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Chapter5 『』の捜索
File46:テニスコート
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雲ひとつない、満天の青空。にっくき梅雨前線は北へ過ぎ去り、南からやってきた高気圧に覆われている。いわゆる『夏』の到来だ。
照りかえす日光は、たとえ単なる土でも暖房に感じられる。黒土の上で汗を流す高校球児は、もはや実験施設と違わないところで監禁されているに等しい。
龍太郎は、いつほどけるか予測のつかない靴を相棒にして、白線から白線をシャトルランしていた。好きでやっているわけではない。
腕をコンパスにしてようやく届いたボールは、高く跳ね返った。
「アウト! 悪いねぇ、こんなにポイントもらっちゃって……」
「いつもはうやむやにされてても、今回ばかりは騙されないぞ? ちゃんと、ラインの内に落ちてるのは見えてるんだからな?」
龍太郎の抗議を聞き入れずにスコアを増やそうとしているのは、スポーツもできちゃう系幼馴染。一球で十五点も加算している、欲の深いプレイヤーだ。
打ち返したボールは、たしかに二本線の間におちた。どう考えても、外側の線がコートラインに決まっている。
「実はね……、ひとり同士で対決するときは、端の線は内側になるんだ。龍太郎はそれより外に打ったから、負け」
経験者のくせして、亜希はルール説明を省いた。後出しじゃんけんでルールを出されても、それがルールなのであれば従うしかない。
白い帽子をしていても、熱は平等に襲ってくる。帰宅部でエースを張る龍太郎にとって、屋外はコンディションが悪い。
「ほら、次。龍太郎のサーブだよー」
亜希のラケットに当たった球は、ドライブ回転で龍太郎の足元にバウンドした。みようみまねで打つ龍太郎のボールは、きまってポップフライになるというのに。
「……俺がずっとサーブだと、点取れる気がしない……。……亜希、サーブとレシーブ交代しようぜ!」
「さっきも聞いたなぁ、そのセリフ……。一ゲームごとに交代だって……」
テニスのサーブにも、スライダーやカーブがあることを初めて知った。思い知らされた。スピードこそあまり出ないが、変化が予測できない。
龍太郎は、緩慢な足取りでボールを拾いにいった。助っ人さえくれば、この状況を逆転できるのだ。
(……はやく、来てくれ……。じゃないと……)
いっしょに来たはずの助っ人の遅延だけが心残りだ。このままでは、龍太郎の日干しがネットにかかることになる。
白い建物の窓ガラスに、人の姿はない。シューズを履き、ラケットを持って出てくるだけの簡単なお仕事に手間取っているようだ。
ボールを手に取り、ラインに足をそろえる。
今までは、下からのサーブしか打っていなかった。ネット際か奥ギリギリに返され、ラケットごとつんのめるのがお約束になっていた。
(そうはいかない!)
白球が、頭上に浮き上がった。
ラケットの面が球をとらえ、一直線にコートへ飛んでいく。男の力を舐めるな脳筋サーブである。入れば、新幹線をも超えるスピードが脅威となる。
ボールがコートをえぐり、弾みをつけてコート外を目指し、ボールがネットを越えた。
固まった龍太郎の前でツーバウンドし、球は壁へと転がっていった。
「……え……? 入った、よな……?」
「うん、入ったよ。ちゃんと速い球入れられるじゃん、龍太郎」
「……打ち返されたら意味ないだろうよ……」
楕円に潰れたボールは、確かに打ち返されていた。爽快な打球音は、龍太郎の耳にも入っている。
なすすべがない。流れが取り戻せなければ、龍太郎の財布がさみしくなる。
建物のガラスに、ロゴの入った半袖ウェアの少女が映った。ラケットを手の中で回転させ、ガットをいじっていた。
「……おまたせー。ラケットの持ち手が、ちょっとボロボロになってたから……」
「だいじょうぶ。このまま、観戦しててもいいよ?」
あと二点、いや三十点取られればゲームセット。タイマン勝負に勝ち目はない。
スコアを目にした美紀は、軽く二度見していた。それはそうだ、テニス未経験とはいえ、男が女に一ポイントも取れていないのだから。
彼女は亜希となにやら話し、龍太郎のコートに入った。
「……龍太郎くん、がんばろうね? これに負けたらおごりだ、って言ってたよ?」
「もちろん。たぶん美紀に頼りっぱなしになっちゃうけど、許してほしい」
美紀は雑音のない笑顔でうなずいてくれた。コートに舞い降りた天使だった。
次のサーブは、龍太郎サイド。サーバーは、もちろん美紀である。
