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第二章 「神に愛されなかった者」
#35 初陣とナナの腕前
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毒々しいその紫色が光沢を放つ。
くねくねととぐろを巻いたその形姿は、まるで蛇2匹が合わさって出来たかのよう。
弓がいいだろうといった俺でさえ、その弓に少しばかり嫌悪感を抱く。
まるで印象派の芸術作品のようなその弓は、武器としてはどうかと俺は思った。
「……趣味がよいとはいえないぞ」
そんな俺の感想はいざ知らず、ナナは穴が開くほどにそれを見ていた。
試しに俺が持ってきた弓を目の前でぶんぶんと振ってみるが、身体は微動だにせず、その視線は変わることはなかった。
「そんなにこれが欲しいのか」
でも、いくらするんだこれ。
そう思い、値段を見る。
「え?」
銀貨1枚。
その弓は、手元にある小さめの普通の弓はおろか、恐らくこの武器屋で一番と言っていいほど安い。
「奥にあるその弓ってなんでそんなに安いんですか?」
「ん、弓?」
店主は俺の指す方向を見ると、一瞬硬直する。
そして俺の方向へ居直ると、なぜかその表情は緩んでいた。
「お、お前、この弓が欲しいのか?」
「ええ、興味はあります、一応」
俺じゃなくて、ナナがだけどな。
「ま、まあ、そうだな。見た目がな。あれだからな」
その言葉の最中、一瞬、目が泳いだ店主。
恐らくそれだけの理由じゃないことは明確だ。
"店の顔"の展示部分であるこの場所に、それも銀貨1枚で置く理由。
多くの客の目に触れて、一番売れる可能性があるこの場所に、銀貨1枚の商品。
間違いなく売れても割に合わない。
だとしたら、店主は"よほど"この商品を売りたいのだろう。
そしてなにより、この商品が売れていないこと。
このことから導き出される理由。
「……まあ想像に難くはないか」
売りたくても売れない。売れなくても処分できない。
だとしたら、この弓は……。
「ナナ、本当にこの弓でいいのか?」
「……」
俺のその言葉に、ようやくナナは弓から視線を放す。
そして、こちらに向き、こくと頷いた。
ナナがいいなら、いっか。
そう思った俺は、店主へと次の言葉を投げかけた。
「この弓、タダでください」
* * *
ヘルラルラ平原を俺たち3人と1匹は歩いていた。
「しかし、よータダで貰えたなぁ」
結局あの後、矢を買うことを条件にこの変な弓は無料で貰うことができた。
ナナが大事そうにその弓を両手で抱いている姿を見ながら、ミヤは不思議そうに先の言葉を発した。
「多分これ、いわくつきな武器だけどな」
「へ? そうなん?」
店主の反応と弓の扱い方を見るに、間違いないだろう。
いわくつきの武器だから売れないが、処分するにも、その"いわく"が自分の所に来るのが怖い。
浄化とかもただじゃないだろうし、それだったら新米か馬鹿な冒険者が来るのを待って売りつけてしまえばいい。
おそらくこんな感じだろう。
「はへ~そんなん買って大丈夫やったん?」
「それは俺も少し思ったけど」
その方向を向くと、ナナが嬉しそうにそれを持っていた。
表情に乏しいナナが見せる、その小さな笑みを俺は初めて見た気がする。
「ナナがあそこまで欲しがってた物だしな」
それに、言い方が悪いかもしれないが毒を食らうならば皿までだ。
いわくつきが一人と一つあったって、どうせ変わらないだろう。
「まあ気持ちは分からんでもないわ」
俺に同意したミヤはうんうんと頷いた後、思い出した様に声を上げる。
「で、さっきから気になっていたんやが……うちらはヘルラルラ平原にいるんや? またやくそうでも集めるんか?」
ギルドでの依頼の説明など全く頭に入っていないそのミヤの発言に、俺が答える。
「今回の依頼は、オレンジベリーの収集。その実があるのがヘルラルラ平原の先にある、アグステの森に向かってるところだろ」
ミヤは初めて聞いたという顔をした。
俺はその光景に、少しばかり頭が痛くなった。
「まあ、なんとなく分かったわ。でも、その森は大丈夫なん?」
恐らくミヤは、ナナが大丈夫かと言っているんだろう。
