【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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7章

第116話 毒霧の坑道、喰霧獣との迎撃戦

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 ◆坑道内での迎撃戦――毒性魔獣との遭遇
 さらに数十メートル進んだその地点で、空気の質が一変した。
 湿度は異様に高く、金属を舐めるような酸の臭気が鼻腔を刺す。
 視界の奥では、淡い霧がじわじわと渦を巻いて揺らいでいた。

 リュークが小声で警告する。

「……いる。魔素の流れが濁ってる。近いぞ」

 直後――岩壁の陰から、**ズズッ……**と粘つく音を立て、ぬらりと長い影が現れた。
 四つ脚で這い出た魔獣は、全身をどろりとした毒性粘液に覆い、その背には腫瘍のように膨張した魔素核を浮かべている。

 紫がかった皮膚は、濃度の変化に合わせて不気味に色を変え、まるで生きた毒霧そのものだった。

「……毒ガス耐性種、“喰霧獣”……!」

 ルミエルの声と同時に、**バシュンッ!**と空気が裂け、魔法障壁が展開される。

「――エアーシールド!」

 透明な風の盾が前方に張り巡らされ、毒霧の直撃をかろうじて弾いた。
 しかし、喰霧獣は怯むことなく**ズゥンッ!**と床を踏み砕き、突進してくる。
 岩盤を震わせるほどの質量感に、坑道の空気が一瞬で押し潰される。

(シャドウファング、右から回り込め!)

 リュークが鋭く目配せを送ると、黒狼は即座に反応した。
 **ザッ!**と霧を切り裂き、影のような速度で駆け出す。
 尾を薙ぎ払いながら霧を巻き散らし、喰霧獣の視界と嗅覚をかき乱す。

 黒狼はさらに低く唸り声を上げ、敵の前脚をかすめるように飛び込んだ。
 鋭い爪が甲殻の隙間を擦り、**ギギッ!**と嫌な音を響かせる。

「――ッ!」

 刺激を受けた喰霧獣が耳を裂く咆哮を上げ、身体を大きく膨張させた。
 甲殻の隙間が開き、そこから――**バシュッ!バシャァァッ!**と紫色の腐食性液が高圧で噴出する。

 飛沫が岩壁を叩いた瞬間、**ジュウウッ……ガリッ……!**と音を立てて石が焼け、黒ずみながら溶け崩れた。

「腐食性の液体を避けろ! 甲殻の下に核があるはずだ!」

 跳ねるように後退しながら、リュークは腰のポーチから試験瓶を引き抜いた。
 薬草成分を調合した透明な液体が揺れ、彼は一瞬で角度を測る。

 その間、シャドウファングが霧の中を素早く駆け、敵の正面を横切るようにして低く唸った。
 鋭い視線と動きに喰霧獣が釣られ、甲殻の隙間がわずかに開く。

「……ここだ!」

 振り抜くように投げ放った瓶が、**パリンッ!**と鋭い音を立てて敵の脚部付近で砕けた。
 飛散した薬液が甲殻に染み込み、直撃を受けた部位が淡く発光する。

(“あの部位”は感応しやすい……今なら通る!)

 喰霧獣が咆哮し、尾を振り上げた。
 **ブンッ!と唸りを上げる重い軌道――。

 リュークは床を蹴り、滑るように真横へ転がり込む。直後、岩壁がガギッ!ズズンッ!**と抉れ、石片が雨のように飛び散った。

「援護するわ――エアーシールド!」

 ルミエルの詠唱が重なり、**ドンッ!**と空気が弾ける。霧を裂く透明の風障壁が展開され、毒の濃度が乱れた。揺れる霧は一瞬だけ滞り、喰霧獣の視界を覆い隠す。

(今しかない――!)

 リュークはすかさず腰から小型魔導具を抜き取った。掌サイズの装置を構え、崩れた足場を**ガキンッ!**と踏み越え、敵の腹下へと投げ込む。

「――起爆、パルスショック!」

 バシュゥッ!!

 青白い稲光が迸り、喰霧獣の体内を一瞬で貫いた。甲殻の隙間から火花が弾け、敵は**ビクンッ!ビリビリッ!**と激しく痙攣し、のたうち回る。

 だが、すぐに全身の甲殻が硬直し、耐えるように締まり込む。尾が再び**ブオンッ!**と唸りを上げ、螺旋を描いて襲いかかってきた。

(まずい、弾き飛ばされる――!)

 反射的にリュークは身を低くし、横へ**ゴロッ!**と転がり込む。
 霧の中で息を呑んだ瞬間――裂け目から影が閃いた。

 ガブッ!!

