【高校生×OL】スターマインを咲かせて

紅茶風味

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6話-1

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 金曜日の夜のことを思い出すと、色々な感情が入り混じって心が落ち着かなくなる。

 あの男の言動を考えると不安な気持ちが大きくなるし、怯える彼女は見ていてとても苦しかった。昔付き合っていた仲だという事実を打ち明けてくれたのは、それなりに信頼してくれたからなのだと思うが、面白くないという感情は少なからず芽生えた。

 その反面、頼ってもらえたことが嬉しかった。一人暮らしの家、しかもその相手が好きな人ともなれば、平常心でいられるわけがない。そんな俺の気持ちを彼女は当然知らないわけで、それどころか男としても見られていないのではないかと思うような行動に始終振り回された。

 無意識に抱きしめていた、あの暖かい体温が忘れられない。名前で呼びたいという我儘に、もう寝てしまったと思っていた暗闇から返事があった時、嬉しさで思わず近づいてしまいたくなった。

 正直、浮かれていたのだと思う。確実に縮まった距離に、その先を期待してしまっている。このまま告白したら、もしかしたら上手くいくのではないかと。

 だから、目の前にいる人物を見て、自分でも驚くほど落胆してしまうのだ。

「そんな顔しないでくださいよ、ちゃんと本物だから」

 四倉悠希の母だと名乗る女性は、保護者カードをこちらに向け、少し不貞腐れたような顔で言った。

「まぁ、ろくにお迎えにも来ない親の顔なんて覚えてないですよね」

 卑屈な言葉に、気を悪くさせてしまったかと慌てる。

「いや、そうじゃなくて……、花さ、宮丘さんは?」
「今、名前で呼んだ?」
「呼んでません」
「花ちゃんのお迎えは金曜で終わりです」

 わざとなのか、普段からそう呼んでいるのか、妙な笑顔で言った言葉に、驚いて固まった。終わり? なんで? いや、元々、仕事の都合で来られない母親の代わりだったのだから、それが解消されればお迎えが終わるのは当然だ。

 そういえば、昨日、ケーキバイキングに行ったと連絡をくれた時、「悠希の母親と一緒」だと言っていた気がする。写真を送ってくれたことが嬉しくて、あまり深く考えていなかったけれど、それは一時的な帰宅ではなく、出張が終わったということだったのだ。

「知らなかったんですか? 今朝、こちらには電話したんですけど」
「……俺には伝わってなかったみたいです」

 悠希に母親が来たことを知らせに行くと、待ち構えていたのか、すでに帰り支度を終えていた。満面の笑みを見せながら駆け寄っていく姿を見て、やはり母親の存在は大きいのだと実感する。

「あおちゃんバイバイ」
「気を付けて帰れよ」

 小さな手を振り、反対の手で母親の手を握る姿を見送った。先週までは、隣にいるのは花さんだった。最後の日を心の中でカウントダウンしていたのに、呆気なく終わってしまった。もう、この当たり前だった数分を一緒に過ごすことはないのだな。そう思うと、虚無感が襲ってくる。

 べつに会えなくなったわけではない。連絡先を知っているのだから、いつだって会える。家だって知っている、という思考は危ないか。でも、昨日、ケーキバイキングに一緒に行こうと、彼女の方から誘ってくれたのだ。会話上の社交辞令かもしれないが、少なくとも、会う気のない人に対してそんなことは言わない。

 お迎えの時間が終わり、戸締りをして職員と別れる。小雨がずっと降っていたようで、今は上がった空も、暗く湿り気を帯びていた。地面のアスファルトが、一層黒く見える。

 駅まで行く時間がもどかしく、道中で足を止めて携帯をいじった。

『お迎え、終わったの知らなかった』

 送ってすぐに歩き出し、駅に着いたと同時に携帯が震える。

『昨日決まったの。伝えてなくてごめんね』

 咎めるつもりで言ったわけではないのに、謝られてしまって少し焦った。考えてみれば、子供のお迎えなんて一度も経験の無い人が、突然会社帰りに毎日通えと言われたのだ。勝手も分からず大変だったろうし、今は解放感を感じている時かもしれない。

『ちょっと驚いただけ。三週間、お疲れ様』

 駅の改札を潜り、ホームへ行き、電車を待つ。あまり大きな駅ではなく、住宅地なせいもあって、十九時台でも人は少ない。ポケットの中で、携帯が震えた。見れば、ありがとう、という言葉の後に、可愛らしい犬のスタンプが続いている。

 次はいつ会える? 誘ったら会ってくれる? もう、会えないなんてことにはならないよね。不安な気持ちが広がらないように、自分の欲ばかりが膨張して溢れ出しそうになっている。嫌われたくない、けど、こういう時の駆け引きのようなものが自分には上手く出来ない。

『葵くんも、いつも学童の仕事お疲れ様』

 何と送ろうかと迷っていると、向こうから先に来た。その暖かい言葉に、心が穏やかになっていく。つい、指先が無意識に動いた。

『また会いたい』

 すぐに既読にならないのをいいことに、尚も続ける。

『ケーキ食べに行こう』
『週末なら空いてるよね』

 本当は、今すぐに会いたい。顔が見たい。声が聞きたい。今日あった出来事とか、どんなこと考えてるのかとか、俺の知らない花さんのことを沢山聞かせてほしい。

 ホームに大きく風が吹き、電車が到着した。乗り込んですぐに入口付近に立つ。既読の付いた自分のメッセージを眺めていると、ドアが閉まって発車した。

 このまま彼女の家まで行ければいいのに。恋人同士という立場であればそれも出来るのだろうけど、今やればただの常識知らずだ。あの男と大して変わらなくなってしまう。

 こうして普通にやりとりが出来るところを見るに、あれから男は姿を見せていないのだろう。きっと、常に不安感が付きまとっているはずだ。あの時、一人でいると怖い、と泣く姿は普通ではなかった。大丈夫か、と声を掛けたい気持ちと、思い出させるようなことはしない方がいいという自制心が、行ったり来たりしている。

 携帯が震え、弾かれるように画面を見た。

『私も、会って話したいことがある』

 意味深な言葉に、心の中がざわついた。それは、良いことなのか、悪いことなのか。

『でも、その前に大事な用事があるから、すぐには無理かな』

 社会人が色々と忙しいことは兄や父を見ていれば分かる。仕事の時間以外にも、面倒事が多いのだと二人ともよく愚痴を零していたから。

『じゃあ、大丈夫になったら教えて』

 そう送ると、すぐに『わかった』と返事がきた。会話の終わりを名残惜しんでいると、再び犬のスタンプが送られてきて、気の緩んだ絵柄に、ふっと息が漏れた。

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