【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

文字の大きさ
16 / 118
第2章

第15話 黒き狼との出会い

しおりを挟む
 リュークは村を出て、商業都市ベルハイムへと向かっていた。
 道は森の中を抜ける一本道。昼間とはいえ木々が鬱蒼と生い茂り、奥からは獣の唸り声が低く響く。

「……このあたりは魔物が出るって聞いたな」

 彼は慎重に周囲をうかがいながら歩を進めた。ベルハイムまでおよそ五日。途中にいくつか小集落はあるが、夜は森で過ごす覚悟がいる。

「襲われる前に、寝床を確保しておいたほうがいいな」

 そう考えた矢先、背後で小枝を踏み割る音がした。

 ――パキッ。

 リュークは反射的に身を翻し、短剣を抜く。

「……誰だ?」

 木陰から姿を現したのは、一匹の黒い狼だった。

「……魔物か?」

 狼はリュークをじっと見据えていた。
 普通の獣なら人の気配を嫌って逃げるはずだ。
 だがその目は、獣とは思えぬ冷たい知性を宿している。
 背筋をなぞる戦慄に、思わず息が詰まった。

「まずい……」

 短剣だけで勝ち目は薄い。リュークは一歩、二歩と後退しながら、逃げ道と使えそうな木を視線で探った。

(戦うなら地形を利用するしかない)

 黒狼が低く唸った。その声に呼応するように、脇の茂みから二匹の小型獣が飛び出す。

「囲まれた……!」

 牙を剥き出しにする二匹と、動かぬまま鋭い眼光で状況を見下ろす黒狼。まるで“観察者”のように、戦場の主導権を握っているのは明らかだった。

(こいつらは黒狼の従属か……それとも、それとも偶然か……)

 心臓が速く脈打つ。恐怖に喉が乾きながらも、リュークは短剣を握る手に力を込めた。

「……試されてるのか、俺は」

 どちらにせよ、三匹を同時に相手取るのは分が悪い。
 リュークは瞬時に戦術を切り替え、近くの倒木へと駆けた。

「……まずは高所だ!」

 飛び乗った倒木の上から、獣たちの動きを注視する。
 黒狼は一歩も動かず、冷たい光を湛えた眼でリュークを見つめ続けていた。まるで「どう出るか」を見極めているかのように。

 次の瞬間、小型の二匹が牙を剥いて跳びかかってくる。

「来い……!」

 リュークは懐から閃光石を取り出し、ためらいなく地面に叩きつけた。

 ――パァンッ!

 白光が炸裂し、森が一瞬昼のように照らされる。
 怯んだ獣たちの動きが止まった。

「今だ!」

 リュークは倒木から飛び降り、一匹の首筋へ短剣を突き立てる。
 鋭い感触とともに、熱い血が手に弾けた。

「ギャウッ!」

 断末魔の悲鳴。しかし、もう一匹がすぐさま反撃に回る。
 爪がかすめ、リュークの腕に鋭い痛みが走った。

「くっ……!」

(今の一撃でも、これだけ痛い……次は致命傷だ)

 呼吸が荒くなる。だが黒狼はなお動かず、ただ無言のままこちらを観察している。
 その静けさがかえって不気味で、全身に冷たい汗がにじむ。

「……俺を、試してる……のか?」

 短剣を握り直した瞬間、黒狼の目がかすかに光を帯びた。
 その光は理性か、あるいは冷酷な判定か。

「グルルル……」

 次の瞬間――黒狼が地を蹴った。
 だが狙われたのはリュークではない。隣から襲いかかろうとした小型の獣だった。

「なっ……!」

 鋭い牙が喉笛を噛み砕き、獣は一声もあげられずに崩れ落ちた。
 処刑にも似た一撃。その血飛沫の向こうで、黒狼は振り返り、じっとリュークを射抜く。

(こいつ……俺の味方か?)

 黒狼の瞳に浮かぶのは捕食の光ではなかった。冷徹な観察者の視線。
 心臓が強く打ち、短剣を握る手が汗ばんでいく。
 黒狼はゆっくりと歩み寄ってきた。

 リュークは一歩も退かず、刃を構え直しながら息を整える。

(戦うか……? それとも……)

 だが、黒狼は間合いの直前で立ち止まり、静かに腰を下ろした。
 後ろ足を折り畳み、こちらを正面から見据えるその姿は――まるで「よくやった」とでも言わんばかりだった。

「……おいおい、本気かよ」

 緊張の糸が一瞬緩み、リュークは短剣をわずかに下げる。
 黒狼の体には無数の古傷が刻まれていた。荒い呼吸が胸を震わせ、すでに満身創痍なのが見て取れる。

「……お前、かなりやられてるな」

 警戒を解かぬまま、リュークは慎重に距離を詰める。
 ポーチから処置用の布を取り出し、膝をついて黒狼の前にしゃがみ込んだ。

「これで治る保証はないけど……暴れるなよ」

 黒狼は唸り声ひとつあげず、ただその手を受け入れる。
 その眼差しは、人間に限りなく近い理性の光を宿していた。

(……この目……知っている。どこかで……)

 リュークの胸の奥に、記憶の影がかすかにざわめいた。
 ふと脳裏をかすめたのは――あの草原で、水面に映った“自分ではない影”。
 黒く揺れるもう一つの輪郭。

(……まさか、あれは――)

