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第3章
第37話 錯する爪と封印の術式
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リュークとシャドウファングは、地下水道の闇の中へと足を踏み入れた。
水面を踏む音が**チャプ……チャプ……**と響き、冷えた空間に不気味な反響を返す。
前を睨むシャドウファングが、鼻を鳴らしながら身を低くした。
「……何かいるな」
リュークは短剣の柄を強く握り直し、息を潜めて周囲に神経を張り巡らせる。
進むごとに、湿り気を帯びた空気が肌にまとわりつき、呼吸すら重くなっていく。
壁の苔はどす黒く変色し、空間全体にじわりと“異”の気配が染み出していた。
「グルル……!」
シャドウファングの低い唸り声が警告のように響いた、まさにその瞬間――
水面がズゥ……ンッと異様に膨れ、闇の奥から**ズルリッ!**と黒い影が飛び出してきた。
「来たっ!」
リュークは本能的に身を引き、後方に跳んで着地する。
現れたそれは、かつて遭遇した影とは違っていた。
全身が濃密な闇に包まれ、赤く滲むような双眸だけがぽつりと浮かんでいる。
まるで、闇そのものが意志を持って現れたような“存在”。
リュークは短剣を構えるも、その影は滑るような速さで移動し、翻弄してくる。
振るった斬撃は**シュッ――ザシュッ……!**と空を裂く音を立てるだけで、まるで当たらない。
(速い……! それに……)
一拍遅れて、足元から**ヌル……リ……**と不快な粘着音。
気づけば、足首に冷たい感触が絡みついていた。
「っ……!」
咄嗟に地面を蹴り、体をひねる。**ズバッ!**と靴裏で触手を蹴り飛ばし、なんとか引き剥がす。
だが――左腕の服に広がった黒い染みから、**ジジジ……**と焼け焦げる音と煙が立ち昇る。
腐食だ。生ぬるく、痛みが刺すように走る。
「……っ、やばい……っ!」
焦りが喉元まで込み上げる中、リュークは肩で息をつき、頭を切り替える。
(動きが速い、攻撃が当たらない。捕まれば腐食……正面からやり合っても無理だ)
「シャドウファング、援護してくれ!」
鋭く指示を飛ばすと、相棒は即座に反応。
だがその足は、一瞬だけ止まった。
目の前の“それ”に本能が怯えたのか、黒狼の体がかすかに震えていた。
けれど――牙を剥き、低く唸り、シャドウファングは再び前へと踏み出した。
(怖いのは俺だけじゃない……それでも、進むんだ)
水を**バシャッ!**と蹴り上げながら、闇の中へと踏み込む。
リュークも続き、影の横を突くように斬りかかる――が。
スカッ……!
刃は確かに当たったはずだった。
だが、影の身体は**モワッ……**と霧のように広がり、斬撃は空を裂くだけに終わった。
「攻撃が……通らないだと!?」
思わず漏れた声に、背筋が寒くなる。
その刹那、影が反転。背後へ**スルッ……**と回り込み、さらに――
ヌチャ……ヌチャ……ッ
壁や天井を這いながら、何本もの触手を音もなく伸ばしていく。
その気配はまるで、獲物の喉元にじりじりと迫る蛇のようだった。
リュークは本能的に身を伏せるが、一本の触手が肩をかすめた。
「ぐっ……!」
ビリッ――ザリィッ!
鋭く肉が裂ける感覚と同時に、冷たい痛みが肩口を貫く。
血が**ピチャ……ピチャ……**と水面に滴り、薄く赤黒い波紋がゆっくりと広がった。
その赤に、影は呼応するかのように**ズズゥ……**と不気味に膨張していく。
(このままじゃ――やられる……!)
焦燥を押し殺し、リュークは必死に周囲を見渡す。
その視界の隅――苔むした壁に、歪みかけた魔法陣がうっすらと刻まれていた。
(……あれは?)
なぜか分かる――見たことなどないはずなのに、頭のどこかが「知っている」と告げてくる。
(封印術……古い形式の……!)
「シャドウファング、奴を引きつけろ!」
即座に叫ぶと、黒狼は低く唸り、鋭く飛び出した。
だが――
ズバッ――ガギィッ!
