【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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7章

第115話 緋銀坑道侵入――変質する空間と焼き付く波形

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 ◆坑道への侵入と“環境変質”の兆候
 炭鉱の入り口での初期調査を終えた後、リュークたちは町外れの空き家へと戻った。
 簡素な木造小屋――壁板は割れ、窓枠も外れていたが、瓦礫を片付ければ雨露は凌げる。

 先に中へ入ったシャドウファングが一周して内部を嗅ぎ回る。
 **ズズッ……**と床板を爪で引っかき、匂いを確認した後、入口付近にどっかと伏せて構えた。
 暗がりを睨む瞳は油断なく光り、まるで番犬というより“番兵”そのものだった。

「……あいつ、すっかり“隊の警戒担当”みたいね」

 ルミエルが肩をすくめ、腰のポーチから薬草の包みを取り出す。

「頼りにしてるよ。俺たちが感知できない異常にも反応してくれる」

 リュークはそう応えながら、崩れた壁際に小さな焚き火を組み上げた。
 火打石の音がカチッ、カチッと響き、やがて橙の炎がぱちぱちと空気を割く。
 シャドウファングは火の光に鼻先を寄せて匂いを確かめ、フンッと息を吐くとぺたりと座り込む。

 リュークは炎の揺らぎを見つめ、眉をわずかに寄せた。

「……煙の流れ、偏ってるな」

 火の煙が、天井に届く前に横へ押し流されていく。
 彼は目を細め、周囲の空気の淀みに違和感を覚えた。

「毒性粒子が濃いかもしれない。地形が、空気を“溜め込む器”になってる」

 リュークは小袋から試薬紙を数枚取り出し、焚き火の周囲の空気に触れさせる。
 **ジワッ……**と色が淡紫に変わり、さらに縁がかすかに赤黒く滲む。

「……反応は鈍いが、確実に魔素が混ざってる。この小屋でさえ長居は危険だな」

 ルミエルは顔をしかめつつも、薬草を手早く刻み始めた。
 **トントン、サクッ――**小気味よい音とともに、芳香と苦味が入り混じった匂いが広がる。

「肺を保護する簡易結界を張るけど、もって半日ね。薬草抽出液ならもう少し耐えられる。……今夜のうちに仕上げるしかない」

「なら、俺はこっちを」

 リュークは鞄の奥から、使い古された防毒マスクと工具類を取り出した。
 革紐は擦り切れ、金属枠には細かな錆が浮かんでいる。
 フィルター部分の布地はひび割れ、密閉性もすでに失われかけていた。

「……フィルターを魔素吸着性の樹皮層に張り替えて、補修布で隙間を塞げば――最低限の遮断にはなる」

 低く呟きながら、彼は器用に古い布を剥ぎ、新しい層を縫い込んでいく。
 **バキッ、ギシッ……**と劣化した金具が鳴るたび、手元の工具が火花のように光を反射した。

 ふと顔を上げ、シャドウファングを見やる。

「お前にも簡易フィルターをつけるか? あの空気じゃ、鼻が麻痺しかねない」

 黒狼は首をかしげ、リュークが示した布製の鼻あてをじっと嗅ぐ。
 数秒の沈黙ののち、前脚でパシッと軽く払った。
 ――“これ以上は要らない”。その意思ははっきりしていた。

「……了解。無理強いはしない」

 リュークは思わず口元を緩め、再び補修作業に没頭する。
 焚き火の隣では、ルミエルが小さな煮沸器を回し続けていた。
 薬草を細かく砕き、熱した水に沈め、濾過布でゆっくりと抽出していく。

 コポコポ……シュー……、薬液が泡を立て、わずかに青緑を帯びた蒸気を吐き出した。
 その横顔は、戦士ではなく研究者のように真剣だった。
 入口ではシャドウファングが丸くなり、眠っているように見えても、耳は常に微かに動いている。

 風が窓枠を抜けるたび、ザワッと毛並みが逆立ち、獣の本能が異変を探知していた。
 やがてルミエルが小声で言う。

「……魔素の濃度と汚染の傾向。坑道入口で測った“2.4倍”って数値、やっぱり気になるわ」

「確かに異常だ。自然発生じゃない……何かが内部から“吐き出している”」

 リュークは観測記録を開き、試験紙の色変化や魔素濃度の推移を古井戸の記録と並べて見比べる。
 紙面には、歪みながらも似通った波形が刻まれていた。

「……この一致率」

 火の粉がパチッと弾ける音に重なるように、彼の言葉は小屋の中に落ちた。

「明日、坑道に入ったら……この変化パターンと“熱変質”も確認する。古井戸の魔素核と似た波があるか、再現できる方法で探す」

 リュークの低い声に、ルミエルが片眉を上げる。

「それって……また自作装置、でしょ」

「簡易でも十分だ。色変化試験と導電板の試作くらいなら――今夜中に仕上げられる」

 彼は工具を握り直し、ガギッと金具を締め直す音を響かせた。

「……寝る気ないわね」

 呆れ半分の声が返ってきた。
 リュークは苦笑を浮かべつつも、手元の板へ線を刻み続ける。
 **カリッ、カリッ……**筆先が紙を削る音が、焚き火の爆ぜる音と重なる。

「少しは寝るさ。明日、お前とこいつに迷惑をかけないようにな」

 視線を上げた先で、シャドウファングの琥珀色の瞳がじっとこちらを見返していた。
 炎を映したその眼差しは、言葉を超えた理解を宿している。

「……明日は、少し深くまで行くつもりだ」

 囁くような決意に、黒狼は喉の奥で**ズゥン……**と低く鳴いた。
 それは承諾の合図であり、共に進む覚悟の響きだった。
 夜は静かに深まり――焚き火の火の粉が闇に吸い込まれていく。