彼女のラケットの軌道は、亜希がしていたようなへんてこりんな動き。前に振らず、横に振っている。
こすられたボールは、スロー再生がかかったかのように上がった。
(……変化球だ! テニスをする人は、みんな打てるんだ……)
ネットをかすめない高さで、コートのど真ん中に落ちる。絶好球に見え、龍太郎が何度も空ぶった球だった。
亜希のラケットの下を、ボールが通り過ぎていった。
静寂が、コートを包んだ。ボールの跳ねる音だけが、あたりに響いていた。
「……美紀、今のどう打った? 亜希を空ぶらせるなんて、魔球そのものじゃん!」
龍太郎は、一球にただただ感心していた。観客席からトッププロの試合を眺めているのと変わらない。力量の溝は、地球のマグマまで到達している。
「ボールをこすって、回転をかける。……それだけのことだよ。初めての龍太郎くんはびっくりしただろうけど、経験があれば……」
(亜希って、県大会まで行ってたはず……)
幼馴染の才は、とどまるところを知らない。用事とかぶって一度も応援しに行けなかったが、中学で県大会まで進出していたと聞いたことがある。見栄っ張りのウソはまさかつかないだろう。
つづく二球目。デジャヴだった。コートの左右が反転しただけで、ボールはラケットに邪魔されなかった。
「……よっしゃい!」
コートにつっ立っていただけだが、掛け声が喉から吐き出された。
「……よっしゃ、い……?」
「球技って、点入れたらかけ声するんじゃなかったっけ……? 『よし!』とか、『チョレイ!』とか……。とにかく、元気いっぱいに言ってみよう?」
「そうなの……? ……よ、よっしゃー!」
肺の空気をひねり出した叫びが、コートを駆けめぐった。
嘘かまことかはあまり問題ではない。美紀の汗が風に蒸発するなら、それで快晴になれるのなら、何だって応援する。
沈めたボールが返ってこない。不慣れな大声を出した少女が、亜希にとってお気に入りになったようだ。まぶたが心なしか上に吊られている。
「龍太郎くん、スコア変えないと」
人差し指の先には、三十点差をつけられたスコアカウンターがある。プレーに見とれていて、増やすのを忘れていた。
『だって、龍太郎は変えてなかったでしょ? 過ぎちゃったものは、無効だよ、無効』
龍太郎のサーブを受け流し、ラブゲームを成立させようとする亜希が見える見える。
『0』のカードをめくると、そこには『A』とかかれた文字があった。いつから十六進数を使うようになったのだろう。
「龍太郎、それはアドバンテージって言って……。とにかく、めくるのが反対」
それはそれで良さそうだが、ルールを破るつもりはない。
反対側には『1』の数字が。亜希の得点は、『30』が堂々と輝いているというのに。
首が金縛りにあった龍太郎に、女友達が二人とも駆け寄ってきた。身軽なスポーツ高校生と、目をパチクリした困惑少女である。
「……亜希? これ、おかしいよ……。正しいのを持ってこなくちゃ……」
「心配ご無用。これは、私が家からもってきた、『お手製スコアカウンター』。ほら、龍太郎側のカードが、やけにぶ厚いでしょ? ちゃんと『0』から『40』まで、ぜんぶついてる」
経験者の二人の議論についていけない。何が正しいカウントなのかもわからない。
唯一理解したのは、亜希のてのひらで転がされていた、ということだけだった。
----------
亜希との勝負は、ストレートで決した。亜希のレシーブに美紀もくらいついてくれたが、龍太郎の正面に返されてはじり貧だった。
直射日光から逃げるようにして、屋根付きのベンチに退避してきた三人。準備していたスポーツドリンクの保冷バックが、神様からの贈り物に見えてくる。
収納の奥から引っぱりだしてきた半袖の運動着は、色が濃くなっていた。
「あー、久しぶりに動いたー……。これだけ運動すれば、しばらくはいらないかな」
「だから、龍太郎は横に拡大してるのか……。あーあ……」
運動部の連中が、炎天下で活動できていることが信じられない。長針がスイングする間に暑さでやられた龍太郎とは比べられない。
亜希はラベルの違うペットボトルを手にし、キャップを回す。人のお金で飲む水はうまいか……と尋ねたくなるが、持ち込んだスポドリの塊は亜希が用意したものである。
ベンチの横では、濡らしタオルから垂れた水が水たまりを作っている。ピンクのタオルを首まわりに巻き、涼んでいる少女は気にしていない。
「……暑いの、だめ……。さっきだって、目がぼんやりしてきたし……」
おごりが確定した後の、ボールの打ち合い。美紀がラケットをネットにたたきつけたところで、休憩が入った。
「それでも、すごいじゃん、美紀! 暑さに弱いのに、互角以上だったんだから……」
