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ピャーチの一日
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エムパトが、海賊の攻撃から民を守った次の日の早朝。とある所で事件は起こった。
それは、セント・クリヌゥス王国の隣にある、数年に渡り戦争的圧力をかけている国、アンフェール帝国でだった。
このアルス大陸で、最も古い歴史を誇る国であり、総人口や領土も他と比べ大きく、一人一人が強く逞しい国というのがモットーの帝国である。
「曲者だー!!!曲者だーーー!!!」
そんなアンフェール帝国の端にある、この国にて政治や守護者などを主に取り扱っている男の所有する、小さな城内部にて、早朝三時というはやい時間にも関わらず、警備兵達が慌てながら走り回っていた。
「ついに来たのか!奴グハッ!?」
そこに寝泊まりしていた城主が、慌てて飛び起き、兵士に確認しようとしたその時。その城主は、頭を撃ち抜かれ、息を引き取った。
そして、その城主の小さな頭を撃ち抜いた張本人こそ、今回のお話の中心。
『狙撃者』LvMAXであり、九天神の一角でもある狙撃部隊団長である『ピャーチ』だった。
「…ふぅ…」
不安定な木の上からの狙撃により、ピャーチの身体には疲労が溜まっていた。
「…ピャーチ様、死亡確認できました」
「分かった。じゃあ帰ろう」
そんな時、ピャーチの登っている木の下から、女性の声が聞こえた。
フードを深く被り、両腕には包帯が巻かれている彼女は、狙撃部隊には所属しておらず、チウの酪農住民課にて囚人の監視官として働いている『武闘家』Lv63の『ホウサイ』だった。
ピャーチは、登っていた木から降りて、ホウサイの隣を歩いた。
「目当ての物はあった?」
「流石彼の情報通り、すんなり盗めましたよ」
トントンと、二十枚くらいある紙の束をピャーチに見せるように叩いた。
「流石だね、じゃあさっさと帰ろっか」
「了解です。あ~、帰って我が子の顔が見たいー」
そんな、値もない話をしながら、二人は家族や仲間の待っている、セント・クリヌゥス王国へて帰って行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『セント・クリヌゥス王国東門』
セント・クリヌゥス王国の門は全て合わせて五つとなっている。
北にある、山から降りてくる魔物に備えた守備力と警備力を目的とした王国守護者兵団魔物本部へと続く門『セント・クリヌゥス王国北門』
東にある、工業地帯が多く存在している区画であり、あまり使われることの無い門『セント・クリヌゥス王国東門』
西にある、多くの動物たちが放牧されており、その広さは東京ドームの半分くらいの大きさと言ったら分かりやすいかもしれない。
いや、分かりずらいな
一種の観光名所として、国民から親しまれている場所『マツノ平原』のある門『セント・クリヌゥス王国西門』
南にある、この国唯一の川から下っていくタイプの港であり、海から登ってくる時はどうしているのか、と秘密しかない門『セント・クリヌゥス王国南門』
そして、その南西にある港から出る門では無く、ちゃんと陸から出れるようになっている門『セント・クリヌゥス王国南西門』
これらが、セント・クリヌゥス王国を守り、国民を支える重要な門となっている。
そして、その門の一つ。『セント・クリヌゥス王国東門』が開門した。
「ピャーチ様とホウサイ様が帰られたぞー!門を開けよー!」
「ほんと、騎乗者の一人でも連れてくれば良かった」
「騎乗者じゃないと馬にも乗れませんものね。簡単そうなのに」
いや、聞いた限りだと目線高いし安定しないし怖いし腰痛なるし難しいよ?
