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第43話『自動車の緊急ブレーキ』
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■ 自動車の緊急ブレーキ
地球一家6人が着いたばかりの町は、車の往来が激しく、そのスピードも速い。時速百キロ以上だろうか。高速道路でもないのにこんなに速いのは見たことがない。
やがて、一台のワゴン車が止まり、運転席からHM(ホストマザー)が顔を出して車に乗るよう促した。6人が車に乗り込むと、車はすぐに発車した。ミサがさっそくHMに尋ねた。
「すごいスピードですね。こんなに速く走って、事故が起きないんですか?」
「そこが私たちの技術力です。我が国では、一度も交通事故が起きたことがないんです。緊急ブレーキシステムのおかげで」
ちょうどその時、車のスピーカーから自動音声が流れた。
「緊急ブレーキが作動します」
車はゆっくり減速し、完全に停止した。HMが窓の外の前方を指さす。
「ちょうど今、ブレーキがかかりました。ほら、あそこに歩行者が」
指さす先には、男性歩行者の姿があった。歩行者を自動的に感知して、自動ブレーキがかかったということがわかった。
車はまたゆっくりと動き始めた。HMはアクセルを踏んで加速していった。
「歩行者やほかの車をただ感知するだけでなく、歩くスピードや車のスピードも全て計算したうえで、少しでも危ないと機械的に判断すれば、ブレーキがかかります。しかも、急ブレーキにならないように、少しずつ減速しても間に合うように計算しているんです」
「それはすごい技術力ですね。それなら、目を閉じていても運転できるでしょう」
ジュンがそう尋ねると、HMは首を横に振った。
「残念ながら、それはできません。車にはナビゲーション機能が付いていないのです。だから、みんな自分でちゃんと運転する必要があります。全ての技術力を緊急ブレーキシステムにつぎ込んでしまったということです」
なるほどと感心しているうちに、車はホストハウスの前に到着した。
家の中に入ると、HMは父に提案した。
「明日、観光して回りましょう。私が皆さんをどこへでもお連れしますよ」
「ありがとうございます。でも、お昼の飛行機に乗らないといけないんです」
「大丈夫。車は速いですから、午前中だけでもいろいろ回れますよ」
HMは、普段持ち歩いていない運転免許証を念のため持っておこうと、押入れを開けて二段重ねになったダンボール箱に手を触れた。下の箱のほうに入っているらしい。ジュンが手伝おうとしたが、力持ちのHMは断り、一人で上の段ボール箱を持ち上げた。その時、グキッと音がして、HMは悲鳴をあげながら仰向けに倒れた。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
父が声をかけたが、HMは起き上がれない。
「大丈夫じゃありません。ぎっくり腰です。しばらく安静にする必要があります。明日の運転が必要ですから、今すぐ、タクシーか運転代行業者を手配しますね」
ミサから渡された携帯電話でHMは電話をかけたが、曇った顔で電話を切った。
「駄目です。どこも明日の午前中は、もう予約が取れなくて。運転代行業者は、明日の午後ならば空いているらしいんですけど」
午後では間に合わない。午前中に空港に着かなければならないのだ。
「皆さん、どなたか運転免許証はお持ちですか?」
HMが仰向けのまま尋ねると、父が手を挙げた。
「僕が持っていますけど、でも、地球の運転免許証ですよ」
「もしその免許証で、空港まで運転できるようでしたら、帰りだけ運転代行業者に車をお願いできますので。それで何とかならないか、役所に問い合わせてみます」
HMは、再び電話をかけた。
「もしもし。夜分すみません。明日の午前中、地球から旅行に来ている方が車を運転するのを、許可していただけないでしょうか? 地球の運転免許証はお持ちのようです。場所ですか? 南町から空港までなんですけど。あ、途中で観光したいとおっしゃっています」
いや、この際、観光はどうでもいいのだが。
HMは相手にお礼を言って電話を切り、父に言った。
「地球の免許証があればいいそうです」
