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第32話『ジュンのホームラン』

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■ ジュンのホームラン

「おじゃまします」
 地球一家6人がホストハウスに到着すると、リコが元気よくドアを開けた。HM(ホストマザー)が出てきて中に手招きした。その時、隣の家の庭のほうから野球のボールが転がってきた。ジュンが拾っている間に、ほかの5人は家の中に入った。
「すみません、ありがとうございます」
 隣の家から女子が出てきて、ジュンに声をかけた。ジュンは女子に向かってボールを投げたが、女子はボールを受けられずに顔に当ててしまった。
「あっ、大丈夫ですか?」

 その頃、ホストハウスではちょうど電話が鳴り、HMが出た。
「もしもし、はい、地球のご家族? ちょうどたった今到着されたところよ。え? 野球? 今日の午後? 男の子? ちょっと待って」
 HMは、電話を持ったまま母に尋ねた。
「男のお子さんは何人でしたかしら?」
「ジュンとタクの二人ですけど」
「ちょうどいいわ。突然の話なんですけど、野球の試合に出てほしいんですよ」
 それを聞いてタクが慌て、まだ電話中のHMに向かって叫んだ。
「へ? 野球? 無理です、無理です。僕、見るのは好きだけど、やるのは大の苦手で」
「大丈夫。地球の方なら絶対大丈夫。もしもし、男の子二人いるわ。わかった、3時ね」
 HMは電話を切った。

 その頃、隣の家との塀を境に、女子とジュンが話し続けていた。
「とても速い球を投げるんですね。もしかして、野球やるんですか?」
「いや、野球は得意だけど、やるというほどやってはいないな。あ、申し遅れました。地球から来た、ジュンといいます」
「地球から? 道理で。私、地球の人に会いたいと思ってたんです。お会いできてうれしいわ。このあと2時から女友達が5人、うちに集まるんだけど、ジュンさんも来ませんか? みんな、地球の人にとても会いたがっているんです」
「本当? ぜひ行くよ」

 ホストハウスでは、HMがジュン以外の地球一家をリビングに案内した。
「いらしたばかりでお疲れのところをごめんなさいね。今ちょうど夫から電話で。彼は野球チームの監督をやっていて、そのチームのメンバーに入っていただきたいの」
 タクが再び動揺した。
「僕、本当に野球は苦手なんですよ。クラスで一番下手なくらいで」
「ご心配なく。この星の野球の歴史は、まだわずか一年なんです。一年前に、地球からの旅行者に伝えていただいたんですけど、それまで私たちは誰もボールさえ握ったことがありませんでした。野球のボールそのものが、ここにはなかったんです。そして今は、まだ野球チームは二つしかありません。夫のチームと、もう一チーム。この二つのチームが毎週試合をしています。そして、地球からの旅行者がいらっしゃった場合は、地球人枠二名まで、チームに参加してよいことにしているんです」
 なるほど。地球人は、野球が得意にせよそうでないにせよ、少なくとも小さい頃からボールで遊んでいるので、かなり有利になるかもしれない。しかし、それでもタクは抵抗した。
「ちょっと待ってよ、地球人と言っても、僕は戦力にはならないよ」
「そんなことありません。地球の方はいつでも大活躍です。今日いらっしゃって、本当に良かったわ。今日は絶対に負けられない、特別な日なの」
 HMは言った。それはどういうことか?
「先月、テレビのニュース番組で、野球のことが紹介されて、みんなに知れ渡ったんです。それからというもの、一気に大ブームになって、みんな野球のボールを買い求めて生産が追いつかないほどで。今後野球チームも、一気に増えていくことでしょう」
 それで、今日が特別な日というのは?
「今日の試合、初めてテレビで生中継されるんです」
 タクがますます震え上がった。
「え? テレビ中継? その試合に僕が選手で出場? あり得ません、絶対に! 兄のジュンなら野球が得意だからいいかもしれないけど、僕は……」
 そういえば、ジュンがいないと父母が気付いた。隣の女子とまだ話しているのだろうか?
「じゃあ、野球に出る話はあとでジュンに話しておきますよ」と父。

