38 / 47
Chapter4 安全地帯の防衛
File38:協力者
しおりを挟む
美紀を家まで送り届けた龍太郎と成瀬。帰るにしても、いっしょに行動するにしても、進む方角は同じである。
美紀への陰湿な攻撃が、ついに始まってしまった。その事実を噛みしめて、保護計画を前倒しにしなくてはならない。
美紀ただ一人を守るだけなら、成瀬が強引に四六時中連れまわせばよい。が、周囲の妬みは指数関数的に伸びていく。先日のような空白地帯に差しかかったとき、大爆発に巻きこまれて美紀は重傷を負うだろう。
「……それで、亜希にも協力してもらう、って? ……本気でいってる?」
「成瀬の視点だと隠れてるところ、見つけてもらうのに損はしない、だろ」
成瀬は、亜希を武力方面に転写した存在だ。武をもって統治をおこない、智をもってバランスを取る。周りからの信頼が厚いゆえ、多少のやんちゃはとがめられていない。
(……でも、策に関しては亜希が天才的だから、な……)
事実として、成瀬が一時的に懲らしめただけで、中間層だちの欲望は潰えなかった。むしろ増幅し、領域侵犯してふたたび逆らっている。
亜希は部外者であり、客観的に考察ができる人間だ。歯車を一つつけ足すくらい、やってみても問題ない。
「ええ……。乗り気は、しない……」
足をとめて舌を巻く学年一の権力者を、龍太郎は力づくで引っぱっていった。
----------
龍太郎たちは亜希の出迎えを受け、彼女の部屋へと上がりこんだ。
「まったく時間取れずに、ごめんねー。……後ろのお友達は不満そうだけど……」
「……だから来たくないって、あれほど……」
二人で重心を安定させるゲームにエントリーさせようものなら、ものの数秒で失格になっていそうな相性である。
美紀は、龍太郎の独断でかかわらさせなかった。危険性の通告ですら舞台にのぼれなかった彼女が、より重馬場の今回ではついていけないとの判断である。
『……私のために、そこまでしなくても……』
本人からこう告げられてしまうと、立つ瀬がなくなる。あくまでも、美紀は知らぬ存ぜぬを突きとおしたいのだ。
言い負かそうとするも、次の矢を捻出できない成瀬。一方的に火花を散らしている。
(よく、暴れ馬にしか見えない成瀬を親が拒まなかったな……)
ところかまわずガンを飛ばす女子高生を、『友達だから』の一言で通してしまった。亜希が『悪いおともだち』を連れてこない、という絶対の信用があるのだろう。
「……それで、美紀が攻撃された、っていうのは……」
まだ核心にたどり着いていないのか、最大の幼馴染は原告二名を交互にいぶかしんでいる。美紀から全容を受けとっていないのはしかたない。彼女には、成瀬がいつものようにケンカしただけに見えているのだから。
一定以上の倫理観があれば、起こりえないこと。亜希が想像するより、土に埋まる生活は腐っている。
「『帰ってくるな』『死んじまえ』みたいなのが、机に貼られてた。美紀には目に入れさせてない」
「ううん……。……それくらい、美紀がいい子なのが許せない、のか……」
頭を抱え込んでしまった。深く息を吐いて、電流を脳に張り巡らせている。
わずかでもダメージを負った亜希を、龍太郎はほとんど見たことがない。美紀宅の二階に散乱していたビール瓶以来だろうか。言葉づかいを荒げないのは、根本の性格である。
栓のしまった水道の蛇口から水滴がしたたり落ちて、ようやく現実世界に戻ってきた。
機会をうかがっていた成瀬が、まってましたと案を投げかける。
「それで、成瀬の案なんだけど。いわゆる二軍の子たちをこれまで以上に押さえつけて、これ以上下に悪意が向かないようにする、っていうのはどう思う?」
「……二軍? ああ、……そういうことになってるのかぁ……」
底辺校では普遍的な用語でも、上位校には存在しない言葉群がある。階級制は、そのうちの一つだ。道徳の教えに反して、人の上に人を作り、下にも人を作っている。
ひさしく油を差していない機械にムチをいれて、亜希が立ちあがる。パソコン台の横に収納されていたコロコロ付きホワイトボートを取りだした。学校によくあるタイプのものだ。
「……ハヤナルちゃん。高校の中、どういう関係なのか書きだしてほしい」
「どういう関係、って……。ピラミッド型以外ありえなくない?」
「間で何が起こってるかも含めて、お願い」
小ネタで緊張をほぐすことで有名な亜希が、会話量を控えている。オブラートな膜も取り払われていた。
