サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【淳平編】3話-3

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 夕食を終え、明日の保育園の準備をし、ベッドの中で葵が寝息を立て始めた頃、父が帰宅した。時刻は、九時を回ろうとしている。

 父は酷く疲れた様子でリビングに入ってくると、ダイニングの椅子に腰を下ろして大きく息を吐いた。乱暴に投げ捨てた鞄が、足元に転がっている。

「あぁ、疲れた」
「おつかれ」
「夕飯は何?」
「無いけど」

 僕の返事に、数秒置いて反応する。え、と驚いた表情が何だか腹立たしくて、少し低めの声が出た。

「昨日も一昨日も、食べて帰って来たじゃないか」

 怒気を含んだ声に気づいたのか、父が戸惑ったように口ごもる。仕事が忙しいのは分かっている。例の事件に進展があったのだ。

 犯人が捕まえられるかもしれない、と嬉しそうに酔っ払っていたのは一週間ほど前のこと。しかしその翌日、新しく幼児の遺体が発見され、その日から父の帰宅は極端に遅くなった。夜の九時はまだ早いほうだ。

 遅くなる日は、事前に携帯に連絡がくる。夕飯は家で食べるのか、外で済ませてくるのかも、必ず知らせてくれる。昨日と一昨日は食べて帰ると書いてあったし、今日は家で食べると書いてあった。

 だから、父が戸惑うのは当然だ。伝えてあるにも関わらず、用意されていなかったのだから。

 怒ればいいのに、と思う。ちゃんと伝えたじゃないか、と声を上げればいいのだ。そうすれば感情をぶつけ合うことができる。僕も、理不尽な理由を吐き捨てることができる。ただ困った息子を見つめて愛想笑いをするだけでは、その先に進むことができない。

「あ、じゃあ、ラーメンでも食べようかな」

 そう言って椅子から立つと、戸棚の奥からカップメンを取り出してキッチンに入った。やかんに水を入れ、コンロで火を付ける音が聞こえる。

「葵のこと、話したい」

 僕が言うと、姿の見えなくなっていた父が、顔だけ覗かせた。

「え、何か言った?」
「葵のことだよ。前から言ってるだろ」

 キッチンに近づき、強く言った。父の顔が瞬時に曇る。

「今は、ちょっと……」
「何で? いつもより早く帰って来られたんだから、話す時間あるだろ」
「疲れてるんだ」

 もう何度も聞いた言葉だった。あの日、カバの公園で日野に葵の願いを聞いてから、その事が頭から離れなかった。日野の言う通り、ちゃんと家族で話し合った方がいいと思った。すぐに父の仕事が忙しくなってしまったので、タイミングを見計らいながら内容を伝えた。

 母の名前が出た時点で、父は逃げ腰になった。そもそも、母が亡くなった後、葬儀や仏壇の用意、納骨などについてきちんと話し合った記憶がない。中学生だった当時では大した意見は言えなかったかもしれないが、説明をされれば、理解はできる。

 更に四年経った今でも、母の話を二人でしたことなど一度も無い。あの頃から変わらず、ふわふわとした空気だけが僕と父との間に漂っている。

「疲れてるのは分かってる。少しだけでいいから、話そうよ。今日だって葵が」
「ごめん。また今度」

 僕の言葉を遮るようにして、父が言った。背中を丸め、コンロの上のやかんをただ見つめている。腹の底から、言いようの無い感覚が湧き出てくる。怒りというよりも、焦燥感のような掻き立てられる感情だ。

「そんなんだから、駄目なんだ」

 父の顔が、やかんを見つめたまま強張った。

「葵は今でも、いつか母さんに会えると思ってる。いつかこの家に帰ってくるって、本気で思ってるんだよ。父さんはそのこと、何とも思わないのかよ」

 やかんの口から細い湯気と共に、高音が漏れ響いた。父はその音に弾かれたように顔を上げると、急いで火を消した。音はすぐに止み、キッチンに沈黙が流れる。

 動こうとしない父に、肩を落として脱力した。何も言わず、黙って立っている。僕がいなくなるのを待っているのだ。いつも通りの様子についため息が出るが、思いのほか小さすぎて、父には届かなかったようだ。

「……ハンバーグ、冷蔵庫にあるから」

 父の顔を見ずにそう言って、返事を待たずにキッチンを出た。廊下を歩き、自室に入るとベッドに潜り込む。頭の中がぐしゃぐしゃする。考えれば考えるほど、心が重くなっていく。

 母さんがいてくれたらいいのに、と、はっきりとした感情が脳裏に浮かぶ。ほんの少しだけでいいから、寄りかかりたい、頼りたい。大丈夫だよ、と笑顔を見せてくれるだけで、きっと心はとてつもなく軽くなる。
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