サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【葵編】2話-3

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 次の日、学校を終えてすぐにカバの公園へ向かった。あのおもちゃのことが心の中に引っかかって仕方がないのだ。公園に行って何かがあるわけでもないのだが、何もせずにもやもやとしている感覚に耐えているのがつらかった。

 家には戻らず、電車を降りてそのまま公園へと歩き出す。小さい頃には遠く感じていた道のりも、今となっては何てことない距離だ。

 カバの滑り台は相変わらず大きかった。俺はついに滑ることなく高校生になってしまったが、それが惜しいとは感じない。どうにもあれの魅力はよく分からない。

 平日の夕刻、人の姿はそこそこあるが、子供は少ない。十二年経った今でも、殺害事件のあった公園というレッテルは剥がれないでいる。

 静かに時間の流れる中、周囲を見回しながらゆっくりと歩く。なにも変わっていない。人が減り、遊具は劣化したけれど、流れる空気は当時を懐かしく思い出させてくれる。

 砂場に着き、足を踏み入れてしゃがんだ。手で触れれば、柔らかく指先が沈んでいく。ここで日野と遊んだ。兄もいて、三人で楽しく遊んだ。覚えていないはずなのに、懐かしい感覚だけが蘇ってくる。

 あのバケツとシャベルを見てから、ずっと感じていたことがある。丸ごと消えてしまった当時の記憶の中に、大事な何かがある。忘れてはいけないことを、忘れている。あの日、事件のあった日、自分は何を見て、何を忘れてしまったのだろう。

「葵?」

 その声にはっとして顔を上げた。しゃがみこんだまま振り返ると、砂場のすぐ傍に兄がいた。スーツを着ているから、仕事終わりだろう。

「お前、こんなところで何してるんだ」
「えっと……」

 何をしているのかと聞かれても、自分でもよく分からないので答えようがない。別に何も、と小さく返せば、怪訝そうな顔をされる。当然だ、日野との思い出が残る砂場で蹲っていて、何もないわけがない。

「兄ちゃんは、仕事さぼり?」
「違う。終わった帰りだ。ちゃんと鞄持ってるだろ」
「あっそう」

 きっとまた、いつものように犯人捜しの手掛かりがないか、見て回っていたのだろう。この公園は、三つの殺害事件の内の一つだ。

「なぁ、お前もしかして」
「俺帰るから。じゃあね」

 何を聞かれるのかと怖く感じ、遮るようにして言った。兄は眉を寄せて黙ったが、息を小さく吐いて頷いた。

「送っていくよ」
「いいよ、ガキじゃないんだし」
「僕にとってはガキなんだよ」

 有無を言わせず背中を向けられてしまい、黙って立ち上がった。肩からずり落ちていた鞄が砂まみれになっていて、手で払うとはらはらと舞って落ちた。

 公園を出て家に向かおうとすると、兄が反対側へと歩き出した。間違えたのかと思い気づくのを待つが、構わずどんどんと進んでいってしまう。

「おーい、そっちじゃないって」

 声を上げると、僅かに振り返り、小さく言う。

「葵、来て」

 なんだか少し、様子がおかしい。ふざけているようには見えず、軽口を叩ける雰囲気でもない。仕方なく駆け寄り、隣を歩いた。

 保育園への道のりを、こうしてよく一緒に歩いた。当時は周囲の景色なんて意識して見ていなかっただろうに、隣に兄がいるせいか、見える光景がとても懐かしく感じる。あんなに大きく感じていた兄が、同じ背丈になった。顔立ちも、立派な大人だ。

 そうして歩いているうちに、段々と不安感が生まれてきた。このままだと、本当に保育園に着いてしまう。そこまで思い、はっとした。それが目的なのではないだろうか。

「兄ちゃん、帰ろう」

 呼びかけても、答えてくれない。

「あそこ行ったって、どうしようもないよ」
「でも、もう着いたよ」
「え?」

 笑顔で言い、立ち止まった兄に倣って足を止めた。もう着いた、と言うが、そこに保育園はない。

「ここ?」
「そうだよ。道なんて覚えてないか」

 そう言いながら兄が目の前の建物に顔を向ける。そこにあるのは、建築中の建物だ。側面に半透明のシートが張られ、中の骨組みが見え隠れしている。

「もしかして、取り壊されたの?」
「もう随分前だよ。マンションが建つんだってさ」
「……そう、なんだ」

 知らなかった。保育園も、公園も、なんとなく足が向かなくて近づくことが無かったから。父は知っていたのかもしれないが、敢えて思い出させるようなことは言わないだろう。

 保育園の外観は今でも思い出せる。そこで過ごした記憶もたくさん頭の中に残っているのに、こうして違う建物がある様を見ると、幻であったかのような錯覚にとらわれる。

「みんな、前に進んでる」

 兄が、呟くように言った。

「父さんも、あの事件に関わった人も、みんな、自分の人生を歩んでる。僕だって、好きで犯人を追ってるんだ。過去で立ち止まってるわけじゃない」

 その目が、優しく俺を見る。

「お前はもう、気にしなくていい」
「……気にして、ない」

 思わず言葉が詰まってしまい、兄がおかしそうに目を細めた。

「分かりやすいな、お前」
「うるさいな」
「……いいんだよ、葵は葵の道を進めば。やりたい事思い切りやって、笑顔でいてくれよ。日野だって、それを望んでるはずだ」

 その名前を出すのは卑怯ではないか。普段滅多に彼女に関することを口にしないのに、こういう時に持ち出されたら、弱い心がぐらついてしまう。

「ひのりんの両親は、俺のせいで死んだって思ってるよ」
「思ってないよ」
「お墓の場所、教えてくれないじゃん」
「僕が犯人捕まえて、それを手土産に教えろって言ってくるよ」

 らしくない強気な発言に驚いて顔を上げれば、柔らかな笑顔が向けられていた。無条件に安心させられるその表情を見て、あぁ、兄の顔だ、と思った。

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