サンタの願いと贈り物

紅茶風味

文字の大きさ
1 / 53

【淳平編】1話-1

しおりを挟む

「実は私、サンタクロースなんです」

 女が神妙な面持ちで、そう言った。静かな公園には助けを求められる相手も、逃げられる場所もなく、僕はそっと葵の身体を抱きしめた。とんだ変質者に遭遇してしまったようだ。



 十一月の半ば、その日はいつもと変わらない朝だった。

 六時に起き、家族を起こさないようにそっと部屋を出て、リビングで朝ごはんの準備を始める。

 湯を沸かし、目玉焼きを作り、食パンで野菜を適当に挟み、果物を切る。慣れたルーティーンをこなし、テーブルに食事を用意してからリビングを出た。寝室のドアを遠慮なく開けると、暗闇のその中から二つの寝息が聞こえてくる。

「朝だぞ、起きろ」

 ダブルベッドに、大きな塊と小さな塊がある。僕の声に、小さな塊の方が反応した。掛け布団の中でうごめき、数秒後に上半身が起き上がる。

「おはよう」

 僕が言うと、葵は声にならないようなかすれ声で「おはよう」と言った。小さな手で片目を擦っている。

「もう朝ごはん出来てるから。お父さん起こして、連れてきてくれるか」
「うん」

 葵の手が、隣で寝ている父親の背中に伸びるのを横目で見ながら、部屋を後にした。低い唸り声が、開け放した部屋の中から聞こえてくる。

 リビングに戻り、テレビの電源を付けた。いつも見ているニュース番組にチャンネルを変えたが、なぜかそこに映っているのは見知らぬキャスターだった。

 ぼんやりと眺めていると、父と葵が来た。父は短髪を四方八方に向けながら、荒んだ目で僕を見る。

「ひどい」
「何が」
「嫌がらせだ」

 何を言っているのか分からないが、ひどいひどいと繰り返しながら自分の席に座った。葵もその向かいにある子供用の椅子に座る。

 大きなダイニングテーブルには、空席が一つある。そこには常に母の写真が置かれている。キッチンに一番近く、移動をするのに楽な席だ。ここがいつもの、母の席だった。

 母が亡くなったのは、葵が生まれた時だった。もともと身体の弱い母は、出産に伴うリスクが高かったらしい。僕を産んだ時も難産であったと、母が亡くなってしばらくしてから、父から聞かされた。

 当時、中学一年生だった僕は、母の死と、それと引き換えに生まれた新しい命に感情が追いついていかなかった。嬉しいはずなのに喜べない、悲しいはずなのに泣けない、そんな矛盾した感覚だ。

 学校から家に帰り、ゲージの中にいる葵を見ると、自然と母の記憶が蘇ってくる。それは、常に頭の中にいる笑顔の母だけではなく、日常の何でもない光景や、僕を叱る時の怒った姿など、生き生きとした母の思い出だった。まるで、葵の中に母が眠っているかのように感じた。

 夕飯時、そのことを父に話した。僕の言葉を聞き、父は泣いた。箸を握り締め、声が漏れないように耐えながら、大粒の涙を流し続ける父を見て、僕も泣いた。母が亡くなった日から、ずっと蓄えていた涙が、一斉に溢れ出したようだった。

 家の手伝いをするうちに、掃除も洗濯も料理も、一通りの家事はなんでも出来るようになった。葵の面倒も、分からないなりに頑張っていたと思う。

 葵は僕によく懐いた。成長し、一人で歩けるようになると、どこに行くにも僕の傍にいるようになった。トイレに行けばドアの前まで付いて来るし、テレビを見ている時には常に隣にくっついていた。視線を向ければ、笑顔にはならないものの、その小さな手をいっぱいに伸ばして僕の身体を抱きしめる。

 葵は四歳になり、僕は十六歳になった。子供の成長は早いものだと、最近になってつくづく思う。四歳のわりには身体が小さく、喋る言葉も少ないが、四年前の赤ん坊の姿を思い出すと、短い間にとても多くの事が出来るようになったと、親のような目線で見てしまう自分がいる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ハチミツ色の絵の具に溺れたい

桃本もも
青春
大学生になったばかりの梅若佐保には、ひとつだけ悔やんでも悔やみきれないことがあった。 高校で唯一仲良くしていた美術部の後輩、茜谷まほろが事故に遭うきっかけを作ってしまったことだ。 まほろは一命を取りとめたものの、意識不明がつづいている。 まほろがいない、無味乾燥な日々。 そんな佐保のもとに、入院しているはずのまほろが現れる。 「あたし、やりたいことがあって、先輩のところに来たんです」 意識だけの存在になったまほろとの、不思議なふたり暮らしがはじまる――

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...