「本当ですか? 助かった。でも、スピードを出すのは怖いな」と父。
「無理にスピードを出さなくていいんじゃない? ゆっくり走ったら」とミサ。
「そうだよ。お父さん、運転は久しぶりでしょ。スピード出したら僕たちが怖いよ」とタク。
しかし、HMは手を横に振った。
「いえ、ゆっくり走ると渋滞が起きてしまいます。怖がらずにスピードを出してください。そのために緊急ブレーキがあるんですから」
父は不安そうにうなずき、その様子を見て地球一家はもっと不安そうな表情になった。
その時、ピーピーピーと音がした。
「ラジオです。今から緊急ニュースが流れるようです。ラジオを持ってきてください」
HMは、ミサからラジオを受け取りスイッチを入れた。アナウンサーの声が流れる。
「緊急ニュースです。交通大臣より皆さんに通達があります。交通大臣、お願いします」
「こんばんは。交通大臣です。明日の午前中、車でお出かけになる方は気を付けてください。地球からの旅行者が車を運転するそうです。地球人の運転技術のことは全くわからないので、とりあえず明日の午前中だけ、緊急ブレーキシステムを一時的に厳しくすることで対応します」
「ほかに方法はないのですか? その車一台だけ速度規制をかけるとか」
「我が国にそのような技術はありません。政府にできることは、緊急ブレーキの一律の調整だけなのです」
地球一家は大臣の発言を聞き、自分たちのために大変な事態になったことを悟った。
そして翌朝、HMはまだ部屋で横たわっており、そばで地球一家6人が立って別れの挨拶をした。HMは、寝たまま携帯電話を手に持って見せた。
「私が運転できなくて本当にごめんなさい。もし何かあったら、無線で話をしましょう。この携帯につながっていますので」
HMに別れを告げて外に出た地球一家は車に乗り込み、父が運転席でスタートさせた。
それから30分後、ミサが後部座席から父に声をかけた。
「お父さん、運転、大丈夫そうね」
「うん、このスピードにはだいぶ慣れてきた。だが、しかし……」
その時、自動音声が流れた。また緊急ブレーキだ。あまりにも頻繁にブレーキがかかるのだ。車は減速して停止した。父がつぶやく。
「なぜだ? 車は見通しのいい一車線だし、人影もどこにも見えないぞ」
「あそこじゃない? あの向こうのほうに、ほら、女の子が」
母が指さすほうに、確かに女子が小さく見える。
「それでブレーキが……。あの子がここまで全速力で走ってこない限り、ぶつかりはしないだろうに。いくらなんでも厳しすぎるよ」
車は動き出し、加速を始めた。しかし、またも緊急ブレーキの自動音声が流れる。車は減速して停止した。父は腕時計を横目で見る。飛行機に乗り遅れないか心配だ。
その時、スピーカーからHMの声がした。
「地球のお父さん、どうですか? 順調ですか?」
「いや、それが、緊急ブレーキが何度も作動して、なかなか空港に着かないんですよ。もう30回目くらいかな」
「それは多すぎますね。あり得ません。昨日のニュースのとおり、交通大臣がブレーキをかなり厳しくしているんですよ」
「我々のせいか……。何かいい方法は、ありますか?」
「仕方がありません。突破してしまいましょう」
「突破?」
「ハンドルの横に赤いボタンがあるでしょう。そのボタンを押せば、緊急ブレーキを突破できます。つまり、ブレーキが作動しないので、減速して停止することはありません。そのまま進みます」
「そんなことができるんですか」
「私も本当に急いでいる時に一度、使ったことがあるだけです。機械によるブレーキを無視するわけですから、使う時は本当に気を付けてください。前後左右よく見て、事故が起こらないかよく確認したうえでボタンを押してください」
「わかりました」
無線での会話を終了した父は、一家5人に向かって言った。
「じゃあ、今度緊急ブレーキがかかりそうになったら、このボタンを押して突破しよう。ちょうど6人いるから、みんなで手分けして、6方向をよく見よう。お父さんは前を見るから、お母さんは右、ジュンは左、ミサは後ろ、タクは上、リコは下を見てほしい」
6人全員が自分の役割を果たすということだが、上も下も何もないだろう。
その時、また緊急ブレーキの自動音声が流れた。
「来た! みんな、よく見て!」
父がそう叫ぶと、6人はそれぞれの方向を見た。異常なし!