天井から垂れた触手が、勢いよく**バチンッ!**と巻き付き、シャドウファングの四肢を絡め取った。
「しまった――っ!」
毛皮に絡んだ触手の表面からは、**ジリジリ……**と煙が上がる。
灼け焦げる臭いが鼻を刺し、獣の身体が苦悶に震える。
「離れろ、シャドウファング!!」
リュークは腰のポーチを荒々しくまさぐり、小型爆竹を取り出した。
火打ち石を**シュッ――カチッ!**と鳴らし、火花を走らせて爆竹を点火。
「っ……今だ、投げるぞ!」
パァンッ!!
狭い空間に響き渡る鋭い爆音。空気すら揺れるその衝撃に、影の身体がガクッと仰け反った。
(音に……反応した!?)
かすかな確信にリュークの目が鋭くなる。
「音が弱点か?――なら……やれる!」
「シャドウファング、右に回り込め!」
咄嗟に手を振り、小石を**カッ!と弾いて影の注意を逸らす。
シャドウファングは即座に動き、影の死角をバシャッ――ズダンッ!**と跳ねて駆ける。
影はその動きに翻弄され、攻撃の焦点を定めきれない。
(今だ、影の意識がぶれた……!)
だが――
「ッ……!」
天井と壁を這うように、**ズルズル……**と這い寄るもう一本の触手が、リュークの足元に忍び寄っていた――。
瞬く間に足首が絡め取られ、ジジジ……ッという焦げる音と共に服が焼け、皮膚に焼きつくような激痛が走る。
「くっ……!!」
リュークは呻きながらも咄嗟に口笛を吹き、命令を飛ばす。
「シャドウファング、今度は左へッ!!」
相棒は即座に応じ、**ザシュッ――!**と水飛沫を上げながら影の背後へ滑り込んだ。
その動きに、影の意識が分散される。
「グルルッ!!」
唸り声と共に、シャドウファングが勢いよく飛びかかり――
バキィッ!!
獣の牙が影の触手を食い破る。**グギギッ……!**という異様な軋み音が響き、腐蝕していた触手が裂けて霧のように弾け飛んだ。
リュークの足が自由になり、彼は荒く息を吐きながら体勢を整える。
「……助かった……!」
膠着《こうちゃく》していた戦況に、一気に風が吹き込む。
リュークはその隙を逃さず、魔法陣へと駆け出した。
壁の一角に刻まれた、古びた封印陣――リュークはその前に立ち、手をかざす。
「頼む……!」
「お願いだ……何でもいい……こいつを止めてくれ!!」
心からの叫びと共に、無意識に魔力を流し込む。
その刹那――
陣の文字が**スゥッ……**と淡く光り始め、空気が変わった。
だがそれは単なる“封印術”の起動ではなかった。
魔法陣の一部――中心に浮かび上がった幾何学模様の一角が、なぜか、どこかで見たような記号と重なって見える。
(これは……?)
記憶にはないはずのそれに、手が勝手に動く。
刃を握る手が、一点へと導かれるように、迷いなく魔法陣の中心を貫いた。
ガッ!
短剣が突き立つと同時に、リュークの首元でわずかな重みが揺れた。
視界の隅、金属片の首飾りがかすかに**カラン……**と音を立て、風化しかけた古代の記録文様が淡く滲む。
ギギギギ……!
だが光はまだ弱く、影は一度霧散したかと思えば再び凝集し、禍々しい人型へと姿を変えて迫ってくる。
(間に合わない――!)
影が刃のような腕を高く振り上げた、その瞬間――
「グオオオォォッ!!!」
シャドウファングの咆哮が、地下に轟いた。
だがそれは、ただの吠え声ではなかった。
音に魔素のゆらぎが混ざり合い、空間がわずかに歪む。
共鳴音――封印陣の魔力と反応するように、空気中の魔素が振動し、影の身体が激しく震えた。
その共鳴に呼応するように、リュークの首飾りが**ピィィィ……**と高い微振動を発する。
まるで何か古い“力”に反応するように、胸元が焼けるように熱を帯びる。
「今だッ!!」
リュークの叫びと共に、魔法陣が**バチィィッ!と光を放ち、轟音と閃光が空間を満たす。
壁を走る光の模様、天井から剥がれ落ちる瓦礫、洞窟全体がズゥゥゥン……!!**と震えた。
その瞬間、リュークの視界が一瞬だけ白く染まる。
光の裏に――誰かの手。炎と血の戦場。白銀の髪。祈る少女。
(今のは……?)
