【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える

カイワレ大根

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第1章

第12話 封印の謎とスキルクリスタル

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 封印の間は、耳鳴りがするほどの静寂に支配されていた。
 黒ずんだ石柱――“封印の石”には、鋭利な刃物で断ち割られたかのような深い亀裂が走り、そこから滲み出したように影の灰がザラ……ザラ……と根元に広がっていた。

 その灰はただの燃えかすではない。
 灯りを吸い込み、まるで“闇そのもの”を砕いて撒き散らしたような不気味な質感を放っていた。

 リュークは膝をつき、灰の中から小さな金属片を拾い上げる。
 掌にのせた瞬間、ひやりとした感触が皮膚を突き抜け、背筋に冷たい震えが走った。

 それは村人が使う素朴な道具などとは、明らかに異質だった。
 滑らかに研ぎ澄まされた鋼の輝き。
 繊細に刻まれた幾何学的な紋様。

 そして、込められた“造り手の意志”すら伝わってくる精緻な造形。
 村のものではない。――いや、この地の文明すら超えている。

(……誰かが、意図的に封印を壊した……)

 リュークの脳裏に、夜影獣の不気味な姿と、あの異様な存在感が蘇る。
 ただの魔物ではない。

 背後に、必ず“人の手”がある――そう直感せざるを得なかった。

 もし、この封印が“影”そのものを封じ込めていたのなら、
 それを破った者の目的は――

 リュークは金属片をそっと懐にしまう。
 内側で、冷たい違和感が静かに広がっていく。

「……リューク、どうする?」

 背後から、不安に揺れた声。

 その瞬間だった――

 キィィィィィン……ッ!

 耳の奥を突き破るような高音が、封印の間を震わせた。

「な、なんだ……!?」

 視界がグニャッと歪む。
 空間の軸が狂い、足元から別の層に引きずられるような感覚が押し寄せてくる。

 リュークはよろめきながら、必死にバランスを取った。

 そのとき――
 封印の石の背後、古びた壁際にジリ……ッと微かな光が滲み出していた。

(……あれは?)

 警戒を解かず、リュークはそっと壁へと近づく。
 石の表面は冷たく、ざらついていた。

 だが、ある一点――そこだけは、微かに脈打つような温もりを感じた。
 手のひらを強く押し当てた瞬間――

 カシャン……!

 乾いた金属音が鳴り、壁の一部がゴン……ギギギ……ッと音を立てて、静かに開いた。

「……隠し扉、か」

 薄闇の先には、地下へと続く通路。
 封印とは別の、“別の目的”で設けられたような空間が、ぽっかりと口を開けていた。

 リュークは魔法灯石を高く掲げ、慎重に足を踏み入れる。
 奥の空間には、ひんやりとした石造りの祭壇が静かに佇んでいた。

 その中央に――拳ほどの水晶。
 脈動するような青白い光が、ぼんやりと辺りを照らしている。

 リュークの胸が、理由もなくドクン……と強く脈打った。

(……これは……クリスタル……?)

「おい、それ……スキルクリスタルじゃねえのか!?」

 村人のひとりが、恐怖と期待をないまぜにした声を上げる。
 場の空気が凍りつき、すべての視線がリュークの手元へ注がれた。

 だが、リュークは答えない。
 静かに水晶へ手を伸ばす。青白い輝きは冷たさと温もりを同時に帯び、彼を誘うように脈動していた。

 ――それは、まるで待っていた。
 遥か昔からこの瞬間を。
 “彼に触れられること”を当然とするかのように。

 指先が触れた瞬間――

 ――ズゥン……ッ!