「Fランクの依頼の場所だしそこまで心配はいらないらしい」
「そうなんか」
「それに通り道のここで、最弱のスライム相手にどれくらいやれるかっていうのも見れるしな」
そんなことを話しながら、俺は周りに視線を巡らすと遠目に青いシルエットが見える。
「スライム」
弓を扱う、ナナにとってはいい距離だ。
そう思った俺は、ナナへと向き直る。
「ナナ、あいつを倒してみてくれ」
弓を引くボディジェスチャーをしながら、ナナに言葉をかけると。
ナナはそれを理解したかのように、小さく頷いた。
俺とミヤが注目する中、ナナの攻撃準備が始まる。
一手一手がただたどしいものの、弓を構えるその風貌はいささか様になっている。
最悪、弓をどう扱うかを教えることも想定していた俺にとってはこの時点で既に予想を超えていた。
「なーちゃん、ええ感じやね」
……見よう見まねという感じでもないし、弓を使っていたことがあるのだろうか。
背丈とは不釣り合いな弓を構えながら、スライムに対して狙いを定めるナナ。
ゆっくりとピントを合わせる様に動いていたそれが、すっと止まった瞬間。
ピュンと、弦が鳴る音が響く。
空気を切り裂き、矢が放たれた。
「おお」
その綺麗な軌跡は、一直線にスライムへと向かう
――ような気がしていたのだが、明後日の方向へその矢は向かっていった。
「……あれ?」
弓の構えは良かった。放つまでは完璧だった。
だが、何故か、よく分からないが、矢は全く違う方向へと飛んでいっている。
「はへー、どこいくんやあの矢」
ミヤが眺めるようにして、矢の軌跡を追う。
何がどうしてあの方向へ行くんだろうという疑問と共に、俺もまたその矢の姿を目で追っていた。
明後日の方向へ進むそれ。
ただ、力の伝え方はいいのか。矢の勢いは衰えていなかった。
だが、いつかは止まるだろうと。
ぼんやりと眺めていたその軌跡から目を離そうとしたその刹那。
物理法則が捻じ曲がった気がした。
「ん?」
ぐにゃりと、それはまるで蛇のようにうねり、矢はU字の軌道を描いた。
そこからはまるで巻き戻しを見るかのようだった。
矢が、こちらへと、戻ってくる。
ただ先ほどと異なるのは、その矢尻がこっち向きだということ。
で、それは俺へと向かっているということ。
「……まじ?」
俺の間近に、もう矢が迫っていた。
くねくねととぐろを巻いたその形姿は、まるで蛇2匹が合わさって出来たかのよう。
弓がいいだろうといった俺でさえ、その弓に少しばかり嫌悪感を抱く。
まるで印象派の芸術作品のようなその弓は、武器としてはどうかと俺は思った。
「……趣味がよいとはいえないぞ」
そんな俺の感想はいざ知らず、ナナは穴が開くほどにそれを見ていた。
試しに俺が持ってきた弓を目の前でぶんぶんと振ってみるが、身体は微動だにせず、その視線は変わることはなかった。
「そんなにこれが欲しいのか」
でも、いくらするんだこれ。
そう思い、値段を見る。
「え?」
銀貨1枚。
その弓は、手元にある小さめの普通の弓はおろか、恐らくこの武器屋で一番と言っていいほど安い。
「奥にあるその弓ってなんでそんなに安いんですか?」
「ん、弓?」
店主は俺の指す方向を見ると、一瞬硬直する。
そして俺の方向へ居直ると、なぜかその表情は緩んでいた。
「お、お前、この弓が欲しいのか?」
「ええ、興味はあります、一応」
俺じゃなくて、ナナがだけどな。
「ま、まあ、そうだな。見た目がな。あれだからな」
その言葉の最中、一瞬、目が泳いだ店主。
恐らくそれだけの理由じゃないことは明確だ。
"店の顔"の展示部分であるこの場所に、それも銀貨1枚で置く理由。
多くの客の目に触れて、一番売れる可能性があるこの場所に、銀貨1枚の商品。
間違いなく売れても割に合わない。
だとしたら、店主は"よほど"この商品を売りたいのだろう。
そしてなにより、この商品が売れていないこと。
このことから導き出される理由。
「……まあ想像に難くはないか」
売りたくても売れない。売れなくても処分できない。
だとしたら、この弓は……。
「ナナ、本当にこの弓でいいのか?」
「……」
俺のその言葉に、ようやくナナは弓から視線を放す。
そして、こちらに向き、こくと頷いた。
ナナがいいなら、いっか。
そう思った俺は、店主へと次の言葉を投げかけた。