脳裏に閃いた一瞬の断片。だが、それを追う余裕はなかった。
「シャドウファング!!」
リュークの声に応じて、黒狼は影へ猛然と飛びかかる。
**ガリィッ!**と鋭い爪が影の胴を裂くと、
「ギギギ……ギャアアアアアッ!!!」
断末魔とともに、影の身体がズズズ……ッとねじれるように霧散し始めた。
だがそれは、ただの消滅ではなかった。
封印陣の力場に引き寄せられるように、影は痙攣しながらも必死に抗い、逆流するように一度身体を戻そうとする。
「ギギギギギギ……アァァ……」
それは悲鳴とも、呪詛ともつかない音だった。
リュークの体に突如、鋭い痛みが走る。
胸元――首飾りの箇所が強く灼け、足元の魔法陣からも焼け付くような圧が駆け上がる。
(っ……これは……俺の魔力を、喰ってる……?)
牙を食いしばり、立ち尽くすその背後で、
触手は痙攣し、黒い靄となって**ジュゥ……**と溶けるように光の中へと消えていく。
パキィンッ!!
最後に、何か硬質な結晶が砕けるような音とともに、影は完全に崩壊した。
水面には、ただ黒く焼け焦げたような痕跡だけが、ゆらゆらと残っていた。
(……倒したのか……?)
静寂――。
ただ、そこには確かな勝利の余韻と、張り詰めた空気の名残だけが漂っていた。
リュークは膝をつき、**ハァ、ハァ……**と荒く息を吐く。
全身の筋肉がまだ緊張から解き放たれず、手が微かに震えていた。
だが――彼はすぐに隣へ視線をやる。
「シャドウファング……無事か?」
「グルル……」
黒狼は低く唸り、静かに寄り添ってくる。
その瞳はいつも通り鋭く、それでいてどこか安心したように揺れていた。
「……ありがとう、シャドウファング。助かった」
リュークの声に、ファングは尾を一度だけ振る。
まるで、「そんなの当たり前だろ」とでも言いたげに――。
言葉はいらなかった。
互いの生存を確かめ合い、戦いを乗り越えた確信と絆が、そこにあった。
だが、リュークの目はすぐに影の消えた場所へと向かう。
(……それでも……なぜ、魔法陣は発動した?)
(俺は……封印術なんて知らないはずなのに――)
胸の奥に、冷たいざわめきが走る。
まるで、眠っていた知識の破片が、無意識の中に流れ込んだような感覚――。
(……この感覚……どこかで……)
ふと脳裏に浮かぶのは、村の教会でのあの瞬間。
怒りに支配されかけた時、空間に走ったひび割れと、天井に現れかけた謎の魔法陣。
あの時と、今の感覚は――酷似している。
(……あれも、今回も……俺の意思で発動させたわけじゃない)
(なのに、確かに俺の内側から“何か”が反応していた……)
(……やっぱり、これは……メモリーバンクの影響……?)
(いや、それすらも……分からない)
ふと、視界の端に映った地面の一角。
黒く焦げたような痕の中央で、**ズ……ズ……**と何かが蠢いていた。
(……まだ完全に終わったわけじゃない。あれは――)
リュークは慎重に歩を進め、その中心へと近づいた。
影の残滓を踏まないように足を運び、そこで見つけたものに、足を止める。
「これは……」
小さな宝箱。
どこか歪な形をしたそれは、静かにリュークの前に佇んでいた。
ゆっくりと蓋を開けると、**キィ……**という金属の擦れる音と共に、古びた巻物が姿を現す。
(……なんだ、これ……)
巻物を広げた瞬間、文字が視界に飛び込んできた。
だが――意味が分からないはずの文章が、なぜか自然に頭の中へと入ってくる。
「……封印術の古文書……?」
読み方など知らない、なのに頭の中へと流れ込む。
(どうして……知らないはずなのに……だが正確には理解できない)
困惑とともに、リュークは巻物を丁寧に収めた。
そして、ふと隣のシャドウファングへ目をやる。
相棒も静かに佇み、じっと彼を見つめていた。
「次は……もっと上手くやれるはずだ」
「……グルル」
ファングは力強く、短く鳴いて応える。
