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九章 二人の未来
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次の日の夜。
夕食を終えた紫音に、黒稜が縁側に来るよう声を掛けた。
細く鋭く尖った明けの三日月が空に輝き、明日はどうやら新月らしかった。
夏が終わり、少しずつ秋が近付いていた。
「黒稜様……?」
紫音が夕食の片付けを終え、縁側にやってくると黒稜は少し表情を緩めた。
『紫音、呼び出して悪いな』
「い、いえ!」
紫音は黒稜の隣に腰を下ろす。
その姿を確認してから、黒稜は紫音へと顔を向けた。
『紫音』
「はい」
『私は、君を愛している』
「へっ!?」
黒稜の唐突な愛の告白に、紫音は素っ頓狂な声を出す。
「い、いきなり、な、なにを……」
顔を真っ赤にする紫音に、黒稜はふっと笑う。
『しっかりと伝えていなかったと思ってな』
「う……」
それは紫音も聞きたかったことである。黒稜へ意識を向ける度、黒稜は自身をどう思っているのかと。
(こんな気持ちになるなんて、思わなかったわ……)
虐げられ感情が希薄になっていた紫音が、まさかこのように誰かを想う気持ちを持とうとは思いもよらなかった。
『半人半妖である私なんかに愛されたところで、嬉しくもなんともないかもしれないが、』
「そ、そんなことないですっ!」
黒稜の言葉を遮るように、紫音は声を上げる。
「……嬉しい、です……」
紫音が顔を真っ赤にするのを見た黒稜は、そんな紫音に愛おしそうな眼差しを向ける。
『そうか……』と呟いた黒稜は、夜空を見上げた。
『紫音』
「はい……」
まだ顔を真っ赤にしたままの紫音に、黒稜はゆっくりと言葉を紡ぐ。
『明日のこの時間、またここに来てくれないか』
「……? はい」
それだけ言うと、黒稜は立ち上がる。
『さぁ、今日はもう寝よう』
黒稜から差し出された手に、紫音は嬉しそうに微笑みながら自身の手を重ねた。
その黒稜は紫音の手を大切に握りながらも、ある一つの決意を固めていた。
翌日、同じ時間。空に明かりはなく辺りは闇に包まれていた。
昨日と同じように夕食の片付けを終え、縁側にやってきた紫音は、すでに庭に立って待っていた黒稜に声を掛けた。
「黒稜様、お待たせいたしました」
月のない真っ暗な夜空を見上げていた黒稜は、紫音へと視線を動かした。
『ああ、来たか』
『試したいことがある』そう呟いた黒稜は、自身の中にある妖の力を活性化させる。
新月は妖の力を強める。黒稜もまた半分は妖の血が流れている。今日と言う日は妖と同様に強い力を操ることができた。
黒稜の艶やかな黒髪が真っ白に染まり、その瞳に金色が宿る。そうして狐のような耳が生え、爪が鋭く尖っていく。
その長く伸びた爪で、黒稜はなんの躊躇いもなく自身の腕を掻き切った。
「黒稜様……っ!?」
紫音は驚いて、慌てて黒稜の元へと駆け寄る。
黒稜の足元には、腕から垂れた大量の血がぼたぼたと地面に染みを作っていた。
「何をなさるのですかっ!」
紫音は慌てながらも、何とか黒稜の血を止められないかと、祈りの巫女の治癒の術を使おうと手を握りしめる。
しかしその手を黒稜が制した。
『雪平が言っていた解術方法を覚えているか?』
「え……?」
『紫音ちゃんにかけられた呪いは、妖の血を使って生み出された呪いだ。それならば、解術するにも妖の血があればそれを打ち消せるかもしれない』
『今日、私の中の妖の血は平常よりも濃く、強くなっている。この血を使えば、紫音の呪いを解くことができるかもしれない』
黒稜の言葉と同時に、紫音の足元に書かれていたらしい術式が浮かび上がる。黒稜が前もって準備していたものだ。術が発動し始めたのか、光を帯び始める。
「黒稜様……やめて、ください……」
紫音は稜介がどれほどの妖の血を使っていたのか、よく知っている。生半可な血の量ではこの解術式も完成しない。
「手を、放して……っ」
紫音が祈りの巫女の力を使わないよう、黒稜はその手を握りしめる。
どうあっても、この術式を完成させるつもりらしい。
「黒稜様……っ、死んでしまいますっ!」
黒稜の腕から大量の血が地面に滴り落ち、血を吸収した術式はますます強い力を帯びていく。反対に黒稜の顔は少しずつ苦痛に歪んでいく。
「黒稜様……っ!」
『頼む、続けさせてくれ。御影の生み出した呪いに、君を巻き込んでしまった罪滅ぼしをさせてくれ』
紫音は首を横に振り続ける。
(どうして……? 黒稜様は悪くないのに……っ)
黒稜が命を懸けたところで紫音の呪いが解ける確証などないというのに。
それでも黒稜はやめなかった。
次第に光が大きくなっていき、紫音を包み込む。
『紫音、私は、君が笑顔で過ごせる世界を作りたいんだ』
「そんなもの……」
そんなものはとうにあるのだ。
黒稜さえ傍にいれば、紫音にとってはそれが幸せなのだ。
「黒稜、様……っっ!!」
光が紫音を包み込み、意識が遠くなっていく。
『紫音』
優しく名を呼ぶ黒稜の少し硬い声が聞こえる。
(お願い、黒稜様を助けて。黒稜様を解放してあげて……)
紫音と同じく黒稜も呪いによって苦しめられている。大切な者を失い、妖となってしまった黒稜。どうして黒稜ばかりが苦しいめに遭わなくてはならないのか。
(見ず知らずの無能の私なんかに、こんなにも優しさをくださった黒稜様。どうか黒稜様に、温かい世界を……)
光がより一層明るくなり、紫音は意識を失った。
膝から崩れ落ちる紫音を、黒稜は抱きかかえた。その腕には、あるはずの傷跡がなくなっていた。先程まで大量の血を流していたはずの腕の傷は、綺麗さっぱりなくなっていた。
『全く、どうしてこの娘は自身のことを第一に考えられないのだ……』
黒稜は呆れたように呟く。
そうして自身の腕の中で眠る愛しい妻に、そっと口付けをした。
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