檻の中の蝶

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【第二章】蝶の羽ばたき

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昼休み、沙月がいつものように笑っていた。
 取り巻きの女子たちと共に、TikTokの撮影をしている。

 「ねえ、それちょっと盛りすぎじゃない? 顔!」

 「えー! 言うじゃーん!」

 彼女たちは仲良しに見える。
 でも私は知っている。
 沙月のスマホには、グループメッセージの「別室」がある。

 本当の仲間は、あの中にいない。

 私はその日、誰にも気づかれずに、仕掛けをひとつ流した。

 学校の掲示板に、匿名投稿。

「沙月って、あの英語教師と付き合ってるらしい。証拠のLINE見たことある」

 嘘ではない。
 私は、実際にそのLINEのスクショを持っていた。

 発信源が誰かなんて、問題じゃない。
 重要なのは、「誰が最初に信じるか」だ。

 1限が終わる。
 2限が終わる。
 そして3限の授業中──
 沙月の席が、静かに空になった。

 保健室へ行った、と担任が言った。
 だが私は、知っている。彼女は、スマホを手に、廊下の隅でうずくまっていた。

 LINEが炎上したのだ。
 「本当?」「マジ?」「やば」
 彼女の仲間たちが、無言で既読をつけていく。

 沙月は誰にも責められていない。
 でも、責められていないことが、もっと恐ろしい。

 私は机の下で、そっとファイルを開いた。

 Step 1──完了。
 Step 2:交友破壊──進行中。
 Step 3:精神崩壊──観察中。

 放課後、沙月が教室に戻ってきた。
 顔はむくみ、目が赤い。
 それでも彼女は、何事もなかったかのように席に着く。

 「ごめーん、ちょっと頭痛くて~」
 その声に、誰も返事をしない。

 ──沈黙という暴力。

 私はそれを、そっと見届ける。
 クラスという舞台で、一人が壊れる音がした。

 夜、自室で静かに次のトリガーを選ぶ。
 ターゲットは、中川慎。
 彼のスマホには、女子のスカートの下を盗撮した画像が複数ある。

 私は、彼のスマホにリモートでアクセスできる状態にしてある。
 仕込みは、2ヶ月前。
 誰もが笑っていたあの日、彼がカフェでフリーWi-Fiを使った瞬間──
 私は彼の端末を掌握した。

 証拠は十分。
 次の朝、教師の机の上に“封筒”を置く。

 私は殺していない。
 ただ──扉を開けているだけだ。

 彼ら自身の“本性”が、扉の向こうに待っている。

 自分の行為が自分を殺す。
 それだけの、当然の因果。

 私は静かに笑う。
 蝶の羽ばたきが、次々と嵐を巻き起こす。
 誰も、まだ「異常」に気づいていない。

 だが、すでにこの教室には死の構造が完成しつつある。

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