命を受けて、龍太郎もぼんやりとしか知らない情報が文字となって書き出されていく。
『一軍女子:お嬢様とか、運動神経抜群とか、抜けてる子たち。三軍の子には無関心っぽいけど、一部親しい子もいる』
『二軍女子:一軍でも三軍にも当てはまらない子。一軍に群がる』
『三軍女子:美紀はここ。おとなしかったり、体が弱いとここになる』
定義からして、プロ野球のように昇降格制度は存在しないようだ。一生なり上がれない様は、中世の身分制度と酷似している。
「……その頂上に刺さってる白丸は?」
クリスマスツリーのように、ピラミッドのてっぺんには飾りつけがしてあった。
「トップが分からないなんて……。成瀬しかいないでしょ、普通」
「……それもそう、か……。じゃないと、一人で購買部を乗っとりにかかる、なんてしないもんな……」
作戦が失敗しようものなら、一年生はさらに虐げられることになる。ワンマンだからこそできる芸当だった。
こうして構成図を俯瞰してみると、実質的な制御役が成瀬しかいない。下位ランクの女子たちの面倒を見きるのは不可能だ。二軍女子に反旗を翻されると、なおさら。これでよく組織がもってきたものだ。
成瀬が主張しているのは、本人が直接、はばひろい中間の群衆を取り締まるというもの。三人くらい複製して、ようやく実現するかどうかだ。
亜希は赤マーカーを手にして、現状のトップが直轄する範囲をなぞっていく。
「……これでも、全員を管理できる? 火種を残さずに、調整を利かせられる?」
半分以上の面積が赤で塗られていた。
「そもそも、武力で無理やり押さえつけられたら、うっぷんなんてすぐ溜まるよ? ハヤナルちゃんが倒れた瞬間に揺り戻しがきたら……、美紀は、たぶん……」
結末は濁されたが、言わんとすることは把握できた。
矢印がすべて成瀬に向く統治型は、たった一個のアクシデントでバラバラになる。せめて、中間組織は置いておくべきである。
「それなら、代案もいっしょに出してくれないと」
「あるに決まってるでしょ? あいたところに書いていくから、ちょっと待っててね」
亜希のペンが、なめらかにホワイトボートを駆けめぐる。文章で埋めつくされず、図表でゴリ押しもせず、簡潔な案が浮かびあがっていた。
『もし、これが統治ゲームだったとして……』
その前置きから始まる作戦図だった。言葉だけが、『兵士』『隊長』『将軍』『総司令官』と置き換わっている。
「総司令官……、ハヤナルちゃんは、兵士のやる気を失わせたくない。だから、隊長を監視している、と」
ボード上の『総司令官』が『ハヤナルちゃん』に書き換えられた。
文字の威圧感が消しとんでいることに、成瀬は不服そうだ。くちびるを持ち上げて、異議申し立てをしている。
「だったら、兵士のほうから隊長を見張らせればいいんじゃない? 無理なことを言われたら、将軍に報告して」
「……そうやって、間接的に隊長を抑える、と……」
「せいかい。龍太郎も、ものわかりがいいなぁ……」
トップダウンの伝達では、細部に目を通しにくい。ならば、監視する側を反転してしまおう、ということだ。国家も例にもれず、国民という『兵士』が議会や行政を監視している。
詰問者の成瀬が、追いこみにかかった。
「……隊長が兵士につきまとったら? 将軍の手に負えない内容だったら?」
「そんなときの秘密兵器、ハヤナルちゃんはわかってる。解決できそうな人なんて、探しても見つからないんじゃない?」
食いつきのいい総司令官に、地図だけを渡す。亜希らしい提案である。
(成瀬、か……)
ある程度の仕事は任せて、ここ一番で前に出る。ご利用は計画的に、ということか。過労の二文字が辞書にあるか微妙な成瀬も、出番がないならそれでいい。
察しのいいミスプレジデントは、右こぶしを心臓に当てていた。
「亜希も、やっと成瀬を認めたんだ」
「ハヤナルちゃん程度の力があれば、誰でもいいんだけど」
振りかぶる人がいるなら、真剣白刃取りをする人もいる。全体として、成瀬が苦戦しているように映る。
おおかたの方針が定まれば、あとはトントン拍子。細部をつき詰めて、完成形に持っていくだけだ。
容器に注いだ材料は固まりきり、持ち運べるようになった。亜希が傍観者に退いたことを覗けば、いつも通りの会議だった。
「……これでいい、龍太郎くん、亜希? 直せそうなところ、もうなさそうに見えるけど」
「俺は異議なし。……賭けだな……」
階層システムそのものは解体せず、弱者の通報制度を追加する。地位が脅かされるのは、元から下っ端を無下に扱ってきた畜生たちだけだ。
