刑務所の中の運動会~不条理なスタートライン~[神回]

珍 転男[チン コロオ]

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刑務所の中の運動会~不条理なスタートライン~[神回]

刑務所の中の運動会~不条理なスタートライン~[神回]③

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そんなこんなで、いよいよ運動会の本番まで1週間と迫ってきた。この日の為に俺達はどれだけ走り込んだかわからない。

子供の頃の部活の時以来、ここまで自分の身体にムチ打って追い込んだ事は無い。

毎日緊張して夜も寝れなかった。

何せ俺の足に工場の運命が全てかかっているのだ。

ここで下手な事は出来ない。

俺達の工場の応援団も、連日声を枯らして応援の練習を重ねてきた。

今では全員動きもシンクロして、声も全員腹から出ていて声に圧倒される。

「よっしゃ頑張ろう」という気持ちに本当になる。

声の力は大きい。

しかし、社会では不良と言われて忌み嫌われる位目立つ人間が集まって何をこんなに真剣に運動会に取り組んでるのかななんて俺なんかはたまに冷静に考えたりもする。まるで殺し合いが始まるかの様な形相である。

しかし、工場内での厳しい練習や応援の練習に対して、誰一人不平不満を言わなかったし、聞いた事も一度たりともない。

刑務所の中には大切なお約束がある。

例えば刑務所の中での「絶対に言うなよ」はダチョウ倶楽部の「押すなよ」と一緒なのだ。

自分の話した事はすぐに工場で自分以外全員に伝わると思った方がいい。

他人に聞いた話は、刑務所では誰にも口にしてはならない。それが口実で誰かと誰かがビーフにでもなったら責任転嫁されるのがオチだ。すぐに空気パンパンに入る血の濃い人間ばかりだ。

口は災いの元だ。

直ぐに工場から出されてしまう。

だから、誰も絶対に運動会の愚痴は言わない。



本番に向けて、俺の緊張は絶頂に達しようとしていた。

運動会本番の日は、綺麗に晴れていた。

俺は工場のいつもよりも少しゆっくりとした時間に刑務官に呼び出される。

とりあえずは一旦工場にて着替えて、待機させられる。

少しの時間、工場の中でウォーミングアップと談笑。

みんなの顔が生き生きしている。

そこで刑務官の担当の許可を取った工場長の親分の合図で、俺達選手の目の前に応援団がずらっと横に並ぶ。

キビキビしている。

応援団長は、また俺と同じ部屋の高橋さんだ。

元極道らしい非常に慇懃無礼な挨拶から始まる。

応援団長の高橋さんが全員を煽る。

ルフィさながら海賊船の滅茶苦茶懸賞金がかかった船長みたいに叫ぶ。煽る。まるでロックのライブ会場。

「お前らー、戦いの準備は出来たかー?」

「ウォーーーーーーーー!!」

こっち側の俺達は、全員で「ウォー」という雄叫びをあげる。工場内の空気が振動する様な大きな掛け声となった。

覚醒〇を静脈からぶち込む時の様な、アドレナリンやらドーパミンやら我慢カウパー汁やらが出る。

他所の工場からも、こちらが薄ら寒くなる様な気合いの入った怒号が聞こえる。

これは関ヶ原の戦いの現代版やと思った。

俺は戦国時代にタイムリープしてしまったのか?



しかし、この応援団長の高橋さんの絶妙な士気の上げ方で我々の5工場の士気は完全に高まった。

討ち入りするなら今である。

ここで俺達は全員、同じ赤い鉢巻をさせられた。

運動場へ行進して進む。全員顔が高揚して赤らんでいる。那須川天心が年末に試合前にカメラに向けてしてる、あの顔つきだ。

勝つ気満々なのだ。



「イッチ二ー」

運動場まで、いつもより行進の声も大きい。

この時俺が周りを見渡して改めて思った事がある。

俺はこの工場で良かった。

このメンツで戦える事を誇りに思う。

周囲を見渡すと全員一人一人、この人達で良かった、コイツらでホントに心強いなと思うヤツらばかりなのである。

目が合う仲間達とのアイコンタクトで一瞬刑務所に居る事も忘れてニヤっとしてしまう。これを粋と感じるかどうかで不良の技量はきまる。

開会式の最中はずっとご来賓の保育園の園児を少しと園児を連れてきた保育士の姉ちゃんを舐める位じーっと見つめて刑務官に見つかり怒鳴られた。

絶対に後で思い出してシコるからチャラだな我慢などと自分を言い聞かせて自分の席についた。

応援団は絶好調だ。

隣の工場も向かいの工場も、俺達の応援団の「PPAPポン中ver.」に大爆笑している。そこで更に止めの「パーフェクトヒューマンポン中Ver.」が大爆笑で、受刑者がこの時ばかりは泣きながら全員腹をかかえて大笑いしてる。

涙が止まらない。

もう、いつ死んでもいいと思った。

次回、運動会の決戦が始まる。

刑務所の中の運動会[神回]④に続く
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