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第6章
第107話 硫黄反応と結晶、連動罠の只中で
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◆戦闘と理論の融合
通路の奥――
霧が緩やかに渦を巻きながら、空間そのものを満たしていた。
湿気はさらに濃く、呼吸すらねばつくような重たさを帯びてくる。
リュークは静かに息を整え、量子視覚を起動した。
濃霧の中、わずかに漂う魔素の“核”が視界に浮かぶ。
「……霧と同化してる。霧そのものが身体の一部……?」
半透明の魔物――“湿性霧体”が、通路の中央にぬるりと姿を現す。
その体は触れるたびにゆらぎ、空気中の水分と共鳴して波打っていた。
「下手に攻撃しても、拡散されるだけだ。熱にも強い……“霧散化”と、部分耐性がある」
ルミエルが横に並び、瞳を細めて言った。
「視えない核は動いてる。回避行動じゃない、これは……“再形成”してる」
魔物の身体は、再構築を繰り返していた。
攻撃されればされるほど、霧の粒子は分かれ、やがて別の形に再結合しようとする。
「……霧の分子そのものを崩さなきゃ意味がない。
でも、分解しても再集合されるなら、“逃げ道”を封じなきゃ」
リュークが眉をひそめた、その瞬間。
視界の端で、壁面に埋もれる鉱石が淡く反応した。
(この鉱石……硫化鉱?)
化学の基礎知識と、量子視覚の反応が結びつく。
冷静に、しかし内心では興奮が走る。
「……これ、使える。
硫化鉱が高温で酸化すれば――硫黄ガスが発生する。
密閉空間で燃焼反応を起こせば、酸素を奪いながら、霧の粒子結合も抑えられるはず」
すぐに道具袋から印付け用のチョークと魔力測定紙を取り出す。
壁の構造と空気の流れを慎重に読み取りながら、手早く印を刻んでいく。
「封圧術式を重ねて、気体を逃がさない状態を作る。
内部で化学反応を促して、魔物の再構成を止める――」
ルミエルが顔を上げた。
「できるよ。風魔法の応用で、固定式の結界領域なら張れる。
小型だけど……エアーシールド、展開できると思う」
「よし……頼む!」
リュークが頷き、同時に霧の中央へと鋭い視線を向ける。
魔物の“核”が、一瞬だけ、炎の弱点付近に移動した――その瞬間だった。
「くっ……!」
突如、霧が内側から膨張するように波打ち、異常な濃度の魔素を放出し始めた。
空気の質が急激に変わる。呼吸が重く、肺の中に異物が入り込んだような感覚が走る。
「魔素が濃すぎる……これは、侵蝕霧……!」
リュークの声が、思わず震えた。
ルミエルが咳き込み、膝をついて足元に手をつく。
シャドウファングも鼻を鳴らし、霧の届かぬ位置へと後退していた。
「視界……歪んで……!」
ルミエルの声がかすれる。目を細める彼女の周囲で、霧の粒子が一部“凍結”しはじめた。
チリ……ッ、
と空気が凍る音。
微かに光る“破片”のようなものが、宙に浮かぶ。
高温にさらされた霧が急激な冷却圧で変質し、空中に鋭利な“結晶片”が生まれていた。
「結晶化……!」
リュークが叫ぶと同時に、氷の破片がヒュッ――と音を立て、壁に**パシュン!**と突き刺さる。
「ッ、当たれば致命傷だ……!」
鋭い音が耳の奥に残る。リュークの喉が自然と鳴った。
そのときだった。
「……グルルッ!」
シャドウファングが低く唸り、前足をぐっと踏みしめる。
次の瞬間、**ズンッ!**と床を蹴り、通路を一気に駆け抜けた。
その突進は、空気をえぐるような風圧を生み出し――
渦巻いていた霧の密度が、ズズッ……と音を立てて偏り始める。
「……流れてる……?」
リュークが目を見開く。
シャドウファングの突進が生んだ風が、霧の一部を押し戻していたのだ。
濃度の高い霧がわずかに散り、空間に呼吸の“隙間”が生まれていく。
ルミエルが咳き込みながらも、顔を上げた。
「……あの子、空気を割ったの……? 本能で……?」
リュークは驚きとともに、霧の渦が一部ほどけているのを確認する。
(本能か、それとも……“何かを感じ取った”のか)
だが、霧はなおも波打ち続けていた。
「ここで下がったら、準備が無駄になる。ルミエル、結界の準備を頼む!」
リュークは霧をにらみつけながら、鋭く声を張った。
「いける……今だ!」
その叫びが空間を切り裂くと同時に、ルミエルが詠唱を終える。
「空間固定――エアーシールド、展開!」
術式が発動するや否や、空気が重く圧縮されるような重圧が広がった。
床と壁に沿って魔力の輪がバチバチッと弾け、霧の周囲を鋭く縁取っていく。
まるで空間そのものが“拘束”されたかのような、ぴたりと静止した領域が出現する。
霧はその中に封じ込められ、内部で微かに**ドクン……**と脈動しながら身を縮めた。
「……動きが止まった。今しかない!」
リュークは息を深く吸い込み、魔力を一点に集中させる。
「ファイアボルト、照準……点火ッ!」
次の瞬間、火球が**ゴッ!**と低い音を立てて放たれ、一直線に鉱石帯へ突き進んだ。
閃光とともに、**ゴゥンッ!**という鈍い爆音が通路を揺らす。
バシュッ――!