あの弱点を人に見せない亜希が、ボールに集中していた。いとも簡単に龍太郎をいなす、接待モードではなかった。
それにもかかわらず、亜希をねじ伏せた。これを称賛せずにいつ褒めろというのか。
心も体も熱戦をくりひろげた美紀は、視線を放り投げていた。
「ありがとう、龍太郎くん。……でも、だめなんだ……」
ベンチに背中を任せ、自慢の瞳もしぼんだ。
「……試合だと、ゲームのたびに休んでる時間がない。だから、勝てなくて……。部のみんなからも、戦力外だ、って……」
「それはやめさせた。龍太郎も分かるよね、ハヤナルちゃんから聞いてるだろうから」
正体は、『嫉妬』だ。プレーが上手く、しかし試合には決して勝てない。立場を脅かされないことをいいことに、攻撃が始まる。動き出した歯車は、ロックギアの亜希でも止めることは容易でない。
周りが整えられても、美紀がいまいち一歩踏み出せない理由。それは、時代を遡った先にあるのだろう。
実戦では棄権になるとしても、実力者を退けたのは見事の一言につきる。美紀には卑屈になってほしくない。
過去をなぐさめても、幸せは返ってこない。いま、龍太郎がやれることを考えるのだ。
「正直、テニスなんて球打ち、みたいなイメージがあったんだ。……ぜんぜん違った。俺がやるとコントロールできなかったのに、美紀のラケットは魔法をかけてるみたいだった」
魔術師の亜希を封じこめていたことも含めての感想である。
ななめに傾けられていた飲みかけのペットボトルが、飲み口を上にして止まった。圧縮されかけていた体が、龍太郎を向く。
「また涼しくなったら、美紀の全力、見てみたいな」
コートでラケットをふるう美紀は、もの静かな教室の置物ではなかった。走って、振って、強引なコールにも応えてくれる、少々内気なスポーツ少女だった。
ペットボトルのフタを閉じ、熱にやられた体を再起動しようとスポーツドリンクを肌に当てている大親友が出てきた。
「そん、なに……!? ……そこまで言ってくれるんだったら、練習しちゃおうかな……」
タオルで汗をぬぐい、肩をぐるぐる回す美紀の目には、星が生まれていた。
照りかえす日光は、たとえ単なる土でも暖房に感じられる。黒土の上で汗を流す高校球児は、もはや実験施設と違わないところで監禁されているに等しい。
龍太郎は、いつほどけるか予測のつかない靴を相棒にして、白線から白線をシャトルランしていた。好きでやっているわけではない。
腕をコンパスにしてようやく届いたボールは、高く跳ね返った。
「アウト! 悪いねぇ、こんなにポイントもらっちゃって……」
「いつもはうやむやにされてても、今回ばかりは騙されないぞ? ちゃんと、ラインの内に落ちてるのは見えてるんだからな?」
龍太郎の抗議を聞き入れずにスコアを増やそうとしているのは、スポーツもできちゃう系幼馴染。一球で十五点も加算している、欲の深いプレイヤーだ。
打ち返したボールは、たしかに二本線の間におちた。どう考えても、外側の線がコートラインに決まっている。
「実はね……、ひとり同士で対決するときは、端の線は内側になるんだ。龍太郎はそれより外に打ったから、負け」
経験者のくせして、亜希はルール説明を省いた。後出しじゃんけんでルールを出されても、それがルールなのであれば従うしかない。
白い帽子をしていても、熱は平等に襲ってくる。帰宅部でエースを張る龍太郎にとって、屋外はコンディションが悪い。
「ほら、次。龍太郎のサーブだよー」
亜希のラケットに当たった球は、ドライブ回転で龍太郎の足元にバウンドした。みようみまねで打つ龍太郎のボールは、きまってポップフライになるというのに。
「……俺がずっとサーブだと、点取れる気がしない……。……亜希、サーブとレシーブ交代しようぜ!」
「さっきも聞いたなぁ、そのセリフ……。一ゲームごとに交代だって……」
テニスのサーブにも、スライダーやカーブがあることを初めて知った。思い知らされた。スピードこそあまり出ないが、変化が予測できない。
龍太郎は、緩慢な足取りでボールを拾いにいった。助っ人さえくれば、この状況を逆転できるのだ。
(……はやく、来てくれ……。じゃないと……)
いっしょに来たはずの助っ人の遅延だけが心残りだ。このままでは、龍太郎の日干しがネットにかかることになる。
白い建物の窓ガラスに、人の姿はない。シューズを履き、ラケットを持って出てくるだけの簡単なお仕事に手間取っているようだ。
ボールを手に取り、ラインに足をそろえる。
今までは、下からのサーブしか打っていなかった。ネット際か奥ギリギリに返され、ラケットごとつんのめるのがお約束になっていた。
(そうはいかない!)