いや、聞いた限りだから、実際体験したわけじゃないから。
疲れた顔をして帰ってきたピャーチと、そのピャーチを抱えながらスタスタと、ホウサイが帰ってきたのだ。
「ホーウサーイさーん!ピャーチ様ーー!!」
「ビェールィー!!」
「ゥグッ!?」
門が開いた瞬間、一人の男が女の子を抱き抱えながら、こちらに向かって走ってきた。
そして、その男を見た瞬間、ホウサイは抱えていたピャーチを投げ飛ばし、男の方…『狙撃者』Lv75であり、狙撃部隊副団長を務めている『ビェールィ』の方へと走って行った。
そう、この二人、五年前に結婚して既に女の子一人を出産している夫婦なのだ。
「まーまー!」
「あぁぁ!ただいまオレンジ!ビェールィもただいま」
「無事に帰ってきてくれて良かった…本当に良がっだ」
ホウサイの帰還に涙を流すビェールィ。
その腕の中にいる女の子『オレンジ』は母の方に乗り移り、キャッキャと笑っていた。因みに、最近『まーまー』と『びーりー』を覚えたばかりの一歳と三ヶ月の女の子なのだ。
「…ちょ、あの…ごめん。仲睦まじいことこの上ないんだけど、本当にごめん」
「あー!そうそう!ピャーチ様もおかえ…あ」
満を持してか、何なのか知らないが、ようやく声を発したピャーチの方に三人で振り返ると、そこにはぐったりと倒れ、腰に手を当てているピャーチの姿があった。
「動けない…助けて」
「ピャ、ピャーチ様ァ!」
そして、その姿を見たホウサイは、我が子をビェールィに預け、ピャーチを抱えてクリヌゥス城内部にある医務室へと走った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『クリヌゥス城医務室』
「いや、確かにここは普段は使われてませんけど、来る途中に小病院あったのに何でそこに入らないんですか」
「…あ、慌ててて…つい」
「つい、で王国の端から中心のここまで来る人いませんよ!!」
ここは、クリヌゥス城の内部にある、城関係者専用の医務室であり、知る人ぞ知るサボり場の『クリヌゥス城医務室』である。
現在この部屋には、眼鏡をかけ、手にはピャーチのカルテを持った看護服の女性。
『聖職者』Lv83であり、『女性医務室長』の『オウレン』と
普段は風邪などのウイルスを死滅させる魔法薬を制作している、女性でありながら190という高身長をほこる
『魔術師』Lv40の『アロエ』がいるのだが、この二人の他に六人の担当がこの医務室で働いている。
因みに、さっきからホウサイに説教をしているのは、オウレンの方である。
「いや、でも私達武闘家の足の速さなら転移ポートまで一時間だし…」
「その一時間の間にピャーチさんの腰に大分負担がかかりまくってるんです!!いくら近接戦闘のできる狙撃者だからって体力無いんですから無理させないでください!!」
転移ポートとは、この国で色々な場所に転移する為の移動空間であり、移動するのに体力を使わず、数時間かかる所を数分で移動できる工業地帯が開発した発明なのである。
ピャーチを連れてきたホウサイは、床で正座させられ、ピャーチは、成人男性の平均サイズの大きさをしている犬のぬいぐるみを抱えながら、右を向いて寝ていた。
「全くもう…次からはちゃんと近くの病院に連れて行ってくださいね」
「…すみませんでした」
「オウレン先生、魔法薬の調合出来ました」
「じゃあそれを腰の痛む部分と、ついでに足に塗ってあげて。どうせ、移動方法なんて転移石の加工弾なんでしょ?ピャーチさん」
「……当たりです」
転移石とは、このアルス大陸の中心にある霧ヶ峰で採取することの出来る、石を原料として作られた魔法道具であり、転移ポートでもその性質を利用している。
使用方法はマイク〇のエ〇パと同じで、その石を投げ、投げた場所に投げた本人が移動出来るという、移動方法が馬か馬車か歩きか車の四択しかないこの世界には、かなり便利な移動方法なのだがデメリットも当然あり
投げた所から、移動した場所までの負担が長ければ長いほど使用者の負担が増えていくのだ。(Y=X+1)を想像してもらったら分かりやすいかもしれない。
