王族との婚約破棄

基本二度寝

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貴方は「君のためだった」などどおっしゃいますが

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我が公爵家の美しい庭園には、季節の花が色とりどりに咲き誇っている。
その花たちを楽しんでいる所に、招かれざる客人がやってきた。

「全ては伯爵家の犯罪を探るためだったんだ」

目の前には、ティテーブルを挟んで元婚約者である第二王子が我が物顔で座っている。
先触れなしに押しかけてきておいて、我が家の侍女にお茶を集る厚かましい男。

「そうですか」

夜会の場で盛大に婚約の破棄を宣言された。

もう彼は婚約者でも何でもないのだが、一体何しにやってきたのだろうか。
婚約破棄などなかったかのように、婚約を結んでいた時と同じ顔で馴れ馴れしくされるのも困るのだが。
曲がりなりにも一応彼は王族なので、無下にはできない。

…したいけれど。

「あの伯爵家には黒い噂があったものでね。娘の令嬢と仲を詰めて内情に触れようと試みたんだ」

聞いてもいないことをペラペラと喋り始めた。

「まぁそんな私の行動のかいあって伯爵家を捕縛できたわけだけれど、…ああ、ありがとう」

侍女が用意したお茶を一口飲んで、微笑む。
侍女の冷めた視線にも全く気づいていない。

「少し渋いお茶だね。でも美味しいよ」

「左様ですか」

侍女の冷たい対応にも、もろともしない。

「それで、だ。そろそろ戻らないか?」

「何をでしょう?」

「婚約関係を、だよ」

話の文脈が繋がらなくて、首を捻った。
婚約者だったころから会話が成り立たない相手だった。
突拍子もない彼の思考に、自分だけでなく周囲も頭を抱えていた。

求人募集できるなら殿下の通訳を急ぎ求めたいところだ。

「事件は解決した。に婚約破棄という形で遠ざけただけだからもう我慢しなくていいんだよ」

私が何を我慢しているというのだろう。

「お言葉ですが。我慢とは一体何のことでしょうか。私にはもう婚約者がおりますのでなにか問題が発生すれば彼に相談致しますが…?」

「ああ、婚約破棄されて当て付けのようにすぐ決めた男なんてろくな奴じゃない」

第二王子は大げさに肩をすくめてみせる。

「そんなことはありませんよ。殿下と伯爵令嬢が流した【冷血】やら【可愛げがない】やら【爵位を笠に着て嫌がらせを行うような人間】やらの噂で地に落ちた私の評価を気にせずに求めて下さった方ですから」

彼のことを想うと、顔に熱が集まる。
口元が意図せず緩めば、第二王子はぽかんと口を開けていた。

「…君ってそんな可愛い顔で笑うんだね。知らなかったよ」

「そうでしたか?確かに…新しい婚約者を迎えてからよく笑うようになったかもしれませんね」

自覚はなかった。
ただ、使用人や家族も同じように言っていた。
婚約者である彼に言えば、
「そうなのか?君はいつだってよく笑っていたけれど」
と不思議そうに首を傾げていた。

「…うん。なら問題ないね。もともと君は美人だし、可愛らしく笑うようになったならもう大丈夫だよ。これからも僕が君を愛してあげるから」

…はい?
この人の方が大丈夫なのだろうか。

すでに婚約破棄しているし、別の方と婚約したとちゃんと伝えたよね?
どうして愛するなどと言われなければならないのか。

(気持ち悪い…)

というか、私の婚約破棄を叫んだ現場でこのお方は伯爵令嬢と婚約を宣言したはずではなかったか。

悪事を働いていた伯爵当主を捕らえ、情状酌量で見逃された伯爵令嬢と婚姻した第二王子は、婿入り先として伯爵家の立て直しを陛下に命ぜられて、その件は決着したと聞いていたのだが…。

