まれた金文字の高校名が、かつての栄光を醸し出している。校舎の至る所に落書きがされ、校長の画像を加工して貼り付ける奴が後を絶たない今の状況を、教師陣はどう捉えているのだろうか。
立ち漕ぎの自転車が、トラックと張り合うように校内へと走り抜けていく。これでも、バイクを乗り回して女子生徒を連れまわす輩よりは幾ばくか健全だ。彼らは、『運転免許取得禁止』の校則だけは律儀に守っている。
この地獄で生き残る方法は、悪目立ちしないこと。出る杭は、打たれるばかりか電動ドリルで削られてしまう。
(……美紀、大丈夫なのか……?)
彼女は、高校デビュー初週で大博打に負けてしまった。他クラスで様子はあまり見に行けないが、厄介事に巻き込まれていないかが龍太郎の心をチクチク刺す。
校門を入ってすぐの中庭には、手入れもされず色あせた花々たち。雑草が大勢を支配していて、もはやどちらが栽培されていたのか見分けがつかない。高校の質にふさわしい庭である。
(……俺も、これに……)
龍太郎も、この沼に飲み込まれていたかもしれない。心では抜け出したいともがいても、行動に移さなければ周りに同化してしまう。
『美紀を、どうにかする』。強力な一本の矢が、龍太郎の傾きやすい精神をつなぎとめていた。膨大な感情のうねりが、堕落した漆黒の誘いを撥ねつけているのだ。
「そこの、バカ面してボーっとしてるキミ!」
遠くから、持ち主不明の弾ける声がかかった。下駄箱へと続く道を眺めても、魂の抜けた人間は見つからない。誰のことなのだろうか。
平気でスカートの丈を短くしている、メイクの濃い有象無象の女子が、雲の子を散らすようにはけていった。それとは反対に、輪になって一人の冷徹な空気を纏う女子に集結する者たちもいた。
(……何なんだ……?)
入学してまだ二週間の底辺高校初心者に、暗黙のルールは通用しない。何か、禁断の糸を切ってしまったのだろうか。脳があまり回転せず、悪寒も身震いもしない。
「もう一回言うよ? 珍しくきちんと制服を着てるキミ! キミだよ!」
朝っぱらから、高校を覆うどんよりとした空気を切り裂く声。
明らかに、彼女は自身を周りに誇示していた。
面倒くさがりな龍太郎だが、本能に従って流石に光り輝く女子の元へと駆け足した。
(……美紀と同じ手口で……?)
今度も、騙されない。ハニートラップは、龍太郎に逆効果だ。
茶色がかった、毛先が輪郭に沿って大きく曲がっている髪。ショートヘアーで、重厚さは感じられない。
吊り上がった目尻から、世の中全てを下僕とみなす圧力が生み出されている。彼女を本気で怒らす事が禁じ手なのは、龍太郎でなくとも理解させられる。
「……誰か分からないけど、何、その態度……。目の前にいるのが誰か、分かってる……」
取り巻きの一味に、虫けらの目で軽蔑された。女子には女子なりの事情があるのだろうが、この高校から外れたがっている龍太郎からすると知ったことではない。
輪の真ん中にいる彼女は、特段常識から脱線していない。ブレザーに身をおさめ、ピアスの穴を開けた形跡もなさそうだ。
「……あんたたち、暫く口を塞いどいて。この子と、サシで話したいから」
文字通り、上振れていた空気が凍った。手を組んで弄っていた取り巻きらが、動きを止めた。いや、止めさせられたと敲(たた)き直すべきか。