反乱軍は、かならず出る。いかに協力者を増やして、枠組みに入れてしまえるかが焦点になてくるだろう。
最終議案がまとめられたホワイトボードを凝視し、微動だにしない女子が一人。首を盾にも横にも振らず、行く末を見守っている。
亜希に目配せしてみたところ、無言で返された。
(……ここにきて反対されたら、どうしようもないぞ……)
快く認めない以上、彼女の心には引っかかりがある。
成瀬は地から足が離れそうになっていた。言葉に詰まり、ツバを飲みこむ方法も忘れてしまったようだ。
「……亜希? 反対意見があるなら、そう言ってくれないと……」
いくら成瀬と言えど、貴重な第三者の意見を反故にはできない。実際、初期案の欠陥を指摘したのは亜希だ。
だんまりを一貫してきた彼女が、重い扉を開いた。
「……『ゲーム』じゃなくて、現実世界の話だから。私にだって、立場がある。『正式に認めろ』って強いられても、それだけはできかねる……かな」
そのまま膝を両腕で抱えこみ、そのでっぱりに視線を落とした。
快活でない亜希の喋りは、ひさしぶりに耳にした。歯切れの悪さが、嫌に鼓膜に残る。
(……『正式に』は了承できない……? 亜希の立場……)
聞きかえそうとして、肺に空気を戻した。
高校の学年内に暗黙のルールが敷かれているのは、平等に反する。システムの駒として動くうちに、龍太郎たちの感覚が麻痺してしまっただけなのだ。
亜希は一年生でバリバリ学校運営に協力する超優等生。清らかなせせらぎに体を浸して育ってきた彼女に、『カースト制』なるものの容認は到底できない。体裁的にも、信義的にも。
『できかねる』の先がこぼれてこない意図に、成瀬も気づいたようだ。議案とにらめっこをやめ、浅く何度もうなずいている。
「さっきの質問、やっぱりなし。……この案に反対する人、いる?」
龍太郎はもちろん手を挙げない。板挟みになった幼馴染は深呼吸をするばかりで、腕は動かない。
この時をもって、美紀救出作戦その二は可決された。
実行役の両者がメモを取り、ホワイトボートは白紙になって元の位置へとなおされる。三者会談は終結した。
(……美紀を連れてこなくて、助かった……)
いくら外部の人間が外から材料を投げ入れても、肯定感を構築するのは本人しかできない。まだ建築中の少女が、この案を飲むことはまずない。
証拠も綺麗さっぱり焼失し、土台が固まりきったのを見計らって。
「ハヤナルちゃん、龍太郎。二人、任せたよ」
手段がぼやかされているのは、すぐに察知した。
「……『ハヤナルちゃん』じゃなくって、『成瀬ちゃん』にして! ……ちゃん付けなのは、もういいから……」
音を上げた成瀬に、そして責任を負った龍太郎に、それぞれグータッチをしてくれた。
綺麗ごとでは済ませられない改革の波が始まった瞬間だった。
美紀への陰湿な攻撃が、ついに始まってしまった。その事実を噛みしめて、保護計画を前倒しにしなくてはならない。
美紀ただ一人を守るだけなら、成瀬が強引に四六時中連れまわせばよい。が、周囲の妬みは指数関数的に伸びていく。先日のような空白地帯に差しかかったとき、大爆発に巻きこまれて美紀は重傷を負うだろう。
「……それで、亜希にも協力してもらう、って? ……本気でいってる?」
「成瀬の視点だと隠れてるところ、見つけてもらうのに損はしない、だろ」
成瀬は、亜希を武力方面に転写した存在だ。武をもって統治をおこない、智をもってバランスを取る。周りからの信頼が厚いゆえ、多少のやんちゃはとがめられていない。
(……でも、策に関しては亜希が天才的だから、な……)
事実として、成瀬が一時的に懲らしめただけで、中間層だちの欲望は潰えなかった。むしろ増幅し、領域侵犯してふたたび逆らっている。
亜希は部外者であり、客観的に考察ができる人間だ。歯車を一つつけ足すくらい、やってみても問題ない。
「ええ……。乗り気は、しない……」
足をとめて舌を巻く学年一の権力者を、龍太郎は力づくで引っぱっていった。
----------
龍太郎たちは亜希の出迎えを受け、彼女の部屋へと上がりこんだ。
「まったく時間取れずに、ごめんねー。……後ろのお友達は不満そうだけど……」
「……だから来たくないって、あれほど……」
二人で重心を安定させるゲームにエントリーさせようものなら、ものの数秒で失格になっていそうな相性である。
美紀は、龍太郎の独断でかかわらさせなかった。危険性の通告ですら舞台にのぼれなかった彼女が、より重馬場の今回ではついていけないとの判断である。
