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第22話『算数ガチャポン』

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■ 算数ガチャポン

 ガチャポンとは、お金を入れてダイヤルを回すとカプセルに入ったおもちゃなどが出てくる機械のことである。地球一家6人が新しい星に着いて商店街を歩いていると、ガチャポンが至る所に置いてあるのが目に入った。大流行しているのだろうか。

 ガチャポンの中身をよく見ると、おもちゃだけでなく、文房具だったり、本だったり、さまざまだ。老若男女、大勢の人が行列を作っている。ガチャポンが完全に生活の一部になっているようだ。それを見て、母が昔のことを思い出した。
「タクが小学校に上がる頃、戦隊のカラーレンジャーの人形に夢中になったのを思い出すわね。あの時は大変だったわ」
 タクにとっては苦い思い出である。カラーレンジャーは5人組の戦隊だが、5種類簡単にはそろわず、よく泣いていたのだ。

 カラーレンジャーと聞いて、ジュンがクイズを突然思い付いた。
「リコ、クイズを出そう。ガチャポンで全種類集めることをコンプリートと言うんだけど、5種類集めてコンプリートするには、何回回す必要があるかな?」
「うーん、5回?」
「それは甘いな。一番運のいい人は5回で5種類集められるけど、全部そろわずに、同じのが何回も出るだろ」
「あ、そうか」
「計算の仕方は省略するけど、5種類コンプリートするには、平均的には11回くらい回す必要がある。もちろん、運が悪い人は何十回やってもコンプリートできない」
「ジュン、その考えもまだ甘いよ」
 ミサに横からそう言われて、ジュンは少しむっとした。
「計算は合ってるよ。何が甘いんだ、ミサ?」
「テレビで言ってたんだけど、一種類だけなかなか出ないことが多いんだって。そうやって損するようにできてるのよ、ガチャポンは」

 確かに、タクのカラーレンジャーの時も、黒レンジャーが出ずに赤レンジャーや青レンジャーばかり何個も出て困った。だが最終的には黒レンジャーが出て、コンプリートできたのだ。しかし、その後すぐに飽きて全部捨ててしまった。集めている間は楽しかったのだが、全種類そろったとたんに気が抜けてしまったというわけだ。

 タクの思い出話をしているうちに、6人はホストハウスに到着し、若い夫妻に迎えられた。リビングに大きな本棚があり、よく見ると同じ本ばかり何冊もある。
「あ、この小説は5巻セットなんですけど、肝心の第1巻がなかなか出なくてね。出るまでやってたら、2巻から5巻までがこんなにたくさん出てしまって」
 HF(ホストファーザー)が説明した。それって、ガチャポンのこと?
「そう、本はお店では買えません。ガチャポンで手に入れるしかないんです。おもちゃやアクセサリー、文房具、全部ガチャポンなんですよ。おかげで、同じ物がいくつもたまってしまいました。でも、全種類必ず入っているのがガチャポンのルールですから、根気よく回していれば、必ずいつか出てきます」

 ホスト夫妻は、この家の二階でガチャポンの中身を作る仕事をしているという。タクが興味を示し、ジュンも一緒に仕事の様子を見せてもらうことになった。地球一家のほかの4人は、観光に出かけることにした。

 ジュンとタクが二階に上がると、まずHM(ホストマザー)の机に案内された。
「私が作っているのは、このモンスターのフィギュアよ。全部で35種類」
「へえ、売れ行きはどうですか?」とジュン。
「最初はよかったんだけど、35種類しかないからコンプリートする人が増えてきて、売れ行きは少し伸び悩んでるわ。当たり前だけど、コンプリートした人はガチャポンをやらなくなってしまうから」
「モンスターの種類をもっと増やせないんですか?」とタク。
「人気テレビアニメでは、この35種類しか登場しないのよ。デザイナーさんに新しく作ってもらうのも大変だし」
 それはそのとおりだ。

