入学初日に告白してきた美少女には、『好き』がないらしい。~欠けた感情を追い求めて~

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Chapter4 安全地帯の防衛

File38:協力者

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 美紀を家まで送り届けた龍太郎と成瀬。帰るにしても、いっしょに行動するにしても、進む方角は同じである。

 美紀への陰湿な攻撃が、ついに始まってしまった。その事実を噛みしめて、保護計画を前倒しにしなくてはならない。

 美紀ただ一人を守るだけなら、成瀬が強引に四六時中連れまわせばよい。が、周囲の妬みは指数関数的に伸びていく。先日のような空白地帯に差しかかったとき、大爆発に巻きこまれて美紀は重傷を負うだろう。

「……それで、亜希にも協力してもらう、って? ……本気でいってる?」
「成瀬の視点だと隠れてるところ、見つけてもらうのに損はしない、だろ」

 成瀬は、亜希を武力方面に転写した存在だ。武をもって統治をおこない、智をもってバランスを取る。周りからの信頼が厚いゆえ、多少のやんちゃはとがめられていない。

(……でも、策に関しては亜希が天才的だから、な……)

 事実として、成瀬が一時的に懲らしめただけで、中間層だちの欲望は潰えなかった。むしろ増幅し、領域侵犯してふたたび逆らっている。

 亜希は部外者であり、客観的に考察ができる人間だ。歯車を一つつけ足すくらい、やってみても問題ない。

「ええ……。乗り気は、しない……」

 足をとめて舌を巻く学年一の権力者を、龍太郎は力づくで引っぱっていった。



----------



 龍太郎たちは亜希の出迎えを受け、彼女の部屋へと上がりこんだ。

「まったく時間取れずに、ごめんねー。……後ろのお友達は不満そうだけど……」
「……だから来たくないって、あれほど……」

 二人で重心を安定させるゲームにエントリーさせようものなら、ものの数秒で失格になっていそうな相性である。

 美紀は、龍太郎の独断でかかわらさせなかった。危険性の通告ですら舞台にのぼれなかった彼女が、より重馬場の今回ではついていけないとの判断である。

『……私のために、そこまでしなくても……』

 本人からこう告げられてしまうと、立つ瀬がなくなる。あくまでも、美紀は知らぬ存ぜぬを突きとおしたいのだ。

 言い負かそうとするも、次の矢を捻出できない成瀬。一方的に火花を散らしている。

(よく、暴れ馬にしか見えない成瀬を親が拒まなかったな……)

 ところかまわずガンを飛ばす女子高生を、『友達だから』の一言で通してしまった。亜希が『悪いおともだち』を連れてこない、という絶対の信用があるのだろう。

「……それで、美紀が攻撃された、っていうのは……」

 まだ核心にたどり着いていないのか、最大の幼馴染は原告二名を交互にいぶかしんでいる。美紀から全容を受けとっていないのはしかたない。彼女には、成瀬がいつものようにケンカしただけに見えているのだから。

 一定以上の倫理観があれば、起こりえないこと。亜希が想像するより、土に埋まる生活は腐っている。

「『帰ってくるな』『死んじまえ』みたいなのが、机に貼られてた。美紀には目に入れさせてない」
「ううん……。……それくらい、美紀がいい子なのが許せない、のか……」

 頭を抱え込んでしまった。深く息を吐いて、電流を脳に張り巡らせている。

 わずかでもダメージを負った亜希を、龍太郎はほとんど見たことがない。美紀宅の二階に散乱していたビール瓶以来だろうか。言葉づかいを荒げないのは、根本の性格である。

 栓のしまった水道の蛇口から水滴がしたたり落ちて、ようやく現実世界に戻ってきた。

 機会をうかがっていた成瀬が、まってましたと案を投げかける。

「それで、成瀬の案なんだけど。いわゆる二軍の子たちをこれまで以上に押さえつけて、これ以上下に悪意が向かないようにする、っていうのはどう思う?」
「……二軍? ああ、……そういうことになってるのかぁ……」

