【高校生×OL】スターマインを咲かせて

紅茶風味

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5話-2

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***

 気づけば夜の九時を周っていて、二人とも夕飯を食べていなかったことにようやく気付いた。なにか買ってくる、と言う葵くんを止め、冷蔵庫に残っていた野菜で炒め物を作った。また一人になるのは不安だったし、出来上がったものも申し訳ないくらいにみすぼらしい出来だったけれど、大げさなほど感動してくれたので良かった。

「は? 風呂入んの? 俺のことなんだと思ってんの?」

 来たばかりの時には初々しい態度だったのに、慣れてしまったのか、はたまた私が非常識すぎたのか、馬鹿じゃないのかと言わんばかりの勢いで責められた。そんなことを言われても、汚いままでベッドに入りたくない。たしかに配慮に欠けるのかもしれないけれど、現実的に考えて、風呂抜きはきつい。

 結局、葵くんは私が風呂から上がるまで外に出ていた。早々に上がり、次に入るよう促したけれど、頑なに拒まれてしまった。

 押し入れから家族用の布団を担ぎ出し、ローテーブルを退けた場所に下ろす。ちょうど、歯磨きと洗顔を済ませた葵くんがタオルを片手に戻ってきた。歯ブラシは替えのストックがあったので、それを使ってもらった。

「……まさか、ここで寝ろっていうんじゃないよな」

 先ほどの、風呂に入る私を批難した時と同じ目で言った。

「大丈夫だよ」
「なにが」
「襲わないから」

 私の言葉に、弾かれたように顔を上げて何かを言おうと口を開く。

「お、そ……っ」
「冗談だよ」

 じとりと睨まれてしまい、誤魔化すように少し笑ってみせる。これで私が手を出されても、文句は言えない。男女が同じ部屋にいて、そういう雰囲気になれば、当然の流れだ。けれど、この人はきっとそうしない。今までの言動からか、確信に近い思いがあった。

 葵くんはおもむろに布団に近づくと、それを担いでキッチンへと移動していった。狭いスペースに置き、たわませながら無理やり敷き詰めていく。

「そんなところで寝たら疲れちゃうよ」
「同じ場所で寝るよりマシ」
「嫌なの?」
「嫌とかじゃなくて……」

 困ったように言う姿にだんだんと罪悪感が生まれてきた。寝ている間、見えない場所にいるのは少し不安だけれど、ドアが隔てているわけではないし、声も届くから、まぁ、いいか。

「着替え、なくてごめんね」

 話題を変えるようにそう言えば、べつに平気、と小さく返された。

 電気を消すと途端に真っ暗になり、慌てて豆電気を付ける。いつもはなんとも思わない暗闇が、思いのほか恐怖心を煽った。なんだかんだいって、やっぱり怖い。

「大丈夫?」

 見透かしたかのように、キッチンから心配そうな声が聞こえてきた。

「……なにが?」
「電気、明るくしたから」
「今日は、これで寝ようかな」
「うん」
「声、聞こえると安心するね」
「……そっか」

 優しさを含んだ声を聞き、枕に頬を押し付ける。掛け布団を抱きしめるように引き寄せれば、自然と、ほっと息が漏れた。

 少し沈黙が続き、このまま寝てしまうのかな、と思った頃、「あのさ」と探るように声が聞こえてきた。

「なに?」
「ひとつだけ、聞きたいことがあるんだけど」

 なんだろう。あの人のことかな。あまり突っ込まれたことを聞かれても、答えにくいかもしれない。促すように返事をして続きを待っていると、その、と言いづらそうな声が届く。

「なんで、俺のこと避けてたの」

 予想していなかった質問で、虚を突かれた。そうだった。数日前にも、同じことを聞かれていたのだ。あの時はなんと返事したんだっけ。うやむやになってしまっていた気がする。

「引っ越しの時、なんか嫌なことした? 知らないうちに嫌な思いさせてたんなら、ちゃんと謝りたいから、はっきり言ってほしい」
「ち、違うよ」
「……本当?」
「うん。あの日は私、楽しかったんだよ」

 じゃあ、なんで。という言葉に、どう返したらいいか分からなかった。真希ちゃんと電話で話してから、ずっと年齢のことが気になって頭から離れなかった。

 べつに、歳が離れていることに対して抵抗感があるわけではない。驚きはしたけれど、それでも、そんなものを飛び越えるくらいの魅力を彼に感じていた。

 ただ、明らかに私に対して嘘をついていた。そのことが徐々に心の中で膨れ上がっていって、楽しかった時間とか、微笑ましい姿とか、脳裏にあった記憶が、歪んで見えてしまっていた。

