サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【葵編】1話-2

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「はぁ、さっぱりした」

 兄がタオルを頭にかけて戻ってきた。キッチンの冷蔵庫へと直行し、ビール缶を開けて音を鳴らす。

「おかず、温めてないな」
「うん、ごめん」
「……父さんに連絡は?」

 していない。と言うとまた怒るだろうなと思い、黙った。キッチンから顔を出した兄にへらりと笑顔を見せると、その目がすっと細められた。

 今日は兄の家に泊まるので明日帰る、という内容を短く送ると、すぐに父から返信がきた。昔は仕事で忙しかった父も、今では普通の会社員になり、毎日定時上がりだ。気をつけろよ、という内容に、何を気を付けることがあるのだと溜息が漏れる。

 あの事件以来、父は度を増して過保護になった。それは兄に対しても同様だ。聞くところによると、連れ去らわれた俺を助け出す為に兄もかなりの無茶をしたようで、そのことが父のトラウマとなっているらしい。

 犯人の手によって俺は薬を投与されていたが、幸い、身体に悪い影響が残ることはなかった。日野が命を与えたことにより、身体が一度リセットされたのかもしれない。ただ一つだけ、あの時から変わったことがある。

「父さんに連絡……」
「したってば」

 夕飯を運びながらしつこく言う兄に、うんざりしながら返す。きっと、このまま放っておくと兄に連絡がいってしまうのだろう。それなら、よし、と小さく頷いてテーブルにつくのを見て、広げていた教科書を退かして向かいに座った。

 あ、と何かに気付いたように兄が声を上げる。

「しまった、箸忘れた」

 その言葉に、咄嗟に手を差し出した。ほとんど無意識だった。そこにある真新しい一膳の箸を見て、兄が眉を寄せる。

「またそうやって、すぐに力を使うな」
「うっかり」
「……いつも使ってないと、うっかりはやらないだろ」

 指摘通り、もはやそれは日常と化していた。忘れ物をした時、突然何かが必要になった時、それが道徳に反するものでない限りは生成を試す癖がついている。そうやって繰り返すことによって、生み出せる物がどんどんと増えていくのだ。

 この力が芽生えたのは、あの事件のすぐ後だ。兄と二人で外出していた時で、空いた電車の中にいた。黙ってシートに座っていると、目の前に突然、紙パックの飲料が現れた。

 驚いて呆けた。たしかにその時、のどが渇いていた。いつかのリンゴジュールを、心のどこかで思い浮かべていたのかもしれない。

 兄はそれを見て泣いた。俺は起きた事実と兄の姿に狼狽えたが、これを生み出したのは自分なのだという、確かな手ごたえに高揚していた。

「そういえば、そろそろ進路希望出す頃じゃないか?」

 いつの間にかいなくなっていた兄が、俺の分の箸を持って戻ってきた。自分のは先ほど出したものを使うらしい。はい、と渡されたそれを受け取り、嫌な話題に生返事をする。

「あぁ、うん」
「行きたい大学あるのか?」
「ないよ」
「まぁ、お前の成績ならそこそこのところ行けるだろ。やりたい事なんて大学通いながら見つければいいんだし」

 なんと答えたらいいのか分からず、うん、と小さく返事をした。

 次の日、朝早くから兄は出かけていった。寝ぼけ眼で見送り、一人でテレビを見ながら食パンをかじる。窓から見える空は晴天だ。今頃、被害現場の近くで聞き込みでもしているのだろうか。

 十二年前の幼児殺害事件の犯人は、まだ捕まっていない。俺を連れ去った男は兄と日野の追跡によって確保したが、彼はただの実行犯に過ぎず、真犯人は他にいたのだ。それが分かったのは、五年が経ち、兄が大学四年生になる頃だった。

 ちょうど俺に物を生み出す力が現れたタイミングだったことが、後押しになったのかもしれない。兄は大学卒業後に警察学校へ入学し、今では当時の父と同じ部署で働いている。

 こうして休日も真犯人探しに勤しむ兄の姿を見ていると、居たたまれない気持ちになる。日野が死んだことは悲しいし、真犯人が今もどこかにいると思うと悔しい。日野の顔はぼんやりとしか思い出せないが、彼女に懐いていた暖かな感覚は今でもすぐ傍にある。

 それでも、過去に囚われている兄を見るのはつらかった。自分が捕まったりしなければ、自分が命を落としたりしなければ、もっと、他のやりたい道に進んでいたのではないかと思うからだ。

『昼食、十二時に駅前でいい?』

 リビングのソファでくつろぎながら、兄にメッセージを送った。昨夜、気になるラーメン屋があると言われていたのだ。それなら明日の昼食に一緒に行こうと提案し、今に至る。

『悪い。遠くまで移動しちゃったから無理だ』

 すぐさまきた返事に、無言で顔をしかめた。こうなる予感はしていた。兄はよく俺のことをマイペースだと咎めるが、それは自分の方ではないかと思う。約束を急遽キャンセルされることなど数えきれないほどあるし、事後になってから「忘れていた」と言われることも少なくない。

『そんなんじゃ、ひのりんも愛想つかすよ』

 そこまで打ち、思い直して消した。もちろん冗談のつもりだが、今の兄には通じないだろう。

『帰る』

 それだけ送ると、携帯を放り投げてソファに寝転がった。
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