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第41話『金庫の中のリコ』

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■ 金庫の中のリコ

 地球一家6人が空港の到着ロビーに着くと、窓の外に大きな建物が見えた。係員の説明によると、それは歴史資料館であり、後世に残したい物がいろいろと保存されているらしい。昔の新聞なども読むことができるという。面白そうなので、今から行ってみようという意見も出たが、帰りに寄るほうがいいだろうという話になった。一家はこの星のことをまだ何も知らないのだ。まず現在のことを知ってから過去について見ていくほうがきっと面白いと考えたのである。

 6人がホストハウスに到着すると、HM(ホストマザー)が出迎えた。
「どうぞお上がりください。荷物が重そうですね。まず、荷物を下ろしてください」
 6人が荷物を置くと、HF(ホストファーザー)が言った。
「荷物は私が運んでおきますから、ダイニングのほうへどうぞ」
 HFは、地球一家全員の荷物を一気に担いで運んでいった。

 6人は、ホスト夫妻と一緒に山へハイキングに行くことにした。日照りが強いので帽子が必要だ。ミサ、タク、リコの帽子は、各自のリュックサックの中に入っている。HFは3人に言った。
「皆さんの部屋の奥に金庫があったでしょう。その中に入れてありますから、取っていらっしゃい。鍵はかかっていませんから、取っ手を引けば開きますよ」
 金庫? 何も貴重品を持っていないのに。

 ミサ、タク、リコの3人が客間に入ると、話のとおり、奥に大きな金庫があった。ミサが取っ手を引っ張ると、扉は簡単に開いた。中には家族全員の荷物がゴロゴロと入っている。3人は各自のバッグを取り出し、帽子をかぶった。タクがミサに言う。
「そういえば僕たち、この旅行に出かけてから初めて金庫を見た気がするな」
「確かにそうね。あ、わかったわ。今まで訪問した星には、泥棒がいなかったのよ。他人の物を盗む人がいなければ、金庫なんて必要ないよね」
「そうだね。ここには金庫がある、ということは、この星には泥棒がいるのかな」
「わからないわ」

「それにしても大きな金庫だ」
 タクはそうつぶやきながら、金庫の大きさとリコを見比べた。
「リコ、金庫にちょうど入れるんじゃないか。ちょっと中に入ってみなよ」
 タクは、ほかの荷物も全部外に出した。
 リコはうなずいて、すぐに金庫の中に入った。タクは扉を閉めた。ミサが声をかける。
「どう、リコ? 真っ暗でしょ。怖くないの?」
「真っ暗じゃないよ。ほら」
 金庫の屋根に、親指大の丸い穴があいている。リコがその穴から指を突き出した。こんな所に穴があいているとは、変だ。いったい何のために……。ミサとタクが不思議そうに見ていると、ジュンが入ってきた。
「遅いぞ、みんな、玄関で待ってるよ。あれ、リコは?」
 ミサとタクがニヤニヤしている。ジュンは金庫を見つけた。
「おー、大きな金庫があるな」
 ジュンは、金庫に4桁の数字のダイヤルが付いていることに気付いた。
「へえ、ダイヤル式の鍵なんだ」
 ジュンは、ダイヤルを握ってグルッと回した。ミサとタクが慌てて止めようとしたが間に合わなかった。
「回しちゃ駄目よ。元に戻して」
 ミサにそう言われ、ジュンは途方に暮れた。何番だったのかわからないのだ。ホスト夫妻に開けてもらう必要がある。ミサとタクは、走って部屋を出ていった。
 ジュンは金庫の穴に気付いた。穴をのぞき込むと、リコと目が合った。
「リコ!」

 玄関で父、母、HF、HMが待っているところに、ミサとタクが駆けてきた。
「おじさん、おばさん。金庫を開けて! 私たち、鍵をかけちゃったの」
 ミサがそう言うと、HMがまゆをひそめた。
「鍵を? それは困ったわ。私たち、番号を知らないのよ。あの金庫には鍵をかけたことがないの。普通の収納として使っていただけだったのよ」
 HFも付け加えた。
「泥棒なんていないから、金庫の鍵など必要ないんだよ」
「中にリコが入っているの」
 ミサがそう言うと、みんなは慌てて客間に向かい、金庫を取り囲んだ。