 5人はHMに案内されて客間に向かった。タクはまだおろおろしている。その時、玄関からジュンが入ってきた。一番後ろにいたリコがジュンを見つけ、声をかけた。
「あ、ジュン、3時から野球の試合だって」
「へえ、わかった。野球ね」
 リコは小走りに父のところへ行った。
「お父さん。ジュン、野球オッケーだって!」
 それを聞きながら、ジュンは一人でつぶやいた。
「野球見物なんてしばらくぶりだな。3時か。隣の家に呼ばれたのが2時だから、間に合うかな。まあ、最初から見なくてもいいだろうし、少し遅れてもいいか……」

 ホストハウスでは、そろそろ野球場へと出発する時間になったが、ジュンの姿が見えない。仕方がないので、母がこのまま留守番し、ほかの4人が野球場に向かった。その頃ジュンは、隣の家のリビングで女子5人と歓談していたのだ。

 野球場に着くと、監督のHF(ホストファーザー)が父、ミサ、タク、リコと対面した。
「今日は大事な試合なんです。地球からの助っ人に来ていただいて、心強いですよ。それじゃあ、三番タク君、四番ジュン君でいいかな」
「三番? とんでもない」とタク。
「それより、兄がまだ来てなくて」とミサ。
「本当かい? もう試合開始の時間になってしまうな。じゃあ、ミサさん、お願いします。女性でも大歓迎です。地球人の枠は二人ですから。四番ミサさんにしましょう」
 HFに言われ、ミサは驚いて耳を疑った。
「ご冗談でしょう?」

 隣の家のリビングでは、女子5人とジュンがまだ歓談している。女子の一人が言った。
「そうだ、テレビでもつけましょうか。今、ちょうど野球の試合をやっています。昨年、地球から来た旅行者から伝わったスポーツで、今、大ブームなんですよ」

 テレビの画面に、突然タクが映った。場内アナウンスの声が響く。
「3番バッター、タク君」
「え? なんでタクが試合に? まさか、信じられない」
 ジュンがテレビにかじりついた。ピッチャーが初球を投げる。超スローボールだ。アナウンサーの実況の声がテレビから聞こえた。
「地球からの助っ人、タク君。やはり地球人は違います。今日2打数2安打」
「うそだろ、そんなことって……」
 ジュンは、耳を疑いながら画面を見た。ピッチャー、投げる。タクが打つ。ヒット。
「タク選手、またヒットです。3打数3安打」
 アナウンサーの叫び声を聞きながら、ジュンは心の中で言った。
「ボールは全部直球のど真ん中。しかもめちゃめちゃ遅い。これならタクがヒットを打てるのもおかしくない」
「次のバッターは4番、ミサさん」
 この場内アナウンスに、ジュンは目をさらに丸くしながらテレビに集中した。
 ミサは初球を打った。外野を越える当たりになり、タクがホームイン。
「ミサ選手、またタイムリーヒットだ。今日3打数3安打3打点!」
 アナウンサーの声を聞き、ジュンは言葉が出なかった。

「さあ、今日の解説者は、ミサ選手とタク選手のお父さんです。地球から家族で旅行に来ています。いやー、すごいですね」
 画面に映るアナウンサーの横には、父とリコがいた。ジュンは目をさらに丸くした。
 アナウンサーが父にインタビューを始めた。
「4対3とリードされていますが、この3点は、全てタク選手とミサ選手のコンビであげた3点ですからね。他の選手にまだ1本もヒットが出ていない中、この二人が3本ずつヒットを打って、地球人の格の違いを見せつけてくれましたね」
「いや、ここまで活躍できるとは思っていませんでした」
「そういえば、切り札がいらっしゃるとのことですが、まだ到着していませんね」
「ジュンですか? そうですね、どうしちゃったんでしょうか」
 ジュンは、こうしてはいられないとつぶやき、走って部屋を飛び出した。

 野球場では、アナウンサーがテレビのマイクに向けて実況を続けていた。
「さあ、4対3、1点差を追う9回裏、最後の攻撃です。ツーアウトから、タク選手がまたヒットで出ました。なんと4打数4安打! そしてバッターボックスにはミサ選手が向かいます」

