悪女の巣食う園

基本二度寝

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「侯爵家令嬢レイシアとの婚約の破棄を宣言する!」

年頃の男女、貴族と平民が共学する学園の昼時の中庭。

注目を浴びる男女がその中心にいた。

「そうですか」

「ふん。嘆きもなしか。やはり貴様は心のない悪女なのだな!」

レイシアを悪女呼ばわりする婚約者、いや元婚約者のニール公爵子息は男爵令嬢を侍らせて罵った。

「ふっ」

またこの男爵令嬢だ。

「何がおかしいっ!」

「いえ。午前中もそのように言われているご令嬢がおりまして…。
今月だけで30名。この学園には『悪女』が蔓延しておりますのね」

くすくすと笑う。
それはレイシアだけではなく、周囲からも聞こえてきた。

レイシアにしてみればようやく自分の番が、と思ったくらいだ。

「今までの婚約破棄の場に、なぜかいつもそちらのご令嬢がいらっしゃいますね?」

話題のご令嬢はビクリと身体を震わせ、ニールの後ろに隠れた。

「それがどうした!お前は彼女に何をした!」

「いいえ?なにも」

「嘘をつけ!」

「おかしなことをおっしゃいますのね」

くすくす。
笑う声は大きくなる。
ニールはこの場の雰囲気に妙な感覚を持った。

「と、ともかく貴様とは婚約を破棄させてもらう!」

「かしこまりました」

レイシアはきれいな礼をとり、この場を去った。
ニールはそれを忌々しそうに見送った。


男爵令嬢ミュリーがこの学園にやってきてから、高位貴族の子息達が婚約を破棄し続けている。
なぜかいつも子息の傍らには男爵令嬢ミュリーの姿があった。



一番に気がついたのは、友人の男爵令嬢リナリーだった。


「男爵令嬢リナリー!お前との婚約は破棄させてもらう!
同じ男爵家の令嬢ならこのミュリー嬢のほうが気立てが良いからだ!平民上がりの男爵家とは違ってな!」

リナリーは婚約者であった伯爵子息に破棄を宣言された。

驚きのあまり口元を覆い、リナリーは大きな瞳に涙を浮かべてその場から去った。

レイシアは心配して後を追い、誰もいない裏庭に着くと彼女は泣き叫んでいた。


「あんのくっそぽんこつ男があぁあぁぁっ!
伯爵家の人脈ごっそり頂いて事業拡大するつもりがよぉぉぉっ!!ふっざけんなぁっ!」

リナリーは王都で有名な大店の娘だった。
もともとは平民だったが、家業の功績により爵位を賜った。

伯爵家とはもちろん政略結婚であり、男爵家は伯爵家に金銭的支援を行っていた。
男爵家としては伯爵家がもつ人脈を手に入れ貴族にも繋ぎをつくる為のものだった。

「リナリー…大丈夫?」

「大丈夫じゃないわよぉぉぉ私の事業計画がパアよ…」

ぐすぐすと泣きすがる彼女は愛らしいのだが…

「これがぁ…これがぁ…」と呟きながら、指で輪を作り、お金を意味するハンドサインを示す。
普段は貴族令嬢として美しい所作をする彼女だが、誰もいないところではこのように素に戻る。

相手の方が身分が上なので、男爵家としては泣き寝入りするしかないのだが。

「こうなったら、慰謝料と違約金がっぽりいただいてやる」

商人らしく黒い笑みを浮かべ、目的を素早く切り替えた。

そんな彼女が警戒したのが、伯爵子息のそばに居た男爵令嬢ミュリーのことだった。
商人の勘、と本人は言う。

「あの女。天然がわざとかわからないけど、嫌な感じがする。レイシアの力で他の令嬢に注意喚起できない?」


リナリーの忠告に従い、レイシアは令嬢達に警告した。

初めこそ懐疑的だった令嬢たちも、リナリーの婚約破棄の後に続くように他の子息も次々破棄を宣言していったことを受け、真摯に受け止め対策を行っていた。

貴族の婚約は殆どが政略的なものだったので、婚約の破棄は相手に縋ることもなく淡々と処理された。
破棄を宣言されれば、王都で噂になる前に速やかに次の婚約を結んで行った。


夫人達の茶会では、娘達の婚約相手の変更の理由を正確に伝達した。
破棄された婚約相手の子息達が、同じ令嬢を傍らに侍らせていたことには皆、眉をひそめた。

一人の男爵令嬢に群がる子息たちはなにも考えていないのだろうか。

どんなに愛しくとも、彼女は一人。
競争率は日に日に上がっていっているわけで。


婚約を破棄された貴族の令嬢たちは、男爵令嬢ミュリーが興味の対象外である下位貴族、婚約者がいない子息たち、遠縁や自領の優秀な者、はたまた他国の子息に狙いを定め、早々と次の婚約を結んでいった。


レイシアは婚約破棄を予期して、すでに父親には説得してあった。
まさか本当に公爵家の三男が婿入りを拒否するなど考えてもいなかった父親は、簡単にレイシアの再婚約時の希望の相手を認めていたことを悔いた。

破棄後は屋敷で働く庭師が新たな婚約者となった。
密かにレイシアが懸想していた男であった。

破棄された令嬢の中には自分と同じように屋敷で働く者と縁を繋ぐ者もいた。



学園で高位子息のほとんどは婚約者がいなくなっていた。
皆、ミュリーを婚約者にすると思っていた。

多くの男を手玉に取った気でいたミュリーは甘く見ていた。

婚約者になるように子息たちから責められ始めた。

やがて痺れを切らした子息がミュリーを犯した。
これで自分と結婚するしかないと無理矢理純潔を奪った。

ミュリーは別の子息に泣きついた。
汚されたと。

そうしたらその子息に慰められ、犯された。

懲りずにそれを何度も繰り返して結局ミュリーは子息たちの慰み者に成り果てた。
他の男の手垢まみれのミュリーを婚約者にしたいという子息はいなかった。


子息たちは、いざ新たな婚約者を探そうとしたときにめぼしい令嬢はいなくなっていた。
新たな縁を結び、他国へ移ったり平民と結ばれたものは結婚までしていた。

ニールも婚約者探しに難航して、レイシアに復縁要請をしたが、彼女はすでに結婚していた。


「レイシア、君を傷つけてすまない。」

「そうですか」

「平民と結婚など苦労するだろう?私とならば苦労させない」

「浮気性の男が苦労させない、と?」

レイシアは笑った。

「これから愛するのは君だけだ!」

「ご心配なく。私の心配をするのは私の身内だけで結構ですので」

いつかのようなきれいな礼をして、彼女は去る。


友人たちと楽しげに話す声を聞いた。

「もう、昼間仕事しているはずなのにあんなに体力あるなんて…」

「レイシアは愛されてますのね」

「リナリーも気に入った殿方に出会えてよかったわ」

「レイシアのおかげです。」

くすくす。
悪女たちは笑い合う。

レイシアの遠縁の子息で領地で暮らしていた、数字にめっぽう強かった男をリナリーに紹介した。



学園に巣食う悪女達は皆幸せになっていた。

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