 次に、HFの机に案内された。彼はパソコンを操作している。
「僕が作っているのは、算数の問題だよ」
「算数の問題をガチャポンで買うんですか?」とジュン。
「ガチャポンといっても、コンピューターの中のゲームみたいなものなんだ。そうだ、実際に子供たちが使っているところを見学に行ってみようか。歩いて3分の所に小学校がある。誰でも授業参観できるんだ」

 ホスト夫妻に連れられて、ジュンとタクは小学校まで足を運んだ。教室に行くと、教壇には若い女性の先生が立っており、9歳くらいの約20人の子供がタブレット端末に集中していた。

 HFは、一人の女子の端末をのぞき込み、ジュンとタクを呼び寄せた。端末に映されたガチャポンの絵のダイヤル部分を女子がタップすると、ダイヤルが回転し、ガチャポンからカプセルが飛び出した。カプセルが割れ、一枚の紙の絵が飛び出して開く。そこには、問題番号の『No.29』に続いて算数の問題が書かれている。『キャンディが1袋につき23個入っています。袋は全部で15個あります……』

 HFは、ジュンとタクに説明した。
「こんなふうに、ガチャポンの絵から出てくる問題を子供たちが解いて、端末上に答えを書き込むんだ。問題を解かないと次の問題に進めないから、みんな一生懸命問題を解いている。そして、どの問題を解いた子が何人いるかが、僕にもわかるシステムなんだよ」
 先生が、つくづく感心している。
「算数が好きだという子はそれほど多くありません。でも、みんなガチャポンは大好きなので、夢中になって問題に取り組んでいますよ」
「なるほど。ところで、問題は全部で何問あるんですか?」とジュン。
「ちょうど百問だよ」とHF。
「たったの百問ですか?」
「でも、算数の問題なんて、そんなに多くの種類を作れないから、せいぜい百問だよ」
「そういえば、このクラスで今日初めて百問コンプリートした子がいるわ。そのあと、ちょっと退屈そうにしています」
 先生はそう言って、窓の外を眺めている一人の男子を指した。

 ジュンがHFに提案する。
「これじゃ、コンプリートする子がどんどん増えて、みんなすぐに勉強しなくなってしまいます。問題の数をもっと増やして、コンプリートしにくくしたほうがいいですよ」
「できればそうしたいけど、どうやって問題を増やすんだい?」
「例えば、さっきのキャンディの問題は、23×15を使いますよね。数字だけ変えればいいんですよ。袋を16個や17個にするとか」
「なるほど。違う数字で計算の練習をすると、勉強にもなるね」
「今作ってある百個の問題の、数字の部分だけ変えた問題を一種類ずつ作るだけでも、問題数が倍の二百問になるでしょ?」
「それはいい考えだ!」
 先生もHFに頼んだ。
「いい考えです。ぜひ、お願いします」

 家に戻ると、HFはパソコンを使ってあっという間にプログラムを改良した。
「ほら、見て。さっきのキャンディの問題だけでも、数字をどんどん変えていって、120問作った」
「そんなにたくさん?」とタク。
「ほかの問題も同じように、数字だけ変えた問題を百問以上作ったから、全部で問題の数は一気に一万を超えたよ。ほら」
 HFのパソコンにガチャポンのカプセルの絵が映し出され、そこから飛び出した算数の問題には『No.11235』と書かれていた。ジュンが顔をしかめる。
「ちょっと増やしすぎじゃないかなあ」
「そんなことないよ。プログラムに多少手を加えただけでこれだけ増やせたんだから、君のアイデアには感謝してるよ」

