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4話-2
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「なんで避けられてるのか分かんねぇ、っていう相談?」
昼休み、空いていた移動教室へ強引に福本を連れて入った。教室では他の生徒もいるし、小木に見つかるかもしれない。
「ていうか、どうしたら解決するんだっていう相談」
「お前が俺に相談ねぇ……」
しかも、恋愛の。と恥ずかしいことを言いながら携帯画面に指を滑らせる。
「小木に言うなよ」
「言わねぇよ、今日は一緒に食えないって伝えてんの」
「すみません」
「らしくねぇこと言うな」
ただ謝っただけなのに、らしくないと言われてしまった。こういうことなのかもしれない。
「俺ってやっぱ感じ悪いの?」
「まぁ、お前の性格分かってないやつからしたら、誤解するのことはあると思う。俺もそうだったし」
「そんな嫌なこと言ったのかな……」
「謝っちまえばいいだろ」
「謝ったよ」
直接謝ったし、携帯にメッセージも何度か送っている。完全に無視されているわけではなく、大丈夫、とか、気にしないで、などと当り障りのない言葉は返ってくるが、あの態度は変わらずだ。
「つうか、避けられてたら仕事にならなそうだな」
「お迎えの数分だけだから、それはべつに」
「……は?」
「え?」
「お迎え?」
「子供の迎えに来た時だけ」
福本が驚いたような顔で固まった。訳がわからず、まぁいいかと、コンビニの袋に手を伸ばす。
「お前、それ、不倫……!」
「いや、違う」
「付き合ったら不倫だろ! 引き返せ!」
必死な形相で言う姿に、なるほど、と納得した。バイト先の人、としか伝えていなかったから、相手は職員だと思っていたのだろう。それが保護者だとなれば、自然とそういう思考になる。
ただ、一時的にお迎えを代行している人だ。そう伝えると、冷静さを取り戻した目が何故か俺を咎めるように見た。
「早く言えよ」
「勝手に勘違いしたんだろ」
紙パックのジュースにストローを指し、代わり映えのしない菓子パンを取り出す。目の前で広げられる弁当箱をなんとなく眺めていると、そこから現れたのは例のおっさん顔をした猫だった。福本が絶句し、おもむろに箸を取り出すとおっさんをつつく。
「珍しく弁当寄こしたと思ったら……」
「お前らって仲いいよな」
「これ見てその言葉が出んのかよ」
相手に遠慮しないというのは、仲がいいということじゃないのか。まるで家族のように接する二人は、今の俺からしたら羨ましい。
「とりあえず篠原は現状維持」
「でも……」
「ちゃんと返信くれるってことは、嫌われてるわけじゃないと思うぞ。なんか思うところがあって迷ってるんだろ。そこに、ああだこうだ言われたら、それこそ嫌いになる」
そう言われ、何も返すことができなかった。ただ黙って避けられている現状を受け入れるのはつらい。けど、たしかに、ここで余計なことをして嫌われたらもっとつらい。
「恋愛って、苦しいんだな……」
呟くように言い、ジュースを啜ると、「小学生か」と突っ込まれた。
どんなに悩んでいようと日は経つもので、あっという間に金曜日になった。また今週が終わってしまった。彼女に毎日会える日々は、今日を終えればあと一週間しか残っていない。
「それでね、花ちゃんが帰るまえにアイスかってくれてね」
「アイスって、寒いだろ」
「花ちゃんも言ってた。けど食べたかったの。おいしかったよ」
悠希と二人、テーブルで向き合って会話をする。悠希の手には色鉛筆が握られ、代わる代わる色を交換しながら画用紙を塗り込んでいく。昨日の帰りにアイスを買ってもらい、父親に内緒で食べたのだと、嬉しそうに報告しながらその時の絵を描いている。
時刻はすでに十八時半を過ぎていた。遅くなることは事前に連絡をもらっているから問題はないが、今日に限って他の保護者のお迎えが早く、悠希だけが一人残ってしまっている。
「あの人って、好きな食べ物とかあるのかな」
絵を眺めながら独り言のように言った言葉に、悠希が顔を上げた。
「あの人じゃなくて、花ちゃん」
「は、はなちゃん」
「えー、好きな食べ物かぁー、知らないなー」
「知らないのかよ……」
電話の着信音が聞こえた。学童の固定電話だ。事務室で誰かが話し出す声が聞こえ、その場を立つ。廊下に出ると、すぐに会話を終えたのか、職員の女性が同じように廊下にでてきていた。