「よし、突破するぞ」
父は、赤いボタンを押した。その時、ものすごい衝撃が起こる。
「うわ、何だ?」
父が叫び、ほかの5人も驚いているうちに車は止まった。見渡すと、車体の左側が壊れている。父が言った。
「左の担当はジュンだったな。何が起きた?」
「わからない。スピードに全くついていけなかったよ」
窓から外を見ると、前方が大破している軽自動車がある。あの車とぶつかったようだ。
スピーカーからHMの声がする。
「どうしました? 地球のお父さん、大丈夫ですか?」
「すみません、事故を起こしてしまったようです」
「やっぱり、あなたがたでしたか。今、交通事故の緊急ニュースが入ったので、もしやと思って。皆さんに聞こえるように、ラジオの音をつなぎますね」
スピーカーはラジオの音に切り替わった。アナウンサーがニュースを伝えている。
「臨時ニュースを繰り返し申し上げます。上空のヘリからの報告によると、我が国で初めての交通事故が発生したようです。今、警察が現場に向かっています」
サイレンの音が聞こえ、パトカーの姿が見えた。ラジオは警察官の声に変わった。
「こちら警察です。現場に到着しました。ナンバープレートを見ると、これは地球からの旅行者が運転している車のようです。やはり地球人では無理だったか」
車の窓から顔を入れてきた警察官に向かって、父がまず話した。
「すみません、事故を起こしてしまって」
その時、警備員がカメラを見せながら駆け付けてきた。
「待ってください。この近くの監視カメラの映像を入手しました。過失があったのは、相手の車のようです。ほら。強引に右折しようとして、この車にぶつかっています」
すると、一人の若い男性が大破した軽自動車から出てきて近づいてきた。
「すみません、私の不注意でした」
ラジオでは、交通大臣が電話越しに話し始めた。
「こちら交通大臣です。どういうことですか? 地球人の過失ではなかったのか」
警察官は携帯電話でこれに答え、ラジオからも声が流れた。
「どうやら、地球人に過失はありません」
「では、なぜ今日、交通事故が?」
交通大臣の質問に、事故を起こした若い男性が答えた。
「今日は緊急ブレーキが何度も作動するので、我慢できず赤いボタンで突破を繰り返していました。最後は、どうせ何もないだろうと思ってよく見ないで突破してしまって」
これを聞き、警察官は腕を組んだ。
「そうか、緊急ブレーキが厳しすぎるのが原因だったのか」
父も横から意見を言った。
「あまりに厳しいと、みんながそれを突破してしまって、余計に危険な状態になってしまうんですよ」
「待てよ。ということは……」
交通大臣がそう言いかけた時、ラジオからは口々に情報を伝える声が聞こえた。
「大変です! 北町で、本日2件目の交通事故が発生しました」
「こちらにも連絡が入りました。西町で、本日3件目の事故です!」
「また事故です! 4件目です!」
これを聞いて、交通大臣はさっそく指示を出した。
「システムを今すぐ、元に戻すんだ! 早く!」
そしてこの後、地球一家は、空港まで急行するためパトカーに分乗させてもらえた。運転席の警察官が言う。
「お任せください。交通大臣の判断ミスを、部下である我々交通警察がカバーするのは当然のことです」
2台のパトカーは赤信号を無視して速度を上げ、猛スピードで走っていった。
地球一家6人が着いたばかりの町は、車の往来が激しく、そのスピードも速い。時速百キロ以上だろうか。高速道路でもないのにこんなに速いのは見たことがない。
やがて、一台のワゴン車が止まり、運転席からHM(ホストマザー)が顔を出して車に乗るよう促した。6人が車に乗り込むと、車はすぐに発車した。ミサがさっそくHMに尋ねた。
「すごいスピードですね。こんなに速く走って、事故が起きないんですか?」
「そこが私たちの技術力です。我が国では、一度も交通事故が起きたことがないんです。緊急ブレーキシステムのおかげで」
ちょうどその時、車のスピーカーから自動音声が流れた。
「緊急ブレーキが作動します」
車はゆっくり減速し、完全に停止した。HMが窓の外の前方を指さす。
「ちょうど今、ブレーキがかかりました。ほら、あそこに歩行者が」
指さす先には、男性歩行者の姿があった。歩行者を自動的に感知して、自動ブレーキがかかったということがわかった。
車はまたゆっくりと動き始めた。HMはアクセルを踏んで加速していった。
「歩行者やほかの車をただ感知するだけでなく、歩くスピードや車のスピードも全て計算したうえで、少しでも危ないと機械的に判断すれば、ブレーキがかかります。しかも、急ブレーキにならないように、少しずつ減速しても間に合うように計算しているんです」
「それはすごい技術力ですね。それなら、目を閉じていても運転できるでしょう」
ジュンがそう尋ねると、HMは首を横に振った。
「残念ながら、それはできません。車にはナビゲーション機能が付いていないのです。だから、みんな自分でちゃんと運転する必要があります。全ての技術力を緊急ブレーキシステムにつぎ込んでしまったということです」
