異世界剣豪、転身したらほぼチート。【幕末編】

Ilysiasnorm

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第2話 「壬生狼と、迷い込んだ狼」

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新選組屯所――壬生。

 夜が明けかけた京都の空の下、庭にはまだ夜気の冷たさが残っていた。

 縁側の柱に背を預け、リュシアン・ヴァイスはぼんやりと空を見上げていた。

 「……あ~あ。気づいたら、連行コースかぁ……」

 さっきまで路地だったと思ったら、  「話を聞かせてもらおうか」とか言われて、  気づけばこの木造建築の中である。

 どう見ても――敵の本拠地っぽい。

 (いや、敵とか味方とか、まだ決めてないけどさ)

 とりあえず、さっきの“誠の羽織”――新選組とやらの連中の拠点らしい。

 「……ま、屋根の上にいた不審者を連れてくのは、正しい対応か」

 自虐気味に呟きつつ、縁側に座ったまま足をぶらぶらさせる。

 ――魔素は、やっぱりない。

 けれど、あの路地で感じた“濁り”は間違いじゃなかった。

 (魔王の気配が、薄く――でも確かに残ってる)

 あれがこの世界でどういう形を取っているのかは、まだ分からない。

 ただ一つだけ、はっきりしている。

 ――放っておくと、ろくなことにならない。

 「退屈はしなさそう、ってのは、まぁいいけどね」

 のんきな独り言を、背後から遮る声があった。

 「ずいぶん余裕だな。ここがどこか、分かって言ってんのかい?」

 低く、渋い声。

 振り返ると、土間側の入り口に男が一人、腕を組んで立っていた。

 浅黒い肌に鋭い目つき。  羽織の胸元にも、やはり“誠”の文字。

 「えーっと……君が、ここの偉い人?」

 「副長だ」

 男は短く答える。

 「新選組副長、土方歳三。ここでは俺が“規律”だ」

 「おお、リーダーじゃなくて“規律”担当なんだ。めんどくさそ」

 「今、聞き捨てならねぇひと言があったな?」

 すっと目が細められた。

 だが、リュシアンはまったく悪びれない。

 「えーっと、じゃあ自己紹介しとく? 俺、リュシアン・ヴァイス――」

 「……“通りすがりの何とか剣聖”……だろう?」

 背後から、柔らかな声が割って入った。

 土間の奥から、軽い足音。  白い息を吐きながら、誠の羽織を着た“あの隊士”が姿を見せる。

 「昨夜の、屋根の上の人」

 新選組一番隊組長――沖田総司。

 隊士の一人が慌てて頭を下げた。

 「近藤さんと土方さんには、俺から話しときましたから」

 「好き勝手に連れてきたのお前だろうが、総司」

 土方が小さく舌打ちする。

 「まぁまぁ、土方さん。面白そうな人材は、早めに押さえといた方がいいですよ?」

 沖田はいつもの調子なのか、にこりと笑った。

 「君、昨夜は助かったよ。うちの隊士、半分は腰が抜けてたからね」

 「あー……まぁ、勝手に体が動いただけだけど」

 リュシアンは頭をかく。

 土方が一歩進み出る。

 「単刀直入に聞く。他所の藩か、浪人か。それとも――」

 鋭い視線が、リュシアンを射抜いた。

 「昨今、京では妙な噂が絶えねぇ。人が夜中に急に狂ったり、   妖怪みてぇな動きを見せたりな。さっきの“化け物”もそうだ」

 リュシアンの目がわずかに細くなる。

 (……やっぱ、こっちの世界でも影響出てるか)

 土方はさらに続けた。

 「で、その“化け物”を、一太刀で黙らせたお前は何者だ」

 「……通りすがりの、剣聖?」

 「ふざけてんのか」

 「いやいや、結構真面目なんだけどな、これでも」

 空気が一瞬、ぴりっと張りつめる。

 だが、そこで割り込むのはやはり沖田だった。

 「副長、土方さん。昨夜、見たでしょ?」

 土方の視線が横にずれる。

 沖田はわざとらしく肩をすくめる。

 「“本気で”抜いてなかったけど、それでも一瞬でしたよ?」     「……ああ?」

 土方は思い出す。  昨夜、傀儡のような男の死体を運び込んだとき。

 死体の周囲の地面には、まるで刃が何度も走ったような“線”だけが残っていた。

 だが、肉にはほとんど傷がない。

 「人じゃねぇな、って思ったよ」

 そのときの感想が、再び胸に蘇る。

 沖田の笑みが、少しだけ悪戯っぽくなる。

 「だからさ――」

 「うちに置いときません?」

 「は?」

 土方が盛大に眉をひそめる。

 「いや、なんでそうなる」

 「土方さんも見たいでしょ? “あれ”をもう一度」

 沖田はわざとらしく、リュシアンの方を振り返った。

 「君、どう? 働き口、探してたりする?」

 「いやぁ……異世界転身したばっかで、就職面接はちょっとハードル高くない?」

 「いせ……何だって?」

 「気にしないで。こっちの世界の言葉で言うと、そうだなぁ……」

 リュシアンは少し考えて、適当に言葉を選ぶ。

 「――ちょっと遠いところから、流れてきた浪人ってことで」

 「遠すぎるだろ」

 土方のツッコミが刺さる。

 だが、完全に否定もしていない。

 「土方さん。どうせ今の状況、腕っぷしの立つやつはいくらいても困らないですよ。   最近、妙な騒ぎも増えてますし」

 沖田の声音が、すっと低くなる。

 「……総司。妙な騒ぎ、ね」

 土方も表情を引き締めた。

 「この数ヶ月、京の町では“人が急に変わった”って話が立て続けにある。   怒鳴り散らして暴れて、そのうち言葉も通じなくなって……   最後には化け物みてぇな動きで暴れ回る」

