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四章 動き出す世界
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「旦那様……っ!!」
突然現れた黒稜に驚く紫音。
黒稜は次々に五行の術を操っていく。水の力で妖を閉じ込めている間に、土の力を使いこちらに壁を作る。その前に木の力で蔦を張り巡らせた。
(すごい……! これが、旦那様の力……)
御影家は数少ない陰の力の強い家系だ。陰の力の家系は五行全ての力が使えると聞いていたが、このように目にするのは初めてのことだった。
黒稜はくるりと紫音に向き直ると、その身体を強く抱きしめた。
「え……?」
『来るのが遅くなってすまない』
黒稜はすっと紫音から離れると、紫音の血にまみれた脚に視線を向ける。
『君を危険にさらしたくはなかったのだがな……』
悔しそうな悲しそうな表情を浮かべる黒稜に、紫音は胸がきゅっとなる。
(旦那様、私を心配して慌てて帰ってきてくださったんだわ……)
この家にはある程度の結界が貼られている。強い妖の気が屋敷内に入ったと気が付いて、黒稜は急いで紫音の元に帰ってきたのだろう。
いつも無表情でどこか冷たい印象を受けていた黒稜が、心底心配そうに紫音を見つめるものだから、紫音の方が慌ててしまった。
「だ、旦那様っ。大丈夫、です。少し、脚を切ったくらい、です!」
『他には何もされていないか?』
「はい!」
『そうか』
陽はとうに落ち、辺りは闇に包まれている。この時間はいつも黒稜の声が脳内に響いてくる。その声も、少し心配の色を滲ませていた。
ドドン……っと地鳴りがしたかと思うと、黒稜が築いた土の壁と木の蔦が妖の力によって壊されるところだった。
黒稜は立ち上がり、妖と勝喜に目を向ける。
『御影 黒稜か……。はっ、なんてタイミングの悪いことだ』
勝喜に少し焦りの色が見えたが、しかしそれも一瞬ですぐに嘲笑へと変わる。
『御影、何故その娘を守る? その娘さえ渡せば、貴様に危害を加えるつもりはない。今はな』
『何故だと? 妻を守るのは当然のことだろう』
黒稜の言葉に、紫音は胸が大きく高鳴った。
しかし勝喜はそれを聞いて、また高らかに笑い始めた。
『妻だから守る? 何を馬鹿なことをっ!! お前のせいでその娘は呪いにかかっていると言うのに!』
『何?』
紫音と黒稜は、勝喜の言葉に目を丸くする。
(私にかけられている呪いが、旦那様のせい……? それって、どういう意味……?)
驚く二人に、勝喜は実に愉快だとでも言うかのように笑い続ける。
『知らずに共にいるとは実に滑稽だなぁ! その娘にかけられた呪いは、御影が生み出したものだと言うのに!!!』
「え…………?」
紫音は思わず黒稜を見上げる。その黒稜の目が驚愕に見開かれていく。
『その呪いは、お前の父が作り出したものだ! そんなことも知らずに一緒にいたのか?』
紫音にかけられた呪いが、御影発祥の呪いだということを黒稜も知らなかったのだろう。
黒稜の動揺が、紫音にも伝わる。その隙を、勝喜は見逃さなかった。禍々しい気を放った鬼のような妖が、黒稜に拳を振り上げる。
「旦那様……っ!!」
紫音の叫びにはっとした黒稜だが、術を展開する間もなく勢いよく後方へと吹き飛ばされた。
『がっ……っ!!!』
木に身体を打ち付けた黒稜は、そのまま力なく項を垂れる。
「旦那様……っ! 旦那様……っ!!」
紫音の悲鳴のような声が闇夜にこだまする。
紫音は自身の脚の傷など顧みず、それを引き摺りながらも黒稜の元へと向かう。
「旦那様っ……!」
今にも泣き出しそうな紫音が黒稜の元までやってくると、黒稜の胸元は血で汚れていた。木に打ち付けられた衝撃で臓器がやられたのか血を吐いたようだ。
「ああ、……ああっ……っ!!」
黒稜から苦しそうなひゅーひゅーとした呼吸音が小さく聞こえる。
虚空を彷徨っていた視線が、紫音を捉える。
「旦那様っ! 旦那様っ!」
『だい、じょうぶだ……っ』
黒稜はげほっと血を吐き出しながら、立ち上がる。
「無茶です! そんな身体で、闘うなど!!」
紫音に視線を向けた黒稜は、苦しそうに言葉を紡ぐ。
『私は……、君を、守らなくては……っ』
「どうして、どうしてそこまで……っ」
紫音が止めるのも構わず、勝喜と妖に向かって歩き出す黒稜。その黒稜が紫音を振り返った。
『紫音、君に……謝らなければならない……』
「え……?」
『私は君に、……ずっと隠していたことがある……』
そう言うと黒稜の周りに強大な力が集まり始める。青白い炎を纏った黒稜は、次の瞬間物凄い勢いで鬼の妖へと向かっていた。
瞬きの間に距離を詰められた妖は、黒稜の火の力によってあっという間に滅せられた。
灰のように真っ黒な影だけを残して綺麗に消え去ってしまった妖を見て、勝喜は尻餅をつく。その表情は恐怖に歪んではいるのだが、『はは……』と小さな声を漏らす。
『やはり、やはりそうであったか!! 貴様も! 妖と契約した、陰陽師堕ちであったか!!』
勝喜の言葉に、紫音は改めて黒稜の姿を見やる。そうして黒稜の姿の異変に気が付きはっとする。
黒稜はもちろん人の形のままなのだが、その頭には大きな白い長い耳が付いており、爪は鋭く伸び、尾のような長いふさふさの毛が生えていた。真っ黒だったはずの髪も白く染まり、目が金色に光っている。
それは凡そ、「人間」と形容するには難しい姿であった。
紫音はごくりと生唾を飲んだ。
(あや、かし……? 旦那様、が……?)