「いくらステータスが高いからって、そんな移動してたら真面目に死にますからね!」
「塗りますよ~」
「いででで…分かった、気を付ける…ッーー!」
「全く、イチ様に報告しに行ってきますから、アロエはそのまま」
「その必要は無いよ」
ガラガラっと、医務室の扉が開いた。そこには、にっこりスマイルをしていながらも、クマが出来て今にも倒れるのではと思わせる程、気力の失った、オレンジを抱える『イチ』と
はぁ…はぁ…と、息を切らしながら一緒に入ってきたビェールィの姿があった。
「ちょ、イチ様!貴方まさかまた無理したんですか!?ほら、オレンジちゃんは預かりますから横になってください」
「ん?あはは、いいのかい?じゃあお言葉に甘え…グー…グー」
「寝るのはっや!?」
オウレンは、眠っているオレンジを預かり、イチをピャーチが寝ている隣のベッドに誘導し横にした瞬間、イビキをしながら深い眠りについたのだった。
「ほら、お母さんなんだからオレンジちゃん抱えてください」
「無理です。足が痺れた」
「…はぁ」
息を切らし、ちょっと喋っている余裕が無いビェールィ。
塗り薬が触れた時の痛みに悶えているピャーチ。
その表情を少し楽しんでいるアロエ。
足が痺れて動けなくなっているホウサイ。
腕の中では、オレンジがすやすやと寝息を立てながら眠っており
ベッドの中では、疲れ果てたイチがイビキをしながら眠っていた。
「ここは地獄か?」
「いいえ、魔術魔法薬研究開発局の方が地獄だったわよ」
「あっ、セプテム様」
そこに、また入ってきたのは、イチの秘書官であり『侍』LvMAXである、『大和』の女王『セプテム』だった。
「さっきイチ様と部屋の前を通ったけど、また爆発してましたわ」
「……あっそこは…」
「ピャーチ。例の物は手に入れましたか?」
「ンッ…ホ、ホウサイが…ッ、持ってルッ!」
「も~動かないで下さいよピャーチ様~」
「アロエ、ピャーチさんで遊ばないで。一応一ヶ月はお仕事できない身体になってるんだから」
全く、と言わんばかりにピャーチとアロエを見るオウレン。
そして、その傍らセプテムはホウサイから紙の束を受け取っていた。
「ん?セプテム様、その紙の束はなんですか?」
「ごめんなさい、機密情報だから教えられないわ」
「は、はぁ。分かりました」
「セプテム。エムパトの様子はどうだ?」
そう、ピャーチは話しかける。
セイに抱き締められながら泣いている姿を城関係者が偶然見たらしく、それをエムパトに伝えたら
【恥ずかし+あんな奴に抱き着いてしまった=死にたい】
との事で、現在仕事をほっぽり出して部屋で縮こまっているのだとか。
「えぇ、今ヨモギさんがいらしてエムパトの話を聞いているそうですよ」
「そうか…ま、でも変に引きづらなくて良かった」
「さ、薬も塗り終わりましたし、もう自由にして大丈夫ですよ。そのタイプの腰痛だと逆に動いてないと治りが遅いので、激しい運動以外は普段通り生活してください。もし駄目そうなら、その日の担当医に仰ってくれたら介護しに行きますから、何時でも仰ってくださいね」
薬を塗り終わったアロエをどかし、カルテに痛みの原因やどう対処したのかなどを記載してから、飲むタイプの薬を【一日二本 朝夕 飯後 六日間計一ダース】渡してきた。
「はぁ、相変わらず一本がデカイな。これ、やっぱり不味いんだろ?」
「そりゃあ、薬苦しって言葉あるくらいですし、薬なんて全部苦いですよ」
「ほんと、せめて飲みやすくしてくれればいいんですけどねー」
「もー、そんな事言うビェールィさんには口封じでも飲ませましょうか?」
ゴゴゴゴ、という音がオウレンの背中側に可視化して見える。
この世界の病気は、大体は魔法薬で治るようになっている。臓器の病気、脳の病気、目の病気など、魔法薬が行き届けられる部分はほぼほぼ完治できる。
出来ない例だと、産まれたばかりの子供が何かしらの病を持って産まれた時は、魔法への耐性が無い『魔術師』や『聖職者』以外の赤ちゃんへの魔法薬投与はリスクの方がデカいので禁止となっているし
病気以外の、骨折や切断系統だと、完全に治すことは不可能とされている。