 「さっきのが、まさにそれか」

 リュシアンの言葉に、土方は短く頷く。

 「寺社の坊主連中は“祟り”だの“妖怪”だの言ってるが……   正直、俺にはそうは見えねぇ」

 「……“匂い”が似てるんですよね」

 沖田がぽつりと呟いた。

 「何と?」

 「さっきの男と……それから、この人」

 沖田の紫がかった瞳が、じっとリュシアンを見つめる。

 「刀の抜き方、立ち方、気配。それに――」

 ふっと笑みを深める。

 「“この世界の人間じゃない”ってところが、ね?」

 リュシアンは苦笑する。

 (……バレてるな、これ)

 だが、正体を説明したところで理解される気もしない。

 「――ま、細かい理屈は、おいおいでいいんじゃないですか」

 沖田はむしろ楽しそうだ。

 「僕としては、“強い人”が京にもう一人増えたってだけで、   ちょっとワクワクしてるんですけど」

 「……総司、お前な」

 土方は眉間を揉みながら、しばらく黙り込んだ。

 やがて、小さく息を吐く。

 「いいか、白髪の」

 「リュシアンね」

 「覚える気はねぇ」

 即答で切り捨てられた。

 「ここは新選組の屯所だ。好き勝手してぇなら、他を当たれ。   だが――」

 土方は目を細め、言葉を続ける。

 「さっきみてぇな化け物を、これからも斬るつもりがあるなら……   勝手に暴れられるより、目の届くところにいてくれた方がまだマシだ」

 それはつまり――

 「当座は“預かり”ってとこだな。   逃げようとしたら、そのときは容赦なく斬る」

 「お、物騒。でも分かりやすいね」

 リュシアンは肩をすくめた。

 「んじゃ、しばらくお世話になります? えーっと、“新選組さん”」

 「……気に入らねぇ笑い方だ」

 土方はぼそっと呟き、踵を返す。

 「近藤さんには俺から話しておく。総司、あとはお前に任せた」

 「は~い、副長」

 軽い返事をしながら、沖田はひらひらと手を振った。

 土方が去っていき、庭には二人だけが残る。

 しばしの静寂。

 その静けさを破ったのは、沖田の小さな笑い声だった。

 「ふふっ……ね?」

 「ね、って?」

 「この人、悪い人じゃないですよ。ちょっと口が怖いだけで」

 「あ~、それは何となく分かる」

 リュシアンは縁側に座り直し、隣のスペースをぽん、と叩いた。

 「で? さっきからずっと、“匂い”とか“この世界の人間じゃない”とか   言ってる君は、何者なわけ?」

 沖田は、ほんの一瞬だけ目を細めた。

 ――その微かな変化を、リュシアンは見逃さない。

 だが、次の瞬間にはいつもの人懐こい笑みに戻っていた。

 「僕は――」

 「新選組一番隊組長、沖田総司。今は、それでいいでしょう?」

 「……そっか」

 あっさりと引き下がるリュシアンに、逆に沖田が目を瞬く。

 「え、深掘りしないんです?」

 「いや、聞いたところで“今は言えない”って顔してたからね。   無理に聞いても、いい答えは返ってこないでしょ?」

 「……そういうところ、ちょっとズルいなぁ」

 沖田は縁側に腰を下ろし、空を見上げた。

 「君は? “本当のところ”は、いつ話すつもり?」

 「さぁ?」

 リュシアンも同じように空を見た。

 「こっちの世界のこと、まだ何も知らないし。   君らの事情もあるんでしょ?」

 「ありますねぇ。山ほど」

 「魔王の残りかすも、そこら中に転がってそうだし」

 ぽろりと出た単語に、沖田の瞳が一瞬だけ揺れた。

 「……まおう、ね」

 「うん。こっちの言葉にすると何て言えばいいか分かんないけど。   俺の世界じゃ、ああいうのを“魔王”って呼んでた」

 「――へぇ」

 沖田は、感嘆とも溜息ともつかない息を漏らした。

 「やっぱり、君。とんでもないところから来てますね」

 「お互い様なんじゃない?」

 リュシアンは笑う。

 「だって君も、“普通じゃない”匂いがするから」

 沖田の横顔に、ほんの一瞬だけ影が差した。

 だが、それを振り払うように帯を軽く叩き、立ち上がる。

 「さて。じゃあ、まずは刀の腕前を“公式に”見せてもらいましょうか」

 「公式に?」

 「うち、そういうの好きな人、多いんですよ。   “腕の立つ浪人が来た”って言えば、面白がってすぐ集まります」

 「……あぁ、分かる気がする」

 リュシアンも立ち上がる。

 「で、それってつまり――」

 沖田は、にこりと笑って言った。

 「新選組、歓迎の“試し斬りタイム”ってやつですね」

 「物騒な歓迎だな、おい」

 そうぼやきつつも、リュシアンの口元には、  やはりどこか楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 ――京の夜に迷い込んだ異世界の剣聖と、  新選組一番隊組長。

 壬生狼たちの中で、二人の“規格外”が、  静かに歩き出す。

 すべては、これから始まる  “魔王の残滓狩り”と、“異世界者同士の再会”へと繋がっていくのだった。
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