『……私のために、そこまでしなくても……』
本人からこう告げられてしまうと、立つ瀬がなくなる。あくまでも、美紀は知らぬ存ぜぬを突きとおしたいのだ。
言い負かそうとするも、次の矢を捻出できない成瀬。一方的に火花を散らしている。
(よく、暴れ馬にしか見えない成瀬を親が拒まなかったな……)
ところかまわずガンを飛ばす女子高生を、『友達だから』の一言で通してしまった。亜希が『悪いおともだち』を連れてこない、という絶対の信用があるのだろう。
「……それで、美紀が攻撃された、っていうのは……」
まだ核心にたどり着いていないのか、最大の幼馴染は原告二名を交互にいぶかしんでいる。美紀から全容を受けとっていないのはしかたない。彼女には、成瀬がいつものようにケンカしただけに見えているのだから。
一定以上の倫理観があれば、起こりえないこと。亜希が想像するより、土に埋まる生活は腐っている。
「『帰ってくるな』『死んじまえ』みたいなのが、机に貼られてた。美紀には目に入れさせてない」
「ううん……。……それくらい、美紀がいい子なのが許せない、のか……」
頭を抱え込んでしまった。深く息を吐いて、電流を脳に張り巡らせている。
わずかでもダメージを負った亜希を、龍太郎はほとんど見たことがない。美紀宅の二階に散乱していたビール瓶以来だろうか。言葉づかいを荒げないのは、根本の性格である。
栓のしまった水道の蛇口から水滴がしたたり落ちて、ようやく現実世界に戻ってきた。
機会をうかがっていた成瀬が、まってましたと案を投げかける。
「それで、成瀬の案なんだけど。いわゆる二軍の子たちをこれまで以上に押さえつけて、これ以上下に悪意が向かないようにする、っていうのはどう思う?」
「……二軍? ああ、……そういうことになってるのかぁ……」
底辺校では普遍的な用語でも、上位校には存在しない言葉群がある。階級制は、そのうちの一つだ。道徳の教えに反して、人の上に人を作り、下にも人を作っている。
ひさしく油を差していない機械にムチをいれて、亜希が立ちあがる。パソコン台の横に収納されていたコロコロ付きホワイトボートを取りだした。学校によくあるタイプのものだ。
「……ハヤナルちゃん。高校の中、どういう関係なのか書きだしてほしい」
「どういう関係、って……。ピラミッド型以外ありえなくない?」
「間で何が起こってるかも含めて、お願い」
小ネタで緊張をほぐすことで有名な亜希が、会話量を控えている。オブラートな膜も取り払われていた。
命を受けて、龍太郎もぼんやりとしか知らない情報が文字となって書き出されていく。
『一軍女子:お嬢様とか、運動神経抜群とか、抜けてる子たち。三軍の子には無関心っぽいけど、一部親しい子もいる』
『二軍女子:一軍でも三軍にも当てはまらない子。一軍に群がる』
『三軍女子:美紀はここ。おとなしかったり、体が弱いとここになる』
定義からして、プロ野球のように昇降格制度は存在しないようだ。一生なり上がれない様は、中世の身分制度と酷似している。
「……その頂上に刺さってる白丸は?」
クリスマスツリーのように、ピラミッドのてっぺんには飾りつけがしてあった。
「トップが分からないなんて……。成瀬しかいないでしょ、普通」
「……それもそう、か……。じゃないと、一人で購買部を乗っとりにかかる、なんてしないもんな……」
作戦が失敗しようものなら、一年生はさらに虐げられることになる。ワンマンだからこそできる芸当だった。
こうして構成図を俯瞰してみると、実質的な制御役が成瀬しかいない。下位ランクの女子たちの面倒を見きるのは不可能だ。二軍女子に反旗を翻されると、なおさら。これでよく組織がもってきたものだ。
成瀬が主張しているのは、本人が直接、はばひろい中間の群衆を取り締まるというもの。三人くらい複製して、ようやく実現するかどうかだ。
亜希は赤マーカーを手にして、現状のトップが直轄する範囲をなぞっていく。
「……これでも、全員を管理できる? 火種を残さずに、調整を利かせられる?」
半分以上の面積が赤で塗られていた。
「そもそも、武力で無理やり押さえつけられたら、うっぷんなんてすぐ溜まるよ? ハヤナルちゃんが倒れた瞬間に揺り戻しがきたら……、美紀は、たぶん……」
結末は濁されたが、言わんとすることは把握できた。
矢印がすべて成瀬に向く統治型は、たった一個のアクシデントでバラバラになる。せめて、中間組織は置いておくべきである。