 骨の芯まで突き抜ける衝撃。
 背骨を這い上がる冷たい波動と、全身を灼くような熱が同時に駆け巡る。
 思わず息が詰まり、視界が白い閃光に塗りつぶされた。

 次いで、耳の奥で――カチッ、カチリ……と規則的な機械音が鳴り始める。
 止まっていた“何か”が、長い眠りから蘇ったかのように。

【認識開始……スキル適性確認中……】

 脳内に直接突き刺さるように響く無機質な声。
 あまりの異質さに、リュークはこめかみを押さえ、ガクン!と膝をついた。

「ぐっ……!」

 古代語めいた囁きが奔流となり、頭蓋の内側を押し流していく。
 圧倒的な情報が脳を焼き、言葉では説明できない“知識の嵐”が、彼の意識を呑み込んでいった。

 視界がバチバチ……ッと軋むように瞬き、
 無数の記憶の断片が、一瞬で頭の中にブワッと広がった。

 ——だが、それらは音もなく崩れ去り、霧散する。
 残ったのは、鋭く走る針のような頭痛だけだった。

 次の瞬間、リュークの視界は完全にブラックアウトする。

 彼は、闇の底に立っていた。
 目の前には、果てしなく黒く濁った影の海。

 その奥で、得体の知れない“何か”が、静かに、だが確かに彼を注視している。
 ——否、それは幻覚ではない。
 これは、実際に“存在した”光景だ。

 ゴオオオ……ッ!

 燃え盛る炎。
 響き渡る、断末魔のような叫び。
 無数の影が剣を振るい、地を割り、何かを喰らっていた。

 その手には――今まさにリュークが触れているものと同じ、
 青白く脈動するクリスタルが握られていた。

『……力を、望むか?』

 どこか懐かしく、しかし確実に“異質な存在”の声が、空間に染み込むように響いた。

(これは……)

 リュークは反射的に手を伸ばしかけた――
 だが、その瞬間。

【スキル「メモリーバンク」適性確認……開放条件未達成】

 無慈悲なまでに無感情な声が、鋭く脳を突き刺す。
 映像はガリィィィン!という崩壊音と共に粉々に砕け、
 そのまま黒い闇へと、ズブ……ズブ……ッと沈んでいった。

「……っ、くそ……は……!」

 リュークは膝をつき、床に手をついたまま荒く息を吐いた。
 広がるのは、確かに見慣れた祠の空間。
 だが――あの瞬間に感じた“何か”の重みだけは、確かに消えていなかった。

(今のは……幻覚か? それとも……記憶……?)

 ふと視線を落とす。
 その手のひらには、青白く脈動を続けるスキルクリスタルがあった。
 小さく、しかし確かに、何かを“訴えるように”揺れている。

 そのとき――
 再び、脳内に機械音混じりの声が鋭く響いた。

【スキル開放条件:金貨小一枚が必要】

「……!」

 リュークの目が見開かれる。息が喉で止まり、冷たい衝撃が背筋を駆け抜けた。

(……金貨? スキルを開放するのに、金が必要だと……?)

 本来、スキルとは修練や経験の果てに芽生えるもの。
 それを“金”という代償で買うなど、聞いたこともない。
 あまりにも歪んだ理屈――だが、確かに今、そう告げられた。
 理解が追いつかないまま、リュークは思わずクリスタルを強く握りしめた。

 瞬間、フッ……と光が灯り、脳裏に揺らめく影のような映像が広がる。
 誰かの声が、耳元で囁く。

『知識を代償に、力を得る』

(誰だ……? この声は……)

 姿は霞の中に沈み、思い出せそうで思い出せない。
 それでも、その言葉は鋭く胸を貫いた。

「リューク、大丈夫か?」

 背後からの声に我に返る。村人たちの視線は、恐れと期待の入り混じった色を宿していた。
 リュークは深く息を吸い、ゆっくりと立ち上がると、青白く脈動するクリスタルを見下ろした。

「……ああ、大丈夫だ」

 声は低く、しかし確かな響きを帯びていた。
 この水晶は、自分に託された“可能性”そのもの。
 だが――その扉を開くには、必ず“代償”を支払わなければならない。

「……金貨、か」

 呟きながら拳を握りしめる。
 今のままでは何も始まらない。資金を得なければ、力すら使わせてもらえないのだ。

 クリスタルを懐に収めた瞬間も、胸の奥でトクン……トクン……と脈動は止まらなかった。
 その律動は、まるで「選択を迫る合図」のように響き続けている。

(村の報酬だけじゃ足りない……都市に出て、確実に稼げる手を見つけなければ)

