【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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第1章

第14話 小さな村に残した、温もり

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 翌朝。
 村の広場には朝靄が薄く漂い、冷えた空気が肌にまとわりついていた。
 リュークは最低限の荷を背負い、静かに旅立ちの準備を終えていた。

「リューク……本当に行くのか」

 村長ロッドが渋い顔で近づいてくる。昨夜の警戒心は消えきらない。
 それでも、その眼差しの奥には、微かな感謝の色が滲んでいた。

「ここにいても……答えは見つからない気がするんです」

 リュークの声に、村長は小さな布袋を差し出した。
 ずしりとした重み。中には銀貨小が十枚ほど入っている。

「これは、討伐の報酬だ……まあ、“貸し”だと思ってくれ。

 お前がいなければ、被害はもっとひどかったかもしれん。
 だが……まだ信用しきったわけじゃない」
 
 リュークは驚いたように目を見開き、深く頭を下げた。

「……ありがとうございます」

 その後ろから村人たちが集まってきた。
 干し肉、保存食、擦り切れた布袋に入った水――無言のまま差し出される。
 ぎこちなく、不器用な善意。

「信じたわけじゃねぇが……命張ってくれたからな」
「都会にはもっと得体の知れねぇ奴もいる。……せいぜい生き延びろよ」

 短い言葉だった。だが確かに、温かかった。

 その時、小さな足音がぴたぴたと近づいてくる。
 人混みをかき分けて現れたのは、ミーナだった。
 両手に大切そうに抱えていたのは、小さな白い野花。

「おにい……リュークさん……その、あの」

 言いかけて、顔を伏せる。頬はうっすら赤い。
 ぎゅっと握りしめた花を、勇気を振り絞るように差し出した。

「これ……あげる。村の奥に咲いてるやつ。……わたしのお気に入りなんだ」

 そう言って、ミーナは小さな花をそっと差し出した。

「ありがとう……また来てね。ぜったい、だよ?」

 声の端がかすかに震えていた。
 リュークが花を受け取ると、ミーナは勇気を振り絞るように顔を上げる。

「次は……一緒にご飯、食べよう。わたし、もっと料理、がんばるから……!」

 その言葉には、幼さと真っ直ぐな想いが同居していた。
 リュークは驚きに目を見開き――やがて静かに笑った。

「……ああ。楽しみにしてる」

 口にした瞬間、自分でも気づかぬほど声が柔らかくなっていた。
 胸元に花を挿すと、白い花弁がわずかに震え、春を告げるように揺れる。

 その可憐な温もりに、胸の奥がじんわりと満たされていく。
 それが嬉しさによるものだと、彼はようやく気づいた。

「……また、寄らせてもらってもいいですか」

 控えめながらも真心のこもった問いかけ。
 村長はしばらく腕を組んだまま黙していたが、やがて穏やかにうなずいた。

「生きていればな。……気をつけて行け、リューク」

 リュークはその言葉を、心の底から受け止めた。
 そして微笑みながら深く頷く。

「……はい」

 ひとことに込められた感謝と決意。
 風が通り抜け、村の広場を静かに揺らす。
 それは、別れを惜しむ誰かの吐息のようでもあり、新しい旅立ちを祝福する歌のようでもあった。

 リュークは振り返らずに歩き出す。
 小さな花を胸に抱きしめ、確かなぬくもりを心に残したまま――。
 
 その背は、商業都市ベルハイムへ向けて、静かに未来を切り拓いていった。



 間話

 ◆影の報告
 静寂に沈む、黒き空間。
 そこは人の営みとは無縁の、冷たい石造りの部屋だった。

 中央では、無数の魔法陣が淡く脈動し、時折、ズゥン……と空間に低い震えを残す。
 かすかな光が、床を這うように揺れている。

 その中心に、漆黒のローブを纏った影が一人。
 床に片膝をつき、深く頭を垂れていた。

「……報告します」

 かすれた声が、静まり返った空気を震わせる。
 その響きには、抑えきれない緊張の色がにじんでいた。

「夜影獣が……討伐されました」

 魔法陣の奥。
 そこに佇むのは、一際異様な存在だった。
 影のようでいて、実体を持たず。

 それでいて、空間そのものを歪ませる、異質な“何か”。
 ズズ……ッ、と黒い靄が蠢くたび、部屋の温度がわずかに下がる。

「……誰が、倒した?」

 耳元にまとわりつくような、不快な重低音が響いた。

「不明……ですが、冒険者の関与が疑われます」
「ほう……」

 影がゆっくりと形を変えながら、見えない圧力を四方へ放っていく。
 圧は確かに“存在”し、空気をぎちりと締め上げた。

「それだけではないはずだ」

 低く、鋭く。問うというより、告げるような声音。

「……はい。封印が、開放されました」

 ピシッ……!

 空間のどこかが裂けたような、微かな破裂音。
 室内の空気が、一瞬で凍りついたかのように感じられた。

「封印が、開放された……?」
「……はい。封印のクリスタルが消失し、祠に宿っていた力が……解放されたようです」

 沈黙。
 だが、次に影が発したのは怒声ではなかった。

 フフ……フフフフ……

 くぐもった嗤い。
 その音だけで、空間の温度がさらに数度、低くなる。

「予定通りに、次の段階へ移行する」

「御意……」

 跪く影は、さらに深く頭を垂れた。
 その背に、ガギィ……ッと亀裂が走るような重圧が落ちる。

「夜影獣が敗れた程度で、我らの計画が揺らぐことはない……
 むしろ、好都合だ」

 影の輪郭が、にじみ、揺れ、波打つ。
 その笑いは、摂理そのものをバキッと軋ませるような響きを持っていた。

「……新たな“目”を用意しろ」

「……了解しました」

 黒い影が、ゆっくりと部屋の隅々へと広がっていく。
 やがて、全てを覆うようにその闇は満ち、沈んだ。

 その奥で、さらなる計画が静かに、確実に胎動していた。
 彼らの知らぬ場所で。
 静かに——だが、着実に。


 次回:黒き狼との出会い
 予告:黒狼との対峙、奇妙な共闘の始まり


――――――――――――――――――――――――――――――――
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