殆どの病気は完治出来るが、こちらのようにその魔法薬は錠剤飲み薬みたいにコンパクトには出来ない為、飲むのにも時間がかかる。
何かとデメリットもある万能薬なのだ。
「あ、そうだ。この後呑みに行く予定なんだけど、誰か一緒に行く?」
「あ、なら俺行きたいです!チウ様の所ですよね?オレンジもまた会わせたいですし!着いていきます!」
「ビェールィが行くみたいだから、私達も参加します」
「イチ様…イチ様…私達はどうします?」
「ん……いぃくぅ」
「ならアロエ、私達も行きますよ。どうせ酔いつぶれる人が出るんだから」
「はい!わかりました!あ、ピャーチ様は足にも負担がかかってるので、車椅子に乗ってください」
ということで、ピャーチはその痛む身体を起こし、車椅子に座ってから、寝ているイチを起こし、医務室にいる全員と共にクリヌゥス城前へと向かった。
そういえば、先程この世界の移動手段に車が入っていたのを覚えているだろうか。
きっとそれを見た人は
「じゃあ車で移動しろよ」
と、思うかもしれない。というか、私なら思っている。
が、こちらの世界の四角い鉄の箱の車はこの世界にはまだ殆ど出回ってはおらず、それに乗っているのは国のトップ位なものだ。
では、こちらの世界で言う車とは
「さ、皆乗って。行先はバー カマ男だね」
無駄にデカく、無駄に広く、無駄に重い。この世界とはどちらかと言えば不釣り合いしており、現実世界でそれは、観光目的等で使われる車。
そう、バスの事だった。
因みに、このバスは中が二十五人乗りの小型バス(国土〇通省曰く)になっている。
「でも、ピャーチ様ー。なんでこの車にも騎乗者じゃないと乗れない鉄則があるんですかねー」
「ビェールィさんも見てたと思いますが、実際作った製造者の方も操縦席に乗れなかったじゃないですか」
何がダメなのやら。と、ピャーチに質問をぶつけるビェールィに、セプテムがそう答えた。
一話でも『ツー』が戦車戦車物凄い戦車に乗ってたと思うが、あれは単純に『製造者』のツーが無理矢理乗ったことにより、不思議な力が拒否反応をおこしたから暴走していたのだ。
「では、しゅっぱーつ!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『バー カマ男』
静かな夜に、落ち着かせるような音楽。
そう、まさしくここは、疲れきった仕事人達の楽園でありオアシス
そんな楽園を経営している者こそ、『武闘家』LvMAXであり、九天神の一角でもある『バー カマ男』の店主『チウ』である。
今日もそんなチウの店に悩める仕事n
「呑め呑めーーー!!!アハハハハハハハハハ!!!!!」
「あ、その唐揚げ取ってー」
「もう!呑みすぎですよイチ様」
「はい、オレンジ。あーん」
「うっるっさいわよ!!あんた達!!!」
拭いているグラスを握り割り、一時間前に来た騒がしくしている七人を叱りつけた。
「えぇーー!いいじゃんチウ様ーー…えへへえへへへ」
「そうだよチウさーん。呑もうよー!」
「あ、ダメね。ビェールィちゃんもいっちゃんも完全に出来上がってるわ」
そこに、バタバタと慌てて登場したのは、水の入ったコップと、揚げ物系の乗ったお皿を持ってきたニョーナイだった。
「こちら、お冷とパーティーセットになるっすー!」
「ほら、オレンジ~。ニョーナイお姉ちゃんが来たよー」
「あ!オレンジちゃ~ん!今日も可愛いっすね~」
持ってきたものをテーブルの上に置いて、ニョーナイはオレンジを抱き抱えながらデレデレになってしまった。
「…はぁ。オウレンちゃんもセプテムちゃんもホウサイちゃんも、なんで止めなかったの」
「なんか、既にアロエが寝ちゃって。そっちの快方に」
「ごめんなさいの一言しかでません」
「いや、娘自慢がしたくて…つい」
オウレンは、チビチビと目の前にあるお酒を飲みながら、寝ているアロエに膝枕をしてあげながら、そのアロエの頭を撫で
セプテムもセプテムで、イチに水を飲ませようとしており
ホウサイは、ニョーナイに娘を自慢したくてうずうずしてた。
「もう、貸切にしたから良かったけど…。んー?」
チウは呆れながら元に戻ろうとすると、視界の端に、割とレアな顔をしているピャーチの姿があった。
