【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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第6章

第101話 古井戸の封印――量子視覚が暴く“未記録の区画”

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 翌日、ギルドに行くと、エリナが資料を抱えてカウンターの奥で待っていた。
 その顔には、どこか張り詰めたような気配が滲んでいた。

「リューク、ちょうどよかった。あなたたちに――特例の依頼が届いてる」

 静かな声だったが、その響きは確かに異質だった。
 その言葉に、ルミエルがわずかに眉をひそめる。
 エリナは無言で資料を机に置くと、一枚の薄紙を丁寧に広げて見せた。

「『南区の古井戸』に関する調査。公式には“都市構造の安全確認”という名目だけど、内容は極秘扱い。報酬も高額、そして……依頼主は匿名」

 紙面には、簡潔な記載と共に、通常の任務書類とは異なる“封印指定”の印が押されていた。
 その印影が、妙に冷たい印象を残す。

「……井戸の話が出てきたのは、偶然じゃないってわけか」

 リュークが低く呟く。
 エリナは短く頷き、表情を曇らせた。

「噂は知ってる。けど、それが表の任務になるなんて……私も正直、驚いてる。
 上層の動きが静かすぎるのよ。 何かを探らせようとしているのか――それとも、逆に封じようとしているのか。 判断がつかない」

 ルミエルはふと視線を落とし、ぽつりと呟いた。

「……たぶん、あそこに“誰か”がいる。私、そんな気がするの」

 その一言に、室内の空気がわずかに張り詰める。
 ちょうどその時、窓の外の雲が流れ、街に長く淡い影が落ちた。
 リュークは深く息を吸い、目を伏せたまま言葉を継ぐ。

「なら、行くしかないな。
 記録されなかった地図。存在を消された領域……“観測されていない”というのなら――俺たちが観測するしかない」

 シャドウファングが低く唸った。
 短く、しかし鋭く響くその音は、ただの同意ではなかった。

 それは、静かな警戒と、本能から来る予兆だった。
 静かに、任務が始まった。

 街の光は変わらず柔らかく、人々は日常の中を何気なく行き交っていた。
 だがその裏で、確かに何かが軋み始めていた。
 それは、世界の“隙間”に指を触れた者だけが感じる、不協和の目覚め――。


 ◆夜の宿の一室。
 灯りを落とした室内に、静寂が降りていた。
 リュークは床に背を預けたまま、ゆっくりと瞼を閉じる。
 脳裏に浮かぶのは、塔の中で金貨を使って開放した能力――量子視覚。

「……発動」

 小さく息を吐きながら、意識を魔力の流れへと向ける。
 視界の奥で、光の筋がゆるやかに交差する気配があった。

 そして――リュークは静かに目を開けた。
 部屋の風景は変わらない。

 だが、その“内部”にあるものが、次々と姿を現しはじめる。
 壁面が微かに揺れる。
 木の棚の奥に、うねるような力の流れが浮かび上がる。
 空気中では、魔素の粒子がふわりと舞い、再構成されるように漂っていた。

 それはまるで、目に見えない世界の“構造図”を覗き込んでいるかのようだった。

(……視える。確かに、視えるようにはなった。でも――)

 眉を寄せながら、リュークはゆっくりと首を振る。
 見えているのに、分からない。
 なぜ線が揺れるのか。
 どこから流れ、どこへ向かっているのか。
 それが“何を意味するのか”。

 すべてが曖昧で、掴みどころがなかった。

(……俺は、“この像”の意味を知らない)