「葵くんは、どうして」

 どうして、本当のことを言ってくれないの? そう言ってしまったら、この心地よい空間は壊れてしまうのだろうか。

「何?」
「どうして、こんなに優しくしてくれるのかな、って」

 はぐらかした言葉は案外彼の核心をついていたようで、え、と漏らし、口ごもるような声に胸がざわついた。

「……べつに、ただ、放っておけないだけ」

 あぁ、やっぱり言わないんだ。好意を抱いてくれているなんて、もしかしたら私の自惚れで、なんとも思われていないのかもしれない。保育士を目指すような優しい人なら、これくらいのこと、ただの人助けに過ぎないのだ。

「ていうか、俺の質問に答えてないんだけど」
「ごめん。ちょっと今週忙しくて、感じ悪くなっちゃってたのかも」
「……嘘くさい」
「本当だよ」

 布団のこすれる音がする。寝返りを打ったのか、不貞腐れて、本格的に寝る体勢になってしまったのか。私も同じように、キッチンに背を向けて掛け布団をずり上げた。寝れるかな。すぐには無理かな。でも、なんだかんだで疲れてるしな。

 目を瞑ると、ほんのりと眠気が降ってくる。次の瞬間、自然と恐怖体験が引きずり出されるかのように、花、とあの声が蘇って聞こえた。

 途端に、黒い渦が心の中を侵食していく。息が吸いづらくなり、不快感が押し寄せる。怖い。どうしよう、やっぱり駄目かもしれない。

「花さん」

 聞こえた声に、目を開けた。柔いオレンジ色の薄明りの中、壁が視界に入る。

「て、呼んでいい……?」

 窺うように、そっと小さく、言葉が続く。

 柔らかい声が、私の名前を呼んだ。まるで恐ろしい記憶をかき消すかのように、耳の中から全身へと広がっていく。込み上げてくる感情に、思わず唇をかみしめた。あぁ、なんだ、私、思っていたよりもずっと、彼のことが好きだ。

 ずいぶんと時間が経ってから、ようやく、いいよ、と絞り出すような声が出た。返事も、衣擦れの音も聞こえてこず、ちゃんと届いているのかは分からなかった。






 翌朝、携帯のアラームで目が覚めた。休日だし、八時でいいか、と深く考えずにセットしてしまったけれど、葵くんの予定は大丈夫だったのだろうか。

 身体を起こし、カーテンから漏れる明かりをぼんやりと見つめる。あんなことがあったのに、よく眠れた。安心させてくれる存在が傍にいたからかもしれない。

 ベッドから出てカーディガンを羽織り、鏡で寝ぐせを整える。寝起きのすっぴんはあまり見せられたものではないが、今更だ。

「葵くん、おはよう」

 言いながらキッチンを覗く。そこで寝ている姿を見て、絶句した。

 掛け布団はぐちゃぐちゃに隅に寄せられ、枕はキッチンの遥か端へと移動し、本人は食器棚にへばりつくような体勢で寝ている。こんな狭いスペースでよくもそこまで乱れられるものだと感心するほどの荒れ具合だ。相当寝相が悪いらしい。

「朝だよ、起きて」

 近づいて肩を揺するも、反応がない。顔も食器棚に密着するほどに近いけど、息できてるのかな。

「おーい」

 肩を強く掴んで引いた。重くて身体を返すことは出来ず、不機嫌そうな声と共に顔がこちらを向いた。目を瞑ったまま眉を寄せた顔をじっと見つめる。かっこいい人って、どんな時でも変わらないんだな。

 ごろりと寝顔りをうち、また安らかな寝顔になっていく。このまま寝かせてあげたいけれど、一応、予定がないのかだけは確認しないと駄目だ。

「八時だよ、今日予定ないの?」
「ん……」

 それは肯定なのか、ただ声が漏れただけなのか。どうしようかと困っていると、その目がうっすらと開いた。寝ぼけたようにゆっくりと瞬きをし、口を開けて呆けている顔が可愛らしくて、思わず笑ってしまった。

「おはよう。起きた?」

 今更だけれど、寒くないのかな。八時といえど、最近の朝は冷え込む。かろうじて足に絡みついている掛け布団は、役に立っているようには見えない。

「ねぇ、寒くな」

 言い終わるよりも前に腕を強く引かれた。覗きこんでいた体勢のまま身体が前傾し、葵くんの胸元に倒れこむ。頬に密着する腕に気付いた時には、しっかりと抱きこまれていた。

「花さん」

 昨夜と同じ優しい声が、少し掠れて耳元で囁かれる。一気に上がっていく体温に、思わず目を強くつむる。熱い、恥ずかしい、息苦しい。抱き寄せられる感覚が、心地よい。

「……さむい」

 ほら、ちゃんと布団を掛けないから。私の高い体温がちょうどいいのか、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる力に、まぁいいか、と身をゆだねた。どうやら完全に寝ぼけていたようで、しばらくしてから、素っ頓狂な声を上げて固まる姿を見て、またおかしくなって笑った。

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