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第二章 「神に愛されなかった者」

#29 名無しの少女の名前

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【前書き(追々消します)】
今は非表示ですが核心的なネタバレ感想を色々頂いたので、一言だけ。"まだ"です。

 * * *

 予想外のその言葉だったが、俺は小さく頷く。

「……うん、いいな」

 ミヤが提案したそれに、俺も賛同した。

 名前なんてあるのが当然と思っていたが、名前が無いと呼ぶ時もそうだが様々な場面で不便だ。
 これからのことを考えても、このエルフ少女に名前があった方がいいだろう。

 そんなことを思っていたら、ミヤは早速声をあげた。

「新規加入つながりで、イトイやな!」
「却下だ」

 俺は間髪入れずにその案を退けた。
 そもそも名前じゃなくて名字だし。

「じゃあ、ヨシオ?」
「……女の子だぞ」
「た、確かに、そうやね」

 その後もミヤは、バース、グリーンウェル、ウィリアムスと続けたが、全て俺は却下する。
 自分の意見が通らないミヤは釈然としないのか、今度は俺へとそれをふってきた。

「アキラはなんかいい案あるん?」

 と、言われると俺は弱い。
 なんせ生まれてこの方、人の名前なんて付けたことはない。

「えーと、ももとか? あずきとか? きなことか?」
「……なんやそれ、食べ物とか犬の名前とかやないんやで」
「んじゃ、名無しの少女からとってナナシ?」
「ナナシってなんやねん」

 今度は今度でミヤから駄目出しされた。
 その後も、俺たちは名前の案を出し合うがなかなか決まらない。

「名前を付けるのって難しいんやね」

 俺も頷き、その言葉に同意する。
 考え疲れた俺は気分転換に背筋を伸ばしながら、エルフの少女を一瞥した。

 相変わらず不思議そうにこちらを見ているが、自分の名前が議論されているのなんて夢にも思っていないだろう。

「……名前か」

 名前はその人を表すと共に、想いや願いが込められているものと聞いたことがある。
 俺も昔、何で【彰】という名前なのか親に聞いた時にそんな話をされたことがあった。

 想いや願いか。

 もう一度エルフの少女に視線を移す。
 名前の無い、名無しの少女。

 不幸な運命を背負ってきた少女が、そこにいる。
 だからこそ、ありきたりかもしれないが、俺は不幸ではなく、幸せになってほしいと思った。

「名無しの少女か」

 これが彼女を表す、今の言葉。名無しの少女。
 そこで先ほど提案した、ナナシという言葉がまた浮かぶ。
 くるりと脳が回転すると、頭の中でその言葉が浮かんでは、変化していく。

 ――言葉遊びが、始まる。

 ナナシ。
 これを数字に当てはめると、7(ナナ)4(シ)。

 日本では死を連想させる「4」が不幸の数字、忌み数だ。
 逆に「7」はラッキー7と言われるくらい幸運の数字だ。

 不幸ではなく、幸せになってほしい。
 もう一度、その想いが脳へと浮かぶ。

 7(ナナ)4(シ)から、不幸の数字である4を取ると、そこに残ったのは幸運の数字だ。
 7(ナナ)。

「ナナ」

 その言葉が、ポトリと口から洩れた。

「ナナ?」

 ミヤはその言葉を反芻するように復唱した後、しばらくして大きく頷いた。

「ええやんそれ!」

 ミヤがうんうんと何度も頷く。
 ミヤもこの名前が気に入ったようだった。

「実はなぁ、うちが一番最初に提案した選手の背番号も7(ナナ)番やねん!」

 ミヤが賛同したのは、非常にどうでもいい理由だった。
 その後ミヤは、ナナだからなーちゃんと呼ぼうと早くもあだ名へと変換していた。

「よろしくな、なーちゃん」

 名付けられた本人はまだ分かっていないらしいが、このエルフの名前は【ナナ】に決まった。
 名前に籠めた幸せになってほしいという願いが叶うことを信じて、俺もまたその名前を呼ぶ。

「よろしくな、ナナ」

 二つの声に視線を動かす、名前のなかった少女。
 
 無表情なのは変わらない。
 だが、【ナナ】はそれに対して、ほんの少しだけ頭を揺らしてくれた気がした。

 名前が決定したことによる達成感。
 そして、心地よい少しばかりの知恵熱に俺が浸っていた時、その声が耳元へと響く。

「という訳で名前も決まったわけやし」

 ミヤは腕組みをしながら、その言葉を高らかに宣言した。

「入団試験といこか!」
「――へ?」

 俺は思いもよらないそのミヤの言葉に唖然とした。
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