「それなら、代案もいっしょに出してくれないと」
「あるに決まってるでしょ? あいたところに書いていくから、ちょっと待っててね」
亜希のペンが、なめらかにホワイトボートを駆けめぐる。文章で埋めつくされず、図表でゴリ押しもせず、簡潔な案が浮かびあがっていた。
『もし、これが統治ゲームだったとして……』
その前置きから始まる作戦図だった。言葉だけが、『兵士』『隊長』『将軍』『総司令官』と置き換わっている。
「総司令官……、ハヤナルちゃんは、兵士のやる気を失わせたくない。だから、隊長を監視している、と」
ボード上の『総司令官』が『ハヤナルちゃん』に書き換えられた。
文字の威圧感が消しとんでいることに、成瀬は不服そうだ。くちびるを持ち上げて、異議申し立てをしている。
「だったら、兵士のほうから隊長を見張らせればいいんじゃない? 無理なことを言われたら、将軍に報告して」
「……そうやって、間接的に隊長を抑える、と……」
「せいかい。龍太郎も、ものわかりがいいなぁ……」
トップダウンの伝達では、細部に目を通しにくい。ならば、監視する側を反転してしまおう、ということだ。国家も例にもれず、国民という『兵士』が議会や行政を監視している。
詰問者の成瀬が、追いこみにかかった。
「……隊長が兵士につきまとったら? 将軍の手に負えない内容だったら?」
「そんなときの秘密兵器、ハヤナルちゃんはわかってる。解決できそうな人なんて、探しても見つからないんじゃない?」
食いつきのいい総司令官に、地図だけを渡す。亜希らしい提案である。
(成瀬、か……)
ある程度の仕事は任せて、ここ一番で前に出る。ご利用は計画的に、ということか。過労の二文字が辞書にあるか微妙な成瀬も、出番がないならそれでいい。
察しのいいミスプレジデントは、右こぶしを心臓に当てていた。
「亜希も、やっと成瀬を認めたんだ」
「ハヤナルちゃん程度の力があれば、誰でもいいんだけど」
振りかぶる人がいるなら、真剣白刃取りをする人もいる。全体として、成瀬が苦戦しているように映る。
おおかたの方針が定まれば、あとはトントン拍子。細部をつき詰めて、完成形に持っていくだけだ。
容器に注いだ材料は固まりきり、持ち運べるようになった。亜希が傍観者に退いたことを覗けば、いつも通りの会議だった。
「……これでいい、龍太郎くん、亜希? 直せそうなところ、もうなさそうに見えるけど」
「俺は異議なし。……賭けだな……」
階層システムそのものは解体せず、弱者の通報制度を追加する。地位が脅かされるのは、元から下っ端を無下に扱ってきた畜生たちだけだ。
反乱軍は、かならず出る。いかに協力者を増やして、枠組みに入れてしまえるかが焦点になてくるだろう。
最終議案がまとめられたホワイトボードを凝視し、微動だにしない女子が一人。首を盾にも横にも振らず、行く末を見守っている。
亜希に目配せしてみたところ、無言で返された。
(……ここにきて反対されたら、どうしようもないぞ……)
快く認めない以上、彼女の心には引っかかりがある。
成瀬は地から足が離れそうになっていた。言葉に詰まり、ツバを飲みこむ方法も忘れてしまったようだ。
「……亜希? 反対意見があるなら、そう言ってくれないと……」
いくら成瀬と言えど、貴重な第三者の意見を反故にはできない。実際、初期案の欠陥を指摘したのは亜希だ。
だんまりを一貫してきた彼女が、重い扉を開いた。
「……『ゲーム』じゃなくて、現実世界の話だから。私にだって、立場がある。『正式に認めろ』って強いられても、それだけはできかねる……かな」
そのまま膝を両腕で抱えこみ、そのでっぱりに視線を落とした。
快活でない亜希の喋りは、ひさしぶりに耳にした。歯切れの悪さが、嫌に鼓膜に残る。
(……『正式に』は了承できない……? 亜希の立場……)
聞きかえそうとして、肺に空気を戻した。
高校の学年内に暗黙のルールが敷かれているのは、平等に反する。システムの駒として動くうちに、龍太郎たちの感覚が麻痺してしまっただけなのだ。
亜希は一年生でバリバリ学校運営に協力する超優等生。清らかなせせらぎに体を浸して育ってきた彼女に、『カースト制』なるものの容認は到底できない。体裁的にも、信義的にも。
『できかねる』の先がこぼれてこない意図に、成瀬も気づいたようだ。議案とにらめっこをやめ、浅く何度もうなずいている。
「さっきの質問、やっぱりなし。……この案に反対する人、いる?」
龍太郎はもちろん手を挙げない。板挟みになった幼馴染は深呼吸をするばかりで、腕は動かない。