 リュークの手が思わず止まる。しかし黒狼は微動だにせず、ただ静かに彼を見つめ返していた。
 その眼差しは言葉を超え、どこか深い場所で繋がっているような錯覚さえ呼び起こす。

「……ついてくるつもりか?」

 返事はない。ただ、黒狼は立ち上がり、当たり前のようにリュークの隣へと歩み寄る。

「……まあいい。敵じゃないなら、それで十分だ」

 リュークはわずかに息を吐き、黒狼の傷に巻いた布を締め直した。
 荒野に落ちた二つの影は、気づけば同じ方向へ伸びている。
 風が草を渡り、影がふっと寄り添うように重なった――その瞬きほどの揺らぎが、妙に胸に引っかかった。

 ――夜。
 焚き火のぱちりと弾ける音の向こうで、リュークは掌に小さな水晶をのせた。
 村の祠で手に入れたスキルクリスタル。
 青白い光は鼓動のように脈を打ち、触れる指先へ静かな震えを伝えてくる。

「……これを使えば、俺にも“力”が……」

 呟きは炎にかき消される。
 だが胸の奥には、抑えきれない不安と渇望が同居していた。

 この世界では、経験を積めば誰もが“レベル”という形で強くなる。
 けれど――自分にはその概念が存在しない。

(スキルクリスタルには、スキルを開放する力がある……そう聞いた。だが、“経験値を持
 たない俺”に、それが通じるのか?)


 焚き火の明かりが揺れる中、リュークは小さな水晶を掌に乗せた。
 透き通る青白い輝きが、淡く指先を染める。

 その光は不気味なほど静かで――まるで脈打つ心臓の鼓動のように見えた。
 ぱち、ぱち、と火のはぜる音が耳を打つ。
 熱気が頬を撫で、乾いた木の香りが漂う。

(……生きてる、のか?)

 手の中の未知の力と、目の前で燃え続ける焚き火。
 現実と非現実が、奇妙に隣り合っていた。

「……どうやって使う?」

 リュークは結晶を凝視する。外見はただの宝石にしか見えない。仕掛けらしいものもない。
 試しに指先で撫でる。冷たい感触が返るだけだった。
 掌で転がしてみても変化はない。

「……なら、こうか?」

 半ば冗談で軽く振ってみる。だが光は微動だにしない。

「……違うか」

 今度は力いっぱい握りしめた。
 指の隙間からかすかな光が漏れる。
 しかしそれは儚く揺らめいただけで、すぐに消え去った。

「……今のは?」

 もう一度力を込める。淡い輝きが確かに強まる。だが、それ以上は広がらない。

「……何かが足りない」

 リュークは眉をひそめる。
 魔道具のように魔力を注ぐべきなのか? だが、自分には魔法は扱えない。

(意識の問題……それとも、発動条件があるのか?)

 試しに「開け」と念じながら握り込む。しかし結晶は沈黙したままだった。

「くそ……どうすれば――」

 焦りが胸を焼き、指先に力が入りすぎる。
 その刹那、深い場所から声が囁いた。

 ――受け入れろ。

「……受け入れろ?」

 意味は分からない。だが、不思議と直感が告げていた。
 力ずくではない。ただ、拒まずに“受け入れる”こと。

 リュークは大きく息を吸い、心を静めた。
 両手で水晶を包み込み、瞼を閉じる。

 ――次の瞬間。

【スキルクリスタルを使用しますか?】

 無機質な文字が、闇の中に浮かび上がった。
 リュークの呼吸が止まり、心臓が跳ねる。

「……使用する」

 震える声で告げた言葉は、焚き火の揺らめきに吸い込まれていった。


 次回:スキルクリスタルと共鳴の狼
 予告: 黒狼と共に、失われた記憶が揺らぎ始める。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

72時間ワンオペ死した元球児、女神の『ボッタクリ』通販と『絶対破壊不能』のノートPCで異世界最強のコンビニ・スローライフを始める

月神世一
ファンタジー
「剣? 魔法? いいえ、俺の武器は『鈍器になるノートPC』と『時速160kmの剛速球』です」 ​あらすじ ブラックコンビニで72時間連続勤務の末、過労死した元甲子園優勝投手・赤木大地。 目覚めた彼を待っていたのは、コタツでソシャゲ三昧のダメ女神・ルチアナだった。 ​「手違いで死なせちゃった☆ 詫び石代わりにこれあげる」 ​渡されたのは、地球のAmazonもGoogleも使える『絶対破壊不能』のノートPC。 ただし、購入レートは定価の10倍という超ボッタクリ仕様!? ​「ふざけんな! 俺は静かに暮らしたいんだよ!」 ​ブラック労働はもうこりごり。大地は異世界の緩衝地帯「ポポロ村」で、地球の物資とコンビニ知識、そして「うなる右腕(ジャイロボール)」を武器に、悠々自適なスローライフを目指す! ​……はずが、可愛い月兎族の村長を助けたり、腹ペコのエルフ王女を餌付けしたり、気づけば村の英雄に!? ​元球児が投げる「紅蓮の魔球」が唸り、女神の「ボッタクリ通販」が世界を変える! 異世界コンビニ・コメディ、開店ガラガラ!

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...