言葉はなくとも――
その場にいたのは、互いに“信じた者と信じられた者”の、揺るぎない静かな誓いだった。
次回:第二の影――闇を喰らうもの
予告:空間すら侵蝕する闇。撤退は、敗北ではない。
水面を踏む音が**チャプ……チャプ……**と響き、冷えた空間に不気味な反響を返す。
前を睨むシャドウファングが、鼻を鳴らしながら身を低くした。
「……何かいるな」
リュークは短剣の柄を強く握り直し、息を潜めて周囲に神経を張り巡らせる。
進むごとに、湿り気を帯びた空気が肌にまとわりつき、呼吸すら重くなっていく。
壁の苔はどす黒く変色し、空間全体にじわりと“異”の気配が染み出していた。
「グルル……!」
シャドウファングの低い唸り声が警告のように響いた、まさにその瞬間――
水面がズゥ……ンッと異様に膨れ、闇の奥から**ズルリッ!**と黒い影が飛び出してきた。
「来たっ!」
リュークは本能的に身を引き、後方に跳んで着地する。
現れたそれは、かつて遭遇した影とは違っていた。
全身が濃密な闇に包まれ、赤く滲むような双眸だけがぽつりと浮かんでいる。
まるで、闇そのものが意志を持って現れたような“存在”。
リュークは短剣を構えるも、その影は滑るような速さで移動し、翻弄してくる。
振るった斬撃は**シュッ――ザシュッ……!**と空を裂く音を立てるだけで、まるで当たらない。
(速い……! それに……)
一拍遅れて、足元から**ヌル……リ……**と不快な粘着音。
気づけば、足首に冷たい感触が絡みついていた。
「っ……!」
咄嗟に地面を蹴り、体をひねる。**ズバッ!**と靴裏で触手を蹴り飛ばし、なんとか引き剥がす。
だが――左腕の服に広がった黒い染みから、**ジジジ……**と焼け焦げる音と煙が立ち昇る。
腐食だ。生ぬるく、痛みが刺すように走る。
「……っ、やばい……っ!」
焦りが喉元まで込み上げる中、リュークは肩で息をつき、頭を切り替える。
(動きが速い、攻撃が当たらない。捕まれば腐食……正面からやり合っても無理だ)
「シャドウファング、援護してくれ!」
鋭く指示を飛ばすと、相棒は即座に反応。
だがその足は、一瞬だけ止まった。
目の前の“それ”に本能が怯えたのか、黒狼の体がかすかに震えていた。
けれど――牙を剥き、低く唸り、シャドウファングは再び前へと踏み出した。
(怖いのは俺だけじゃない……それでも、進むんだ)
水を**バシャッ!**と蹴り上げながら、闇の中へと踏み込む。
リュークも続き、影の横を突くように斬りかかる――が。
スカッ……!
刃は確かに当たったはずだった。
だが、影の身体は**モワッ……**と霧のように広がり、斬撃は空を裂くだけに終わった。
「攻撃が……通らないだと!?」
思わず漏れた声に、背筋が寒くなる。
その刹那、影が反転。背後へ**スルッ……**と回り込み、さらに――
ヌチャ……ヌチャ……ッ
壁や天井を這いながら、何本もの触手を音もなく伸ばしていく。
その気配はまるで、獲物の喉元にじりじりと迫る蛇のようだった。
リュークは本能的に身を伏せるが、一本の触手が肩をかすめた。
「ぐっ……!」
ビリッ――ザリィッ!
鋭く肉が裂ける感覚と同時に、冷たい痛みが肩口を貫く。
血が**ピチャ……ピチャ……**と水面に滴り、薄く赤黒い波紋がゆっくりと広がった。
その赤に、影は呼応するかのように**ズズゥ……**と不気味に膨張していく。
(このままじゃ――やられる……!)
焦燥を押し殺し、リュークは必死に周囲を見渡す。
その視界の隅――苔むした壁に、歪みかけた魔法陣がうっすらと刻まれていた。
(……あれは?)
なぜか分かる――見たことなどないはずなのに、頭のどこかが「知っている」と告げてくる。
(封印術……古い形式の……!)
「シャドウファング、奴を引きつけろ!」
即座に叫ぶと、黒狼は低く唸り、鋭く飛び出した。
だが――
ズバッ――ガギィッ!
