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第36話『バーチャル旅行の部屋』

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■ バーチャル旅行の部屋

 地球一家6人は、ホストハウスに到着するとすぐに、HM(ホストマザー)に小部屋に案内された。小部屋には、7個の椅子が並んでいる。
「どうぞ座ってください」
 HMに促されて地球一家が着席すると、HMもすぐ後ろに座った。一瞬暗くなり、部屋いっぱいに外の風景が映る。これは、すごい!
「どこを観光したいですか? どこでもおっしゃってください」

 HMはリモコン操作を開始した。すると、前後左右、上も下も、部屋の壁全体に映し出された風景が、少しずつ動いていった。まるで、オープンカーでドライブしている気分だ。単に旅先の写真やテレビの旅行番組を見ているだけでは旅行しているつもりにはなれないのに、今は本当に車で旅しているような錯覚が起きている。映像が立体的で、さらに、自然の音、風、匂いのせいだ。本当によくできている。ミサがHMに尋ねる。
「この映像は、いつ撮影されたんですか?」
「これは全部、今の映像よ。至る所にカメラが設置されていて、現在の様子が映し出されているの」
「じゃあ、そこの歩道にいる人たちは、今まさに、同じ道を歩いているんですね」
 歩く人々のすぐ近くにさしかかった時、ミサが手を振った。
「こんにちは! あれ、無視されちゃった」
「残念ながら、映像の中にいる人たちには、私たちのことが見えないのよ」

 次に、離れ島まで行くことになった。HMがリモコンを操作する。映像は、海上を進む。今度は船に乗っているみたいで、気分は最高だ。母がHMに尋ねた。
「部屋で旅行が楽しめるなんて、すばらしいですね。でも、これだけの仕掛けを作るのは、お金がかかったんじゃないですか?」
「いいえ、それほど高くないですよ。それに、この星では、一家に一部屋、このような部屋があるのが当たり前なんです。バーチャル旅行の部屋と呼んでいます」

 あっという間に、映像は島に到着した。しばらく島の中を動いていると、雑貨屋が見えた。中に若い女性店員が立っている。HMは言った。
「あ、ルーナちゃんだわ。もうすぐ20歳になる親戚の子です。おばあちゃんと一緒にこの島で暮らしているんですよ」
「すぐそこに立っているように見えても、会話ができないのが残念ですね。彼女も同じように、バーチャル旅行の部屋に入れば、こちらの様子を一方的に見られるんですよね」
 ミサがそう尋ねると、HMは意外な答えを返した。
「いいえ、島の人たちは、バーチャル旅行ができません。島には受信システムがないんです」
 それは、島に住む人にとって気の毒な話だ。

 しばらくして、一同は部屋を出てリビングに移動した。地球一家は、楽しかったバーチャル旅行の感謝の言葉を口にした。本当の旅行と違って、チケットの手配をする必要もなく、お手軽だ。タクはリコに尋ねた。
「リコは、どこが一番良かった?」
「最後に行った島が良かった」
「そうだね、僕も、島の景色が最高に良かったな」
「島は、ここから近いんですよ。バーチャル旅行じゃなくて、本当の旅行も気軽に楽しめますよ。今から行ってらっしゃったらどうですか?」
 HMに勧められ、子供4人だけで島に行くことになった。

 島に向かう船に、地球一家の子供4人が乗っていると、同じ船に乗っていた若い女性が話しかけてきた。
「こんにちは。私はミラバといいます。ご家族で旅行ですか。いいですね」
「こんにちは、ミラバさん。一人旅ですか?」とミサ。
「ええ、この島に来るのは初めてなんですけど、バーチャル旅行では何度も来ていて、大のお気に入りなんです。できればこの島に住みたいと思って、今日は思い切って、家を探しに来たんです」
 へえ、この島に引っ越すのか、いいなあ。
「でも、この島ではバーチャル旅行ができないそうですよ。受信システムがないからって」
 ミサが教えると、ミラバは非常に落ち込んだ表情を見せた。
「そうなんですか? 知らなかった。がっかりだわ。せっかくこの島に住もうと思って、心に決めて来たのに。私の最大の趣味を手放すなんてできない。私、小さい頃からバーチャル旅行が大好きなんです」
 それは気の毒だ。でも、なぜこの島は受信システムを導入できないのだろうか? 島に着いたら、役場にでも行って聞いてみよう。

