『異世界維新録 ― 海援隊Re:Birth』

Ilysiasnorm

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第2章 「交錯する志 ― 維新の胎動 ―」

第8話 青海の刃(せいかいのやいば)

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深い森を抜けたところで、霧が晴れた。  霊泉の村から続く街道――その中央に、黒紋兵《こくもんへい》の影が立ち塞がっていた。

「……見つけたぞ。奴隷市から逃げた三人だな」

 黒い紋章を刻んだ鎧が月光に鈍く光る。
 リュオムは即座に木刀を構えた。折れかけた柄が痛々しい。

「ミラ、シン。背中は預けるき!」

 ミラが震えながらも一歩前に出る。
 シンは数珠を握り、息を整えた。

 しかし、黒紋兵の威圧は圧倒的だった。
 村の噂どおり、王国でも精鋭と名高い特殊部隊。

「……何者ぜよ、この圧は……!」

 ひとりの黒紋兵が無言で踏み込み、
 リュオムの木刀へ重い斬撃を叩きつけた。

 ――バキィンッ!

 木刀は無残に折れ、破片が散った。

「リュオムっ!」

「大丈夫だ……っ! まだ……!」

 言い終える前に、二撃目が迫る。
 リュオムは後退し、呼吸が荒くなる。

 ――その時だ。

 空気が、震えた。

 森の奥から、白い光がふわりと舞い降りてくる。
 霧の粒子が光を受け、蒼い波紋のように揺れた。

「……また、あなた……」

 ミラが息を呑む。

 白銀の髪を風にたゆたわせた少女が立っていた。
 裸足で草を踏む音すらない。
 瞳は夜明け前の星のように静かで、現実感が欠けている。

 少女――ルミア。

 その存在そのものが、
 まるで“この世とあの世の狭間”に立つかのようだった。

 彼女は口を動かさない。
 だが声が、胸の奥に直接響く。

 ――『あなたの旅はまだ終わっていません』

 黒紋兵が目を見開いた。

「こいつ……何者だ……!」

 光が黒紋兵たちの視界をさえぎる。
 その僅かな隙に、リュオムたちの足元へ柔らかな風が流れた。

「行きなさい。
 ――剣が、あなたを待っています」

 ルミアが差し伸べた手に導かれ、
 リュオムたちは森の奥へ駆け出す。

「……ここは」

 見覚えのある佇まいが月光に浮かぶ。
 木造の小さな庵。
 そして、その前で腕を組んで立つ男がいた。

 シュウザ=チバリス。

 彼の落ち着いた眼差しがリュオムをとらえる。

「待っていた。お前に渡すものがある」

「渡す……?」

 庵の中央の石台に、一本の刀が置かれていた。
 鞘は深い青。
 触れてもいないのに、肌に冷気が走るほどの気配を発している。

「これは……」

「《青海》と呼ばれる。
 心を誤魔化す者には絶対に抜けぬ。
 だが、迷いを断つ者には応える」

 シュウザの声は静かだが、剣士としての重さがあった。

「お前はもう、武器を失った。
 ならば次は――覚悟を手にせよ」

 リュオムは息を飲む。

 折れた木刀の欠片が、掌にまだ残っている。
 何も守れなかった自分の弱さが、
 じりじりと胸を焼く。

 ゆっくりと刀へ手を伸ばす。

「……借りるぜよ。この命に代えても」

 その瞬間、刀から蒼い光が立ち昇った。

 ――キィン……!

 刃と竜魔紋が共鳴し、蒼い波紋がリュオムを包む。

 シュウザが目を細める。

「……見事だ。
 お前は、“剣を持つ資格”を得たようだ」

「見つけたぞ!!」

 庵の外で怒号が響く。
 数名の黒紋兵が森をかき分けて迫ってきた。

「逃さぬ……! 宰相ハルエル様の命だ!」

 ハルエルの名を聞き、シンが目を見開く。

「ハルエル……? どこかで……」

 だが思い出せないまま、黒紋兵の刃が月光を裂く。

「来るぞ、リュオム!」

「ああ! 行くぜよ!」

 黒紋兵が斬りかかる。

 リュオムは《青海》の柄を握り、静かに息を整えた。

 ――抜く。

 蒼い閃光が走り、黒紋兵の武器が弾け飛んだ。

「なっ……!?」

 もう一撃。
 刃は人を傷つけぬよう寸止めしつつ、
 鎧を断ち、兵を倒す。

 シンが思わず呟く。

「……速い……! まるで別人のようだ」

 ミラも目を輝かせる。

「すごい……リュオム!」

 怒号を上げて残りの黒紋兵が突撃してくる。

「まとめて来るがいいき!」

 蒼い軌跡が夜の森に弧を描いた。

 シュウザが静かに言う。

「……迷いが消えた剣は、美しいものだ」

 黒紋兵を退けたあと、庵の前でシュウザは空を見上げた。

「この先、王国は本格的にお前を狙うだろう。
 宰相ハルエル……その名は忘れぬことだ」

「ハルエル……。どこかで聞いたような……」

 リュオムは胸騒ぎを覚えた。
 だが、その理由はまだ霧の向こうにある。

 シュウザは微笑む。

「また会う。その時は剣の続きを見せてもらおう」

 庵の灯りが静かに閉じ、
 リュオム・シン・ミラは森の道へ踏み出した。

 遠くでルミアの声が風に溶ける。

 ――『次に出会う“友”は、あなたの運命を揺らすでしょう』

 リュオムは立ち止まり、月空を見上げる。

「どれだけ道が険しゅうても――
 この刃があるき。必ず切り拓くぜよ、異世界の“維新”を」

 蒼い刃が、星々の光を受けて輝いた。
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