天井から垂れた触手が、勢いよく**バチンッ!**と巻き付き、シャドウファングの四肢を絡め取った。
「しまった――っ!」
毛皮に絡んだ触手の表面からは、**ジリジリ……**と煙が上がる。
灼け焦げる臭いが鼻を刺し、獣の身体が苦悶に震える。
「離れろ、シャドウファング!!」
リュークは腰のポーチを荒々しくまさぐり、小型爆竹を取り出した。
火打ち石を**シュッ――カチッ!**と鳴らし、火花を走らせて爆竹を点火。
「っ……今だ、投げるぞ!」
パァンッ!!
狭い空間に響き渡る鋭い爆音。空気すら揺れるその衝撃に、影の身体がガクッと仰け反った。
(音に……反応した!?)
かすかな確信にリュークの目が鋭くなる。
「音が弱点か?――なら……やれる!」
「シャドウファング、右に回り込め!」
咄嗟に手を振り、小石を**カッ!と弾いて影の注意を逸らす。
シャドウファングは即座に動き、影の死角をバシャッ――ズダンッ!**と跳ねて駆ける。
影はその動きに翻弄され、攻撃の焦点を定めきれない。
(今だ、影の意識がぶれた……!)
だが――
「ッ……!」
天井と壁を這うように、**ズルズル……**と這い寄るもう一本の触手が、リュークの足元に忍び寄っていた――。
瞬く間に足首が絡め取られ、ジジジ……ッという焦げる音と共に服が焼け、皮膚に焼きつくような激痛が走る。
「くっ……!!」
リュークは呻きながらも咄嗟に口笛を吹き、命令を飛ばす。
「シャドウファング、今度は左へッ!!」
相棒は即座に応じ、**ザシュッ――!**と水飛沫を上げながら影の背後へ滑り込んだ。
その動きに、影の意識が分散される。
「グルルッ!!」
唸り声と共に、シャドウファングが勢いよく飛びかかり――
バキィッ!!
獣の牙が影の触手を食い破る。**グギギッ……!**という異様な軋み音が響き、腐蝕していた触手が裂けて霧のように弾け飛んだ。
リュークの足が自由になり、彼は荒く息を吐きながら体勢を整える。
「……助かった……!」
膠着《こうちゃく》していた戦況に、一気に風が吹き込む。
リュークはその隙を逃さず、魔法陣へと駆け出した。
壁の一角に刻まれた、古びた封印陣――リュークはその前に立ち、手をかざす。
「頼む……!」
「お願いだ……何でもいい……こいつを止めてくれ!!」
心からの叫びと共に、無意識に魔力を流し込む。
その刹那――
陣の文字が**スゥッ……**と淡く光り始め、空気が変わった。
だがそれは単なる“封印術”の起動ではなかった。
魔法陣の一部――中心に浮かび上がった幾何学模様の一角が、なぜか、どこかで見たような記号と重なって見える。
(これは……?)
記憶にはないはずのそれに、手が勝手に動く。
刃を握る手が、一点へと導かれるように、迷いなく魔法陣の中心を貫いた。
ガッ!
短剣が突き立つと同時に、リュークの首元でわずかな重みが揺れた。
視界の隅、金属片の首飾りがかすかに**カラン……**と音を立て、風化しかけた古代の記録文様が淡く滲む。
ギギギギ……!
だが光はまだ弱く、影は一度霧散したかと思えば再び凝集し、禍々しい人型へと姿を変えて迫ってくる。
(間に合わない――!)
影が刃のような腕を高く振り上げた、その瞬間――
「グオオオォォッ!!!」
シャドウファングの咆哮が、地下に轟いた。
だがそれは、ただの吠え声ではなかった。
音に魔素のゆらぎが混ざり合い、空間がわずかに歪む。
共鳴音――封印陣の魔力と反応するように、空気中の魔素が振動し、影の身体が激しく震えた。
その共鳴に呼応するように、リュークの首飾りが**ピィィィ……**と高い微振動を発する。
まるで何か古い“力”に反応するように、胸元が焼けるように熱を帯びる。
「今だッ!!」
リュークの叫びと共に、魔法陣が**バチィィッ!と光を放ち、轟音と閃光が空間を満たす。
壁を走る光の模様、天井から剥がれ落ちる瓦礫、洞窟全体がズゥゥゥン……!!**と震えた。
その瞬間、リュークの視界が一瞬だけ白く染まる。
光の裏に――誰かの手。炎と血の戦場。白銀の髪。祈る少女。
(今のは……?)
