九人の天神

華林

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エムパトの仕事

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その日…エムパトは思い出した。こいつトロワは常人が考えないことを平気でやることを。

人の迷惑も考えないで、寝ているはずの私様目掛けて全身ダイブをするガキだということを。

「……ア…アァ」

「よーし!起きたな!じゃ、ピャーチの所行ってくるー!」

ダッダッダっと部屋から飛び出し、去っていくトロワ。
それを横目に、エムパトはベッドで潰れたまんまだった。

前回、トロワによって素っ裸のまんま潰された彼女は、不機嫌になりながらンナァが作り置きしてくれたサンドイッチと、テーブルに置いてある茶葉の入っているティーポットをカップに注いでから着替え始めた。

「んな!?」
「んげふっ」

そこに、黒焦げになったぐるぐる眼鏡の男『ラッフレドーレ』を担架で運んでいた魔術魔法薬研究開発局の男性一人と女性一人が扉の開いた部屋の外から、エムパトの裸体を見ていた。

裸体にみとれていたせいでラッフレドーレを地面に落としたのは言うまでもない。

「……はぁ…二人とも、そこの男を連れて部屋に入りなさい」

「え!?で、ですが」

「私様は今機嫌が悪いの…早く入れ」

「ひっ!は、はい!」

そして、部屋に入った瞬間。男は三人が部屋に入ったのを確認してから、扉を閉め、エムパトの後ろで四つん這いになり、女はティーカップに入っている紅茶をエムパトの持っているカップに注いだ。

ラッフレドーレは寝ていた。

「いいかしら、貴方達は先程見たものは全て忘れなさい」

「「はい、女王様」」

エムパトは、四つん這いになった男の上に座り、紅茶を啜り始めた。

「…確か、紅茶って使っている水の浸透圧の影響で渋くなる…と聞いてたけど本当かしら…」

「本当ですぞ」

雑に爆発し雑に寝かされていたラッフレドーレが起き上がった。

下唇を噛み、血を流しながら、気だるそうに起き上がったのだ。

「あら、起きたの…。確か、あのの下っ端さんよね。私のスキルはから聞いたのかしら?」

「えぇ…セイ様から…き、聞かされましてな…対処法しってても辛いですな…そのスキル…」

そして、ラッフレドーレはまたうつ伏せに倒れ、寝息をたてながら深い眠りについたのだった。

「あの鹿は…ホイホイホイホイ私様のスキル喋ってんじゃないわよ」

そう、魔術魔法薬研究開発局の男女や、今やぐっすり眠っているラッフレドーレが受けたのは、スキルの中で強い方と言われている催眠さいみんと言われるスキルだ。

エムパトの身体から生成される無味無臭の鱗粉を相手に吸わせることで発動できるスキルで、ほかのスキルに比べ対処法が限られているスキルなので割と使い勝手の良い強スキルとなっている。

しかも、エムパトに近づけば近づくほどそのスキルの支配力は強まっていき、なんなら命令をしないで、念じるだけで相手の身体を操ったり、密室状態の部屋でその鱗粉をばらまけば初見殺しの罠にもなるので、弱点がほぼほぼ無い。

主な弱点と言えば、唯一無二のスキルの中で状態異常系で最強の完全弱体無効化かんぜんじゃくたいむこうかのスキルか、『聖職者』の覚える状態異常回復じょうたいいじょうかいふくor状態異常無効化じょうたいいじょうむこうか。自信に痛みを与えるかなどがある。

だが、最後の【痛みを与える】方法だと、一時的とは言え解除はできるが、また新たに鱗粉を吸ってしまうと催眠の支配下になるし

近くで大量に鱗粉を吸ってしまうと、エムパトが解除するまでは長時間の間、どのような痛みをくらっても解除されることは無いのであまりオススメの出来ない方法なのだ。

「……ご馳走様でした…。ほら、いつまで寝てるの。私様の服を取ってちょうだい」

「はい、女王様」

手を二回叩き、エムパトはラッフレドーレを起こして自身のいつも着ている踊り子の服を来て、部屋を後にした。

「…あれ、俺はどうして四つん這いになってるんだ?」

「わ、私も…なんでティーカップを?」

「…はて、何故全身痛いんでしょうか」

部屋に残された三人は自身の状況をよく理解できないまんま、魔術魔法薬研究開発局に戻って行った。

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『城下町・南商店街』

「パトちゃ~ん。美味しいお魚入ったんだけど持ってくか~い?」

「パトちゃん!こっちも今日から新商品開発始めたんでぃ、味見してってくれ!」

「エムパトお姉ちゃん!お花あげるー!」

「あら、ヨモギさん、キサジさん、コミチちゃん。ありがとうございます」

ここは、国の中心にある城から、まっすぐ港のある南に進んで行った商店街。

民からは、南商店街みなみしょうてんがいと呼ばれている場所であり、主に鮮魚店や輸入した家具、それから船の修理場など店が多く軒を連ねている。

「おば様、このお魚はなんて言うんですか?」

「これはね、キチジって言うお魚でね、この時期によく取れるお魚なんだよ」

キチジとは、北海道のオホーツク海がわで取れるらしい、今や漁獲量の減った高価になっている魚だ。

肉質が柔らかめで脂肪が多いため非常に美味しいのだとか…(北海道お魚図鑑より…)