「力づくでなんとか開かないかな?」
 父は取っ手を無理矢理引っ張った。頑丈そうな金庫だから、いくらなんでも無理だ。
「強力な刃物で切るか、バーナーの熱で焼き切るとかならば、できるかもしれませんが」
 HMがそう言うと、父が慌てた。
「やめてください。そんなことをして、中にいるリコにもしものことがあったら……」
「え、えー、もちろんです。おじいちゃんを起こすか」
 HFが言った。おじいちゃんがいる?
「実は、二階におじいちゃんが寝ているんですが、もしかすると番号を知っているかもしれません。この金庫は、そもそもおじいちゃんが大昔に誰かから譲り受けた物らしいんです」
 HMも言った。
「おじいちゃんはずっと寝ています。今は一日おきにしか目を覚ましません。今日は起きない日なのですが、非常事態なので、起こしてみましょう」
「あ、ちょっと待ってください。まず何か別の方法を考えてみましょう」
 父がそう言うと、ジュン、ミサ、タクが小声で話し合い、ジュンが言った。
「あのー、今回のことは、僕の失敗です。僕がなんとかします。ダイヤルは4桁の数字だから、1番から順番に試していけば、いつか開きますよね」
「それはそうだけど、何時間かかることか」とHF。
「私も協力します。観光は諦めて、朝までかかってでもやってみます」とミサ。
「僕も手伝います。みんなで交代でやれば、きっとできるよ」とタク。
 こうして次の方針が決まった。幸い、金庫に穴があるから、リコが窒息する心配はないだろう。それにしても、なぜ穴があいているのだろうか?

 客間では、タクが数字のダイヤルを少し回し、取っ手を引っ張ることを繰り返した。
「2941、2942……。駄目だ、全然開かない」
 ミサが横で見ている。
「3000まで行ったら交代しよう」

 ダイニングでは、父母とホスト夫妻の4人が深刻な顔で話し合っていた。
「あの金庫はかなり昔の物ですよね」
 母が尋ねると、HMが答えた。
「そうですね。今は泥棒なんていませんから、金庫という物は存在しないんです」
「おじいさまが若い頃に金庫があったということは、泥棒がいたということですか?」
 父が尋ねると、HFが答えた。
「さあ、私たちにも昔のことはよくわかりません」

 夜中になり、客間ではタクとミサが寝ている脇で、ジュンが金庫のダイヤルを回し、父と母が横で見守った。7431、7432……。

 朝になり、父がダイヤルを回しているとHFとHMが来た。母が挨拶した。
「おはようございます。もうすぐ全部の数字を試し終わるところです」
 9997、9998、9999。おかしいな。最後まで終わってしまった。ミサとタクも起き上がってくる。ミサが言った。
「きっと、途中で番号を抜かしちゃったんだわ」
「落ち着いて、最初からやり直そう」
 父がそう言うと、全員の力が抜けた。HMが声をかけた。
「でも、もうすぐおじいちゃんが目を覚まします。何かわかるかもしれません」

 寝室にはおじいさんが一人で横になっており、そのそばを全員が取り囲んだ。
「金庫の鍵は使ったことがありませんので、番号は私もわかりません」
 おじいさんの短い一言に、全員落ち込んだ。ミサが尋ねる。
「でも、金庫があるということは、昔は泥棒がいたということですよね。昔も鍵はかけていなかったんですか?」
「昔から泥棒はいませんよ」
 それを聞いて、HFが驚いた顔を見せた。
「じゃあ、なんで鍵付きの金庫があるんですか? 僕も子供の頃から不思議に思っていたんですが」
 HMも付け加えた。
「私もずっと不思議に思っていました。金庫のある家なんて、うちくらいなものだから」
「あの金庫は、50年ほど前に知り合いから譲り受けた物なんですよ。地球博覧会で展示されていたらしいんです」
 おじいさんはそう答えた。地球博覧会?