「あら?貴方もそんなに酔いやすかったのかしら」
「…チウさん。いや、何だか幸せだなって」
団体から少し離れて、薬を飲んでいるピャーチに、チウは話しかけながら隣に座った。
「……私達が九天神になった時は…大変だったものね」
「いっぱい殺したし。いっぱい死んだし。ほんと、この幸せが嘘のようだよ」
「でも、昨日の海賊といい。やっぱり動きはあるようね。アンフェール帝国」
「あぁ。この国の平和を守る為に。頑張りましょうね、チウさん」
「えぇ、頼りにしてるわ。ピャーチちゃん」
そうして、その日の夜は、全員店の中で潰れ、次の日の朝になるまで、誰も起きなかったのだとか。
それは、セント・クリヌゥス王国の隣にある、数年に渡り戦争的圧力をかけている国、アンフェール帝国でだった。
このアルス大陸で、最も古い歴史を誇る国であり、総人口や領土も他と比べ大きく、一人一人が強く逞しい国というのがモットーの帝国である。
「曲者だー!!!曲者だーーー!!!」
そんなアンフェール帝国の端にある、この国にて政治や守護者などを主に取り扱っている男の所有する、小さな城内部にて、早朝三時というはやい時間にも関わらず、警備兵達が慌てながら走り回っていた。
「ついに来たのか!奴グハッ!?」
そこに寝泊まりしていた城主が、慌てて飛び起き、兵士に確認しようとしたその時。その城主は、頭を撃ち抜かれ、息を引き取った。
そして、その城主の小さな頭を撃ち抜いた張本人こそ、今回のお話の中心。
『狙撃者』LvMAXであり、九天神の一角でもある狙撃部隊団長である『ピャーチ』だった。
「…ふぅ…」
不安定な木の上からの狙撃により、ピャーチの身体には疲労が溜まっていた。
「…ピャーチ様、死亡確認できました」
「分かった。じゃあ帰ろう」
そんな時、ピャーチの登っている木の下から、女性の声が聞こえた。
フードを深く被り、両腕には包帯が巻かれている彼女は、狙撃部隊には所属しておらず、チウの酪農住民課にて囚人の監視官として働いている『武闘家』Lv63の『ホウサイ』だった。
ピャーチは、登っていた木から降りて、ホウサイの隣を歩いた。
「目当ての物はあった?」
「流石彼の情報通り、すんなり盗めましたよ」
トントンと、二十枚くらいある紙の束をピャーチに見せるように叩いた。
「流石だね、じゃあさっさと帰ろっか」
「了解です。あ~、帰って我が子の顔が見たいー」
そんな、値もない話をしながら、二人は家族や仲間の待っている、セント・クリヌゥス王国へて帰って行った。
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『セント・クリヌゥス王国東門』
セント・クリヌゥス王国の門は全て合わせて五つとなっている。
北にある、山から降りてくる魔物に備えた守備力と警備力を目的とした王国守護者兵団魔物本部へと続く門『セント・クリヌゥス王国北門』
東にある、工業地帯が多く存在している区画であり、あまり使われることの無い門『セント・クリヌゥス王国東門』
西にある、多くの動物たちが放牧されており、その広さは東京ドームの半分くらいの大きさと言ったら分かりやすいかもしれない。
いや、分かりずらいな
一種の観光名所として、国民から親しまれている場所『マツノ平原』のある門『セント・クリヌゥス王国西門』
南にある、この国唯一の川から下っていくタイプの港であり、海から登ってくる時はどうしているのか、と秘密しかない門『セント・クリヌゥス王国南門』
そして、その南西にある港から出る門では無く、ちゃんと陸から出れるようになっている門『セント・クリヌゥス王国南西門』
これらが、セント・クリヌゥス王国を守り、国民を支える重要な門となっている。
そして、その門の一つ。『セント・クリヌゥス王国東門』が開門した。
「ピャーチ様とホウサイ様が帰られたぞー!門を開けよー!」
「ほんと、騎乗者の一人でも連れてくれば良かった」
「騎乗者じゃないと馬にも乗れませんものね。簡単そうなのに」
いや、聞いた限りだと目線高いし安定しないし怖いし腰痛なるし難しいよ?