この時をもって、美紀救出作戦その二は可決された。
実行役の両者がメモを取り、ホワイトボートは白紙になって元の位置へとなおされる。三者会談は終結した。
(……美紀を連れてこなくて、助かった……)
いくら外部の人間が外から材料を投げ入れても、肯定感を構築するのは本人しかできない。まだ建築中の少女が、この案を飲むことはまずない。
証拠も綺麗さっぱり焼失し、土台が固まりきったのを見計らって。
「ハヤナルちゃん、龍太郎。二人、任せたよ」
手段がぼやかされているのは、すぐに察知した。
「……『ハヤナルちゃん』じゃなくって、『成瀬ちゃん』にして! ……ちゃん付けなのは、もういいから……」
音を上げた成瀬に、そして責任を負った龍太郎に、それぞれグータッチをしてくれた。
綺麗ごとでは済ませられない改革の波が始まった瞬間だった。
0
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2026.2.22)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
俺をフッた女子に拉致されて、逃げ場のない同棲生活が始まりました
ちくわ食べます
恋愛
大学のサークル飲み会。
意を決して想いを告げた相手は、学内でも有名な人気女子・一ノ瀬さくら。
しかし返ってきたのは――
「今はちょっと……」という、曖昧な言葉だった。
完全にフラれたと思い込んで落ち込む俺。
その3日後――なぜか自分のアパートに入れなくなっていた。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた
夏見ナイ
恋愛
平凡な大学生・藤堂蓮には忘れられない過去がある。高校時代、告白した幼馴染の星宮瑠奈に「アイドルになるから」とこっ酷くフラれたことだ。
数年後、瑠奈は国民的アイドル『LUNA』として輝いていた。遠い世界の住人になった彼女との再会なんて、あるはずもなかった――そう、変装した彼女が俺の前に現れ、「もう一度やり直したい」と泣きつくまでは。
トップアイドルの立場を使い強引に迫る元幼馴染と、過去の傷。揺れ動く俺の日常を照らしてくれたのは、俺の才能を信じてくれる後輩・朝霧陽葵の存在だった。
俺をフッた幼馴染か、俺を支える後輩か。過去の清算と未来の選択を描く、ほろ苦くも甘い、逆転ラブコメディ、開幕。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる
グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。
彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。
だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。
容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。
「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」
そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。
これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、
高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
平凡な俺、相葉祐樹が手にしたのは、ありえないはずの超名門男子校『獅子王院学園』からの合格通知。期待を胸に入学した先は、王子様みたいなイケメンだらけの夢の空間だった!
……はずが、ある夜、同室のクールな完璧王子・橘玲が女の子であるという、学園最大の秘密を知ってしまう。
なんとこの学園、俺以外、全員が“訳アリ”の男装女子だったのだ!
秘密の「共犯者」となった俺は、慣れない男装に悩む彼女たちの唯一の相談相手に。
「祐樹の前でだけは、女の子でいられる……」
クールなイケメンたちの、俺だけに見せる甘々な素顔と猛アプローチにドキドキが止まらない!
秘密だらけで糖度120%の学園ラブコメ、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる