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[1] 世界は、成立している事柄の総体である。
[1,0]神は死んだままか 前編
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「ねえ安住さん、るいちゃん。
雪の音が、誰かの悲鳴みたいに聞こえない?」
私の運転するパトカーの後部座席の同乗者の一人、九条 須斗羅が車の窓から見える雪景色を目にして口を開く。
彼は端正な顔立ちなのにボサボサの頭と猫背がそれを台無しにしている、陰気で残念な青年だ。
だが、ふとした瞬間にこちらを向く彼の右目は夏の陽光を撥ね返すような鋭い金褐色で、それが父から、いや九条家から継承してしまった「異形」であることを無言で主張している。
かつて「神は死んだ」と哲学者ニーチェは言った。
そして神の如き存在となった、「ニーチェ」のあだ名を持つ私の友人で須斗羅くんの父であえる九条 贄知も、厄介事を残して逝った。
今日は八月二十八日で、哲学者のゲーテが生まれ、ニーチェが葬られた日。
私が現在、車で向かっている場所は標高二千メートルを超え、夏でも季節外れの雪の降る山の頂にある。
「大丈夫だよぉストラ君。お父さんもアタシもついているから」
そう須斗羅くんに声をかけるのは、私の娘である安住 瑠依。
見た目だけなら同年齢女子の標準身長よりも小柄であるが、自称「骨太の包容力と安心感」は確かに仲間内からも評判である。
須斗羅くんが小動物系なら、こちらは大型犬系と言ったところか。言われて見れば彼女の髪型はその広がり方といいフワッとした感じといい大型水猟犬みたいに見えなくもない。
なお二人は同じ大学の文芸部の同級生。と言っても須斗羅くんが一浪、瑠依が現役合格しているため彼の方が年上なのだが。
「なあ須斗羅くん、君の『グノー』で感じるのは、十年前のあの『一月三日』と同じものか?」
私は何気なく、車のミラー越しにそう尋ねる。
⚪︎━━━━━━━━⚫︎
贄知は名前こそ非凡だが、双子の息子と外国人の奥さんを持つ事と、ちょっとだけ良家の出身である事を除けばごく普通の気さくな中年男性であった。
少なくとも、つい10年前までは。
その日を境に九条家が新たな人類『形成者』、略してデミになってしまった事から状況は一変する。
デミウルゴス、それは本来ギリシャ語で「職人」を意味するものの、哲学者のプラトンやグノーシス主義が解釈をねじ曲げ「造世主」の意味を持たせたという曰くつきの言葉である。
わかりやすく言うなら「不思議な能力を行使する魔法使いのような者」と言ったところか。
グノーはグノーシス主義をもじった皮肉で、実は魔法などという生易しく甘美なものですらなくて、かつてグノーシス主義がプラトンの「造成主」という定義を
「愚劣な下級神」と更に曲解したように、世界の法則そのものを思想で強引に「ねじ曲げる」。
なおデミ自身にも大きく二つのルールがあって、一言で言うと「不死」と「不殺」だ。
ルール、「不死」。
デミは基本死なない。
グノーを行使出来るだけでも凄いことなのだが、デミになった彼ら自身も世界の理の輪から外れてしまうようで、致命傷を受けても、身体がバラバラになろうと完全に再生する。
例えば、ロブスターは脱皮により理論上は永遠の命を生きられるが、実際は脱皮不全で亡くなる個体がほとんどだという。
一方、デミの肉体再形成にはそのリスクが存在しない。まだ最初のデミが生まれて10年程のため確証はないが、不老の要素も加味されているだろうと推測される。
ルール、「不殺」。
デミはその不死の代償なのか、「全て」の生物の殺傷が禁じられる。
人が人を殺める殺人行為は当然として、
狩猟や魚を捌く行為、植物を殺す草むしり、さらには微生物を殺す殺菌行為の清掃すら不可能。
そのためデミには執事やメイド、いわゆる使用人達の知識を経験を活かした繊細なサポートが必要不可欠となる。
当然デミがデミを殺す事も出来ないので、世界で一番の悲劇とも言える「親殺し子殺し」は、このルールにより完全に除外される。
さてそんなデミになった九条家当主のニーチェは、その不死性と能力によって政財界を黒幕として裏から支配し、多大な影響力を行使していた。
当然恨みも多く買う事になり、夏でも雪の降る人里離れた僻地に九条家が居を構えているのはこのためで、ここは面倒ごとを避ける為の自然が作り出した要塞だった。
にも拘わらず「不死」のはずのデミのニーチェが亡くなるという緊急事態は、刑事課に所属する私こと安住 蓮を初めとする警察関係者を騒然とさせたのだった。
そしてニーチェの息子で須斗羅くんもまた特殊な能力を持つデミであるが、実は全てのデミが強者で幸せであるとは限らない。
彼のグノーは【受難の暗室】。
未来を感覚で予知する常時発動型のグノーで、見たくないものが突然見えてしまう結果、体調を崩す事もしばしば。
試験当日もその体調不良のせいで受験できずに結果一浪したという訳だ。
⚪︎━━━━━━━━⚫︎
「十年前のあの『一月三日』と同じか?