いや、聞いた限りだから、実際体験したわけじゃないから。
疲れた顔をして帰ってきたピャーチと、そのピャーチを抱えながらスタスタと、ホウサイが帰ってきたのだ。
「ホーウサーイさーん!ピャーチ様ーー!!」
「ビェールィー!!」
「ゥグッ!?」
門が開いた瞬間、一人の男が女の子を抱き抱えながら、こちらに向かって走ってきた。
そして、その男を見た瞬間、ホウサイは抱えていたピャーチを投げ飛ばし、男の方…『狙撃者』Lv75であり、狙撃部隊副団長を務めている『ビェールィ』の方へと走って行った。
そう、この二人、五年前に結婚して既に女の子一人を出産している夫婦なのだ。
「まーまー!」
「あぁぁ!ただいまオレンジ!ビェールィもただいま」
「無事に帰ってきてくれて良かった…本当に良がっだ」
ホウサイの帰還に涙を流すビェールィ。
その腕の中にいる女の子『オレンジ』は母の方に乗り移り、キャッキャと笑っていた。因みに、最近『まーまー』と『びーりー』を覚えたばかりの一歳と三ヶ月の女の子なのだ。
「…ちょ、あの…ごめん。仲睦まじいことこの上ないんだけど、本当にごめん」
「あー!そうそう!ピャーチ様もおかえ…あ」
満を持してか、何なのか知らないが、ようやく声を発したピャーチの方に三人で振り返ると、そこにはぐったりと倒れ、腰に手を当てているピャーチの姿があった。
「動けない…助けて」
「ピャ、ピャーチ様ァ!」
そして、その姿を見たホウサイは、我が子をビェールィに預け、ピャーチを抱えてクリヌゥス城内部にある医務室へと走った。
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『クリヌゥス城医務室』
「いや、確かにここは普段は使われてませんけど、来る途中に小病院あったのに何でそこに入らないんですか」
「…あ、慌ててて…つい」
「つい、で王国の端から中心のここまで来る人いませんよ!!」
ここは、クリヌゥス城の内部にある、城関係者専用の医務室であり、知る人ぞ知るサボり場の『クリヌゥス城医務室』である。
現在この部屋には、眼鏡をかけ、手にはピャーチのカルテを持った看護服の女性。
『聖職者』Lv83であり、『女性医務室長』の『オウレン』と
普段は風邪などのウイルスを死滅させる魔法薬を制作している、女性でありながら190という高身長をほこる
『魔術師』Lv40の『アロエ』がいるのだが、この二人の他に六人の担当がこの医務室で働いている。
因みに、さっきからホウサイに説教をしているのは、オウレンの方である。
「いや、でも私達武闘家の足の速さなら転移ポートまで一時間だし…」
「その一時間の間にピャーチさんの腰に大分負担がかかりまくってるんです!!いくら近接戦闘のできる狙撃者だからって体力無いんですから無理させないでください!!」
転移ポートとは、この国で色々な場所に転移する為の移動空間であり、移動するのに体力を使わず、数時間かかる所を数分で移動できる工業地帯が開発した発明なのである。
ピャーチを連れてきたホウサイは、床で正座させられ、ピャーチは、成人男性の平均サイズの大きさをしている犬のぬいぐるみを抱えながら、右を向いて寝ていた。
「全くもう…次からはちゃんと近くの病院に連れて行ってくださいね」
「…すみませんでした」
「オウレン先生、魔法薬の調合出来ました」
「じゃあそれを腰の痛む部分と、ついでに足に塗ってあげて。どうせ、移動方法なんて転移石の加工弾なんでしょ?ピャーチさん」
「……当たりです」
転移石とは、このアルス大陸の中心にある霧ヶ峰で採取することの出来る、石を原料として作られた魔法道具であり、転移ポートでもその性質を利用している。
使用方法はマイク〇のエ〇パと同じで、その石を投げ、投げた場所に投げた本人が移動出来るという、移動方法が馬か馬車か歩きか車の四択しかないこの世界には、かなり便利な移動方法なのだがデメリットも当然あり
投げた所から、移動した場所までの負担が長ければ長いほど使用者の負担が増えていくのだ。(Y=X+1)を想像してもらったら分かりやすいかもしれない。
「いくらステータスが高いからって、そんな移動してたら真面目に死にますからね!」
「塗りますよ~」
「いででで…分かった、気を付ける…ッーー!」
「全く、イチ様に報告しに行ってきますから、アロエはそのまま」
「その必要は無いよ」