白球が、頭上に浮き上がった。
ラケットの面が球をとらえ、一直線にコートへ飛んでいく。男の力を舐めるな脳筋サーブである。入れば、新幹線をも超えるスピードが脅威となる。
ボールがコートをえぐり、弾みをつけてコート外を目指し、ボールがネットを越えた。
固まった龍太郎の前でツーバウンドし、球は壁へと転がっていった。
「……え……? 入った、よな……?」
「うん、入ったよ。ちゃんと速い球入れられるじゃん、龍太郎」
「……打ち返されたら意味ないだろうよ……」
楕円に潰れたボールは、確かに打ち返されていた。爽快な打球音は、龍太郎の耳にも入っている。
なすすべがない。流れが取り戻せなければ、龍太郎の財布がさみしくなる。
建物のガラスに、ロゴの入った半袖ウェアの少女が映った。ラケットを手の中で回転させ、ガットをいじっていた。
「……おまたせー。ラケットの持ち手が、ちょっとボロボロになってたから……」
「だいじょうぶ。このまま、観戦しててもいいよ?」
あと二点、いや三十点取られればゲームセット。タイマン勝負に勝ち目はない。
スコアを目にした美紀は、軽く二度見していた。それはそうだ、テニス未経験とはいえ、男が女に一ポイントも取れていないのだから。
彼女は亜希となにやら話し、龍太郎のコートに入った。
「……龍太郎くん、がんばろうね? これに負けたらおごりだ、って言ってたよ?」
「もちろん。たぶん美紀に頼りっぱなしになっちゃうけど、許してほしい」
美紀は雑音のない笑顔でうなずいてくれた。コートに舞い降りた天使だった。
次のサーブは、龍太郎サイド。サーバーは、もちろん美紀である。
彼女のラケットの軌道は、亜希がしていたようなへんてこりんな動き。前に振らず、横に振っている。
こすられたボールは、スロー再生がかかったかのように上がった。
(……変化球だ! テニスをする人は、みんな打てるんだ……)
ネットをかすめない高さで、コートのど真ん中に落ちる。絶好球に見え、龍太郎が何度も空ぶった球だった。
亜希のラケットの下を、ボールが通り過ぎていった。
静寂が、コートを包んだ。ボールの跳ねる音だけが、あたりに響いていた。
「……美紀、今のどう打った? 亜希を空ぶらせるなんて、魔球そのものじゃん!」
龍太郎は、一球にただただ感心していた。観客席からトッププロの試合を眺めているのと変わらない。力量の溝は、地球のマグマまで到達している。
「ボールをこすって、回転をかける。……それだけのことだよ。初めての龍太郎くんはびっくりしただろうけど、経験があれば……」
(亜希って、県大会まで行ってたはず……)
幼馴染の才は、とどまるところを知らない。用事とかぶって一度も応援しに行けなかったが、中学で県大会まで進出していたと聞いたことがある。見栄っ張りのウソはまさかつかないだろう。
つづく二球目。デジャヴだった。コートの左右が反転しただけで、ボールはラケットに邪魔されなかった。
「……よっしゃい!」
コートにつっ立っていただけだが、掛け声が喉から吐き出された。
「……よっしゃ、い……?」
「球技って、点入れたらかけ声するんじゃなかったっけ……? 『よし!』とか、『チョレイ!』とか……。とにかく、元気いっぱいに言ってみよう?」
「そうなの……? ……よ、よっしゃー!」
肺の空気をひねり出した叫びが、コートを駆けめぐった。
嘘かまことかはあまり問題ではない。美紀の汗が風に蒸発するなら、それで快晴になれるのなら、何だって応援する。
沈めたボールが返ってこない。不慣れな大声を出した少女が、亜希にとってお気に入りになったようだ。まぶたが心なしか上に吊られている。
「龍太郎くん、スコア変えないと」
人差し指の先には、三十点差をつけられたスコアカウンターがある。プレーに見とれていて、増やすのを忘れていた。
『だって、龍太郎は変えてなかったでしょ? 過ぎちゃったものは、無効だよ、無効』
龍太郎のサーブを受け流し、ラブゲームを成立させようとする亜希が見える見える。
『0』のカードをめくると、そこには『A』とかかれた文字があった。いつから十六進数を使うようになったのだろう。
