爵位の乗っ取りを計画していたはずが、何もかも失った男

基本二度寝

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ルークは侯爵家の三男だった。
家督を継げない為、生きていくには婿入りか手に職をつけるしかなかった。
なんとかコネで文官になれたものの、元々やる気もないため雑用のような仕事しか与えられない。
どんどん出世していくの後輩たちに恨めしい気持ちはあるが、努力をしようという気概は持ち合わせていない。


そのルークが獲物として選んだ、伯爵令嬢シェスターニャ。
わざとぶつかって出会いを演出し、面識を持つと毎日のように会いに行き、心にもない愛をささやき続けて、婚姻まで漕ぎ着けた。

シェスターニャは甘い言葉に頬を染めるようなタイプの令嬢ではない。

熱心に求婚すれば「ふーん。そう、ちょうどよかった」というお使いでも頼まれたような返答だった。

なにが『丁度よい』だ。
彼女はルークとさほど年齢は変わらない。
女なら『行き遅れ』だ。

まぁ、結婚できればこちらの物だ。


王都にある屋敷。
まだ真新しいその屋敷の主はなんと彼女だという。
両親は他国でのんびり過ごしているらしい。
使用人の質も実家と違いかなり高いものだった。
そこにルークは転がり込んだ。

新婚だというのにシェスターニャは婚姻届を出したその日すら仕事で屋敷に帰ってくることなく、王城に篭りきりだった。
ルークは早々に結婚休暇をとり、さっそく平民の愛人エルサを屋敷に招き入れた。
使用人は弁えており、新たに屋敷の主となったルークに意見することなく自分達の仕事をこなした。

結婚式もせず、書類に名前を書いただけで夫となったルークは、書類上の妻の存在を無視するように、寝具の上でエルサと睦み合う生活をしていた。

結婚休暇が明ける頃には、当主の仕事を引き継がねばならない、という名目で文官職を辞した。
誰に引き止められることもなくあっさりしたものだった。

伯爵家の生活は快適そのもの。
伯爵家の財力は知らなかったが、エルサが望むドレスや宝石を買い、二人は屋敷で好き勝手に振る舞った。



三ヶ月ぶりにシェスターニャの顔を見た。
屋敷を訪れた彼女は、相変わらずボサボサの頭に、大きな眼鏡、暗い色のローブ姿だった。

「そちらの方は?」

シェスターニャは初めて会うエルサを不思議そうに見つめた。

「僕の愛する人さ」

ルークはエルサの肩を抱いてキスをする。

「そう」

「君が戻ってこないから彼女に妻の代わりをしてもらっていたんだ」

「へぇ」

「役に立たない妻ならうちには必要ないかと思うんだが」

「そうなの?」

「主として言うよ。君はもう必要ない」

「それは離縁、ということかしら?」

「そうだね。書類を用意してあるから名前を書いてくれたらそれで良いよ」

シェスターニャはなんの迷いもなく署名した。

「本来なら慰謝料請求をする所だけど、それは勘弁してあげるよ、君に財産はないだろうしね」

入り婿で入籍し、離縁届には妻の実家の爵位を夫が受け継ぎ当主となる項目にチェックをいれておいた。シェスターニャは気づいていなかったようだけれど。
屋敷は妻の不出来の慰謝料代わりに頂戴する。
爵位も屋敷もルークのものだ。

シェスターニャは署名だけすると、そのまま屋敷を出ていった。
何かを持ち出そうとしたら咎めるつもりだったが、出された茶の一杯すら飲まずに出ていってしまった。

ルークはいそいそと離縁届を提出したすぐ後に、エルサとの婚姻届を提出した。

晴れて夫婦となった二人はその夜はいつも以上に愛し合った。



「…?なんだ」

目覚めるとルークは違和感を感じた。

いつも朝起こしにやってくる家令が来ていない。
窓を見れば日は随分傾いていた。

「ゆっくりしすぎたな」

眠る愛人、いや新妻となったエルサにキスを落として部屋を出た。

「誰か」

声をかけるが人の気配がしない。

屋敷を歩き回って、使用人が一人も居ないことに気づいた。

「どういうことだ…」

ルークは頭を捻った。

ああ。…これは元妻の嫌がらせだ。

元々彼女の屋敷にいた使用人なのだから、彼女の言いなりだったのだ。手を打つべきだった。
しくじった。

舌打ちをして頭を掻きむしった。

「あんなに有能な使用人を奪うとは…やはり慰謝料請求すべきだったな」

執務室の机には金があった。帯のついた紙幣の束が一つ。
贅沢になれていたルークにとってははした金だ。

これで新たな使用人を雇えということか。
ふんと鼻を鳴らした。

まぁいい。次の使用人はルーク好みの若く可愛らしい女を雇おう。
妄想で怒りを飛散させている所に、愛しの妻が起きてきた。

「誰もいないの…どうして?」

シェスターニャの嫌がらせだと言えば、可愛い顔を歪ませていた。

「大丈夫。すぐ新しい人を雇う」

安心させるように抱きしめると、可愛い妻が擦り寄ってきた。
あんな芋女の嫌がらせなどに負けない。

ドンっ!