「……視えるようになっただけで、全部が余計に難しくなった気がする」

 不意にこぼれた声に、自分でも驚いた。

 そのときだった。
 背後から、静かな声が聞こえた。

「……視えすぎるってのも、厄介だよね」

 振り向くと、そこにはルミエルがいた。
 窓辺から差し込む月明かりの中、壁にもたれたまま腕を組み、こちらをじっと見ている。

「何か、見えた?」

「いや……“視えた”だけだ」

 リュークはわずかに息を吐く。

「構造も、流れも、情報も……視界に飛び込んでくる。でも、全部“読み解けない”んだ」

 その声は、どこか悔しげで、どこか戸惑っていた。

「力の伝わり方も、応力の向きも……“知らない”から、ただ眺めているだけだ」

 ルミエルはふわりと飛んできて、机の端に腰を掛けた。

「それ、“物理学の記憶”を開放してないからだよ」

 視線は優しく、けれど言葉には確かな芯がある。

「構造理解の基礎がないままだと、“視えても意味がない”ってこと」

 リュークは苦笑を漏らす。

「……視えたことで、逆に“自分が何も知らない”って突きつけられるとはな」

 ルミエルはいたずらっぽく唇をゆるめて、少し肩をすくめた。

「じゃあ、ここはひとつ――“知らないことを知るチャンス”って、思ってみたら?」

 その言葉に、リュークは息を吐きながらも、どこか救われたように目を細めた。

「……そうだな。
 この視覚は、理解の“入口”にすぎない。歩かなきゃ、何も掴めないままか」

 ルミエルが机の下を指差す。

「たとえば、そこの脚の部分。何か違和感ない?」

 リュークが目を向けると、木材の内側に走る“力の線”が、複雑に絡み合っていた。
 見た目には何の変哲もないが、量子視覚で視ると、そこにある異変がはっきりと浮かび上がる。

(……あれは応力の偏りか? いや……よく分からない。でも、“何かおかしい”のは感じる)

「視えているけど……これが“崩れる兆し”なのか、“支えている力”なのかも、判別できない」

「そこが、“学びどころ”ってこと」

 ルミエルの声は柔らかくも、明確だった。

「解析眼だけじゃ足りない。“知識”がなきゃ、視覚も役に立たないからね」

 リュークはその言葉を胸に刻むように、視線を伏せた。
 そして、ゆっくりと呟いた。

「……やっぱり、俺はまだ何も“視えていなかった”んだな」

 ◆古井戸区画:初回調査
 南区の外れ、かつて都市水路の分岐点だった場所に、それは静かに佇んでいた。
“古井戸”――その呼び名が今も残されているのは、その外観だけにすぎない。

 実際には、旧地下接続路の一端にあたり、都市開発の過程で封鎖された“未記録区画”だった。
 地図に記されることもなく、長い間、人目から遠ざけられてきた場所。

 ギルドの特別許可を得たリュークたちは、調査隊としてこの井戸に足を踏み入れる。
 周囲に人気はなく、風に乗って漂う空気はひどく湿っていた。

 井戸の縁には、錆びた鉄枠が簡易封鎖の形で設置されていた。
 だが、リュークの視線は、鉄枠の表面に残された魔力封印の痕跡に止まる。

「……封印、薄いな。誰かが……すでに開けた形跡がある」

 軽く息を整え、リュークは額に意識を集中する。

「量子視覚、起動」

 瞬間、視界の奥がぐらりと揺れ、まるで“世界の皮膚”がめくれるような感覚が走る。
 物理的な構造と、それに重なるもう一層の情報――“量子層”が浮かび上がる。

「……井戸の内側、構造が二重になってる。
 外から見えるのは“塞がれた空間”だけど……その奥、下層に通路が延びてる」

 リュークの声に、ルミエルが小さく頷いた。

「封鎖っていうより、“偽装”に近い構造ね。
 上書きされた視覚情報と、古い構造データが混在してる……まるで“観測を避けるための細工”みたい」

 そのとき、シャドウファングが鼻を鳴らした。
 ごく低く、喉奥から漏れるような音――獣の本能が発する、静かな警戒信号。
 その体がわずかに地を這うように低くなる。

「下りるぞ。気を抜くな」

 リュークが短く告げ、ロープを縁にかける。
 湿った金具がギィ……と軋む。

 ルミエルが魔力で足元を浮かせると、リュークは先に体を沈めていく。
 夜の井戸口に、三つの影がゆっくりと吸い込まれていった――静かに、音もなく。


 次回:地下通路に潜む“視えぬ意味”――解析眼を求めて
 予告:地下通路で待つのは“視えているのに理解できない異常”。
 リュークは量子視覚の限界を突きつけられ、解析眼の必要性を痛感する――
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