(違うわおば様。キチジの旬は冬なの、この時期に取れたってことは余り物魚なの、一年中取れるにしたってこの時期他にとる魚が居るのに取れるってことは網に引っかかったやつなのというか誰よこれ鮮魚店に持ってかないやつ!決まりは守りなさい決まりは!!!)

「これ、うちの新商品のの油消し刺し!物に含まれる油だけを取ると言われている油消石ゆしょうせきの入った水に丸一日漬け込んだからバラムツの油は綺麗さっぱり取れてるんだ!!」

「…本当に油が全くない」

油消石ゆしょうせきとは、石の中では軽く、構造的にはスポンジ状になっているらしく、油の上に乗せるとその油を全て綺麗に吸い、他の液体は一切吸わず、そして決して吸った油を逃がさないので

着火材としてランプの中などに使われている、通称と呼ばれている石である。

(いや、本当に油が無さすぎて口の中パサパサしているし身が小さいし、これ好んで食べる人いるの?って感じの味だし。いいじゃないもう殆どの人がバラムツ=食べられないってなってるんだから諦めなさいないや確かに美味しいけどデメリット多すぎなのよね…。というか、おじ様はバラムツが本当に好きね)

「これねー!お母さんと一緒に取ったのー!」

「まぁ、綺麗なお花ね、なんて名前なの?」

「知らなーーい!」

女の子が渡してきた花はユウゲショウと呼ばれる、人気の少ない芝生などでも見られる小さな紫色の花である。

(知らないんかーーい。いえ、ダメよエムパト。皆から愛され慕われ褒められ頼れられる存在である私様がツッコンだら威厳も何も無くなっちゃうわ)

キャーー!ワーーー!!

突然、エムパトの正面。つまり、南商店街の漁港から人の悲鳴が聞こえてきた。

エムパトは、すぐに走り、その現場へと向かった。

そこには、小型の船から数々の大砲と武器を持った男や女達の姿が見えた。

「この国の王を連れてこーーーーい!!!!!」

その声と共に、船に乗っかっている大砲が辺りの漁船を破壊した。

そして、その船首に乗っかっているは、大きな斧を構えた大柄の男が乗っかっていた。

そう、この男達は所謂と呼ばれる類のもの達だった。

「…そこの…お前、何が目的だ」

「うっひょー!いろっぺぇネェちゃんだ!お頭!アイツ人質にしましょう!」

こっちに怪我人がいるぞー!こっちは船の破片が刺さってる!先にいかせてくれ!うわぁぁん!!!なんなんだアイツらは!王国守護者兵団はいま何してる!誰か情報を国全体に広げろ!