 ミサは、バッターボックスでバットを構えながら一人でつぶやいた。
「1点差、9回裏ツーアウト1塁。この後のバッターには全く期待できない。逆転勝ちするためには、私がホームランを打つしかないのね。でも、私には、なんとかヒットは打てても、ホームランは無理だわ。こんな時、ジュンがいてくれたら……」
 そこに、ジュンの叫び声。
「ミサ! ちょっと待った!」
 すぐに場内アナウンスが流れた。
「バッターは、ミサさんに代わりまして、ジュン君」

 拍手と歓声が巻き起こり、ミサに激励されたジュンはバットを構えた。
 ピッチャー1球目。ジュンが打つ。ホームラン性の大きい当たりだが、惜しくもファウルになる。すると、キャッチャーが立ち上がった。ピッチャーが2球目を投げる。敬遠のボール。ジュンは渋い表情になった。
「しまった! 僕の力を変な形で見せつけてしまったな。敬遠されちゃうよ」
「フォアボールで歩かせて、次のバッターと勝負する気か。なるほど、考えたものだな」
 アナウンサーの素朴な感想に対して、父が解説した。
「あ、あれは敬遠といって、地球の野球ではよくやる作戦の一つなんですよ」
「へえ、そうなんですか。初めて見ましたよ。なにしろ我々は、野球のルールだけを伝えられて、あとは自己流でやっているものですから。でも、観客たちはブーイングですよ。あまりいい作戦とはいえないようです」

 ピッチャーは、3球目も4球目も敬遠のボールを投げた。ジュンはつぶやく。
「次のバッターには期待できない。僕が打つしかないんだ。フォアボールじゃ駄目なんだ。なんとかしないと……」
 ジュンは次のボール球に飛びつき、バットの先に当てた。ファウル。観客が拍手する。
 ピッチャー、最後の球を投げる構え。ジュンが笑った。よかった。ちゃんと勝負してくれるようだ。
 ピッチャーが投げる。おあつらえ向きのど真ん中、超スローボール。ジュンは、にやりと笑ってバットを振る。ところがその瞬間、ボールが下方向に変化して落ちる。
「空振り、三振! ゲームセット!」
 審判のコールに、ジュンは放心状態で立ちすくむ。

 アナウンサーは、テレビマイクの前で父に話しかけた。
「いや、驚いたなあ。バットの手前で、ボールがストーンと落ちましたね! あんな球は見たことがない!」
「あれは変化球というものです。それにしても、息子はとてもいい経験をしました」
「油断大敵、あるいは、猿も木から落ちるということでしょうか?」
「いや、そうじゃありません。ジュンの三振は、いわば必然的なものだったと思いますよ……。地球上で初めて変化球を投げたのが誰か、私は知りません。でも、誰かが最初に投げたのは事実であり、おそらく、苦しみ悩んだ中で生まれたものでしょう。そして、その技はその後またたくまに世界に広まったんだと思います。この星でも、今同じことが起きようとしています。今日の相手のピッチャーは、ジュンをバッターに迎えて、とても追い詰められていました。絶対に負けられない、一点もやりたくないという意地が、思わず変化球を投げる技を生んだんです。ジュンは、この星の野球の歴史を動かしたんです」
「そうですね。でも、もっとかっこいい形で名前を残したかったでしょうけど」

 母とHMは、家のテレビに見入ってアナウンサーと父のやりとりを聞いている。グラウンドでは、ジュンが現実を受け入れられないまま立ち尽くしている。ジュンのそばに立つタクとミサ。

 翌日の朝刊には、『落ちる魔球?』の見出しと共に、三振して天を仰ぐジュンの写真が大きく掲載された。そして、父の解説の言葉が添えられた。
『歴史を変える原動力なんて、いつもこんなものですよ。この星の野球の歴史はまだ一年ですが、進歩は著しく速いです。次に地球人が訪れる頃には、地球といい勝負の試合ができるようになっているでしょう』
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