硫化鉱が一気に赤熱し、煙のような蒸気がシューッと噴き出す。
ツンと鼻を刺す硫黄臭が満ち、霧の粒子が反応を起こし始めた――だが、その瞬間。
結界の中で、霧の塊がわずかにうねりを増した。
「――魔物が、抵抗を始めてる!」
リュークの声に緊張が走る。
直後、霧の中心からボウッ!と内圧による魔素の暴風が噴き出した。
結界内の空気がグワッと渦を巻き、湿度が一気に跳ね上がる。
「視界が……濁る……!」
ルミエルが思わず身を引く。
熱の広がりが鈍化し、通路全体が白濁していく。
「反応が早すぎる……再構築しようとしてる!」
リュークは即座に量子視覚を再起動。
魔物の核のまわりで、粒子が細胞のように
カチカチッ
と再結合し、“再生のパターン”を形成していた。
そのときだった。
――ピシィ……ッ!
再び、霧の粒子が一部凍結し始める。
そして、空中に鋭く光る“結晶片”が浮かび始めた。
リュークが目を見開く。
次の瞬間――
ヒュッ……バシュッ!
氷の破片が
ガギッ
と通路の壁を抉った。
飛び散った鋭片のひとつがリュークの頬をかすめ、赤く細い線を残す。
「っ……!」
鋭い痛みが走り、リュークの目元が強張る。
その直後、シャドウファングが低く唸りながら前へと躍り出た。
毛皮を裂く
パキンッ
という音とともに、数本の白い毛が宙に舞う。
「このままだと……斬られる!」
「防ぐ、エアーシールド……!」
ルミエルが声を振り絞り、術式の再起動を強行した。
結界の縁から風が
ゴォッ
と奔り、氷片の進路を無理やり捻じ曲げる。
砕けた破片が**カランカラン……**と通路に散らばり、わずかな静寂が場を包む。
「……危なかった……防御が遅れてたら……!」
リュークは額の汗を手の甲でぬぐいながら、険しい視線を魔物へ向けた。
霧の中、魔物の核はなおも赤く**ドクン……**と脈動している。
再び、形を作ろうとしているのがはっきり見えた。
「ファイアボルトの熱だけじゃ崩しきれない……!」
そこに――
「グルッ……!」
シャドウファングが短く唸り、通路の片側へと身を投げた。
彼の視線の先、床板がギチ……ッと微かに沈み、魔素線が**ピカ……ピカ……**と点滅を始める。
(……気づいたか!)