「私には婚約者はおりますし、殿下からの愛など必要ないのですけれど」

「拗ねてるの?」

「…はい?」

どうしてそうなるのだ。
不思議そうに首を傾げる第二王子。
誰か本気で通訳して欲しい。
全く会話が成り立たない。

困り果て、出さぬつもりにしている感情が溢れそうになったその時、

「スヴェア」

ひょっこりと公爵家の庭園に顔を出したのは、新たに縁を結んだ婚約者の姿。
彼は三日あげずに会いに来てくれている。

「イェンス!」

はしたなくも席を立って婚約者に駆け寄った。
腕を広げて迎えてくれるのでついそのままその胸に飛び込んでいく。
淑女としてあるまじき行為だけれど、我が邸の敷地内ということで許してほしい。
護衛も侍女もいつもの事なので生温かく見守っている。

「待たせたか?悪い」

「ううん。大丈夫」

騎士団に所属する彼は、警邏のついでに此処に立ち寄る。
そして、ここで一緒にお昼と休憩を取るのが常となっている。

「…君は」

イェンスは第二王子の存在に気づいて、騎士の礼をした。
正式なものでは無く簡易的な礼式になったのは、スヴェアが離れないし胸に抱えているので仕方がない。
それに、ここは王城でもない。

「待って。君がスヴェアの新しい婚約者?君って、...確か伯爵令嬢の婚約者だったよね?なんでこんなことになってるの?」

第二王子は眉を寄せて不機嫌をにじませている。

「はい。以前はあの伯爵家の令嬢と婚約しておりました」

「だよね?なら彼女を返すよ。だからスヴェアを返して。いいよね?」

スヴェアは不安気に見上げるとイェンスは不敵に笑っていた。

「お断りします」

「へぇ…男爵家の三男坊風情が公爵令嬢の相手など少し夢見すぎではない?」

「あの一件で褒賞としてスヴェアを望みましたので、誰かに遠慮する必要もありません」

「褒賞…?」

「殿下が事件を掻き回すより以前から、我々騎士団が内偵に入っておりました。ちなみに、私がこの件の担当指揮官でした」

伯爵は黒い噂が立つ前から騎士団に目をつけられていたのだ。
事件が解決して機密がなくなってから、スヴェアもこの件の詳細を話して貰えた。

「掻き回す!?何を言うんだ!私のお陰だろう!?あの家に踏み込めたのは!」

「…そうですね。もうあのタイミングで踏み込まなければ殿下は重度の薬物中毒になっていたでしょうから。」

「っ、その事は」

第二王子は罰が悪そうに、ちらちらスヴェアを見る。
そして、あまり具体的な話をするなと言わんばかりに、イェンスを睨む。

「踏み込んだ時、殿下が薬物に侵され、伯爵令嬢と全裸で睦み合っていたんでしたっけ?」

スヴェアは知っていた。
全て包み隠さずイェンスは話してくれていた。

「なっ」

「事件が解決して一年近く経った今、此方にいらしたのはようやく薬物が抜けたからでしょうか」

第二王子は青い顔をして口をぱくぱくさせていた。

「私は今十分幸せですので、どうぞ殿下もお幸せに」

表情筋を最大に駆使した、婚約者イェンスが他の男に見せては駄目だという笑みで返すと、第二王子の顔色は真っ白になった。


何が「君のため」だ。


スヴェアと結婚し公爵への婿入りが不満で、大公爵を賜るために功績を上げようと、騎士団が内偵している事件に首を突っ込んだ結果、伯爵令嬢の身体に溺れ、薬物を投与されて傀儡になりかけていた。

第二王子が、王族が関わったせいで、伯爵は大それた夢を見て、罪は重くなった。
同情の余地はないが、その伯爵はすでに粛清されている。

伯爵令嬢はまだ、薬物の後遺症が残っているらしく、記憶が曖昧なようだった。
彼女は実父であった伯爵に薬物を盛られて道具にされていた事で、情状酌量を得た。
その代わり屋敷からは出られない身体になってしまったようだけれど。


しばらくすると、イェンスが呼んだ近衛騎士がやって来て、呆然とする第二王子を引きずるように連れて行った。
どうやら殿下は教育係から逃げ出してきたようだ。


王子のこの様子では伯爵当主も務まるとは思えない。

けれど、縁の切れているスヴェアにはもう、関係のない話だった。
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