 HMが近づいて、HFに言った。
「いいなあ、あなたは。私のモンスターも種類を増やしたいけど、新しくデザインするのは大変だし」
「だったら、モンスターの色違いを作ればいいじゃないか? 一種類のモンスターについて、百色くらい作れるだろ」
「それ、いい考え! 35種類のモンスターを百色ずつ作ったら、全部で3500になる! さっそく工場に発注してみるわ」
「さあ、これで、簡単にコンプリートできないから、たくさんの問題を解いてもらえて、僕はもうかるし、子供の学力も上がって、政府からも褒められる。いいことずくめだぞ!」
 HFは豪語するが、ジュンとタクは気がかりだった。

 翌朝、地球一家6人がダイニングに集合すると、全員で観光に行こうと父が持ちかけた。しかし、タクが引き続きガチャポンを見たいと熱望したので、ジュンも付き合うことにした。

 二階の部屋では、HFがパソコンの前でみけんにしわを寄せている。
「まずいことになったぞ。今日は、子供たちがちっとも算数の問題を解いていないようだ」

 再び4人で学校の様子を見に行くことにした。教室では、子供たちがタブレット端末に集中せず、おしゃべりをしている。女性教師がHFに言った。
「一万以上の問題を作ったんですね。5桁の番号の問題が何度も出てきたので、すぐにわかりました」
「そうなんですよ。でも、なんで子供たちはやる気をなくしちゃったのかな?」
 HFが不思議がるのを聞いて、子供が口をそろえて言った。
「そりゃ、そうですよ。こんなにたくさんあったら、一生かかってもコンプリートできません。コンプリートできないガチャポンなんて、やる気が起きないです」
「そうだ、そうだ」
「そうだ、そうだ」
 その中に、一人だけ熱心に問題を解いている男子がいる。先生によると、彼だけは特別で、もともと算数が大好きな子なのだ。HFが頭を抱える。
「そうか、僕は勘違いしていた。僕たちは、ガチャポンが好きな国民なのではなくて、コンプリートする欲求の塊だったのか……」
「コンプリートできないほど種類の多いガチャポンなんて、今までこの世になかったから、私たち気付かなかったわね」
 HMもそう言って同情した。途方に暮れている二人を見て、ジュンが言った。
「落ち込まないでください。すぐに元に戻せばいいじゃないですか」
 HFはうなずいて、教室を飛び出した。ジュンとタクが後を追う。その後ろを行くHMはつぶやいた。
「私も、モンスターの色違いの発注、今すぐ取り消ししなきゃ!」

 家に戻り、HFがパソコンの操作を始めた。
「おかしいな。元に戻したんだけど、問題を解く子供の数が減ったままだ」

 4人はもう一度、教室の様子を見に行った。子供たちは相変わらず、タブレット端末に集中せず好き勝手にしゃべっている。
「あ、元に戻したんですか?」
 先生はそう言った後、一人で熱心に問題を解き続けている男子に話しかけた。
「元に戻ったって、気付いてた?」
「いや、気付かなかったです。確かに今は『15』とか『80』とか、前みたいに小さい問題番号しか出てないけど、さっき一万以上の大きい番号を見ていたから、問題数は今でも多いと思ってました」
 HFが頭を抱え、しゃがみこんだ。
「そうか、しまった。子供たちは一度大きい番号を見てしまっているから、一度失ったやる気はもう取り返しがつかない。僕は永久に終わりだ……」
「大丈夫ですよ。口で説明すればいいだけじゃないですか」
 先生はそう言ってHFを励まし、そして子供たち全員に呼びかけた。
「また百問に戻っているわよ。みんな、コンプリートできるよ。がんばって!」
 それを聞いて、子供たちはタブレット端末に集中し始めた。HFが立ち上がった。
「よかった。いや、この学校はこれでいいけど、全国に学校は百、いや二百はある。どうすればいいんだ……」
 HFが目に涙を浮かべたのを見て、ジュンが言った。
「大丈夫ですよ。二百個の学校に行って、説明して回りましょうよ。どの学校に行ったかをちゃんとメモして、同じ学校に行かないようにすれば、二百回でコンプリートできますよ。がんばりましょう」
 タクがうなずき、HFも笑みを浮かべた。
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