リュークが直感的に理解するより早く、声が漏れた。
「起動した――っ!」
それと同時に、ルミエルが風の術式を即座に発動。
「エアーシールド!」
風が結界外縁に向かって吹き出し、天井から落下しかけた錘付きの鎖の軌道をズレッと逸らす。
**ガラン!**という金属音とともに鎖が壁にぶつかり、火花を散らす。
シャドウファングはそれをかすめるように地を蹴り、リュークの背後へズズッと滑り込んだ。
(指示はしていない――だが、察して動いた。やはり、こいつ……)
「……危なかった……」
「結界内の霧の魔力と、罠の魔素が連動してたのか……
戦闘で無理に動けば、こっちが先に潰されてた……!」
ルミエルは魔力の緊張を解かぬまま、淡く息を吐いた。
「霧体、まだ形を保ってる。再結合しようとしてる!」
リュークが歯を食いしばる。
「……このままじゃ、完全に崩せない。もう一撃、必要だ」
次回:観測の座標――影と記憶を導く金属板
予告:霧の消滅と影の覚醒が残した“問い”を手に、リュークはヴァルトから託された金属板を解析する。
通路の奥――
霧が緩やかに渦を巻きながら、空間そのものを満たしていた。
湿気はさらに濃く、呼吸すらねばつくような重たさを帯びてくる。
リュークは静かに息を整え、量子視覚を起動した。
濃霧の中、わずかに漂う魔素の“核”が視界に浮かぶ。
「……霧と同化してる。霧そのものが身体の一部……?」
半透明の魔物――“湿性霧体”が、通路の中央にぬるりと姿を現す。
その体は触れるたびにゆらぎ、空気中の水分と共鳴して波打っていた。
「下手に攻撃しても、拡散されるだけだ。熱にも強い……“霧散化”と、部分耐性がある」
ルミエルが横に並び、瞳を細めて言った。
「視えない核は動いてる。回避行動じゃない、これは……“再形成”してる」
魔物の身体は、再構築を繰り返していた。
攻撃されればされるほど、霧の粒子は分かれ、やがて別の形に再結合しようとする。
「……霧の分子そのものを崩さなきゃ意味がない。
でも、分解しても再集合されるなら、“逃げ道”を封じなきゃ」
リュークが眉をひそめた、その瞬間。
視界の端で、壁面に埋もれる鉱石が淡く反応した。
(この鉱石……硫化鉱?)
化学の基礎知識と、量子視覚の反応が結びつく。
冷静に、しかし内心では興奮が走る。
「……これ、使える。
硫化鉱が高温で酸化すれば――硫黄ガスが発生する。
密閉空間で燃焼反応を起こせば、酸素を奪いながら、霧の粒子結合も抑えられるはず」
すぐに道具袋から印付け用のチョークと魔力測定紙を取り出す。
壁の構造と空気の流れを慎重に読み取りながら、手早く印を刻んでいく。
「封圧術式を重ねて、気体を逃がさない状態を作る。
内部で化学反応を促して、魔物の再構成を止める――」
ルミエルが顔を上げた。
「できるよ。風魔法の応用で、固定式の結界領域なら張れる。
小型だけど……エアーシールド、展開できると思う」
「よし……頼む!」
リュークが頷き、同時に霧の中央へと鋭い視線を向ける。
魔物の“核”が、一瞬だけ、炎の弱点付近に移動した――その瞬間だった。
「くっ……!」
突如、霧が内側から膨張するように波打ち、異常な濃度の魔素を放出し始めた。
空気の質が急激に変わる。呼吸が重く、肺の中に異物が入り込んだような感覚が走る。
「魔素が濃すぎる……これは、侵蝕霧……!」
リュークの声が、思わず震えた。
ルミエルが咳き込み、膝をついて足元に手をつく。
シャドウファングも鼻を鳴らし、霧の届かぬ位置へと後退していた。
「視界……歪んで……!」
ルミエルの声がかすれる。目を細める彼女の周囲で、霧の粒子が一部“凍結”しはじめた。
チリ……ッ、
と空気が凍る音。
微かに光る“破片”のようなものが、宙に浮かぶ。
高温にさらされた霧が急激な冷却圧で変質し、空中に鋭利な“結晶片”が生まれていた。
「結晶化……!」
リュークが叫ぶと同時に、氷の破片がヒュッ――と音を立て、壁に**パシュン!**と突き刺さる。
「ッ、当たれば致命傷だ……!」
鋭い音が耳の奥に残る。リュークの喉が自然と鳴った。
そのときだった。
「……グルルッ!」
シャドウファングが低く唸り、前足をぐっと踏みしめる。
次の瞬間、**ズンッ!**と床を蹴り、通路を一気に駆け抜けた。
その突進は、空気をえぐるような風圧を生み出し――
渦巻いていた霧の密度が、ズズッ……と音を立てて偏り始める。
「……流れてる……?」
リュークが目を見開く。
シャドウファングの突進が生んだ風が、霧の一部を押し戻していたのだ。
濃度の高い霧がわずかに散り、空間に呼吸の“隙間”が生まれていく。
ルミエルが咳き込みながらも、顔を上げた。
「……あの子、空気を割ったの……? 本能で……?」
リュークは驚きとともに、霧の渦が一部ほどけているのを確認する。
(本能か、それとも……“何かを感じ取った”のか)
だが、霧はなおも波打ち続けていた。
「ここで下がったら、準備が無駄になる。ルミエル、結界の準備を頼む!」
リュークは霧をにらみつけながら、鋭く声を張った。
「いける……今だ!」
その叫びが空間を切り裂くと同時に、ルミエルが詠唱を終える。
「空間固定――エアーシールド、展開!」
術式が発動するや否や、空気が重く圧縮されるような重圧が広がった。
床と壁に沿って魔力の輪がバチバチッと弾け、霧の周囲を鋭く縁取っていく。
まるで空間そのものが“拘束”されたかのような、ぴたりと静止した領域が出現する。
霧はその中に封じ込められ、内部で微かに**ドクン……**と脈動しながら身を縮めた。
「……動きが止まった。今しかない!」
リュークは息を深く吸い込み、魔力を一点に集中させる。
「ファイアボルト、照準……点火ッ!」
次の瞬間、火球が**ゴッ!**と低い音を立てて放たれ、一直線に鉱石帯へ突き進んだ。
閃光とともに、**ゴゥンッ!**という鈍い爆音が通路を揺らす。
バシュッ――!
