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5話-3
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「やばいこれ全部かわいい全部美味しそうどうしよう」
「真希ちゃん、落ち着いて」
日曜日、朝早くから真希ちゃんから電話がきた。開口一番に「ケーキバイキングに行こう」と言われ、出張先にいるのではないのかとか、家族はどうするのかとか、色々と聞きたいことも聞けないままに待ち合わせ場所を指定された。
こういう突拍子もない行動は、彼女にしてはよくある事だ。だから特別驚くこともなく、むしろ、目の前に広がる色とりどりの小さなケーキを見ているとテンションが上がって誘ってくれたことに感謝した。
「二個ずつとっていこう。花ちゃん、なんでも食べれるよね」
「うん。じゃあ、私はこっち側から取ってくね」
「よろしく!」
電車を乗り継ぎ、大きな駅にある立派なホテルのレストランだ。想像はしていたけれど、それ以上に広くて豪華で高級感が漂っている。夜はきっと手が出せない料金なのだろう。真希ちゃんはまだしも、私のような安月給には昼間のバイキングはとても有難い。
「花ちゃん、全然取り切れなかったぁ」
「盛りすぎ」
一度にいくつ食べるつもりなのだろう。欲に負けたのか、一枚の皿にぎゅうぎゅうに詰めているものだから傾いた拍子に滑り落ちそうで見ていられない。
早々に席に戻ると、それぞれの小皿に好きなケーキを一つとってフォークを構えた。一かけらを掬い、はやる心で口に運ぶ。ふわりと上品な甘さが広がっていった。
「はぁ……うま……」
「おいしいね……」
「うん……幸せ……」
突然の誘いに事情を聞いていなかったけれど、とりあえず一人でいるところを見ると旦那さんと悠希くんは別行動のようだ。嬉しそうに頬張る姿をしばらく眺め、そろそろいいかな、と口を開く。
「今日、どうしたの? 朝の新幹線で来たの?」
出張先は、国内とはいえそこそこ遠い。私の疑問に、うん、と頷くとコーヒーを一口飲む。
「実はね、期間が急に短くなって、昨日で終わったの」
「あ、そうなんだ。よかったね」
「まぁね。戻ってからも忙しそうだけど、とりあえず家に帰れるのは安心したかな」
ずっと、悠希くんのことが心配だったのだろう。旦那さんがいるとはいえ、以前に一度学童で泣いてしまったことを考えると、早く帰るに越したことはない。
「だからさ、学童のお迎えも、もう大丈夫だよ」
驚いてその顔を見つめた。すでに次のケーキに意識が向けられていて、顔を綻ばせながらイチゴにフォークを刺す。
そうか、真希ちゃんが帰ってきたということは、もうお迎えの代行はしなくていいんだ。ただ一週間早まっただけだというのに、突然の虚無感が襲っている。会社帰り、毎日行くのが当たり前になっていたから。
「長い間、ありがとね」
「……うん」
もやもやする心を紛らわせるように、カラフルなフルーツタルトをとって大きく頬張った。甘酸っぱくておいしい。学童でのお迎えの日々が、流れるように頭の中に浮かんでは消える。
べつに、今生の別れというわけではない。会いたくなったら、いつだって連絡をとればいい。今はもう、それが出来るのだから。そう思う反面、弱気な感情が押し寄せてくる。会おうって言ったら、会ってくれるのかな。急に距離が近づいたかと思えば、いつも通りに素っ気なかったり、すごく心配してくれていると思えば、肝心なところは隠したままで。
彼のことが分からない。決定的なことを、何も言わないから。
「花ちゃん、ちょっと元気ないんじゃない?」
「そんなこと、ないよ」
「……あのさ、金曜の日のこと、学童から聞いてるよ」
遠慮がちに私を見ながら言った。途端に心の中が焦りだす。フォークを置き、前のめりになって声を上げた。
「ごめん!」
「へ?」
「あの……っ、学童には入らないようにしたんだけど、でも、バレちゃってるかもしれない。もし、悠希くんや真希ちゃんに迷惑かけちゃったら、わたし」
驚き丸くなった目が、何かを悟ったかのようにすっと細められる。見透かすような視線に、たじろいで言葉を失った。これは、嫌な予感がする。
「ねぇ、もしかして、あいつなの?」
