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Chapter3 内からの蝕み
File20:闇夜の延長戦(前)
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「……これでいい、かな。家の美紀は知らないから……」
押し入れから引っ張り出してきた敷布団に、毛布の塊を上げた。もう四月なのだが、くるまった少女は頑として毛布を手放そうとしなかった。
手に届く範囲の洗濯と掃除はしているらしく、特にニオイや汚れは気にならない。台所は特異点だったようだ。彼女が生きる力を奪われている事実を示している。
すさんだ家屋に、痩せた女子高生が独りぼっち。想像したことも無かった生活が、身近に潜んでいた。
ややはだけた箇所に毛布を掛け直し、龍太郎たちは電球のスイッチを切った。すかさず、しっかり者の亜希持参のスマートフォンでライトを照らす。
「ハヤナルちゃんは? さっきまで美紀の横に……」
龍太郎には、亜希の両肩に乗る謎の手が見えた。
目にもとまらぬ速さで、彼女が正体不明のお化けを取り押さえる。綺麗に真後ろ、美紀にぶつからない方向へ。
床が抜けないかと心配したが、普段から美紀を支える骨組みは成瀬ごときでへこたれはしなかった。一安心である。
「……怖くないの、お化け……。分かった、心霊スポットでボーっとしてるタイプだ、亜希ちゃんは!」
自分で仕掛けておきながら、成瀬は上方から視線を投げおろしている。暗がりと成瀬が重なって、顔はよく見えない。体の上下関係が逆転しているので、背負い投げでもされたのだろう。
「投げるのは得意みたいだけど、女子らしさとしてはどうなのかな? ねえ、龍太郎くん……?」
振ってくるんじゃない、答えづらすぎる。二人の折衷案が取れないのが痛い。
ライトに全面が照らされた亜希の整った顔が、龍太郎に向けられた。口車に乗せられて、一番被害を受けるのは龍太郎である。
(そうだった、成瀬はそういう立場だった……)
美紀が動いている間は潜んでいたが、倒されて尚挑発的なこの女子は高校の学年を仕切る支配者だった。元々龍太郎がピラミッド構造から外れていて交流が無かったこと、基本美紀と成瀬がセットだったことの二つで緩和されていたものの、結局彼女は女王気質であった。
決断に踏み切れず、亜希をじっと見つめるしかない龍太郎。長年の絆を信じるしかない。
「……龍太郎くんでも答えられない質問なのか。つまり、そういうこと……」
前触れなく、周囲が夜の漆黒に包まれた。車の灯りも民家の電灯も入らない、完全無欠の闇である。
威勢よく噛みついていた成瀬の弾ける声が、ギロチンに切り落とされたかのように消滅した。電池切れしたのか、それとも。
「このまま、置いていっちゃおうかな。あんまり手荒な真似はしたくないんだけど……」
反射光も入らない屋内で、物体が立ち上がった。まあ、亜希であろう。
こちらが目を凝らしてようやく輪郭がぼんやり浮かぶ程度なのだが、向こうは視野ゼロもお構いなしに床音を鳴らす。裸眼で遂行できる業ではない。
龍太郎の少し角ばった手に、丸みを帯びさせる肌が触れた。馴染みのある、昔から感じてきたものであった。
「ばいばい、ハヤナルちゃん。一人で帰ってねー」
(……どっちが成瀬なんだ……)
中身が入れ替わっているのではないか。
亜希に実力行使をさせる人物は、それ相応の理由が付随している。マグマに匹敵する沸点をもつ彼女のスイッチを入れるのは容易でない。
成瀬からの応戦を身構えて待っていた龍太郎たちだが、一向に返事が来ない。
龍太郎の耳に、遮断された空間からの生暖かい息が吹きかかった。
「……龍太郎は、ハヤナルちゃんを観察してた? 二階に行こうともしないし、陰にも近寄らない。……つまり、そういうこと」
思わず、頷いてしまった。あの好戦的で無茶苦茶な成瀬が仕掛けてこない時点で、確定だ。
自然な振る舞いから相手の弱点を看破する、まさに『軍師』。敵に回したくない人物第一位になるだろう。
「……亜希ちゃん……、戦わずに逃げるの……?」
つい三十秒前の勢いは水に流れ、噛みつかん迫力を身に感じない。部屋の無音が、成瀬の移動する勇気の欠如を提示している。
龍太郎に手助けは出来ない。無防備な美紀が横たわっている以上、成瀬にどんな紛争が勃発しようと止められないのだ。
最優先すべきは、ぬかるみでもがく少女なのだから。
亜希が、気持ち声を張り上げた。
「……そういえば、ここら辺はイノシシがよく出るらしいから、気を付けてね」
闇を嫌う人間に対する追い打ちとして、満点超えの脅し文句だった。どこで攻撃術を身に着けたのだろうか。