「宮丘さん、駅に着いたからもうちょっとで来れるって」
「じゃあ、準備しときます」
部屋に戻って悠希に伝えると、嬉しそうに色鉛筆を片づけ始めた。その手がカラフルに汚れていたので、手を洗うように言うと、ついでにトイレも行ってくる、とわざわざ宣言して走って行った。
職員が早々に戸締りを始める中、玄関前で宮丘さんと悠希を待つ。ガラス扉の先には暗い夜道が広く見える。明かりの届いていない道の先は、真っ暗闇だ。そこから、すっと人影が現れた。宮丘さんだ。電話が来たばかりなのにもう着いたのか、と思ったのも束の間、なぜか玄関前を素通りしていく。
その顔が、一瞬だけこちらを向いた。表情は見えず、ほんのわずかに顔が傾けられた程度だったが、その目は俺を捉えていたように思う。
消えて行った姿を呆気に取られて見ていると、すぐに違う人影が反対側から現れた。ロングコートを着た男が真っすぐに速足で歩いていき、彼女を追うように消えていく。
「あおちゃんお待たせ」
「悠希、ちょっと待ってろ」
帰り支度を終えて現れた悠希に言い、事務室にいた職員に悠希を見ているようにお願いした。ゆっくり状況を説明している暇はない。あれが見間違いでなければ、彼女は男に後を追われている。
見失う前にと急いで外に出た。速足だったせいか、暗い夜道の先にはすでに二人の姿はない。走って手前に現れた角を曲がる。点々と街頭の光が続いていて、そこにも姿は見えない。
どうしよう、携帯を鳴らしてみようか。そんなことをして、もし身を隠していたら逆効果かもしれない。
彼女が学童に入らず、そのまま素通りしていったのは、きっと悠希のことを考えての行動だ。助けを求めるならすぐにでも入るべきだが、そうすれば悠希が危ないと考えたのだろう。だとすれば、そういう相手に追われているということになる。
自分の両手を見つめた。なにか無いのか、と考え、思い浮かばない自分に失望する。再び走りだした。真っすぐな道を進み、また角が現れたのを見て、そこを曲がろうとした。しかし、その前に人影が飛び出してきて激突する。
はっと息の飲み、宮丘さんが俺を見上げた。その顔を見て途端に心が安堵する。よかった、見つかった。
「大丈夫?」
聞いても返事がなく、ただ驚いた表情のまま固まっている。今ここで事情を聴くなんてことは無理だろう。とりあえず学童に戻ったほうがいい。悠希たちも、きっと心配して待っている。
花、と男の声がした。姿は見えないが、曲がり角の先に誰かがいる気配がする。宮丘さんの顔が強張った。俯き、手をゆっくりと上げ、俺の身体を弱い力で押す。
もう一度、名前を呼ぶ声が重く、近づいて聞こえてくる。何も言わずに押してくる手が、まるでこの場から早くいなくなってくれと言っているようだ。
「あぁ、ここにいた」
角から男が姿を現した。先ほどのロングコートを着た男だ。宮丘さんの背中を見つめ、真っすぐに立つ。その目が、俺に向けられる。
「誰ですか?」
「あんたこそ誰だよ」
いつものように感情がそのまま口から出てしまった。けれど、怯えたように目を濡らし、真っ青な顔をしている彼女を目の前にして、冷静に相手を見定めることなんて出来そうにない。
すでに押し返す力はなく、ただ触れたままの手にそっと自分に手を重ねた。小さな息遣いが僅かに聞こえてくる。大丈夫、と思いを込めて握りしめれば、強張った顔が歪む。
「花、また今度二人で話そう。待ってるから」
男が優しい声音でそう言った。返事を待つことなく、俺を見ることもなく、背中を向けてその場を去っていく。足音が小さくなり、聞こえなくなってから、ようやく宮丘さんが安心したように息を吐いた。力が抜けたのかその場で蹲ってしまい、慌ててしゃがんで様子を窺った。
「具合悪い? 気持ち悪い?」
「……だ、大丈夫。ごめんなさい……」
目を瞑り、浅く呼吸を繰り返す姿が痛々しい。汗をかいたのか、前髪が濡れて額に張り付いている。思わず手が伸び、触れた瞬間に驚いた目が俺を見上げた。
「ご、ごめん……っ」
謝る俺に何も言わず、冷静さを取り戻すように目が細められる。
「学童に戻ろう。俺、飛び出して来ちゃったからみんな心配してる」
「でも、今行ったら……」
「もうアイツいないから大丈夫だよ。俺もいるし」
小さく頷くのを見て、両肩を支えるようにそっと触れた。あまり足に力が入らないようだが、ゆっくりと、体重を預けながら立ち上がった。
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