「龍太郎、それはアドバンテージって言って……。とにかく、めくるのが反対」
それはそれで良さそうだが、ルールを破るつもりはない。
反対側には『1』の数字が。亜希の得点は、『30』が堂々と輝いているというのに。
首が金縛りにあった龍太郎に、女友達が二人とも駆け寄ってきた。身軽なスポーツ高校生と、目をパチクリした困惑少女である。
「……亜希? これ、おかしいよ……。正しいのを持ってこなくちゃ……」
「心配ご無用。これは、私が家からもってきた、『お手製スコアカウンター』。ほら、龍太郎側のカードが、やけにぶ厚いでしょ? ちゃんと『0』から『40』まで、ぜんぶついてる」
経験者の二人の議論についていけない。何が正しいカウントなのかもわからない。
唯一理解したのは、亜希のてのひらで転がされていた、ということだけだった。
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亜希との勝負は、ストレートで決した。亜希のレシーブに美紀もくらいついてくれたが、龍太郎の正面に返されてはじり貧だった。
直射日光から逃げるようにして、屋根付きのベンチに退避してきた三人。準備していたスポーツドリンクの保冷バックが、神様からの贈り物に見えてくる。
収納の奥から引っぱりだしてきた半袖の運動着は、色が濃くなっていた。
「あー、久しぶりに動いたー……。これだけ運動すれば、しばらくはいらないかな」
「だから、龍太郎は横に拡大してるのか……。あーあ……」
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亜希はラベルの違うペットボトルを手にし、キャップを回す。人のお金で飲む水はうまいか……と尋ねたくなるが、持ち込んだスポドリの塊は亜希が用意したものである。
ベンチの横では、濡らしタオルから垂れた水が水たまりを作っている。ピンクのタオルを首まわりに巻き、涼んでいる少女は気にしていない。
「……暑いの、だめ……。さっきだって、目がぼんやりしてきたし……」
おごりが確定した後の、ボールの打ち合い。美紀がラケットをネットにたたきつけたところで、休憩が入った。
「それでも、すごいじゃん、美紀! 暑さに弱いのに、互角以上だったんだから……」
あの弱点を人に見せない亜希が、ボールに集中していた。いとも簡単に龍太郎をいなす、接待モードではなかった。
それにもかかわらず、亜希をねじ伏せた。これを称賛せずにいつ褒めろというのか。
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「それはやめさせた。龍太郎も分かるよね、ハヤナルちゃんから聞いてるだろうから」
正体は、『嫉妬』だ。プレーが上手く、しかし試合には決して勝てない。立場を脅かされないことをいいことに、攻撃が始まる。動き出した歯車は、ロックギアの亜希でも止めることは容易でない。
周りが整えられても、美紀がいまいち一歩踏み出せない理由。それは、時代を遡った先にあるのだろう。
実戦では棄権になるとしても、実力者を退けたのは見事の一言につきる。美紀には卑屈になってほしくない。
過去をなぐさめても、幸せは返ってこない。いま、龍太郎がやれることを考えるのだ。
「正直、テニスなんて球打ち、みたいなイメージがあったんだ。……ぜんぜん違った。俺がやるとコントロールできなかったのに、美紀のラケットは魔法をかけてるみたいだった」
魔術師の亜希を封じこめていたことも含めての感想である。
ななめに傾けられていた飲みかけのペットボトルが、飲み口を上にして止まった。圧縮されかけていた体が、龍太郎を向く。
「また涼しくなったら、美紀の全力、見てみたいな」
コートでラケットをふるう美紀は、もの静かな教室の置物ではなかった。走って、振って、強引なコールにも応えてくれる、少々内気なスポーツ少女だった。
ペットボトルのフタを閉じ、熱にやられた体を再起動しようとスポーツドリンクを肌に当てている大親友が出てきた。
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