あぁ、やってしまった。完全に私の早とちりだった。よく考えれば分かることだ。学童には、見知らぬ人に突然後をつけられた、と説明してある。彼が私の知り合いであることは、葵くんにしか話していない。そこから情報が漏れるとは思えないし、確実に、真希ちゃんは知らなかった事だ。
「私、墓穴ほった……?」
「さあね。でも、私は怒ってるよ。ちゃんと相談してくれなかったこと」
「ごめん……」
当時、大学生だった私にとって、親戚であり、親よりも歳の近い真希ちゃんは唯一頼れる存在だった。友達に軽々しく相談できる内容ではないし、親に言ったら大事になる。私の繊細な部分を汲んでくれたのか、優しく話を聞き、対策を一緒に考えてくれたのだ。
「どうしてバレたの?」
「分かんないけど、職場を見つけられちゃって……」
「何もされてない?」
「うん。あとつけられて、また話そうって言われただけ」
「またって……」
あれから姿を見せていないし、連絡先だってきっと分かっていない。可能性があるとすれば、職場に現れるか、または、学童の付近に現れるかだ。
「もしまた近づいてきたら、すぐに連絡するんだよ」
「わかった」
「絶対だよ、約束だからね」
真剣な顔で念押しする真希ちゃんを見て、葵くんを思い出した。
彼も同じだった。昨日の朝、後ろ髪を引かれるように家を出て行った時、何度も何度も言われた。何かあったらすぐに連絡して。何もなくても、大丈夫だって、連絡が欲しい。なんでも言ってほしい、遠慮はしてほしくないのだ、と。
携帯を取り出し、目の前に広がる可愛らしいケーキを写真に撮った。少し減ってしまっているけれど、まぁいいか。
「なに撮ってるの。ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ。連絡するから大丈夫」
撮った写真をすぐに葵くんに送る。『悠希くんのお母さんとケーキバイキングに来てるよ』と続け、さらに何事も無く元気だと打ち込もうとしたところで返信がきた。早い。ちょうど携帯を使っていたのかもしれない。
『花さんの顔見たい』
固まり、少しだけ意味を考えた。この流れだと、会いたい、というわけではなく、写真を送れということだろう。こういう直球なところは実に彼らしい。
「真希ちゃん、撮ってもらってもいい?」
「なに、SNS?」
「そんなのやってないよ」
一人で撮られるのも恥ずかしいけれど、真希ちゃんも一緒に、と言うと確実に誰に送るつもりなのだと聞かれてしまう。向けられたレンズに少しはにかみ、恥ずかしさを押し殺しながらなんでもないようにお礼を言って携帯を受け取った。
ケーキを目の前に並べ、へらりと笑った私がいる。なんか、こんな写真送っちゃっていいのかな。まぁいいか。見たいって、向こうから言ってきたんだもんね。迷いだしたらいつまでも送信ボタンが押せなくなりそうで、勢いに任せて送ってしまった。既読がつかないことを数秒確認し、すぐにテーブルの上に伏せる。
再びケーキに手を伸ばしたところで、携帯が震えた。返信がきたかな、と思い、とりあえず一口を頬張っていると、また震える。すぐに見たほうがいいか、と携帯を手にして、三度目の振動がきた。
『おいしそう』
『間違えた』
『ケーキがおいしそう』
なんだこれ。見ている傍から、ぽこぽこと立て続けに送られてくる。『ごめん』『変な意味じゃないから』と、なんだか慌てた様子が伝わってきて、思わず笑ってしまった。
「……は、花ちゃん」
わなわなと震えるような声が聞こえてきた。顔を上げると、真希ちゃんが目を丸め、おかしなものを見るように私を見つめている。
「それ、もしかして篠原君?」
「えっ!」
突然言い当てられて大きな声が出た。周囲に響き、慌てて口を噤む。私の反応を見て、「うわ、当たっちゃったよ」とまだ驚いた様子の顔で言った。
「そんないい感じになってるとは思わなかった」
「ただ写真送っただけじゃん……」
「いやいや……、え? うそでしょ、気づいてないの?」
「なにが」
「めっちゃくちゃ女の顔してたよ」
絶句し、携帯に視線を落とす。送ったばかりの写真が見切れて視界に入り、顔が熱くなった。
「女の顔て」
「言い方を変えよう。こう……、恋してます! って顔」
否定できないものだから、黙るしかない。そんな私に、真希ちゃんは嬉しそうに笑顔を見せる。
