サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【淳平編】4話-2

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 鍋がぐつぐつと音を立て始めた。火を弱め、蓋を開けて中の具材を寄せ、そこに豚肉を入れる。風呂場から、父のカウントする声が聞こえてくる。

 再びリビングで腰を下ろし、携帯電話を取り出した。昼間に開いたままの電話帳画面が、点灯して映し出される。

 何度か通話ボタンを押そうとしたが、思い切れずにいる。

 電話をしてどうするというのだ。何の用だと聞かれたら、様子がおかしかったから気になって、と言うのか? それとも、葵が会いたがっているから、とだしに使うのか。土日に会う約束をしていたのだから、その土日になったけど、どう? と都合を伺ってみるか。この大雨でどうも何もない。

 朝から繰り返している問答が再び脳内で始まった。さすがに疲れてきた。そんなに悩むことではないだろう、と、もう一人の冷静な自分が言う。日野は僕の携帯番号を知らない。ワンコールをせずに別れてしまったからだ。それならば、こちらから電話をかければいいだけのことだ。

 思い切って通話ボタンを押した。液晶画面で番号が点滅するのを見ながら、今じゃなかったかな、と少し後悔した。耳にあて、呼び出し音を聞いていると、しばらくしてその音が止む。

『……はい』

 小さな女の声がした。本当に日野だろうか、と疑うほど、弱々しい声だ。

「あの、えっと、日野……さん、ですか?」

 なぜか敬語になる。

『はい、そうです。どちら様でしょうか……?』
「篠原だけど」

 返事がなく、沈黙が流れた。数秒の後、淳平です、と言い直すと、間髪いれずに
「え!」と大きな声が返ってきた。本物の日野だった。

『淳平くん、ですか……、ああ、そっか、番号教えましたもんね』
「急にごめん」
『いえいえ、うれしいです。まさか、淳平くんから電話をしてもらえるなんて』

 そう言う声が、尻すぼみに小さくなる。何だか声に張りがない。いつもの喋り方とは違って、やはり弱々しい感じがする。

「風邪でもひいてるのか?」
『え、いや……あ、ハイ』
「どっちだよ」
『あの、ちょっと、体調を崩していて……。すみません、次の日、公園に行こうと思ってたんですけど』

 五日前の次の日から体調を崩しているということは、今日で四日目ということになる。帰り際に様子がおかしかったことを考えると、あの時から既に体調の変化を感じていたのではないか。

「ちょっと長くないか、本当に風邪なのか?」
『あの、えっと、その』

 日野は掠れた声で、煮えきらない言葉を放つ。

「熱は? 病院には行った? ていうか、ちゃんとおとなしく寝てるんだろうな」
『なんだか、お母さんみたいです』

 僕の心配をよそに、おかしそうに言われた。

「家族は一緒にいるのか?」
『いえ、一人暮らしなので……』

 少し言葉が途切れ、慌てて繕うように「でも、ちゃんとしてます、ちゃんと寝てます」と言う。それが逆に、ちゃんと出来ていないことを隠しているように感じる。素直に、じゃあお大事に、と受け入れることができない。

「あのさ、迷惑じゃなかったら、何か買っていくけど」
『は……え、うちに、ですか……?』

 一人暮らしの女性の家に行くというのは、たとえ高校生でも非常識な発言だっただろうか。日野のうろたえる様子が目に見えて分かったが、黙って返事を待った。やがて、掠れた返事がかえってくる。

『ありがとうございます……実は、昨日から何も食べていないんです……』

 僕は自分の非常識な発言を称えた。



 日野の家は、学校の最寄り駅の近くだった。教えてもらった住所を、携帯の地図で検索した。学校や公園のある方角とは反対のようだ。鍋の火を止め、自分の部屋に戻るとコートを羽織る。

 財布に金が入っていることを確認していると、風呂場のドアが開け閉めされる音が聞こえてきた。脱衣所のドア越しに出かけることを告げれば、父が驚いて声を上げた。なんで、どうして、という喚き声を無視して玄関に向かい、傘を手にとって素早く家を出た。

 外の空気は冷たく、素肌を晒した顔に突き刺さる。雨は衰える様子を全く見せず、盛大な音を立てながら傘に降り注いだ。自分の白い息を見て、マスクを付けれくればよかったと思った。父と葵は大そう楽しそうに帰ってきていたが、寒くは無かったのだろうか。

 定期券で改札をくぐり、学校方面の電車に乗る。ドアの近くに立ち、すでに暗くなっている外を眺めた。

 そういえば、と携帯を取り出した。放置している鍋のことを伝えなければいけない。肉の灰汁をとって、葉野菜と豆腐を入れてから食べてください。そう打とうとして画面を見れば、父から困惑したメールが大量に届いていた。
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