『はは、御影の噂はどうやら本当であったようだ……! はははこれは滑稽!!』
『黙れ』
黒稜は平然と勝喜を持ち上げると、そのまま地面に叩きつけた。
『ぐわっ!!!』
勝喜の口から血が飛び出す。
しかし手加減されていたのか、意識ははっきりとあるようだ。
『はぁはぁ……面白いものが見れたぞ……この情報を売れば、私はさらに財力を手にすることができる……津田の名を、強さを、馬鹿にしてきた陰陽師のやつらに思い知らせてやるのだ……』
勝喜が喚き散らしていると、また黒い影のようなものが彼を中心に渦巻いてくる。
(また、強力な妖……?!)
焦る紫音だったが、その黒い渦は勝喜の身体に巻き付き勝喜を深淵へと連れて行く。
『なんだ? これは? どういうことだ!?!?』
勝喜の声は段々と遠ざかっていき、その姿は闇へと消えた。
「え……?」
ぽかんとする紫音に、黒稜が呟く。
『契約だろう。強大な力を与える代わりに、その妖が顕現できなくなったとき魂を喰われる。それがあいつと妖の間で結ばれた契約だ』
「そんな……」
強力な妖を使役するのにはそれ相応の代償がある。たかが人の子では、魂を捧げない限りその強さは手に入らない。
黒稜は紫音を振り返り、こちらにゆっくりと歩み寄ってくる。その姿はやはり、妖狐のような姿をしていた。
『……これが私の、本当の姿だ』
「妖……、なのですか?」
『正確には、半人半妖だ。この身体には、人間と妖の両方の血が流れている』
「そう、ですか……」
『驚かないのか?』
紫音の反応に、黒稜は不思議そうに首を傾げる。
「あ、いえ、驚いて、います……」
正直に言うと、紫音は黒稜の姿に驚いている。しかし、普通に会話できていることから、黒稜は黒稜のままであることがはっきりとわかる。
(そうか、だから……)
ずっと不思議に思っていた。
どうして黒稜の声が『夜』だけ聞こえるのか。
それは、黒稜に妖の血が流れ、夜になるとその血が濃くなるからだ。
耳の聞こえない紫音に声が聞こえたのも、それが妖のものであるからだ。元々紫音は妖の力や気配を覚る力も弱いが、黒稜が傍にいるせいかその弱い力が少し増幅されたのかもしれない。
目の前にいるのは黒稜だ。恐れることなどなかった。
「旦那様は、旦那様です……」
紫音の言葉に目を見開いた黒稜はしかし、ふらっと身体が傾きそのまま倒れてしまう。
「旦那様っ……!!」
『ああ、いや、大丈夫だ……』
すでにぼろぼろだった身体で妖の力を使ったせいで限界が来た黒稜は、その場で動けなくなってしまった。白かった妖の姿も、すっかりいつもの人間の姿に戻っている。
ごほっとまた大量の血を吐き出した黒稜は、なんとかして自力で立ち上がろうとする。
「だ、旦那様……っ、ど、どうしたら……」
今にも死んでしまいそうなほどに弱っている黒稜の姿に、紫音は戸惑う。
そんな紫音の腕を掴んだ黒稜は、紫音を安心させるように小さく呟く。
『少し、休めば、よくなる……』
「で、でも……」
『この身体には、妖の血が流れていると、言っただろう? 回復も人より早いんだ……』
そうは言っても、心配なものは心配である。
すうっと意識を失ってしまった黒稜を見て、紫音はただただ祈ることしかできなかった。
(どうか、どうか、旦那様を殺さないでください。どうか、お助けください……)
紫音が祈りを捧げると、握った自身の手から温かな光が宿る。その光はあっという間に紫音と黒稜を包み込んでいく。
(この光は……、一体何?)
嫌な感じは全くしない。穏やかで温かく心地よい空気。身が清められ心まで洗われるかのような、優しい光。
「黒稜様を、助けて」
紫音の言葉に反応するかのように、温かな光は黒稜の元に集まっていく。
それを見届けた紫音は、急に意識を保てなくなりそのまま手放した。
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