ガラガラっと、医務室の扉が開いた。そこには、にっこりスマイルをしていながらも、クマが出来て今にも倒れるのではと思わせる程、気力の失った、オレンジを抱える『イチ』と
はぁ…はぁ…と、息を切らしながら一緒に入ってきたビェールィの姿があった。
「ちょ、イチ様!貴方まさかまた無理したんですか!?ほら、オレンジちゃんは預かりますから横になってください」
「ん?あはは、いいのかい?じゃあお言葉に甘え…グー…グー」
「寝るのはっや!?」
オウレンは、眠っているオレンジを預かり、イチをピャーチが寝ている隣のベッドに誘導し横にした瞬間、イビキをしながら深い眠りについたのだった。
「ほら、お母さんなんだからオレンジちゃん抱えてください」
「無理です。足が痺れた」
「…はぁ」
息を切らし、ちょっと喋っている余裕が無いビェールィ。
塗り薬が触れた時の痛みに悶えているピャーチ。
その表情を少し楽しんでいるアロエ。
足が痺れて動けなくなっているホウサイ。
腕の中では、オレンジがすやすやと寝息を立てながら眠っており
ベッドの中では、疲れ果てたイチがイビキをしながら眠っていた。
「ここは地獄か?」
「いいえ、魔術魔法薬研究開発局の方が地獄だったわよ」
「あっ、セプテム様」
そこに、また入ってきたのは、イチの秘書官であり『侍』LvMAXである、『大和』の女王『セプテム』だった。
「さっきイチ様と部屋の前を通ったけど、また爆発してましたわ」
「……あっそこは…」
「ピャーチ。例の物は手に入れましたか?」
「ンッ…ホ、ホウサイが…ッ、持ってルッ!」
「も~動かないで下さいよピャーチ様~」
「アロエ、ピャーチさんで遊ばないで。一応一ヶ月はお仕事できない身体になってるんだから」
全く、と言わんばかりにピャーチとアロエを見るオウレン。
そして、その傍らセプテムはホウサイから紙の束を受け取っていた。
「ん?セプテム様、その紙の束はなんですか?」
「ごめんなさい、機密情報だから教えられないわ」
「は、はぁ。分かりました」
「セプテム。エムパトの様子はどうだ?」
そう、ピャーチは話しかける。
セイに抱き締められながら泣いている姿を城関係者が偶然見たらしく、それをエムパトに伝えたら
【恥ずかし+あんな奴に抱き着いてしまった=死にたい】
との事で、現在仕事をほっぽり出して部屋で縮こまっているのだとか。
「えぇ、今ヨモギさんがいらしてエムパトの話を聞いているそうですよ」
「そうか…ま、でも変に引きづらなくて良かった」
「さ、薬も塗り終わりましたし、もう自由にして大丈夫ですよ。そのタイプの腰痛だと逆に動いてないと治りが遅いので、激しい運動以外は普段通り生活してください。もし駄目そうなら、その日の担当医に仰ってくれたら介護しに行きますから、何時でも仰ってくださいね」
薬を塗り終わったアロエをどかし、カルテに痛みの原因やどう対処したのかなどを記載してから、飲むタイプの薬を【一日二本 朝夕 飯後 六日間計一ダース】渡してきた。
「はぁ、相変わらず一本がデカイな。これ、やっぱり不味いんだろ?」
「そりゃあ、薬苦しって言葉あるくらいですし、薬なんて全部苦いですよ」
「ほんと、せめて飲みやすくしてくれればいいんですけどねー」
「もー、そんな事言うビェールィさんには口封じでも飲ませましょうか?」
ゴゴゴゴ、という音がオウレンの背中側に可視化して見える。
この世界の病気は、大体は魔法薬で治るようになっている。臓器の病気、脳の病気、目の病気など、魔法薬が行き届けられる部分はほぼほぼ完治できる。
出来ない例だと、産まれたばかりの子供が何かしらの病を持って産まれた時は、魔法への耐性が無い『魔術師』や『聖職者』以外の赤ちゃんへの魔法薬投与はリスクの方がデカいので禁止となっているし
病気以外の、骨折や切断系統だと、完全に治すことは不可能とされている。
殆どの病気は完治出来るが、こちらのようにその魔法薬は錠剤飲み薬みたいにコンパクトには出来ない為、飲むのにも時間がかかる。
何かとデメリットもある万能薬なのだ。
「あ、そうだ。この後呑みに行く予定なんだけど、誰か一緒に行く?」
「あ、なら俺行きたいです!チウ様の所ですよね?オレンジもまた会わせたいですし!着いていきます!」
「ビェールィが行くみたいだから、私達も参加します」
「イチ様…イチ様…私達はどうします?」
「ん……いぃくぅ」
「ならアロエ、私達も行きますよ。どうせ酔いつぶれる人が出るんだから」