超高気圧から吹き出す暴風に、胸を張って上から目線だった金魚のフンたちが散った。龍太郎をこの世の物とは思えぬ眼光で睨みつけ、各々校舎へ入っていった。
一言で、この気迫。背中に虎でも宿しているのではなかろうか。野球で中々優勝できない鬱憤を、ここでまき散らされても困る。
この場を支配する、台風の目となった彼女。視線を周囲に張り巡らせ、龍太郎を物陰へと連れてきた。
手首を掴まないで欲しかった。血流が途絶えてしまう。
龍太郎にしか聞き取れない小さな声で、彼女がささやく。
「……キミ、だよね? あの子と一緒に居たの」
具体的な名詞が、一切出てこない。『あの子』と念を押されても、意味不明不適切出題である。
「あの子……、って誰のこと? ……そもそも、名乗りもしないのは失礼じゃないか?」
美紀と同じ流れだ。主導権は向こう側にあって、龍太郎は次々と鼻垂れる弾幕を盾で防ぐのみ。防衛した後に、報酬は与えられない。
「……それもそうか。……私は、成瀬(なるせ)。何でこんなのを付けたのか、親に聞きたいんだけどね」
彼女が明後日に気持ちの銃口を向け、気晴らしに一発撃った。暴力団物語の姉御によく似ている。
『成瀬』が、珍しい苗字ランキングに食い込んでいた記憶は無い。むしろ、メジャーな部類に入るのではなかろうか。下の名前でないのだから、親が名づけることも出来ない。
彼女に、体を寄せられる。組織の上方に君臨する人は、人付き合いの恥じらいも感じないのだろう。ここまで異性に大胆な仕掛けを行えるのは、龍太郎の思いつく限りだと亜希ただ一人である。
「……あの子だよ、前橋(まえばし)っていう女子。……まさか、知らないとは言わせないよ」
緩急をつけられると、こちらの体力が無駄に消耗する。念押しの、台本をそのまま読んだ味気なさは異常である。
「……群馬県? 縁もゆかりもない……」
人違いだ、と断ろうとして。脳内検索エンジンに、一件の記事が見つかった。
まごうこと無き、ミキミキこと前橋美紀だった。教師以外が誰一人として苗字呼びしない環境で、すぐには思い出せなかった。
旅する少女に、少なくとも取り巻きが纏わりつくような大将が何の要件なのだろうか。ケツモチをしていて、みかじめ料を請求されても払えないものは払えない。
龍太郎の詰まりに確信を持った彼女が、畳みかけてきた。
「……そういえば、名前呼びなんだっけ。美紀と、どんな仲? まだ手を繋いだだけ? キスも? 入籍しちゃった?」
「なんなんだ……。勘違いしてるなら訂正すると、美紀は彼女じゃない」
女子の組織を引っ張るリーダー(龍太郎予測)が、お気楽調子で人の懐に飛び込んでくるのは珍しい。お堅く、傲慢で、鼻息一つで男子を蹴散らせると誤解した自称『トップ・オブ・ザ・ワールド』が典型的な像である。
美紀が屋上で涙ぐんだ出来事は、龍太郎と亜希に保管されている。巷に流布している噂は、未だに二人がバカップルしているものだ。当然、彼女も知っていなくて当然だ。
(……ただの知り合いじゃなさそうだけどな……?)
しかし、疑問は残る。
美紀について深掘っているのなら、美紀との面識が濃いはず。一目ぼれして妄想を垂れ流す男子ではないのだ、最低でも『友達』くらいの照合はあるだろう。
現実に戻ると、彼女は直接美紀から情報を入手できていない。
(……美紀を、従わせようとしている……?)