急に屋敷の扉が開いたと思えば、甲冑に身を包んだ騎士がどやどやと入ってきた。

「な、なんだ!?お前たちは」
「お前たちこそなんだ。この屋敷は王家の所有物だぞ。速やかに退去せよ」
「何を言う!ここは私の屋敷だ!」

騎士が書面を広げて見せた。

「この屋敷は陛下から魔法学士シェスターニャ様へ提供されたものだ。学士様が返却されたので屋敷は王家に戻された。速やかに退去せよ」

「そんな馬鹿な!ここはあいつの生家だろう!?」

騎士達は顔を見合わせて首を傾げた。

「学士様の出身は、かの魔法王国なのだからこの国に生家などあるはずないだろう」

「魔法王国…?」

「学士様は外交の一環で我が国で教育と研究をされている。我が魔法師団の技能向上に助力してくださった」

外交?
…確かにあの女は両親は他国にいると言っていたが、まさかこの国の者ではなかったなんて。

「待て、ならば…あの女の爵位は、」

騎士は眉を上げ、なぜそのような質問をするのだと言わんばかりだ。

「祖国では伯爵家だとおっしゃっていたが。
この国での位はない。陛下より叙爵を打診されたが本人が辞退したと聞いている。元々国を去る方だったしな」

「爵位は、ない…?国を去る…?」

「言っただろう?彼女は外交の為に我が国に派遣されているだけだと」

そんな話は聞いてない。
あの女からはなにも聞いていない。

「待ってくれ。俺は彼女と結婚していた。夫婦なのだから妻の物は俺にも権利はあるはずだ」

馴染んだ家を失いたくはない。
この屋敷は実家である侯爵家より快適だったのだ。

「馬鹿なことを。学士様は『宿無しに雨露しのぎに場所を貸した』と言っていたが、その恩人を妻と主張するのか」

学士様は王城の与えられた部屋で過ごしていた。
提供された此方の屋敷には殆ど足を運んだことはない。
彼女の私物がこの屋敷にないのが証拠だ。
生活の痕跡がないのに、夫婦を主張するのか?と馬鹿にされた。

「使用人に聞き取り調査を行うか?」

騎士は薄く笑っている。
そうしてくれ!と言いかけて止めた。

使用人の前で女主人のように振る舞っていたのは、エルサだ。
ルークは使用人達に一度もシェスターニャの夫だと名乗ったことはなかった。
ならば、妻は誰かと聞かれれば、間違いなくエルサだと答えるだろう。

よくよく考えれば、あの女シェスターニャを妻だと認識していたなら、使用人達は愛人エルサの存在にもっと違った反応をするはずだ。
実際は、彼らは疑問もなく受け入れていた。
それはただの客人としての態度だったのかとようやく気づいた。

「まってくれ!届け出が!婚姻届を出した!確認してくれ!」

この三ヶ月、社交の場には出ていない。
平民のエルサを同行させるわけには行かないが、そもそも誘いがなかった。
そのことに疑問も持たず、あの女を連れて行く場がなくて良いとばかり思っていたのだが、こうなってしまえば一度も夫婦として公に姿を見せなかったことを後悔していた。

「ルーク…」

エルサは心配そうにルークの袖を握る。
だがそんな彼女を振り払い、気遣う余裕はなかった。

しばらく後に騎士が届けた内容に言葉を失った。

「婚姻の受理は一件だけ。侯爵家ルークと平民エルサ。お前たちのものだけだ」
「この婚姻で、お前は侯爵家から除籍しているな」

「なんだって」

「確かに、婚姻届提出前に離縁届も提出されていた。お前の署名のみの届けが。
しかし、誰とも婚姻の事実がないのでそちらの書類は廃棄されたようだ」

婚姻事実がない…?

あの時、婚姻届の書類に確かに名を書いた。
王城務めのあの女に提出を任せた。

「まさか、あいつ、提出してなかった、のか…?」

離縁届はルークが提出した。
エルサとの婚姻のため、離縁届と婚姻届を受理してもらうためにルークは自分で提出した。

「違う違う違う!結婚休暇だって取った!受理されたんだ!結婚実績はあるに決まってる!」

「…それ、書類不備の連絡つかずで【有給】扱いになってますが」

!!
そうだ、結婚休暇には結婚証明も添付提出しなければならない。
証明添付などなく、申請しかしていない。
しかも連絡先の変更なんてしていない。連絡は実家に行ったのだろう。

兄たちに大見得を切って家を出てきた。
相手は誰だと聞かれたとき答えなかったのは、あのボサボサ頭の陰気な女だと知られたくなかった。
だから兄たちもルークの居場所など知らず連絡がとれなかった。


元文官としてあるまじき確認不足の数々。
結婚証明の発行に気づいていれば。
職場と連絡がついていれば。
兄たちに相手の名前を伝えていれば。
社交の誘いがないことを訝しんでいれば。

もっと早くに婚姻事実がない気づいていただろう。

「私は、あの女に騙されていた!」

騎士たちは顔を見合わせる。
本日何度めかの呆れ顔だ。

「私に爵位を譲ると!当主になってほしいと!結婚してほしいと!そういって婚姻届に署名したんだ!」

そんなこと一言も言っていないのはわかっていたがどうにかしないと明日からの生活が困る。
必死に騎士たちに騙されたと訴えた。

「あの学士様が?恋愛より研究が好きなあの方が?自国に素晴らしい婚約者のいるあの方が?なぜお前のようなちっぽけな子息を望むんだ」

「学士様の情報は王城勤務の役人には開示されているぞ。何も知らなかったなどありえないだろう。全員、歓迎式典にも出ているはずなのに」

もちろん、式典なぞ退屈なものはサボって寝ていた。
らちがあかないと騎士たちは頭を掻いた。

「最近導入した魔道具使ってみますか?」
「ああ、自白君と嘘発見君か。性能が凄いらしいな。サンプルを集めれば捜査で正式採用するらしい」
「俺なんかデータ集めのために、妻の得意な性技までげろっちゃいました…」

ルークは戦慄した。
今なら、ただの狂人だ。あの女と結婚していたと喚くだけの男。
しかし先程の嘘がばれ、爵位の乗っ取り計画を口走ればもう後はない。

ルークは身動きが取れなくなっていた。


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