「篠原君って、どんな子なの?」
真希ちゃんは、彼が学童で働き始めてからすぐに出張が入ってしまった為、あまり話したことがないらしい。
「うまく言えない。不思議な感じ」
「捉えどころがない感じ?」
「んー。そうでもないかな……。言い方とか、直球だし」
「じゃあ分かりやすいじゃん」
「分かりにくくはないよ」
私の答えに、眉を寄せて首を傾げる。仕方ない。私もまだよく分かっていないのだから。彼のことは好きだし、優しくて、真っすぐで、好印象だ。ただ、もし、今この瞬間に「実はあなたのこと騙してました」と言われても、納得してしまう自分がいる。
結局、信じ切れていないのだ。裏切られる可能性は、常に心のどこかにある。そう思ってしまう原因は、彼が私に本当のことを打ち明けてくれないせいだ。
「なにか気になることがあるの? あのDV野郎より全然いいでしょ?」
「当たり前だよ。優しいもん」
「ならさ、あんまり深いこと考えないで、とりあえず付き合ってみたらどうかな」
「……でも、告白されたわけじゃないし」
そもそも、本当に私のことを好きだと思ってくれているのかどうかも怪しい。昨日生まれた感情が、再び蘇ってくる。私はあまり異性の友人が多い方ではないけれど、近い距離感での交流が普通、という人は案外多い。
「花ちゃんは、告白しないの?」
「え……」
思いもしなかった言葉に驚いた。さも当たり前の疑問かのように言われ、迷う。自分から伝えるだなんて、考えたことも無かった。けれど、どうして、考えなかったんだろう。
「好きなんだよね?」
「う、うん」
「向こうからは、なんか好きでいてくれてるっぽいなー、ていう感じ?」
「そんな、感じ」
「なるほどねぇ」
なにがなるほどなのか、納得した顔で頷く。
「私はまだ篠原君のことよく知らないから、まぁ、想像するしかないんだけどさ。自分の方が年下で、しかも高校生で、相手が社会人ってなったら、普通は気後れするものだよ」
「気後れ……」
「うん、そう」
真希ちゃんがおもむろにケーキに手を伸ばし、一つを皿に移動させた。そのまま食べるのかと思いきや、フォークを持たず、真剣な声が続く。
「もし私が高校生で、大人の人を好きになっちゃったら、怖くてなかなか好きって言えないよ」
「真希ちゃんでも?」
「言えないって。言えたとしても、振られる覚悟じゃないと無理。だって、自分なんて相手にされないんじゃないかっていう不安は感じるでしょ。年齢の差だけが理由で断られても、おかしくないんだから」
ふわりと、心の重石が軽くなった。だから、なのかな。だから彼は、高校生であることを隠しているのかな。
「なんて言って。女子高生だったころ思い出して妄想しちゃった」
「そういえば、若い先生のこと気になったりしてたよね」
「そうそう! で、他の若い女の先生と噂たってがっかりしたりねー」
そうだった。たとえ卒業間近だとしても、高校に通っている間は、世界が狭い。大人に対する気後れはある。
もし、私が彼に好きだと言ったら、本当のことを教えてくれるのだろうか。嘘なんかつかなくていいのだと、距離を縮めてくれるのだろうか。ふと、返信を全くしていなかったことに気付いた。あの連投の後に放置してしまったのはあまりよくなかったかもしれない。
『今度また、葵くんも一緒に』
そこまで打ち、止まった。少し迷い、後半を消して打ち直す。
『今度、一緒に来ようね』
送ってから後悔の波が押し寄せてきた。もっとやんわりと、よかったら、とか、気が向いたら、とか、付ければよかった。こんな断りづらい言い方をしたら、面倒がられてしまう。
しかし、数秒で返ってきた返信を見て、不安が一瞬で吹き飛んでいった。
『絶対行く』
まるで目の前で言われたかのように、少し必死さを含んだ、あの真っすぐな目が思い浮かぶ。
「また女の顔になってる」
ケーキを頬張りながら真希ちゃんに言われ、慌てて携帯をしまった。
「だから、変な言い方しないでって」
「えー、だって間違ってないし。……あ、いいの思いついた」
「なに」
「乙女の顔」
「おとめ……」
「ちょっとかわいいでしょ」
たしかに、ちょっとかわいい。
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