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いい匂いで目が覚めた。
「起きたか? 朝ごはんにしよう」
その言葉に、首を傾げる。
……朝ごはん? 夕ごはんは?
あー、あのあと、朝まで寝ちゃったのか。寝すぎた……。
「顔洗って来な」
私の代わりに、お腹がぐぅとナザトに返事をした。
聞こえていないことを願ったけど、バッチリ聞こえていたようだ。楽しそうに笑っている。
何もしなくても、牢番の人が持ってきてくれるのに、どうやらナザトが作ってくれたらしい。
テーブルの上には、トーストにハムエッグ、サラダ、ヨーグルト、それからミルクティーが並んでいる。
ナザトの席にはコーヒーがあるから、わざわざミルクティーを用意してくれたみたいだ。
……あれ? 私、ミルクティーが好きだって、話したっけ?
「ほら、ハチミツもいるか?」
ありがたく受け取り、パンにハチミツをかけた。
これも、私の大好物。
何だろう。ナザトが私を見る目が優しい気がする。相変わらず、目のハイライトはないけども。
「そこの本棚に、ベルが好きそうな本を適当に集めといた。好みに合わなかったり、他に欲しいのがあれば、すぐに言えよ」
「ありがとう」
昨日は、本棚の中身をチェックするだけの余裕がなかったけど、そう言われると、すごく気になる。
何の本があるんだろう……。
「見てくれば? 行儀よくする必要なんか、ないだろ?」
そっか……。
もう、大きな口で頬張って食べても、大声で笑っても、気になることがあって食事中に立っても、大丈夫なんだ。
食事中に立つのは、今日だけにしとくけど。
「ちょっとだけ見てくる」
いそいそと席を立てば、ナザトもついてきた。
「これ、俺のオススメ」
そう言って、指で差した本のタイトルを見る。
どうやら、冒険ファンタジーのようだ。
「8巻まであるんだ……」
「まだ連載中だぞ」
「そうなんだ。こういう小説、久しぶりだなぁ」
ずっと読めていなかったけれど、本当はファンタジー小説が大好きだったことを思い出す。
そういったものを読むのは、令嬢として良しとされていない。冒険やファンタジーではなく、貴族令嬢は恋愛小説が主流なのだ。
両親は放任だったので、王子と婚約する前は何も言われなかった。
けれど、婚約してからというもの、私の行動にチェックが入るようになり、読めなくなったのだ。
その行動のチェックも、ここ数年はなくなっていたけれど。
古代ドラゴンが復活をしたから、私をチェックしている場合じゃなくなったんだろう。
「気に入ったものがあったら、教えてくれ。今度、本屋にも行こうな」
「うん!!」
楽しみだなぁ……。
って、あれ? それって、脱獄だよね?
「牢を勝手に出入りしたら、駄目じゃない?」
「帰って来るんだし、問題ないだろ」
そういうもの? いや、駄目でしょ。
駄目なんだけど、本屋さんには行きたい。すごーく行きたい。
「ついでに食べ歩きもするか。うまいクレープの店もある」
「行く!!!!」
本とクレープのダブルコンボに、脱獄かも……と考えるのはやめた。
お出かけするのが、今から楽しみ過ぎる。
ナザトは、どうしてこんなに私の好きなことを知っているんだろう。
調べた? ううん。つい最近までの私からは、本当に好きなものは分からないはず。
ということは、子どもの時の私を知っている?
初恋の彼が頭を過った。
優しくて、正義感の強い、年上の男の子。
まさか子どもを好きになるなんて……と、自分がショタなんじゃないかと悩んだのも懐かしい思い出だ。
たしか、中身は大人だけど、ベルリムの実年齢に精神が引っ張られてるから、仕方がないってことにした気がする。
彼は魔法が得意で、孤児院が魔物の襲撃を受けた時、みんなを守ってくれたと聞いた。
今、目の前にいるナザトも魔法が得意だ。
それに、名前も瞳の色も同じ。
だけど、昔は瞳に光があった。髪も色が違う。
何より、裏の世界に足を踏み入れるような人じゃなかった。
「……カフカ孤児院って知ってる?」
「ベルの領地にある孤児院だろ? 知ってるよ」
ナザトの返事を聞きながら、カフカ孤児院は、国で一番有名な孤児院になったことを思い出す。
今や、国内の孤児院の手本とされていて、誰が知っていても、おかしくない。
「ナザトは──」
その孤児院にいた? と聞こうとして、やめた。
きっと違うから。
それなのに、もしかしたら彼なんじゃないか……って思ってしまう。
うん、初恋に夢見すぎだな。いつから、こんなに乙女思考になったんだか。
ナザトが初恋の彼だったらいいな……と思っちゃうなんて。
「さっさと食って、本読もうぜ」
その言葉に頷いて、席に戻る。
大口でトーストをかじれば、ナプキンで口を拭かれた。
その手つきは、優しい。
「これからは、楽しいことだけやっていけばいい」
裏切った人が言うセリフとは思えない。
それでも、短い時間で、ナザトに絆された自覚がある。
食べ物につられたかな? それとも、本?
もしかしたら、誰かからの優しさに飢えていたのかも。
自分のチョロさに、少し不安になる。
それでも──。
一人暮らしだと思っていた地下牢での生活。
強制的に同棲になってしまったけれど、思いのほか悪くないかもしれない……と思う。
ナザトが飽きれば、どうせ一人暮らしになるしね。
なんて思っていたのだけど、これから先もずっと一緒に生きていくことになるなんて、この時の私は思いもしないのだった。
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