 リュークは奥歯を噛み締める。
 だが、その前に――
 今この状況を終わらせなければならなかった。

 ◆影の黒幕の手がかり
 リュークは、村人たちと共に封印の間へと戻ってきた。
 先ほどと同じく、空間は息を呑むような静けさに包まれている。

 彼はゆっくりと歩を進め、床に散らばった封印の石の破片に目を留めた。
 そして、ひとつをそっと拾い上げる。
 指先に伝わる、微かな奇妙な残滓。

 それは、村人たちが使う素朴な魔法とは、明らかに異質な気配を放っていた。

(……誰か、魔法に精通した者が関わっている)

 リュークはスキルクリスタルをしっかりと懐に収め、静かに振り返った。
 村人たちの視線を受け止め、静かに口を開いた。

「……この封印は、自然に壊れたわけじゃない。誰かが、意図的に手を加えた可能性が高い」

 ざわめきが走り、村長が苦々しい表情で頷く。

「やはり、そうか……」

 低く押し殺した声。その響きには、長年目を背けてきたものへの恐れと諦めが滲んでいた。


 ◆新たな旅立ち
 祠を出る、その直前。
 リュークはふと足を止め、振り返った。
 黒ずみ、深い亀裂が走った封印の石柱は、なおも沈黙を保ちながら立ち尽くしている。

 その姿は、まるで長い時を耐え忍んできた“証人”のようだった。
 リュークはしばし立ち止まり、その光景を静かに見つめる。

「この世界には……まだまだ、俺の知らないことが多すぎる」

 独白はひび割れた石壁に反響し、やがて闇に溶けて消える。
 失われた記憶。なぜレベルが上がらないのかという謎。
 封印を壊し、影を解き放った黒幕。

 そして、手に入れたスキルクリスタル【メモリーバンク】の真の意味。
 すべては、まだ遠く、霧の向こうにある。
 けれど――胸の奥には、どうしようもない“哀しさ”が残っていた。

 まるで、大切な何かを忘れてきたような、ぽっかりとした喪失感。
 誰かの声が、ずっと昔にこの場で響いていたような、不確かな残響さえ脳裏をかすめる。

 リュークは無意識に首元へと手をやった。
 衣の下、指先が触れたのは小さな金属片――古びた首飾り。
 銀に似た冷たい輝きに、淡い文様が刻まれている。
 その意味は分からない。思い出せない。

 けれど、それに触れた瞬間、強い懐かしさが胸を突き上げてきた。

(……誰の記憶だ。誰が、俺にこれを託した?)

 喉の奥が熱を帯び、胸が締めつけられる。
 言葉にならない感情が、波のように押し寄せてきた。

 それでもリュークは、逃げずにその感情を受け止めるように首飾りを強く握りしめた。

(……立ち止まっている暇はない。俺は――進む)

 決意が、震える拳に宿る。小さな震えは、もはや恐れではなく、前へ進むための“力”の兆しだった。

 やがて彼は封印の石へと小さく頭を垂れ、踵を返す。
 夜の闇を切り裂き、迷いのない足取りで村へ続く道を歩み始める。
 その背中にはまだ“痛み”と“喪失”の影が残っていた。

 だが同時に――その奥底には、新たに芽生えた確かな“希望”があった。
 誰かが、自分を見ていた気がする。
 誰かが、自分に託したものが、まだこの首飾りの奥に眠っている。

 その確信を胸に、リュークは歩を進めた。
 ——これは、すべてを取り戻すための、最初の一歩。
 彼はもう一度首飾りに触れ、握りしめる。

 そして顔を上げ、迷いのない眼差しでまっすぐ村への道を進んでいった。


 次回:決断の時――未来への選択
 予告:金貨と引き換えに力を得る。それは代償か、覚悟か。
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