 底辺校では普遍的な用語でも、上位校には存在しない言葉群がある。階級制は、そのうちの一つだ。道徳の教えに反して、人の上に人を作り、下にも人を作っている。

 ひさしく油を差していない機械にムチをいれて、亜希が立ちあがる。パソコン台の横に収納されていたコロコロ付きホワイトボートを取りだした。学校によくあるタイプのものだ。

「……ハヤナルちゃん。高校の中、どういう関係なのか書きだしてほしい」
「どういう関係、って……。ピラミッド型以外ありえなくない?」
「間で何が起こってるかも含めて、お願い」

 小ネタで緊張をほぐすことで有名な亜希が、会話量を控えている。オブラートな膜も取り払われていた。

 命を受けて、龍太郎もぼんやりとしか知らない情報が文字となって書き出されていく。

『一軍女子:お嬢様とか、運動神経抜群とか、抜けてる子たち。三軍の子には無関心っぽいけど、一部親しい子もいる』
『二軍女子:一軍でも三軍にも当てはまらない子。一軍に群がる』
『三軍女子:美紀はここ。おとなしかったり、体が弱いとここになる』

 定義からして、プロ野球のように昇降格制度は存在しないようだ。一生なり上がれない様は、中世の身分制度と酷似している。

「……その頂上に刺さってる白丸は?」

 クリスマスツリーのように、ピラミッドのてっぺんには飾りつけがしてあった。

「トップが分からないなんて……。成瀬しかいないでしょ、普通」
「……それもそう、か……。じゃないと、一人で購買部を乗っとりにかかる、なんてしないもんな……」

 作戦が失敗しようものなら、一年生はさらに虐げられることになる。ワンマンだからこそできる芸当だった。

 こうして構成図を俯瞰してみると、実質的な制御役が成瀬しかいない。下位ランクの女子たちの面倒を見きるのは不可能だ。二軍女子に反旗を翻されると、なおさら。これでよく組織がもってきたものだ。

 成瀬が主張しているのは、本人が直接、はばひろい中間の群衆を取り締まるというもの。三人くらい複製して、ようやく実現するかどうかだ。

 亜希は赤マーカーを手にして、現状のトップが直轄する範囲をなぞっていく。

「……これでも、全員を管理できる? 火種を残さずに、調整を利かせられる?」

 半分以上の面積が赤で塗られていた。

「そもそも、武力で無理やり押さえつけられたら、うっぷんなんてすぐ溜まるよ? ハヤナルちゃんが倒れた瞬間に揺り戻しがきたら……、美紀は、たぶん……」

 結末は濁されたが、言わんとすることは把握できた。

 矢印がすべて成瀬に向く統治型は、たった一個のアクシデントでバラバラになる。せめて、中間組織は置いておくべきである。

「それなら、代案もいっしょに出してくれないと」
「あるに決まってるでしょ? あいたところに書いていくから、ちょっと待っててね」

 亜希のペンが、なめらかにホワイトボートを駆けめぐる。文章で埋めつくされず、図表でゴリ押しもせず、簡潔な案が浮かびあがっていた。

『もし、これが統治ゲームだったとして……』

 その前置きから始まる作戦図だった。言葉だけが、『兵士』『隊長』『将軍』『総司令官』と置き換わっている。

「総司令官……、ハヤナルちゃんは、兵士のやる気を失わせたくない。だから、隊長を監視している、と」

 ボード上の『総司令官』が『ハヤナルちゃん』に書き換えられた。

 文字の威圧感が消しとんでいることに、成瀬は不服そうだ。くちびるを持ち上げて、異議申し立てをしている。

「だったら、兵士のほうから隊長を見張らせればいいんじゃない? 無理なことを言われたら、将軍に報告して」
「……そうやって、間接的に隊長を抑える、と……」
「せいかい。龍太郎も、ものわかりがいいなぁ……」

 トップダウンの伝達では、細部に目を通しにくい。ならば、監視する側を反転してしまおう、ということだ。国家も例にもれず、国民という『兵士』が議会や行政を監視している。

 詰問者の成瀬が、追いこみにかかった。

「……隊長が兵士につきまとったら? 将軍の手に負えない内容だったら?」
「そんなときの秘密兵器、ハヤナルちゃんはわかってる。解決できそうな人なんて、探しても見つからないんじゃない?」