 おじいさんの説明によると、地球とはまさに地球一家の故郷の星のことであり、50年くらい前に、地球に関する博覧会が開かれて、地球で使われている品物が展示されていたらしい。金庫も、地球で作られて運ばれた物で、その金庫が今、この家にあるのだという。だから、この星には金庫はこの一台しかない。当時の地球博覧会の関係者に会えれば鍵の番号がわかるかもしれないが、関係者を探すのは難しいらしい。おじいさんも20年以上前に、金庫が重すぎて不便で、かといって捨てるのもどうかと思ったので、返そうと思って調べたのだが、わからなかったとのことだ。手がかりなしか。

 地球一家5人は客間に戻り、金庫の前に座った。
「飛行機の時間まで、できる限りまた順番に鍵の番号を試してみようか」
 ジュンがそう言うと、父は首を振った。
「いや、もう時間がないよ。こうなったら、金庫ごと持ち帰るしかない。旅行は中止して、すぐ地球に戻るんだ。この星には金庫がないのだから、この金庫を開ける技術もない。でも、地球に戻れば、きっと開けることができる。それでいいだろ」
 父の言葉に同意し、地球一家は家の外に出た。父とジュンが金庫を抱えている。
「お世話になりました。金庫は頂いて帰ることになり、申し訳ありませんが」
 父がそう言うと、HMは首を横に振った。
「いいえ、そんなことはかまいません。リコちゃんが無事助かることをお祈りします」

 ホストファミリーと別れ、地球一家5人は空港まで無言で歩いた。父とジュンが金庫を抱えている。前日に見た歴史資料館の建物が見えてくると、母が口を開いた。
「ちょっと、あそこへ寄って行きましょう」
 なんで今さら、とみんなが思う中、母は資料館に向かい、ほかの4人は慌てて後を追った。
「50年前の新聞を探すのよ。地球博覧会のことがきっと出ているわ」
 母がそう言うと、父は顔をしかめた。
「出ていても、関係者の連絡先はきっとわからないよ。おじいさんもずいぶん探したそうだから」

 資料室の中に入り、母は古い新聞の束をめくった。
「あった、この記事よ」
「うん、でもやっぱり、連絡先は書いてないね」
 父がそう言う横から、ジュンが記事をのぞきこんだ。
「あ、金庫のことが書いてある。『我が星にはない金庫という物が展示されている。地球で作られて運んできた物であるが、地球で使われている物と異なり、上部に穴をあけてある。これは、展示中に誤って子供が中に入っても、窒息しないようにするためである』」
 そうか、それで穴が……。もともと展示用に作られた金庫だったのか。父が金庫の穴をあらためて見つめた。ミサとタクは、記事をのぞきこみ、二人であっと声をあげた。視線の先には、記事の続きがあった。『なお、この金庫にはダイヤル式の4桁の数字の鍵が付いている。鍵の番号は、0000である』
 信じられない。鍵の番号が新聞に書いてあるなんて。『0000』って、誰も試していなかったのかな? 何はともあれ、急いで開けよう。
 全員が金庫の前に立ち、ジュンが0000を回すと、カチッと音が反応した。開いた!

 母が全員に話した。
「いろいろと学ぶべきことがあったわね。今回の旅行では、地球での常識を捨てることが大切なのよ。まず、鍵の番号が新聞記事に書かれているなんて、私たちには想像できないけど、ここには鍵なんて必要ないのだから何の不思議もない。それから、『0000』を試し忘れたのはなぜだかわからないけど、鍵の番号が『0000』のはずがない、とみんな心のどこかで思い込んでいたんじゃないかしら?」
 母が話し終えて周りを見渡すと、誰も母の話を聞いておらず、ちょうどリコが金庫から救出され、涙目で迎えられているところだった。リコは笑顔で立ち上がり、小躍りをした。母もその輪の中に加わった。
「リコ、無事で本当によかったわ」
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