硫化鉱が一気に赤熱し、煙のような蒸気がシューッと噴き出す。
ツンと鼻を刺す硫黄臭が満ち、霧の粒子が反応を起こし始めた――だが、その瞬間。
結界の中で、霧の塊がわずかにうねりを増した。
「――魔物が、抵抗を始めてる!」
リュークの声に緊張が走る。
直後、霧の中心からボウッ!と内圧による魔素の暴風が噴き出した。
結界内の空気がグワッと渦を巻き、湿度が一気に跳ね上がる。
「視界が……濁る……!」
ルミエルが思わず身を引く。
熱の広がりが鈍化し、通路全体が白濁していく。
「反応が早すぎる……再構築しようとしてる!」
リュークは即座に量子視覚を再起動。
魔物の核のまわりで、粒子が細胞のように
カチカチッ
と再結合し、“再生のパターン”を形成していた。
そのときだった。
――ピシィ……ッ!
再び、霧の粒子が一部凍結し始める。
そして、空中に鋭く光る“結晶片”が浮かび始めた。
リュークが目を見開く。
次の瞬間――
ヒュッ……バシュッ!
氷の破片が
ガギッ
と通路の壁を抉った。
飛び散った鋭片のひとつがリュークの頬をかすめ、赤く細い線を残す。
「っ……!」
鋭い痛みが走り、リュークの目元が強張る。
その直後、シャドウファングが低く唸りながら前へと躍り出た。
毛皮を裂く
パキンッ
という音とともに、数本の白い毛が宙に舞う。
「このままだと……斬られる!」
「防ぐ、エアーシールド……!」
ルミエルが声を振り絞り、術式の再起動を強行した。
結界の縁から風が
ゴォッ
と奔り、氷片の進路を無理やり捻じ曲げる。
砕けた破片が**カランカラン……**と通路に散らばり、わずかな静寂が場を包む。
「……危なかった……防御が遅れてたら……!」
リュークは額の汗を手の甲でぬぐいながら、険しい視線を魔物へ向けた。
霧の中、魔物の核はなおも赤く**ドクン……**と脈動している。
再び、形を作ろうとしているのがはっきり見えた。
「ファイアボルトの熱だけじゃ崩しきれない……!」
そこに――
「グルッ……!」
シャドウファングが短く唸り、通路の片側へと身を投げた。
彼の視線の先、床板がギチ……ッと微かに沈み、魔素線が**ピカ……ピカ……**と点滅を始める。
(……気づいたか!)
リュークが直感的に理解するより早く、声が漏れた。
「起動した――っ!」
それと同時に、ルミエルが風の術式を即座に発動。
「エアーシールド!」
風が結界外縁に向かって吹き出し、天井から落下しかけた錘付きの鎖の軌道をズレッと逸らす。
**ガラン!**という金属音とともに鎖が壁にぶつかり、火花を散らす。
シャドウファングはそれをかすめるように地を蹴り、リュークの背後へズズッと滑り込んだ。
(指示はしていない――だが、察して動いた。やはり、こいつ……)
「……危なかった……」
「結界内の霧の魔力と、罠の魔素が連動してたのか……
戦闘で無理に動けば、こっちが先に潰されてた……!」
ルミエルは魔力の緊張を解かぬまま、淡く息を吐いた。
「霧体、まだ形を保ってる。再結合しようとしてる!」
リュークが歯を食いしばる。
「……このままじゃ、完全に崩せない。もう一撃、必要だ」
次回:観測の座標――影と記憶を導く金属板
予告:霧の消滅と影の覚醒が残した“問い”を手に、リュークはヴァルトから託された金属板を解析する。
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