 食いつきのいい総司令官に、地図だけを渡す。亜希らしい提案である。

(成瀬、か……)

 ある程度の仕事は任せて、ここ一番で前に出る。ご利用は計画的に、ということか。過労の二文字が辞書にあるか微妙な成瀬も、出番がないならそれでいい。

 察しのいいミスプレジデントは、右こぶしを心臓に当てていた。

「亜希も、やっと成瀬を認めたんだ」
「ハヤナルちゃん程度の力があれば、誰でもいいんだけど」

 振りかぶる人がいるなら、真剣白刃取りをする人もいる。全体として、成瀬が苦戦しているように映る。

 おおかたの方針が定まれば、あとはトントン拍子。細部をつき詰めて、完成形に持っていくだけだ。

 容器に注いだ材料は固まりきり、持ち運べるようになった。亜希が傍観者に退いたことを覗けば、いつも通りの会議だった。

「……これでいい、龍太郎くん、亜希? 直せそうなところ、もうなさそうに見えるけど」
「俺は異議なし。……賭けだな……」

 階層システムそのものは解体せず、弱者の通報制度を追加する。地位が脅かされるのは、元から下っ端を無下に扱ってきた畜生たちだけだ。

 反乱軍は、かならず出る。いかに協力者を増やして、枠組みに入れてしまえるかが焦点になてくるだろう。

 最終議案がまとめられたホワイトボードを凝視し、微動だにしない女子が一人。首を盾にも横にも振らず、行く末を見守っている。

 亜希に目配せしてみたところ、無言で返された。

(……ここにきて反対されたら、どうしようもないぞ……)

 快く認めない以上、彼女の心には引っかかりがある。

 成瀬は地から足が離れそうになっていた。言葉に詰まり、ツバを飲みこむ方法も忘れてしまったようだ。

「……亜希? 反対意見があるなら、そう言ってくれないと……」

 いくら成瀬と言えど、貴重な第三者の意見を反故にはできない。実際、初期案の欠陥を指摘したのは亜希だ。

 だんまりを一貫してきた彼女が、重い扉を開いた。

「……『ゲーム』じゃなくて、現実世界の話だから。私にだって、立場がある。『正式に認めろ』って強いられても、それだけはできかねる……かな」

 そのまま膝を両腕で抱えこみ、そのでっぱりに視線を落とした。
 快活でない亜希の喋りは、ひさしぶりに耳にした。歯切れの悪さが、嫌に鼓膜に残る。

(……『正式に』は了承できない……? 亜希の立場……)

 聞きかえそうとして、肺に空気を戻した。

 高校の学年内に暗黙のルールが敷かれているのは、平等に反する。システムの駒として動くうちに、龍太郎たちの感覚が麻痺してしまっただけなのだ。

 亜希は一年生でバリバリ学校運営に協力する超優等生。清らかなせせらぎに体を浸して育ってきた彼女に、『カースト制』なるものの容認は到底できない。体裁的にも、信義的にも。

 『できかねる』の先がこぼれてこない意図に、成瀬も気づいたようだ。議案とにらめっこをやめ、浅く何度もうなずいている。

「さっきの質問、やっぱりなし。……この案に反対する人、いる?」

 龍太郎はもちろん手を挙げない。板挟みになった幼馴染は深呼吸をするばかりで、腕は動かない。

 この時をもって、美紀救出作戦その二は可決された。

 実行役の両者がメモを取り、ホワイトボートは白紙になって元の位置へとなおされる。三者会談は終結した。

(……美紀を連れてこなくて、助かった……)

 いくら外部の人間が外から材料を投げ入れても、肯定感を構築するのは本人しかできない。まだ建築中の少女が、この案を飲むことはまずない。

 証拠も綺麗さっぱり焼失し、土台が固まりきったのを見計らって。

「ハヤナルちゃん、龍太郎。二人、任せたよ」

 手段がぼやかされているのは、すぐに察知した。

「……『ハヤナルちゃん』じゃなくって、『成瀬ちゃん』にして! ……ちゃん付けなのは、もういいから……」

 音を上げた成瀬に、そして責任を負った龍太郎に、それぞれグータッチをしてくれた。

 綺麗ごとでは済ませられない改革の波が始まった瞬間だった。
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