 船は島に到着し、役場に着いた4人とミラバに、係の男性が説明を始めた。
「もちろん、バーチャル旅行のシステムの導入は、検討しています。ただ、島の人口が今のままでは、採算がとれなくて、導入できないんですよ。あのシステムは安くないですから、それなりに税金をつぎこまないといけなくて」
「島に住む人数の問題か。あと何人いればいいんですか?」とジュン。
「あと一人でいいんですけど」
「え、あとたったの一人いればいいんですか? じゃあ……」
「私、この島に越してきたいと考えているんです。そうしたら、一人増えますよね?」
 ミラバが身を乗り出して言った。そこに、役場のもう一人の男性が話に割り込んできた。
「ちょっと待って。駄目だよ。さっきちょうど、向かいの雑貨屋の娘さんがこの島を出ていきたいと言ってきたから、それでももう一人足りないよ」
 ということは、この村にバーチャル旅行を導入するには、住民があと二人必要だ。惜しいなあ。

 役場を出ると、ミラバは地球の4人に向かって頭を下げた。
「皆さん、いろいろありがとうございました。とりあえず、諦めます。せっかくだから、少し観光して帰ります。それじゃ」
 ミラバが去っていく。あと一人くらいなんとかならないかな、と4人で考えていると、雑貨屋が目に入った。若い女性が店番をしている。ミサが叫んだ。
「あ! さっき映像で見た、ルーナさんとかいう人だ」

 4人は雑貨屋に入り、ジュンがホストファミリーの資料を見せながら話しかけた。
「すみません、ルーナさんですね。僕たち、地球から来てここに泊まっているんです」
「あら」
「ルーナさんはこの島を離れるって、役場で聞いたんですけど」
「私、ジャーナリストになりたいんです。いろいろな地域を旅行して回りたいんですけど、それだけじゃ足りなくて、バーチャル旅行で経験を積む必要があるんです。でも、この島ではバーチャル旅行ができません。それで、本土に移ることに決めました」
 なるほど、そういうことか。

 いつの間にか、そばでルーナのおばあちゃんが話を聞いている。
「バーチャル旅行なんて必要ないよ。あんなの、本当の旅行じゃないんだから」
 おばあちゃんがそう言うと、ルーナはすぐさま反論した。
「わかっているよ。でも、あちこち本当に旅していたら、お金も時間も足りないわ。バーチャル旅行をしたことがないジャーナリストなんていないもの。今や、バーチャル旅行ができないのは、この島だけなのよ」
「心配しなくていいから、この島にいなさい」
「そりゃ、私がいなくなって、おばあちゃんが寂しくなるのはわかるし、私も寂しい。でも……」
 おばあちゃんは、目を閉じながら言った。
「ほら、ルーナ。こうやって、目を閉じると、見えてくるよ」
「見えてくる?」
「バーチャル旅行の機械がなくても、行きたいと思う場所の風景が見えるし、音も聞こえる」
「またその話? 気のせいよ、おばあちゃん。機械がなければ何も見えないわ」
「そんなことはない。きっと神様が与えてくれた能力だよ。島の住民だけバーチャル旅行ができないのを不公平に思ったんだろうね。でも、これは便利だよ。バーチャル旅行みたいに部屋に籠もらなくても、いつでもどこでも、風景が見えてくるんだから」
 ルーナはしばらく目を閉じた後、おばあちゃんに言った。
「無理だわ。何度も試したけど、何も見えない」
「あなたは、今19歳だね。20歳になれば見えるよ。見えるようになるには、島で暮らして20年はかかるんだ」