「はい!わかりました!あ、ピャーチ様は足にも負担がかかってるので、車椅子に乗ってください」
ということで、ピャーチはその痛む身体を起こし、車椅子に座ってから、寝ているイチを起こし、医務室にいる全員と共にクリヌゥス城前へと向かった。
そういえば、先程この世界の移動手段に車が入っていたのを覚えているだろうか。
きっとそれを見た人は
「じゃあ車で移動しろよ」
と、思うかもしれない。というか、私なら思っている。
が、こちらの世界の四角い鉄の箱の車はこの世界にはまだ殆ど出回ってはおらず、それに乗っているのは国のトップ位なものだ。
では、こちらの世界で言う車とは
「さ、皆乗って。行先はバー カマ男だね」
無駄にデカく、無駄に広く、無駄に重い。この世界とはどちらかと言えば不釣り合いしており、現実世界でそれは、観光目的等で使われる車。
そう、バスの事だった。
因みに、このバスは中が二十五人乗りの小型バス(国土〇通省曰く)になっている。
「でも、ピャーチ様ー。なんでこの車にも騎乗者じゃないと乗れない鉄則があるんですかねー」
「ビェールィさんも見てたと思いますが、実際作った製造者の方も操縦席に乗れなかったじゃないですか」
何がダメなのやら。と、ピャーチに質問をぶつけるビェールィに、セプテムがそう答えた。
一話でも『ツー』が戦車戦車物凄い戦車に乗ってたと思うが、あれは単純に『製造者』のツーが無理矢理乗ったことにより、不思議な力が拒否反応をおこしたから暴走していたのだ。
「では、しゅっぱーつ!」
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『バー カマ男』
静かな夜に、落ち着かせるような音楽。
そう、まさしくここは、疲れきった仕事人達の楽園でありオアシス
そんな楽園を経営している者こそ、『武闘家』LvMAXであり、九天神の一角でもある『バー カマ男』の店主『チウ』である。
今日もそんなチウの店に悩める仕事n
「呑め呑めーーー!!!アハハハハハハハハハ!!!!!」
「あ、その唐揚げ取ってー」
「もう!呑みすぎですよイチ様」
「はい、オレンジ。あーん」
「うっるっさいわよ!!あんた達!!!」
拭いているグラスを握り割り、一時間前に来た騒がしくしている七人を叱りつけた。
「えぇーー!いいじゃんチウ様ーー…えへへえへへへ」
「そうだよチウさーん。呑もうよー!」
「あ、ダメね。ビェールィちゃんもいっちゃんも完全に出来上がってるわ」
そこに、バタバタと慌てて登場したのは、水の入ったコップと、揚げ物系の乗ったお皿を持ってきたニョーナイだった。
「こちら、お冷とパーティーセットになるっすー!」
「ほら、オレンジ~。ニョーナイお姉ちゃんが来たよー」
「あ!オレンジちゃ~ん!今日も可愛いっすね~」
持ってきたものをテーブルの上に置いて、ニョーナイはオレンジを抱き抱えながらデレデレになってしまった。
「…はぁ。オウレンちゃんもセプテムちゃんもホウサイちゃんも、なんで止めなかったの」
「なんか、既にアロエが寝ちゃって。そっちの快方に」
「ごめんなさいの一言しかでません」
「いや、娘自慢がしたくて…つい」
オウレンは、チビチビと目の前にあるお酒を飲みながら、寝ているアロエに膝枕をしてあげながら、そのアロエの頭を撫で
セプテムもセプテムで、イチに水を飲ませようとしており
ホウサイは、ニョーナイに娘を自慢したくてうずうずしてた。
「もう、貸切にしたから良かったけど…。んー?」
チウは呆れながら元に戻ろうとすると、視界の端に、割とレアな顔をしているピャーチの姿があった。
「あら?貴方もそんなに酔いやすかったのかしら」
「…チウさん。いや、何だか幸せだなって」
団体から少し離れて、薬を飲んでいるピャーチに、チウは話しかけながら隣に座った。
「……私達が九天神になった時は…大変だったものね」
「いっぱい殺したし。いっぱい死んだし。ほんと、この幸せが嘘のようだよ」
「でも、昨日の海賊といい。やっぱり動きはあるようね。アンフェール帝国」
「あぁ。この国の平和を守る為に。頑張りましょうね、チウさん」
「えぇ、頼りにしてるわ。ピャーチちゃん」
そうして、その日の夜は、全員店の中で潰れ、次の日の朝になるまで、誰も起きなかったのだとか。
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