悪魔を捕らえられなかった王子

基本二度寝

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エクノリアは侍女を連れ、上機嫌に王太子の執務室に入った。

日は落ち、空に星がきらめく時間。

エクノリアの欲求を満たすこの時間が、一日の中で一番好きな時間だ。


「今日もお疲れ様です。殿下」

執務室のソファに座り、エクノリアは扇を仰ぐ。
虚ろな目をした王太子がエクノリアを映すことはない。
政務を終え、糸が切れたように執務机の椅子に腰掛けたままそこに居る。
王太子の側近も、側で立ち尽くしているだけで顔をこちらに向けることもしない。

「ロシナンテ、だったかしら。貴方の婚約者だったご令嬢は、貴方の従兄と結婚したわよ。従兄が貴方の家の養子に入ったらしいわ。めでたいわね」

ロシナンテと呼ばれた側近は唸り、急に動き出すと壁に頭を打ち付けた。

「貴方が、あの夜会でわたくしに盛ろうとしたあの薬を用意したのが従兄だったのでしょう?
貴方とその婚約者令嬢のために用意した薬で、ここまで運命が変わってしまうなんて…わからないものね?」

一時側を離れた侍女が、戻りエクノリアの前にカップを置いた。

「従兄に確認したけれど、彼も媚薬だと思っていたようよ。商人には【惚れ薬】だといわれていたようだけれど。普通は信じないでしょう?ただの売り文句だと思っていたみたいよ」

「惚れ、薬…?」

「服用した後、愛し合うことで相手に夢中になる。まぁ眉唾な代物だけれど」

どの国も、怪しい薬は見つかり次第魔法薬科学の検査に掛けられる。
この薬も調べられたが、被験者に惚れの症状は見られず、軽度の発汗作用がある程度だったと報告があった。
微量の興奮剤という結果で公表されていた薬だった。

しかし、エクノリアは魔術師としてこの薬には、惚れの効果があると考えていた。
そういった魔法科学の実験で選ばれるのは平民が多数だ。
貴族の人間が被験者に選ばれることは滅多にない。

貴族に、しかも高位貴族の血にのみ反応するように作られていたとしたら?

そんな神掛かった力を持つ魔術師が過去に居た。

勝手に師と仰いだその偉人の痕跡を、エクノリアはその薬から感じた。
根拠はない。勘、でしかない。

けれどニリアーナの結果が、エクノリアの直感を裏付けた。それだけではない。

「でもね、貴方の従兄の彼、初夜に使ったようなのよ。貴方の婚約者だった令嬢に」

彼女も、ニリアーナの様に薬を服用した後から夫となった男に惚れ込んだ。過去の婚約者だった男への情など見せもせず。

ロシナンテが頭を打ち付けるの止めた。

「彼女もすごかったようよ?何が、なんて私の口からは言えないけれど。
アレを飲んだあの夜のニリアーナ義姉様のような感じ…、といえば想像できるかしら?」

ロシナンテの従兄の報告なので多少話は盛っているだろう。
それでも令嬢の乱れっぷりにやられたのだと笑顔で語る男は、少しばかり従弟への申し訳なさも示した。
それを伝えてやるつもりはない。

ロシナンテは耳を塞ぎ、ブツブツと何かを繰り返し呟きはじめた。


エクノリアはロシナンテから視線を王太子に向ける。

ビクリと怯える王太子は、自分に目を向けられたことで、次の獲物が自分だと知っているのだ。

「ニリアーナ義姉様はあの夜から最短の三月で婚姻を成しました。貴族では異例ですが、子が宿ってしまっているかもしれなかったあの状況では、しかたありませんよね?

命じたのは、貴方なのですから」

王太子は首を振る。

「ち、がう、…私が、それを命じたのは、エクノリアに、対してで」

「あらあら、自分の婚約者を他人に抱かせるご趣味が?」

王太子は再び首を振る。

「平民の後に使といっていたそうですがそれはどういう意味で?」

「それ、は」

思い当たる事があるのか、答えにくいのか、王太子は口を噤んだ。

「私はその報告を…誰から聞いたと思います?」

急にがたがたと震える次期国王の哀れな姿にもエクノリアは躊躇はしない。
ザクリザクリと彼の心を切り刻む。

「もちろん、義姉様から聞いたのですよ?ロシナンテも誘って二人ががりで、なんて。貴方方はなんという、鬼畜なのかしら」

とうとう耐えきれなくなったのか王太子は奇声を上げた。
それに反応したのはエクノリアの侍女で、王太子に猿轡を噛ませた。

「皆寝静まる夜なのですよ?お静かに」

カップを取って香りを楽しむ。
王太子の絶望の色は、エクノリアの茶受けに丁度いい。


「お前を、お前をもっと早く断罪できればっ」

壁との対話をやめたロシナンテがエクノリアに吠える。
その後ろから侍女が容易くロシナンテを組み伏した。

「離せっ、小間使いが!…っ!お、前はっ」

自分を床に押さえつける侍女が、王太子の侍女だとロシナンテは気づいた。

従兄からもらった媚薬と信じていた小瓶を託し、エクノリアのグラスに入れろと命じた侍女だ。

「はい。エクノリア様に渡すべきグラスが、どういうわけかニリアーナ様の元に渡ったようで。会場から出て苦しそうに泣いていらしたニリアーナ様を休憩室にお連れいたしました」

しれっと事情を白状した侍女に悪びれる様子はない。
この侍女がお膳立てしたのだ。

敵はこんなにも近くにいた。

甘かった。
ロシナンテは叫び声を上げると、後頭部に打撃を食らい意識を飛ばした。

「猿ぐつわがなかったので…申し訳ありません」

女の謝罪は、遠くに消えていく。

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