支配下に学年の女子全員を置く野望を携えているなら、辻褄は合う。合ってしまう。
「……彼女じゃないの……? ふーん、あんなに距離近いのに」
期待と異なる答えに、調子が狂ったらしい。突っ込んできた勢いが減衰し、再起動しなおそうと彼女は目をつぶっていた。
彼女が美紀を攻略する砦を建設しようとしているなら、龍太郎はその実現を阻止せねばならない。折角稼働したベルトコンベアを、ひょんな事態で停止させたくないのだ。
損得など、気にならなかった。その辺の空き地に転がされても、計画を瓦解させる。
まあいい、と成瀬が立ち直った。屈伸して筋肉をほぐし、またしゃがみこむ。
「……そうだとしても、キミは美紀とプライベートで行動してた、そうでしょ? 付き添いか何かの女の子もいたような……」
「……どこから、ファミレスの話が……」
「よし、これで美紀と一緒にいたのがキミだった、って訳だ」
話がトントン拍子で進んでいく。私的な交流まで見透かされていたとは、恐るべき情報網だ。
(それにしては、自信なさげだったぞ……)
そういえば、ファミレスで同じ高校の女子にガンを飛ばされた。ぱっと見でリア充だった美紀を爆発させたい身勝手な奴かと思っていたが、全く別の線がここにきて浮上してきた。
例の女子と、成瀬とを重ねてみる。うん、成瀬だった。
美紀も、厄介な人物に目をつけられてしまったものだ。カースト上位に腰を据える、積極系女王様の関心を振り払うのは、至難の業である。
「……そんなキミに、成瀬が頼みたいことがあるんだ。……呼びづらいから、キミのことはこれから『龍太郎くん』でいいかな?」
情報漏洩はもう気にしない。成瀬が総力を挙げれば、クラスの一男子など簡単に見つかる。
一人称が苗字なのは、理由が気になるところである。本筋の腰を折った未来に続く道が断絶しているので、深追いはしない。
彼女のなんとなく柔らかい体を摺り寄せる圧に負け、龍太郎は渋々頭を垂らした。
「美紀、どうかしてるの? 昼になっても、弁当箱取り出さないし……。情報、あったら教えて」
初対面から数分の相手に、同級とはいえ話をつけるのは、如何にもコミュニケーション勝者だ。人の家に土足で上がり込む行為だと、龍太郎は躊躇してしまう。
確かに、糧にありつく美紀をあまり見ていない。弁当を他クラスに持ち込むのは目立ちすぎであり、かと言って弁当を食べた後だと彼女も決まって机の上が片付いている。
龍太郎の耳が、ピクリと反応した。
(……帰る時の美紀、やけに元気ないんだよな……)
龍太郎に、亜希ほどの安心感と信頼感を据えてはくれていない。いないが、それを抜きししても彼女は騒がない。何もない道で躓くのも、何度見てきたことか。
アイス二つを腹に入れた状態で、更にデザート祭りを完食した一昨日の美紀。やや小柄なこともあって、龍太郎よりも胃袋の絶対値が大きいとも考えにくい。
違和感と違和感が、交差する。
「……昼に、何も食べてないかもしれない……」
与えられたピースと、手持ちの情報を当てはめていく。すると、驚くほど隙間のない真実らしき絵が完成した。
朝食で満たしたはずの胃が、もう新たな食糧を欲している。栄養が脳に集中し、血管が悲鳴を上げている。
成瀬が、合図無しに立ち上がった。スカートの丈の下限が、目線の高さと合わさった。
「……美紀のことは龍太郎くん、キミの方がよく知ってる。美紀に何かあったら、また成瀬はキミに頼ってもいいかな?」
居ても立っても居られない、と足踏みしている。アドレナリンが全身に回っているようだ。
いきなりのことで、肯定の返事しかできなかった。
「……それじゃあ、また時間のある時に」
嵐のごとく現れた彼女は、引き際も早かった。スカートがめくれ上がるかどうかの速さで、校舎の入口へと駆けていく。
成瀬の連絡先を、龍太郎は受け取っていない。交換もせずに去っていくとは、よほど急いでいるのだろう。
彼女の目的は、依然として闇のベールに包まれたまま。当初の予測だった、関わらない方が良い人物ではなさそうだが、どちらに転ぶかは分からない。
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美波はクールで真摯なVTuber「雲雀川美桜」。
学校では周囲の視線を気にしながらも、家では遠慮なく甘え、碧の作った料理を囲む四人。彼らは、互いがカリスマ実況者、あるいは人気VTuberという四重の秘密を知らないまま、最も親密で甘い日常を謳歌している。
幼馴染たちは碧の「椎崎」としての姿を尊敬し、美波に至っては碧の声が「椎崎」の声に似ていると感づき始める。この甘くも危険な関係は、一つの些細なきっかけで秘密が交錯した時、一体どのような結末を迎えるのだろうか。
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