海賊の登場。漁船の破壊。怪我人多数。逃げ惑う人々。数々の混乱により、正常な判断が出来なくなっている人々を前にして、冷静な判断が出来る者はまずいないであろう。

ただ一人を除いて。

魅了の舞パソーナ・ムナリ

その時、一人の女性。この王国の守護神と呼ばれる『九天神の一角』であり、『舞踊者』LvMAXである『エムパト』が、先程の大砲に巻き込まれ、半壊した家の上で躍った。

その踊りは、逃げ惑う人々だけでなく、今襲撃してきた海賊すらも魅了し、動きを止めさせる。

後に、この踊りを見た人に聞いてみると、その踊りこそまさにと言っても過言では無い。と言っていたのだ。

「……ふぅ。皆様、落ち着いて王国の避難訓練を思い出し、対処しなさい。指示役はキサジさんに任せます!」

「おう!パトちゃん!どーんと任せとけ!」

「怪我人はヨモギさんの待っている筈の国民館まで連れて行きなさい!」

「ヨモギさんって誰だ!」「確か元クリヌゥス城の医務室担当だった人だ!」

「では皆様、行きなさい!」

「「「はい!!!女王様!!!!」」」

慌てふためく国民達を落ち着かせ、指示を出した後、エムパトは地面を蹴り、港中央にいる小型海賊船へと乗り込んだ。

「なっ!五十mは離れてたはずだぞ!」

「…今すぐここから出てけとは言わないわ…共…だけど、後悔させてやる」

小型海賊船の甲板に降り立ったエムパトは、海賊複数人を睨みつける。

「はっ!女一人に何が出来るってんだ!野郎共!やっちまえ!!」

船首に立っている男の掛け声と共に、海賊が数々の武器で四方八方から攻めてくる。

が、それをエムパトは避けようとはせず、両手を頭の上に持っていき、足をくねらせ、になった。

呪いの舞ドゥクン・ムナリ

それを舞うエムパトはまさに妖艶だった。

男達の剣や斧の攻撃を軽々交わし、女達の槍や弓矢などを敵に当たるように引き付け交わした。

規則性の無い、様々な踊りから取った足運びステップを駆使し、全ての攻撃を交わし続けた。

(……この様子だと、マトモに舞踊者と戦った事の無い素人ね…けど)

海賊の一撃バイキング・スマッシュ!!」

甲板を破壊する程のその一撃を繰り出したのは、海賊の船長と思わしき男だった。

甲板を破壊した衝撃で、乗組員の何人かも船から落とされた。

「仲間もいるのに、酷いことするのね」

「へっ!この程度でやられるような仲間じゃねーんだよ!!!海賊の一撃バイキング・スマッシュ!」

「ふーん…。にも安っぽい絆はあるものね…回避の舞ポッキーラーヴァン・ムナリ

甲板や壁を破壊しながら、男はエムパトに巨大な斧を振りかざしていく。

だが、それをエムパトはまた自身の身体能力と反射速度をあげる回避の舞ポッキーラーヴァン・ムナリを踊り、全ての攻撃を避けていく。

「ねぇ、貴方達。大人しく国に捕まらない?そしたら全員殺さないであげる」

「ほざけ!こちとらの為に命張ってんだよ!!撃てぇ!!」

「な、止めなさい!」

海賊達の大砲がまた、港を壊していく。エムパトの目からは怪我人の姿は見えなかったが、港は半壊し、家や漁船がボロボロと崩れ落ちるのが見えた。

そして、エムパトは船首で止まり、一つの決断をした。

「これで逃げ場はねぇ!ぶっ殺してやる!!!」

「止まれ」

「ガッ…な、なん…だ」

エムパトは男に指を指し、命令する。

男は訳もわからず、斧を振り下ろす手前で身体が硬直し動けなくなってしまった。

「周りをよく見てご覧なさい

「か、身体が勝手に…な、なにぃ!?」

男が、エムパトの命令に従い、壊れた船の上を見てみると、そこには異様な光景が広がっていた。

仲間同士のが始まっていたからだ。

船から落ちた者は甲板に上がり、持っている武器で味方の首を切り落としたり、拷問を始めたり、火達磨にしたり、自殺したり、頭を撃ち抜き四肢を切り落とし串刺しにし殴打され犯し犯され細切れにされ。