脳裏に閃いた一瞬の断片。だが、それを追う余裕はなかった。
「シャドウファング!!」
リュークの声に応じて、黒狼は影へ猛然と飛びかかる。
**ガリィッ!**と鋭い爪が影の胴を裂くと、
「ギギギ……ギャアアアアアッ!!!」
断末魔とともに、影の身体がズズズ……ッとねじれるように霧散し始めた。
だがそれは、ただの消滅ではなかった。
封印陣の力場に引き寄せられるように、影は痙攣しながらも必死に抗い、逆流するように一度身体を戻そうとする。
「ギギギギギギ……アァァ……」
それは悲鳴とも、呪詛ともつかない音だった。
リュークの体に突如、鋭い痛みが走る。
胸元――首飾りの箇所が強く灼け、足元の魔法陣からも焼け付くような圧が駆け上がる。
(っ……これは……俺の魔力を、喰ってる……?)
牙を食いしばり、立ち尽くすその背後で、
触手は痙攣し、黒い靄となって**ジュゥ……**と溶けるように光の中へと消えていく。
パキィンッ!!
最後に、何か硬質な結晶が砕けるような音とともに、影は完全に崩壊した。
水面には、ただ黒く焼け焦げたような痕跡だけが、ゆらゆらと残っていた。
(……倒したのか……?)
静寂――。
ただ、そこには確かな勝利の余韻と、張り詰めた空気の名残だけが漂っていた。
リュークは膝をつき、**ハァ、ハァ……**と荒く息を吐く。
全身の筋肉がまだ緊張から解き放たれず、手が微かに震えていた。
だが――彼はすぐに隣へ視線をやる。
「シャドウファング……無事か?」
「グルル……」
黒狼は低く唸り、静かに寄り添ってくる。
その瞳はいつも通り鋭く、それでいてどこか安心したように揺れていた。
「……ありがとう、シャドウファング。助かった」
リュークの声に、ファングは尾を一度だけ振る。
まるで、「そんなの当たり前だろ」とでも言いたげに――。
言葉はいらなかった。
互いの生存を確かめ合い、戦いを乗り越えた確信と絆が、そこにあった。
だが、リュークの目はすぐに影の消えた場所へと向かう。
(……それでも……なぜ、魔法陣は発動した?)
(俺は……封印術なんて知らないはずなのに――)
胸の奥に、冷たいざわめきが走る。
まるで、眠っていた知識の破片が、無意識の中に流れ込んだような感覚――。
(……この感覚……どこかで……)
ふと脳裏に浮かぶのは、村の教会でのあの瞬間。
怒りに支配されかけた時、空間に走ったひび割れと、天井に現れかけた謎の魔法陣。
あの時と、今の感覚は――酷似している。
(……あれも、今回も……俺の意思で発動させたわけじゃない)
(なのに、確かに俺の内側から“何か”が反応していた……)
(……やっぱり、これは……メモリーバンクの影響……?)
(いや、それすらも……分からない)
ふと、視界の端に映った地面の一角。
黒く焦げたような痕の中央で、**ズ……ズ……**と何かが蠢いていた。
(……まだ完全に終わったわけじゃない。あれは――)
リュークは慎重に歩を進め、その中心へと近づいた。
影の残滓を踏まないように足を運び、そこで見つけたものに、足を止める。
「これは……」
小さな宝箱。
どこか歪な形をしたそれは、静かにリュークの前に佇んでいた。
ゆっくりと蓋を開けると、**キィ……**という金属の擦れる音と共に、古びた巻物が姿を現す。
(……なんだ、これ……)
巻物を広げた瞬間、文字が視界に飛び込んできた。
だが――意味が分からないはずの文章が、なぜか自然に頭の中へと入ってくる。
「……封印術の古文書……?」
読み方など知らない、なのに頭の中へと流れ込む。
(どうして……知らないはずなのに……だが正確には理解できない)
困惑とともに、リュークは巻物を丁寧に収めた。
そして、ふと隣のシャドウファングへ目をやる。
相棒も静かに佇み、じっと彼を見つめていた。
「次は……もっと上手くやれるはずだ」
「……グルル」
ファングは力強く、短く鳴いて応える。
言葉はなくとも――
その場にいたのは、互いに“信じた者と信じられた者”の、揺るぎない静かな誓いだった。
次回:第二の影――闇を喰らうもの
予告:空間すら侵蝕する闇。撤退は、敗北ではない。
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第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
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