音のない世界に生きる無能の幸せな妖婚【奨励賞受賞】

四条葵

文字の大きさ
8 / 24
二章 妖屋敷と冷たい結婚生活




 黒稜が帰宅すると、紫音が慌てたように花壇の手入れをしていた。

 忙しなく動き回り肥料をやったり接ぎ木をしたりと、土だらけになっている着物など目もくれずに花の手入れをしている。

 黒稜はその肩にそっと触れる。

 すると紫音は振り返り、黒稜の顔を認めると顔を真っ青にした。

 紫音の後ろにある花壇の花々は、必死に立ってはいるのだが、足元は踏み荒らされたようにぺたんこになっている。

 黒稜は眉間に皺を寄せ、紫音に向き直る。
 すると紫音が勢いよく頭を下げた。


「も、申し訳ございませんっ! 旦那様……! 私の、不注意で……!」


 黒稜が唯一大事にしていたであろう庭の花壇。それを弥生のせいとはいえ、紫音が不注意だったばかりに踏みにじられてしまった。


(ああ、せっかくこの家に置いてくれていたのに……、私は旦那様に恩を仇で返すようなことを……)


 紫音はぐっと唇を噛みしめる。

 しかし黒稜からは特に反応がなく、顔を上げると紫音の横にしゃがんで土いじりを始めた。


「え……?」


 黒稜は紫音に顔を向け、その口元がはっきりと見えるように動かす。


「理由はどうあれ、今は急いだ方がよいのではないか?」
「は、はい!」


 黒稜の言葉に、紫音も慌てて花達の回復に精を出す。
 いくつかの花はしおれてしまっていたが、紫音と黒稜は出来るだけの手は尽したつもりである。

 汗を拭うと、紫音の顔に泥が広がった。
 そんな紫音を見て、黒稜は浅くため息をついた。


「そこまでこの花壇に必死になる必要はない。もともと母が大切にしていた花壇で、他にも気に掛けくれていた者はいたのだが……。私も水をやるくらいで、特になにもしていない」


 紫音はふるふると首を横に振る。そうしてゆっくりと丁寧に言葉を音にしていく。


「私は、この花達を、大事にしたいのです……」


 水をやっていただけだというが、それだけならこんなにも立派に色んな花が咲くことはないだろう。恐らく、黒稜もある程度この花達を気に掛けていたに違いないのだ。紫音はそう思っていた。

 それに、傷だらけの紫音の心を癒してくれたのもこの花達だったのだから。

 黒稜は紫音の言葉に少し驚いたように目を見開いた。
 そして彼女を見るうち、紫音の中で渦巻く呪いが強くなっていることに気が付く。


「紫音」
「え?」


 初めて名前を呼ばれ、紫音は目を丸くする。


「今日、ここに来訪者があったな?」
「はい……」
「それは誰だ?」


 紫音は少し視線を彷徨わせたあと、黒稜の瞳を恐る恐る見つめ返す。


「私の、妹の、弥生です……」
「そうか」


 黒稜は先程自宅の周辺で出逢った娘のことを思い出す。


(結界内に嫌なものが入り込んできたと慌てて帰ってみたら……そうか、あれが北条院のもう一人の娘か)


 黒稜は警戒の色を濃くする。

 ただの娘ではないと、自分の中の血がざわざわと告げていた。

 大方その娘が紫音に手を出し花壇を荒らしたのだろうことも、黒稜にはなんとなくわかっていた。
 紫音は北条院家でいい扱いをされてこなかったことも、黒稜には想像がついている。

 大切にされている娘ならば、こんなぼろぼろの着物に容姿をしていないだろうし、そもそも妖屋敷などと噂される御影に、簡単に嫁がせることなどしないだろう。

 派手な着物と簪を挿した派手な顔の娘を思い出す。
 黒稜にとって紫音の生活を想像するのには、それで十分だった。


(不憫な娘だ)


 黒稜は泥だらけになった紫音を見て、そう思った。


「紫音」
「は、はいっ」


 黒稜の呼びかけに紫音は姿勢を正す。


「明日は早朝に出る。支度をしておけ」
「え……? は、はい……」


 なんのことかわからないまま、紫音は頷く。

 そうして黒稜に促され、二人は屋敷へと戻っていった。




感想 0

あなたにおすすめの小説

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香
キャラ文芸
私、三浦由衣二十五歳。 付き合っていた筈の会社の先輩が、突然結婚発表をして大ショック。 不本意ながら、そのお祝いの会に出席した帰り、家の近くの神社に立ち寄ったの。 お稲荷様の赤い鳥居を何本も通って、お参りした後に向かった先は小さな狐さんの像。 狛犬さんの様な大きな二体の狐の像の近くに、ひっそりと鎮座している小さな狐の像に愚痴を聞いてもらった私は、うっかりそこで眠ってしまったみたい。 気がついたら知らない場所で二つ折りした座蒲団を枕に眠ってた。 慌てて飛び起きたら、袴姿の男の人がアツアツのうどんの丼を差し出してきた。 え、食べていいの? おいしい、これ、おいしいよ。 泣きながら食べて、熱燗も頂いて。 満足したらまた眠っちゃった。 神社の管理として、夜にだけここに居るという紺さんに、またいらっしゃいと見送られ帰った私は、家の前に立つ人影に首を傾げた。

【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。

朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!