【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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7章

第117話 壊れた守護者の祈り──眠り続けるゴーレムと少女

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 そして――一つの広間にたどり着いた。
 かつて作業場だったであろうその空間の隅で、沈黙した旧式ゴーレムが、まるで時を止めたかのようにうずくまっていた。

 片腕はバキッと折れ、脚部は崩落した岩にズシンと押し潰されている。金属の軋む痕跡が今なお残り、長い年月を耐えてきたことを物語っていた。

 だが――そのもう一方の腕は、崩れ落ちることなく掲げられていた。
 その中に抱え込まれていたのは、小さな骨の塊。冒険者装備の破片に包まれた、少女と思しき遺骸だった。

 周囲には、薄く光を帯びた保存結界の残滓が漂っている。
 結界は数年前に自動展開され、ゴーレムが庇うように起動した痕跡と重なっていた。
 ――最期の瞬間まで、誰かを守り抜こうとした証。

 リュークは思わず足を止め、喉に込み上げるものを噛み殺す。
 ひと呼吸置いて近づき、深く黙礼を捧げた。

 その隣で、ルミエルは静かに膝をつき、崩れかけた結界の痕跡に指先を伸ばす。
 わずかに残る魔素の膜が触れた瞬間、**ズズッ……**と震えるように反応した。

「……この結界、応急処理じゃない。“最優先保護”型の術式よ。
 ゴーレムの中枢に、誰かが直接コードを埋め込んでいた可能性がある……」

 その声には、怒りとも悲しみともつかぬ震えが滲んでいた。

 リュークは周囲へ視線を巡らせる。
 落ちた金属片、散乱する工具、壊れた魔導ライン――
 ひとつひとつに、確かにここで生きようとした人間たちの痕跡が残っていた。

「……こんな場所で、こんなふうに終わるなんて」

 ルミエルが小さく吐息をこぼした。
 その言葉は、広間に重く響き、結界の残り香と混じって消えていった。

 そのとき、シャドウファングがゆっくりと歩み寄り、少女の遺骸へ鼻先を近づけた。
 ひと息、**フッ……**と優しく吹きかける。
 まるで別れを告げるような仕草だった。

 その行動に、ルミエルはわずかに目を細め、焚き火に照らされたような柔らかな光を瞳に宿す。
 けれど、その表情は微笑みというより、切なさに寄り添った影のようだった。

「……この子、きっと……このゴーレムを“お父さん”って呼んでたのかもしれない」

 ぽつりと落とされた言葉に、空気がわずかに震えた。
 坑道の奥で滴る水音さえ、しばし止まったかのように静かになる。

 リュークは何も言わず、小さく頷いた。
 唇を結び、瞼の奥に過去の影を押し込むように。

 しばしの沈黙ののち、彼は鞄から古びたクロスを取り出す。
 布をそっと広げ、震える指先で少女の遺骸に掛けた。

 わずかに手がピクリと震えたのは、怒りか、悔しさか――
 あるいは、自分の奥底に封じられた“記憶の影”に触れたせいか。

「……俺たちにできるのは、ここで終わらせないことだ。
 記録に残す。意味を残す。――それが、せめてもの償いだ」

 その声は低く静かだったが、芯のある鋼のような響きを帯びていた。

 リュークは観測ノートを開き、丁寧な筆致で記す。
 地点F-3:保存結界の痕跡、旧式守護ゴーレム、少女遺骸と冒険者装備。

 そしてページの余白に、短く一言を書き添えた。
 ――命は、記憶と共に守られた。

 ルミエルもまた、結界の残滓から魔素の波形を慎重に抽出し、震える手で図式に起こしていく。

「……崩れても、ここに残った証は消えない」

 そう呟く声には、わずかな震えと誓いのような響きが混ざっていた。

 黒狼は静かにその場に腰を下ろし、目を閉じる。
 吐息が深く響き、ズゥ……ンと空間の静寂に溶けていく。

 坑道の闇の中、しばしの間、誰も動かず。
 ただ“祈り”だけが、三人の間に流れていた。

 ……そのときだった。
 坑道の闇に、**ギ……リッ……**と金属が擦れるような音が走る。
 ほんの一瞬、だが確かに響いた。

 ルミエルが眉をひそめ、鋭く視線を上げる。
 リュークもまた、その方向へと顔を向けた。

 壊れかけたゴーレムの胸部――
 少女を抱きかかえていたその腕が、わずかに震えたように見えた。

「……今、動いたか?」

 リュークの低い問いかけに、返るのは静寂だけ。
 ゴーレムはすぐに再び沈黙を取り戻し、ぴくりとも動かず、まるで永遠の眠りについた守護者のようだった。

「……気のせい、かもしれない。でも……魔素反応、まだ残ってる」

 ルミエルが検出装置を傾ける。
 針が微かに揺れ、空気の流れが――確かにゴーレムの中枢へと吸い込まれるように集束していた。

「完全に死んだわけじゃ……ないのか」

 リュークは静かに息を吐き、ゴーレムの胸部へ視線を落とす。
 錆と傷に覆われながらも、その表面にはかつて“守護”を意味するルーンが刻まれていた跡が、ほの暗く残っていた。

「……あの子を、最後まで守り続けていたんだな」

 言葉はかすれたが、そこには深い敬意が宿っていた。

 そのとき、シャドウファングが音もなく立ち上がり、ゆっくりとゴーレムの前へ歩み出る。
 黒狼の瞳が、ただ静かにゴーレムを見据える。

 まるで“同じもの”を見ているかのように――守る者同士の視線が交わった。

 そして、咆哮でも唸りでもない。
 ただ低く、短い、**グゥ……**という響きが喉奥から漏れた。

 それは、怒りでも警戒でもない。
 ――戦い抜いた者への敬礼のようだった。

「……お前も、戦ってきたんだな」

 リュークは小さく呟く。
 その眼差しには、敵味方の区別はなかった。
 ただ一つ、少女を守ろうと最後まで立ち続けた存在として――同じ“守護者”への共鳴が、確かに宿っていた。

「いつか……お前の声を、直接聞ける日が来るかもしれないな」

 リュークは低く、静かに呟いた。
 それは約束でもなく、希望とも断言できない。
 ただ“同じ守る者”としての敬意を込めた言葉だった。

 彼は背を向け、足音を抑えながら歩き出す。
 ルミエルも一拍遅れて後に続き、その横顔はどこか沈痛で、それでも前を向いていた。

 シャドウファングはしばらくその場に留まり、鋭い眼差しでゴーレムを見つめ続ける。
 そして、尾を一度だけ大きく振り、静かにその場を離れた。

 ――背後に残された沈黙の広間。
 その片隅、壊れた守護者の胸部。

 少女を抱いたまま眠るように動かぬその中枢に、**チ……チリ……**と微かな火花のような魔素光が走った。
 一度だけ、淡く灯る。
 次の瞬間には闇に溶け、何事もなかったかのように静けさが戻る。

 だが、確かに見えた――
 それはまるで、遠い未来に届くはずの“声”の予兆のようだった。


 次回:量子視覚の裂け目――毒霧の魔導獣と偽装された核
 予告:霧の奥――量子視覚だけが見抜く“本物の核”がある。
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