成瀬が白旗を上げて詫びを入れるのに、それほど時間はかからなかった。
押し入れから引っ張り出してきた敷布団に、毛布の塊を上げた。もう四月なのだが、くるまった少女は頑として毛布を手放そうとしなかった。
手に届く範囲の洗濯と掃除はしているらしく、特にニオイや汚れは気にならない。台所は特異点だったようだ。彼女が生きる力を奪われている事実を示している。
すさんだ家屋に、痩せた女子高生が独りぼっち。想像したことも無かった生活が、身近に潜んでいた。
ややはだけた箇所に毛布を掛け直し、龍太郎たちは電球のスイッチを切った。すかさず、しっかり者の亜希持参のスマートフォンでライトを照らす。
「ハヤナルちゃんは? さっきまで美紀の横に……」
龍太郎には、亜希の両肩に乗る謎の手が見えた。
目にもとまらぬ速さで、彼女が正体不明のお化けを取り押さえる。綺麗に真後ろ、美紀にぶつからない方向へ。
床が抜けないかと心配したが、普段から美紀を支える骨組みは成瀬ごときでへこたれはしなかった。一安心である。
「……怖くないの、お化け……。分かった、心霊スポットでボーっとしてるタイプだ、亜希ちゃんは!」
自分で仕掛けておきながら、成瀬は上方から視線を投げおろしている。暗がりと成瀬が重なって、顔はよく見えない。体の上下関係が逆転しているので、背負い投げでもされたのだろう。
「投げるのは得意みたいだけど、女子らしさとしてはどうなのかな? ねえ、龍太郎くん……?」
振ってくるんじゃない、答えづらすぎる。二人の折衷案が取れないのが痛い。
ライトに全面が照らされた亜希の整った顔が、龍太郎に向けられた。口車に乗せられて、一番被害を受けるのは龍太郎である。
(そうだった、成瀬はそういう立場だった……)
美紀が動いている間は潜んでいたが、倒されて尚挑発的なこの女子は高校の学年を仕切る支配者だった。元々龍太郎がピラミッド構造から外れていて交流が無かったこと、基本美紀と成瀬がセットだったことの二つで緩和されていたものの、結局彼女は女王気質であった。
決断に踏み切れず、亜希をじっと見つめるしかない龍太郎。長年の絆を信じるしかない。
「……龍太郎くんでも答えられない質問なのか。つまり、そういうこと……」
前触れなく、周囲が夜の漆黒に包まれた。車の灯りも民家の電灯も入らない、完全無欠の闇である。
威勢よく噛みついていた成瀬の弾ける声が、ギロチンに切り落とされたかのように消滅した。電池切れしたのか、それとも。
「このまま、置いていっちゃおうかな。あんまり手荒な真似はしたくないんだけど……」
反射光も入らない屋内で、物体が立ち上がった。まあ、亜希であろう。
こちらが目を凝らしてようやく輪郭がぼんやり浮かぶ程度なのだが、向こうは視野ゼロもお構いなしに床音を鳴らす。裸眼で遂行できる業ではない。
龍太郎の少し角ばった手に、丸みを帯びさせる肌が触れた。馴染みのある、昔から感じてきたものであった。
「ばいばい、ハヤナルちゃん。一人で帰ってねー」
(……どっちが成瀬なんだ……)
中身が入れ替わっているのではないか。
亜希に実力行使をさせる人物は、それ相応の理由が付随している。マグマに匹敵する沸点をもつ彼女のスイッチを入れるのは容易でない。
成瀬からの応戦を身構えて待っていた龍太郎たちだが、一向に返事が来ない。
龍太郎の耳に、遮断された空間からの生暖かい息が吹きかかった。
「……龍太郎は、ハヤナルちゃんを観察してた? 二階に行こうともしないし、陰にも近寄らない。……つまり、そういうこと」
思わず、頷いてしまった。あの好戦的で無茶苦茶な成瀬が仕掛けてこない時点で、確定だ。
自然な振る舞いから相手の弱点を看破する、まさに『軍師』。敵に回したくない人物第一位になるだろう。
「……亜希ちゃん……、戦わずに逃げるの……?」
つい三十秒前の勢いは水に流れ、噛みつかん迫力を身に感じない。部屋の無音が、成瀬の移動する勇気の欠如を提示している。
龍太郎に手助けは出来ない。無防備な美紀が横たわっている以上、成瀬にどんな紛争が勃発しようと止められないのだ。
最優先すべきは、ぬかるみでもがく少女なのだから。
亜希が、気持ち声を張り上げた。
「……そういえば、ここら辺はイノシシがよく出るらしいから、気を付けてね」
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成瀬が白旗を上げて詫びを入れるのに、それほど時間はかからなかった。
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