そして、乗組員の全てがそれを笑いながら行っていた。

「や、やめろォ!お前らやめろぉ!!貴様ぁ!あいつらに、家族に何しやがった!!」

「私はただ念じただけよ?殺し合えって。可哀想ね、あんなに近くで吸っちゃったもの…死ぬまで催眠からは逃れられないわね」

「さいみ…貴様ぁ!九天神のエムパトかグッ!」

その時、男の股が蹴りあげられ、声にならない痛みが男を襲うのだが、固まったまま動けない男は倒れることも抑える事も出来ずに、仲間の殺し合いを見せつけられた。

そんな中、男は涙を流しながらも一つの疑問が浮かんだ。

「な、なん、なゅで首切られたやつが動いてんだよ!!!」

「あら…この状況でよく気付いたわね」

そう、最初に行った舞は『舞踊者』Lv98で覚えられる呪いの舞ドゥクン・ムナリで、死者を蘇らせ、自分の配下にするまさに呪いの舞なのだ。

「仲間を…家族を弄ぶなぁ!!!」

「ッーーー!!五月蝿い!!!!」

エムパトは、男の膝に蹴りを入れ、男を膝立ちにさせる。

「…ふぅ…さて、じゃあ終わりにしましょうかね」

「やめろ…謝るから…二度とこんな事しないと誓うからやめてくれ…」

「…本当に?」

「あぁ、本当だ…だからアイツらに聖職者の魔法で!」

男は泣きながら、エムパトに懇願する。

エムパトは、そんな男を見ながら、男を縛り付ける催眠を解除し、殺し合いを続ける乗組員の方に歩いていった。

「ッー!お前らの仇は俺が」

「座れ」

男は、エムパトの背後を取り、斧で殺そうとするが、エムパトの催眠の支配下からは逃れられていなかった。

そして、強制的に座らせられた男の方に歩いて行き、悲しそうな目で、男に言った。

「……狙う国を間違えたわね…。お前ら、このを殺しなさい」

グリンッと乗組員全ての顔が船長である男の方に向けられた。

女の首が転がり男の足元に来る。下半身の無い者や自殺した者、拷問された者も男の元に寄ってきた。

「お前ら…すまねぇ、こんな…こんな仇も取れねぇ頭ですまn」

「セ…ン……チョ」

足元の首にある女の首が、涙を流しながらそのように言った。

他の乗組員も涙を流していた。殺りたくない、死にたくないと…。男に縋るように泣いていた。

「あぁ…あぁあぁあぁああぁあぁああぁあぁあぁあぁああぁあぁああぁ!!!!!!!!!」

全ての死体が男を刻み突き噛み付きながら、乗組員の殆どがそこで命をたった。

「……地獄で待ってなさい。私様が死んだら…全ての報いを受けるわ」

そうしてエムパトは、生き残らせた一人の女と男を抱え、船を後にしたのだった。

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『半壊した港』

エムパトが降り立つと、目の前には『王国守護者兵団副団長』の『ブクリエ』と仕事に行った筈の『ンナァ』が立っていた。

「エムパト!!!無事だったか?怪我は?ちゃんと無傷なんだろうな!」

「えぇ、ンナァ。心配かけたわ」

ンナァは、疲れきったエムパトを抱きしめ、涙を流していた。

「エムパトよ、何か情報は得られたか?」

「少なくとも、彼らのバックに何者かがいる事くらいしか分からなかったわ。後はコイツらにでも情報を吐かせて頂戴」

そういうと、エムパトは抱えている二人をブクリエに渡し、城の方に向かった。

「エムパト、何処に」
「ブクリエさん…今は…」

ブクリエがエムパトの向かう先を聞こうとした瞬間、ンナァがそれを遮り、一人エムパトを城へと向かわせたのだった。

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『城内の中庭』

エムパトは、城に帰ると中庭で一人黙々と踊っていた。汗をかきながら、一心不乱に、ただそのを延々と踊っていたのだ。

「…鎮魂の舞レクイスケェンス・ムナリ…だったけか」

「………」

「その状況下でも人を馬鹿にする発言出来るお前の肝座りすぎじゃね?」

そこに、フードを被りタオルケットを持って現れたのは、先程まで魔術魔法薬研究開発局で研究していた筈の『セイ』だった。

「確か、舞踊者の誰もが覚えている技で、死んだ者を天国に導くと言われているんだっけ?」

「えぇ…そうよ。はまた、脱走したの?」

「あぁ、流石にもう限界だったからね。ブラックもいいところだよ」

そう言いながら、舞っているエムパトの近くに座り、その舞う姿をセイは眺めていた。

「…今日は何人殺したの?」

「全部で十七人よ」

「…そうか」

舞っているウチに、エムパトの目から涙がこぼれた。

目の前が霞、足がもつれそうになってもエムパトは舞うのを止めなかった。

「…仲間を思いあっていた…海賊に見えない海賊だったわ」

「聞いた話によると、バックに何かいるんだってな」

「えぇ、しかもあのだと、特攻隊としての命令でもされたんだと思うわ…」

「陽動、囮で使われた雇われか国の兵士か…」

「……ねぇ、。私、悔しいの」

舞を止め、エムパトはセイの方を向く。

その顔は涙を流し、苦悶に満ちた顔をしていたのだった。

セイの方に近付き、エムパトはセイの胸へと顔を埋め、それをセイは受け止めながら仰向けに寝た。

「殺したのは私よ…でも、殺す以外の方法なんて無かった」

「…分かってる」

「あれ以外の方法で被害を最小限に抑える事なんて出来なかった!」

「あぁ、そうだな」

「ウゥ…グスッ…うわぁあぁぁぁ!!ぁああぁあぁあああ!!!!!!!」

セイの胸の中で泣いているエムパトに、そっと持ってきたタオルケットをエムパトにかけ、抱き締めた。

「ほらほら、イチの事が好きなんだろ?こんな男の前で泣いてたらイチに笑われちまうぞ?」

「うぅぅ、うるざい…あんただから別に…グス…良いのよ…」

「…さいですか」

『数時間後』

泣き疲れたのか、エムパトはそのままセイに、もたれかかったまんま寝てしまい、セイはそのエムパトを抱え、エムパトの自室へと運んだ。

「…全く。俺の部下に催眠かけたこと…チャラにしてやんねーからな」

そう言いながら、セイはエムパトをベッドに寝かせ、エムパトの部屋の扉を閉めるのだった。









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