「この弓、タダでください」
* * *
ヘルラルラ平原を俺たち3人と1匹は歩いていた。
「しかし、よータダで貰えたなぁ」
結局あの後、矢を買うことを条件にこの変な弓は無料で貰うことができた。
ナナが大事そうにその弓を両手で抱いている姿を見ながら、ミヤは不思議そうに先の言葉を発した。
「多分これ、いわくつきな武器だけどな」
「へ? そうなん?」
店主の反応と弓の扱い方を見るに、間違いないだろう。
いわくつきの武器だから売れないが、処分するにも、その"いわく"が自分の所に来るのが怖い。
浄化とかもただじゃないだろうし、それだったら新米か馬鹿な冒険者が来るのを待って売りつけてしまえばいい。
おそらくこんな感じだろう。
「はへ~そんなん買って大丈夫やったん?」
「それは俺も少し思ったけど」
その方向を向くと、ナナが嬉しそうにそれを持っていた。
表情に乏しいナナが見せる、その小さな笑みを俺は初めて見た気がする。
「ナナがあそこまで欲しがってた物だしな」
それに、言い方が悪いかもしれないが毒を食らうならば皿までだ。
いわくつきが一人と一つあったって、どうせ変わらないだろう。
「まあ気持ちは分からんでもないわ」
俺に同意したミヤはうんうんと頷いた後、思い出した様に声を上げる。
「で、さっきから気になっていたんやが……うちらはヘルラルラ平原にいるんや? またやくそうでも集めるんか?」
ギルドでの依頼の説明など全く頭に入っていないそのミヤの発言に、俺が答える。
「今回の依頼は、オレンジベリーの収集。その実があるのがヘルラルラ平原の先にある、アグステの森に向かってるところだろ」
ミヤは初めて聞いたという顔をした。
俺はその光景に、少しばかり頭が痛くなった。
「まあ、なんとなく分かったわ。でも、その森は大丈夫なん?」
恐らくミヤは、ナナが大丈夫かと言っているんだろう。
「Fランクの依頼の場所だしそこまで心配はいらないらしい」
「そうなんか」
「それに通り道のここで、最弱のスライム相手にどれくらいやれるかっていうのも見れるしな」
そんなことを話しながら、俺は周りに視線を巡らすと遠目に青いシルエットが見える。
「スライム」
弓を扱う、ナナにとってはいい距離だ。
そう思った俺は、ナナへと向き直る。
「ナナ、あいつを倒してみてくれ」
弓を引くボディジェスチャーをしながら、ナナに言葉をかけると。
ナナはそれを理解したかのように、小さく頷いた。
俺とミヤが注目する中、ナナの攻撃準備が始まる。
一手一手がただたどしいものの、弓を構えるその風貌はいささか様になっている。
最悪、弓をどう扱うかを教えることも想定していた俺にとってはこの時点で既に予想を超えていた。
「なーちゃん、ええ感じやね」
……見よう見まねという感じでもないし、弓を使っていたことがあるのだろうか。
背丈とは不釣り合いな弓を構えながら、スライムに対して狙いを定めるナナ。
ゆっくりとピントを合わせる様に動いていたそれが、すっと止まった瞬間。
ピュンと、弦が鳴る音が響く。
空気を切り裂き、矢が放たれた。
「おお」
その綺麗な軌跡は、一直線にスライムへと向かう
――ような気がしていたのだが、明後日の方向へその矢は向かっていった。
「……あれ?」
弓の構えは良かった。放つまでは完璧だった。
だが、何故か、よく分からないが、矢は全く違う方向へと飛んでいっている。
「はへー、どこいくんやあの矢」
ミヤが眺めるようにして、矢の軌跡を追う。
何がどうしてあの方向へ行くんだろうという疑問と共に、俺もまたその矢の姿を目で追っていた。
明後日の方向へ進むそれ。
ただ、力の伝え方はいいのか。矢の勢いは衰えていなかった。
だが、いつかは止まるだろうと。
ぼんやりと眺めていたその軌跡から目を離そうとしたその刹那。
物理法則が捻じ曲がった気がした。
「ん?」
ぐにゃりと、それはまるで蛇のようにうねり、矢はU字の軌道を描いた。
そこからはまるで巻き戻しを見るかのようだった。
矢が、こちらへと、戻ってくる。
ただ先ほどと異なるのは、その矢尻がこっち向きだということ。
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