なるほどと感心しているうちに、車はホストハウスの前に到着した。
家の中に入ると、HMは父に提案した。
「明日、観光して回りましょう。私が皆さんをどこへでもお連れしますよ」
「ありがとうございます。でも、お昼の飛行機に乗らないといけないんです」
「大丈夫。車は速いですから、午前中だけでもいろいろ回れますよ」
HMは、普段持ち歩いていない運転免許証を念のため持っておこうと、押入れを開けて二段重ねになったダンボール箱に手を触れた。下の箱のほうに入っているらしい。ジュンが手伝おうとしたが、力持ちのHMは断り、一人で上の段ボール箱を持ち上げた。その時、グキッと音がして、HMは悲鳴をあげながら仰向けに倒れた。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
父が声をかけたが、HMは起き上がれない。
「大丈夫じゃありません。ぎっくり腰です。しばらく安静にする必要があります。明日の運転が必要ですから、今すぐ、タクシーか運転代行業者を手配しますね」
ミサから渡された携帯電話でHMは電話をかけたが、曇った顔で電話を切った。
「駄目です。どこも明日の午前中は、もう予約が取れなくて。運転代行業者は、明日の午後ならば空いているらしいんですけど」
午後では間に合わない。午前中に空港に着かなければならないのだ。
「皆さん、どなたか運転免許証はお持ちですか?」
HMが仰向けのまま尋ねると、父が手を挙げた。
「僕が持っていますけど、でも、地球の運転免許証ですよ」
「もしその免許証で、空港まで運転できるようでしたら、帰りだけ運転代行業者に車をお願いできますので。それで何とかならないか、役所に問い合わせてみます」
HMは、再び電話をかけた。
「もしもし。夜分すみません。明日の午前中、地球から旅行に来ている方が車を運転するのを、許可していただけないでしょうか? 地球の運転免許証はお持ちのようです。場所ですか? 南町から空港までなんですけど。あ、途中で観光したいとおっしゃっています」
いや、この際、観光はどうでもいいのだが。
HMは相手にお礼を言って電話を切り、父に言った。
「地球の免許証があればいいそうです」
「本当ですか? 助かった。でも、スピードを出すのは怖いな」と父。
「無理にスピードを出さなくていいんじゃない? ゆっくり走ったら」とミサ。
「そうだよ。お父さん、運転は久しぶりでしょ。スピード出したら僕たちが怖いよ」とタク。
しかし、HMは手を横に振った。
「いえ、ゆっくり走ると渋滞が起きてしまいます。怖がらずにスピードを出してください。そのために緊急ブレーキがあるんですから」
父は不安そうにうなずき、その様子を見て地球一家はもっと不安そうな表情になった。
その時、ピーピーピーと音がした。
「ラジオです。今から緊急ニュースが流れるようです。ラジオを持ってきてください」
HMは、ミサからラジオを受け取りスイッチを入れた。アナウンサーの声が流れる。
「緊急ニュースです。交通大臣より皆さんに通達があります。交通大臣、お願いします」
「こんばんは。交通大臣です。明日の午前中、車でお出かけになる方は気を付けてください。地球からの旅行者が車を運転するそうです。地球人の運転技術のことは全くわからないので、とりあえず明日の午前中だけ、緊急ブレーキシステムを一時的に厳しくすることで対応します」
「ほかに方法はないのですか? その車一台だけ速度規制をかけるとか」
「我が国にそのような技術はありません。政府にできることは、緊急ブレーキの一律の調整だけなのです」
地球一家は大臣の発言を聞き、自分たちのために大変な事態になったことを悟った。
そして翌朝、HMはまだ部屋で横たわっており、そばで地球一家6人が立って別れの挨拶をした。HMは、寝たまま携帯電話を手に持って見せた。
「私が運転できなくて本当にごめんなさい。もし何かあったら、無線で話をしましょう。この携帯につながっていますので」
HMに別れを告げて外に出た地球一家は車に乗り込み、父が運転席でスタートさせた。
それから30分後、ミサが後部座席から父に声をかけた。
「お父さん、運転、大丈夫そうね」
「うん、このスピードにはだいぶ慣れてきた。だが、しかし……」
その時、自動音声が流れた。また緊急ブレーキだ。あまりにも頻繁にブレーキがかかるのだ。車は減速して停止した。父がつぶやく。
「なぜだ? 車は見通しのいい一車線だし、人影もどこにも見えないぞ」
「あそこじゃない? あの向こうのほうに、ほら、女の子が」
母が指さすほうに、確かに女子が小さく見える。
「それでブレーキが……。あの子がここまで全速力で走ってこない限り、ぶつかりはしないだろうに。いくらなんでも厳しすぎるよ」
車は動き出し、加速を始めた。しかし、またも緊急ブレーキの自動音声が流れる。車は減速して停止した。父は腕時計を横目で見る。飛行機に乗り遅れないか心配だ。