 その一瞬ごとに、明日への緊張と期待が、確かな熱を帯びて積み重なっていった。


 ◆翌朝の出発
 夜は静かに更けていき――
 焚き火の残り火が**ジリ……ジリ……**と赤い点を残すころ、ようやくリュークは工具を置いた。

 短い眠りのあと、東の空が白み始める。
 湿った冷気が小屋の隙間から忍び込み、肌を刺すような鋭さで目を覚まさせた。

 リュークはすぐに荷をまとめ、防毒マスクと試作した導電板を鞄に収める。
 隣ではルミエルが薬草の抽出瓶を一本ずつ丁寧に箱へ収め、肩をぐっと伸ばした。

「……徹夜じゃなくて良かった。顔色、まだ人間っぽいわよ」

「そりゃ助かるな。死人みたいに見えたら、坑道に入る前から縁起が悪い」

 軽口を交わしながらも、二人の手つきには迷いがなかった。
 入口では、シャドウファングがすでに立ち上がっていた。
 黒い尾を大きく一振りすると、低く**ズゥゥン……**と喉を鳴らす。

 その音は、進軍の合図にも似ていた。
 小屋を出れば、朝靄の向こうから陽光が差し込み、まだ薄暗い草原を黄金色に染めていく。
 風に乗って、遠くの緋銀坑道からかすかな鉄錆の匂いが流れてきた。
 黒い影が靄に包まれ、まるで“呼吸する怪物”のようにうごめいている。

 リュークは背の荷を締め直し、深く息を吸った。
 肺に刺す冷気と、胸を焦がすような緊張が重なる。

「――行こう。証を掴むために」

 その言葉に応じるように、ルミエルは短く頷き、シャドウファングはガリッと地面を爪で削った。
 三人の影は長く伸び、廃坑へ続く道と重なり合う。

 朝の光に照らされながら、その背中は確かに“試練”へと踏み出していた。
 そして、待ち受ける“変質した環境”の只中へ――。


 ◆金属板の反応と波形の類似性
 坑道内部は薄暗く、空気は乾いた腐臭と、金属が焼けて焦げたような匂いを含んでいた。

 リュークたちは足音を抑えつつ進み、壁面に埋め込まれた金属板へと目を留める。
 かつて坑道の補強に使われたそれは、今では歪み、熱で膨張して浮き上がり、今にも剥がれ落ちそうだった。

「……この波打ち方、ただの腐食じゃないな」

 リュークは一枚の板の前で立ち止まり、短い分析用の鏡を斜めに翳す。反射した光が走り、表面に刻まれた微細な焦げ痕を浮かび上がらせた。
 無数の筋は複雑に絡み合い、まるで水面に広がる波紋を金属に焼き付けたかのように見える。

「魔力を少し流してみるわ」

 ルミエルが慎重に指先を板へと触れ、ごく薄く魔素を注ぎ込む。

 ――ジジッ……バチッ!

 瞬間、焦げた線が淡い光を帯び、歪んだ同心円の模様がボウッと炙り出される。模様は脈打つように揺れ、板全体にじわじわと広がっていった。

「……“魔素の圧力波”の痕跡ね。繰り返し染み込んでいる。外からの攻撃じゃない……内部からじわじわ焼かれてる」

 ルミエルの声は小さいが、緊張が混じっていた。
 リュークは表情を引き締め、ノートを開いて素早く記録を取る。**カリッ、カリッ……**と筆先が紙を削る音が、坑道に微かに響く。

「地点F-2、金属板。波形痕あり。古井戸で観測した“霧魔素核”の波形と一致する……空間全体が汚染源だった証拠になる」

 彼は視線を巡らせ、思索を深めるように目を細めた。

「これは、“点の汚染”じゃない。“面の侵食”……もしくは、空間そのものが構造的に変質していた可能性がある」

 そのとき、少し離れていたシャドウファングが低く鼻を鳴らし、金属板の端をガリッと軽く引っかいた。
 爪の摩擦音が坑道に短く響き、壁全体がわずかに振動する。

「……お前も気づいたか。ここ、魔素が“まだ動いてる”」

 リュークはシャドウファングの行動に頷き、導電テスト用に携帯していた簡易金属板を床に置いた。
 ルミエルが周囲にわずかに魔力を放射すると――

 ――ビリッ……ジジジ……。

 板の表面を淡く揺れるような魔素の流れが走り、焦げ痕めいた模様が浮かび上がる。

「見て、反応があるわ。残留魔素が通電してる」

「やっぱりだ……古井戸の“魔素核発動時”と同じ挙動だ」

 観測ノートに、カリカリッと素早く新たな記録が加えられていく。
 地点F-2:波形痕一致。導電性試験、反応あり。空間変質の継続性を確認
 シャドウファングはすっと壁際に移動し、耳を立て、周囲の闇を睨むように警戒を続けていた。

 ルミエルが、疑念を押し殺すように呟く。

「……この空間の構造、“何か”を閉じ込めていた形跡はない?」

 リュークは短く黙って頷く。

「封印か、制御構造か……どちらにしても、もう壊れてる。崩れて、今はただの“漏れ出す空間”だ」

 その言葉に応じるように、坑道の奥から**ズズッ……ゴリッ……**と微かな音が返ってきた。

 空気が一瞬ざらつき、火花のような魔素が壁面に散る。
 深く、重たい沈黙が落ちる。

 崩れた坑道の一角には、焦げた金属の匂いと、まだ燻ぶるような魔素の気配だけが、じわじわと漂っていた――。

 次回:毒霧の坑道、喰霧獣との迎撃戦
 予告:毒霧が満ちる坑道で、未知の魔獣が牙を剥く
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