 ルーナはその場を去り、すぐにバッグを持って戻ってきた。
「その話、信じたいんだけど、私にはもう時間がないの。ジャーナリストになるための養成学校に行くわ。明日から始まるのよ。明日の朝、船で本土に行くから。ごめんね、おばあちゃん」
 ここでジュンが横から入ってルーナに言った。
「あ、待ってください。島でバーチャル旅行ができるようになれば、島に残れるんですよね」
「島でバーチャル旅行はできないんですよ」
「島の住民があと一人増えれば、できるようになるんです」
「あと一人?」
 ルーナは少し考え込んだ。
「あと一人といっても簡単じゃないわ。島の人口は、何年も変わってないから」
「この島に引っ越したいと思っている人が、いるんですよ! ね、みんな」
 ジュンがそう言うと、ミサ、タク、リコがうなずいた。ミラバさんは、きっとまだこの島にいる。探しに行こう。

 しかし、彼女を探し出すことができず、港の前の道に4人は再び集合した。観光すると言っていたから、まだ島にいるはずだ。ここにいればきっと来る。でも、もうすぐ今日最後の船が出てしまう。乗らないと帰れなくなるので、残念だが、諦めて帰ることにした。

 さて翌朝、リビングにジュンがいない。今日はバーチャルではなく本当の旅行をしようと思っていたのだが、どこへ行ったのだろう? あ、もしかすると……。

 ミサ、タク、リコがバーチャル旅行の小部屋に入ると、予想どおり、ジュンが中にいた。島の雑貨屋の映像。ちょうど、ルーナがバッグを持って挨拶をしているところだ。
「おばあちゃん、お世話になりました。生まれた時から、ずっと育ててくれてありがとう」
「気を付けていくんだよ」
 ルーナとおばあちゃんが通りに出ようとした時、雑貨屋に女性客が入ってきた。
「いらっしゃいませ。じゃあルーナ、あなたはもう行きなさい。船に間に合わなくなるよ」
 女性客の顔が見える。ミラバだ。ジュンが叫ぶ。
「ミラバさん! まだ島にいたんだね! ルーナさん、昨日言ってた人、その人ですよ!」
 ほかの3人も口々にルーナに呼びかけるが、伝わらない。おばあちゃんに電話すればよいことに気付き、ジュン、ミサ、タクは小部屋を飛び出した。教えてもらった電話番号をたよりに電話をかけたが、呼び出し音が続く。気付いてくれないようだ。

 その頃、小部屋に一人残って映像を見ていたリコが、突然叫んだ。
「おばあちゃん! おばあちゃん!」
 すると、おばあちゃんがリコの声に気付いて、つぶやいた。
「あれ、この顔と、この声は、昨日の……」
「おばあちゃん、見える? 聞こえる?」
「見えるよ、聞こえるよ」

 その時、小部屋に戻ってきたジュン、ミサ、タクは驚いてリコに事情を聞いた。おばあちゃんと会話ができるとわかると、みんな口々におばあちゃんに向かって叫んだ。ルーナさんを引き留めて! それから、そこにいるお客さんは、昨日話した人だよ!

 それから約一時間後、小部屋の映像は、島の役場を映し出していた。役場の男性を、ルーナ、おばあちゃん、そしてミラバが取り囲んでいる。これで、めでたしめでたしだ。
「じゃ、私、この島に残るわね」とルーナ。
「私はこの島への引越しを決めました」とミラバ。
「それでは、人口が一人増えましたので、島にバーチャル旅行を導入することが決まりました」 
 役場の男性がそう言うと、みんなは拍手をし、その映像を見ながら、ジュン、ミサ、タク、リコも拍手をした。

 ルーナがおばあちゃんに尋ねた。
「でも、おばあちゃんは、どうして地球の人たちと、さっき会話ができたの?」
「まだ信じないのかい。この島にはバーチャル旅行がない代わりに、20年暮らしていればどこでも見えるようになるって」
「本当だったのね! それならば私、バーチャル旅行いらないわ。もうすぐ20年になるもん。島には導入しなくていいです」
 それを聞いて、ただごとでないという表情のミラバ。
「ちょっと、ルーナさん。なんてことを。私はどうなるの? 引越しの契約、今済ませちゃったばかりなんですよ」
 ジュン、ミサ、タク、リコの4人は、まずいことになったと思いながら、顔を見合わせた。とんでもないお節介をしてしまったかもしれない。逃げよう。4人は、そろりそろりと席を立った。バーチャル旅行って、本当に便利だ。
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