ええと安住さん、それは分からないです」
その須斗羅くんが私の問いに首を振る。
「でも、言われてみればあの時のインクの匂いのような感じもします。
心臓が、冷たい槍で突き刺されるような……」
雪の音が、誰かの悲鳴みたいに聞こえない?」
私の運転するパトカーの後部座席の同乗者の一人、九条 須斗羅が車の窓から見える雪景色を目にして口を開く。
彼は端正な顔立ちなのにボサボサの頭と猫背がそれを台無しにしている、陰気で残念な青年だ。
だが、ふとした瞬間にこちらを向く彼の右目は夏の陽光を撥ね返すような鋭い金褐色で、それが父から、いや九条家から継承してしまった「異形」であることを無言で主張している。
かつて「神は死んだ」と哲学者ニーチェは言った。
そして神の如き存在となった、「ニーチェ」のあだ名を持つ私の友人で須斗羅くんの父であえる九条 贄知も、厄介事を残して逝った。
今日は八月二十八日で、哲学者のゲーテが生まれ、ニーチェが葬られた日。
私が現在、車で向かっている場所は標高二千メートルを超え、夏でも季節外れの雪の降る山の頂にある。
「大丈夫だよぉストラ君。お父さんもアタシもついているから」
そう須斗羅くんに声をかけるのは、私の娘である安住 瑠依。
見た目だけなら同年齢女子の標準身長よりも小柄であるが、自称「骨太の包容力と安心感」は確かに仲間内からも評判である。
須斗羅くんが小動物系なら、こちらは大型犬系と言ったところか。言われて見れば彼女の髪型はその広がり方といいフワッとした感じといい大型水猟犬みたいに見えなくもない。
なお二人は同じ大学の文芸部の同級生。と言っても須斗羅くんが一浪、瑠依が現役合格しているため彼の方が年上なのだが。
「なあ須斗羅くん、君の『グノー』で感じるのは、十年前のあの『一月三日』と同じものか?」
私は何気なく、車のミラー越しにそう尋ねる。
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贄知は名前こそ非凡だが、双子の息子と外国人の奥さんを持つ事と、ちょっとだけ良家の出身である事を除けばごく普通の気さくな中年男性であった。
少なくとも、つい10年前までは。
その日を境に九条家が新たな人類『形成者』、略してデミになってしまった事から状況は一変する。
デミウルゴス、それは本来ギリシャ語で「職人」を意味するものの、哲学者のプラトンやグノーシス主義が解釈をねじ曲げ「造世主」の意味を持たせたという曰くつきの言葉である。
わかりやすく言うなら「不思議な能力を行使する魔法使いのような者」と言ったところか。
グノーはグノーシス主義をもじった皮肉で、実は魔法などという生易しく甘美なものですらなくて、かつてグノーシス主義がプラトンの「造成主」という定義を
「愚劣な下級神」と更に曲解したように、世界の法則そのものを思想で強引に「ねじ曲げる」。
なおデミ自身にも大きく二つのルールがあって、一言で言うと「不死」と「不殺」だ。
ルール、「不死」。
デミは基本死なない。
グノーを行使出来るだけでも凄いことなのだが、デミになった彼ら自身も世界の理の輪から外れてしまうようで、致命傷を受けても、身体がバラバラになろうと完全に再生する。
例えば、ロブスターは脱皮により理論上は永遠の命を生きられるが、実際は脱皮不全で亡くなる個体がほとんどだという。
一方、デミの肉体再形成にはそのリスクが存在しない。まだ最初のデミが生まれて10年程のため確証はないが、不老の要素も加味されているだろうと推測される。
ルール、「不殺」。
デミはその不死の代償なのか、「全て」の生物の殺傷が禁じられる。
人が人を殺める殺人行為は当然として、
狩猟や魚を捌く行為、植物を殺す草むしり、さらには微生物を殺す殺菌行為の清掃すら不可能。
そのためデミには執事やメイド、いわゆる使用人達の知識を経験を活かした繊細なサポートが必要不可欠となる。
当然デミがデミを殺す事も出来ないので、世界で一番の悲劇とも言える「親殺し子殺し」は、このルールにより完全に除外される。
さてそんなデミになった九条家当主のニーチェは、その不死性と能力によって政財界を黒幕として裏から支配し、多大な影響力を行使していた。
当然恨みも多く買う事になり、夏でも雪の降る人里離れた僻地に九条家が居を構えているのはこのためで、ここは面倒ごとを避ける為の自然が作り出した要塞だった。
にも拘わらず「不死」のはずのデミのニーチェが亡くなるという緊急事態は、刑事課に所属する私こと安住 蓮を初めとする警察関係者を騒然とさせたのだった。
そしてニーチェの息子で須斗羅くんもまた特殊な能力を持つデミであるが、実は全てのデミが強者で幸せであるとは限らない。
彼のグノーは【受難の暗室】。
未来を感覚で予知する常時発動型のグノーで、見たくないものが突然見えてしまう結果、体調を崩す事もしばしば。
試験当日もその体調不良のせいで受験できずに結果一浪したという訳だ。
⚪︎━━━━━━━━⚫︎
「十年前のあの『一月三日』と同じか?
ええと安住さん、それは分からないです」
その須斗羅くんが私の問いに首を振る。
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