その時、スピーカーからHMの声がした。
「地球のお父さん、どうですか? 順調ですか?」
「いや、それが、緊急ブレーキが何度も作動して、なかなか空港に着かないんですよ。もう30回目くらいかな」
「それは多すぎますね。あり得ません。昨日のニュースのとおり、交通大臣がブレーキをかなり厳しくしているんですよ」
「我々のせいか……。何かいい方法は、ありますか?」
「仕方がありません。突破してしまいましょう」
「突破?」
「ハンドルの横に赤いボタンがあるでしょう。そのボタンを押せば、緊急ブレーキを突破できます。つまり、ブレーキが作動しないので、減速して停止することはありません。そのまま進みます」
「そんなことができるんですか」
「私も本当に急いでいる時に一度、使ったことがあるだけです。機械によるブレーキを無視するわけですから、使う時は本当に気を付けてください。前後左右よく見て、事故が起こらないかよく確認したうえでボタンを押してください」
「わかりました」
無線での会話を終了した父は、一家5人に向かって言った。
「じゃあ、今度緊急ブレーキがかかりそうになったら、このボタンを押して突破しよう。ちょうど6人いるから、みんなで手分けして、6方向をよく見よう。お父さんは前を見るから、お母さんは右、ジュンは左、ミサは後ろ、タクは上、リコは下を見てほしい」
6人全員が自分の役割を果たすということだが、上も下も何もないだろう。
その時、また緊急ブレーキの自動音声が流れた。
「来た! みんな、よく見て!」
父がそう叫ぶと、6人はそれぞれの方向を見た。異常なし!
「よし、突破するぞ」
父は、赤いボタンを押した。その時、ものすごい衝撃が起こる。
「うわ、何だ?」
父が叫び、ほかの5人も驚いているうちに車は止まった。見渡すと、車体の左側が壊れている。父が言った。
「左の担当はジュンだったな。何が起きた?」
「わからない。スピードに全くついていけなかったよ」
窓から外を見ると、前方が大破している軽自動車がある。あの車とぶつかったようだ。
スピーカーからHMの声がする。
「どうしました? 地球のお父さん、大丈夫ですか?」
「すみません、事故を起こしてしまったようです」
「やっぱり、あなたがたでしたか。今、交通事故の緊急ニュースが入ったので、もしやと思って。皆さんに聞こえるように、ラジオの音をつなぎますね」
スピーカーはラジオの音に切り替わった。アナウンサーがニュースを伝えている。
「臨時ニュースを繰り返し申し上げます。上空のヘリからの報告によると、我が国で初めての交通事故が発生したようです。今、警察が現場に向かっています」
サイレンの音が聞こえ、パトカーの姿が見えた。ラジオは警察官の声に変わった。
「こちら警察です。現場に到着しました。ナンバープレートを見ると、これは地球からの旅行者が運転している車のようです。やはり地球人では無理だったか」
車の窓から顔を入れてきた警察官に向かって、父がまず話した。
「すみません、事故を起こしてしまって」
その時、警備員がカメラを見せながら駆け付けてきた。
「待ってください。この近くの監視カメラの映像を入手しました。過失があったのは、相手の車のようです。ほら。強引に右折しようとして、この車にぶつかっています」
すると、一人の若い男性が大破した軽自動車から出てきて近づいてきた。
「すみません、私の不注意でした」
ラジオでは、交通大臣が電話越しに話し始めた。
「こちら交通大臣です。どういうことですか? 地球人の過失ではなかったのか」
警察官は携帯電話でこれに答え、ラジオからも声が流れた。
「どうやら、地球人に過失はありません」
「では、なぜ今日、交通事故が?」
交通大臣の質問に、事故を起こした若い男性が答えた。
「今日は緊急ブレーキが何度も作動するので、我慢できず赤いボタンで突破を繰り返していました。最後は、どうせ何もないだろうと思ってよく見ないで突破してしまって」
これを聞き、警察官は腕を組んだ。
「そうか、緊急ブレーキが厳しすぎるのが原因だったのか」
父も横から意見を言った。
「あまりに厳しいと、みんながそれを突破してしまって、余計に危険な状態になってしまうんですよ」
「待てよ。ということは……」
交通大臣がそう言いかけた時、ラジオからは口々に情報を伝える声が聞こえた。
「大変です! 北町で、本日2件目の交通事故が発生しました」
「こちらにも連絡が入りました。西町で、本日3件目の事故です!」
「また事故です! 4件目です!」
これを聞いて、交通大臣はさっそく指示を出した。
「システムを今すぐ、元に戻すんだ! 早く!」
そしてこの後、地球一家は、空港まで急行するためパトカーに分乗させてもらえた。運転席の警察官が言う。
「お任せください。交通大臣の判断ミスを、部下である我々交通警察がカバーするのは当然のことです」
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