 シャドウファングだ。
 黒い閃光のように側面から飛び込み、その鋭い牙で尾を強引に噛み止める。**ギギギッ!**と骨が軋む音と共に、敵の動きが鈍った。

「――よし、行け!」

 リュークは刹那の隙を逃さず、短剣を構えて地を蹴った。
 **ズンッ!**と足裏に伝わる反発。疾走の勢いをそのままに、裂け目へ一直線に突き込む。

「……決める!」

 同時にルミエルの風が**ゴォッ!**と霧を裂き、視界が一気に拓けた。
 毒霧の壁を突破し、甲殻の隙間――揺れる核を狙い澄ます。

 ガギィンッ!

 刃が硬質の殻を貫き、続けざまに**ズブッ!**と柔らかな核を突き破った。
 瞬間、魔素が爆ぜ、ドォォン――!と光の濁流が周囲へ溢れ出す。

 喰霧獣の咆哮は断末魔に変わり、痙攣しながら毒液を吐き散らし、やがてズズゥ……ッと崩れ落ちた。
 濃霧の壁は音もなく晴れ、ただ焦げた匂いと残滓の波だけが漂う。

 リュークは肩越しに周囲を見回し、数秒の沈黙ののち、短く息を吐いた。

「……終わったな」

 結界を張り続けていたルミエルも、ようやく息を吐き出す。

「はぁ……っ、遮断解除……」

 淡い風の膜がほどけ、彼女の体から緊張が抜けていった。
 その隣では、シャドウファングが音もなく戻り、リュークの足元に寄り添う。
 琥珀の瞳に宿る光は、戦いを経て鋭さを増していた。

「これまでで、随分鍛えられたな……お前も、もうLv16か」

 黒狼は低く**グルゥ……**と喉を鳴らし、尾をひと振りして応えた。
 リューク自身も、すぐに短剣を収めて静かに告げる。

「俺も、Lv13になっていた。反応速度と視界処理が、以前とは段違いだ。確かに……積み重ねが効いてる」

 ルミエルも胸に手を当て、ゆっくりと頷く。

「わたしも今朝確認したら、Lv5になってたわ。まだまだだけど……この霧の環境下で動けるくらいには、対処力が備わってきた気がする」

 リュークは頷き、観測ノートを取り出した。

「そろそろ記録を整理しよう。今回の魔素波形と、喰霧獣の核構造……重要なデータになる」

 彼の筆が走る。空間変質、電撃魔導具の反応、敵の挙動――淡々と記録されていく。
 その傍らでルミエルは魔素の流れを整え、シャドウファングは警戒を解かず主を守るように立っていた。

 敵が強くなるのと同じだけ、自分たちも確実に歩を進めている。
 それは奇跡や加速ではない。
 積み重ねられた戦いと記録が、確かに刻んだ“軌跡”の証だった。

 リュークは荒くなった呼吸を整えながら、周囲の魔素反応を探った。
 床に散らばった核の残骸を慎重に拾い上げ、小瓶へと納める。

 **コトリ……**と瓶の中で欠片が揺れる。
 わずかに紫の光が脈打ち、まだ微弱ながら生命の残滓のような鼓動を刻んでいた。

「……魔素波形、これも記録対象だな。環境変質の“生態的側面”……こいつが証拠になる」

 彼は観測ノートに素早く線を走らせ、核の歪な模様を写し取っていく。
 その足元で、シャドウファングが静かに喉を鳴らした。黒い毛並みはまだ霧に濡れて光り、呼気も荒い。

 リュークはその額に一度手を置き、低く呟く。

「……助かった。ありがとな」

 黒狼は短くウォフッと吠え、尾を振って応じた。その仕草には、仲間としての確かな誇りが滲んでいた。

 ――そして、三人は再び歩き出す。
 戦闘の熱気が消えた坑道は、より一層重苦しい気配を帯びていた。
 奥へ進むほどに空気は澱み、鼻腔を刺す金属臭と湿った酸の匂いが強くなる。

 頭上を見上げれば、崩落した天井の裂け目から錆びた配管が剥き出しになり、そこから**ズズゥ……**と音を立てて、淡い魔素の霧が漏れ出していた。
 それはまるで、空間そのものが“呼吸”しているかのように脈動し、彼らの進む先を不気味に染め上げていた。


 次回:壊れた守護者の祈り──眠り続けるゴーレムと少女
 予告:広間の隅――壊れた守護者は、今も少女を抱いていた。
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