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十 デムロック
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トルクトの両手足を縛り、再び物置に放り込んだ。
ずっと何かを喚いていたが、あれだけ元気なら一食抜いても大丈夫だろう。
メイドに明日から食事を運ぶ際は私兵を連れて行くように伝え、デムロックは自室に戻った。
古書の表紙を撫でる。
『当主論』
また手元に戻ってくるとは思っていなかった。
この書物はかなり古い物だ。
トルクトのようなガサツな人間の手に渡れば、悲惨な状態になると思っていたのに、ほどんどダメージを受けていない。
レオネルは「アルシオーネが放置していて埃塗れの本を返しづらそうにしていた」と言っていたが、おそらくそれは嘘だろう。
本の何処にも雑に扱われた痕跡はない。
表紙の細かい装飾にも、もちろん埃の一つもない。
湿気にも日光にも弱い書物は、その状態から大事に保管されていたと思われる。
アルシオーネに大切にされていた。
おそらく、アルシオーネはトルクトを。
デムロックなら彼女を大事にしたのに。
デムロックが婚約者だったら…。
始めこそ父は、アルシオーネをデムロックに嫁がせてもらおうと言っていた。
伯爵家には男児がいる。
アルシオーネの年の離れた弟。
だから、縁のある我が家に、デムロックに嫁いでもらおうとしていたのに。
しかし、トルクトの将来を不安視した父は、伯爵に無理を言って婿入りを申し入れた。
デムロックには侯爵家を、トルクトには伯爵家を二人で力を合わせて盛り上げていけるよう、父は願った。
そう上手くは行かないだろう。
無駄に高いプライドのせいで、トルクトは伯爵令嬢のアルシオーネを蔑ろにし始めた。
けれど、デムロックは窘めなかった。
弟の婚約など破綻すれば良いと思っていたから。
トルクトに愛想を尽かせたアルシオーネに婚約を申し込もうと思っていた。
アルシオーネの気持ちが落ち着いたら。
そう悠長に構えていたる内に、下位貴族に掻っ攫われた。
騎士団に出向いたのは謝罪の名目で、やんわり婚約の辞退を促すつもりだった。
男爵家の者が伯爵令嬢を娶るなど図々しい。
奇しくも兄も弟と同じ考え方をしていた。
「レオ、無理言ってごめんね」
「無理じゃないけど?親父が好きな女の我儘は叶えてやるのが甲斐性だって言ってたし」
「おじ様ったら」
くすくすと笑うアルシオーネの声が扉越しに聞こえた。
トルクトとの婚約中は一度も聞いたことがないアルシオーネの笑い声。
案内役は、隊長室と掲げられたプレートのある扉をノックし、来客を告げ、デムロックを中に促した。
「レオ。私はここで」
「ん。ギアに送らせる」
「職権乱用でしょ」
「乱用するために役職についてるんだよ?」
「もう」
男はアルシオーネの頬にリップ音をさせて口づけると、入り口に居た案内役を「ギア」と呼び、アルシオーネを託した。
「お仕事邪魔してごめんね。邸で待ってる。ギアさんお手数をお掛けして申し訳ありません」
アルシオーネはデムロックと目を合わせなかった。
トルクトと婚約していた時に面識はあったのに。
まるで他人のように振る舞われた。
デムロックの心は折れた。
アルシオーネはトルクトと共にデムロックの存在も無かったことにしたいのだと、その振る舞いで理解した。
騎士団の第二隊長に、心のない口先だけの謝罪をした。
その時、家宝とも言える書物を返却された。
アルシオーネなら自分の手で返しただろうに、先程の態度から見ても、もう関わり合いたくないとそういうことなのだろう。
デムロックの心は再び折られた。
「次男もあんたくらい分別のつく男だったらよかったのにな」
アルシオーネに折られた心を目の前の男に見透かされたようだった。
「…愚弟でも、他人のしかも下位の貴族如きに言われる筋合いは、」
「次はない。次アルシオーネに付きまとえば、貴族名鑑からその名が消える」
年下の癖に、デムロックよりも貫禄ある物言い。
役職がそうさせるのか、もともとそういう人物なのか。
「それは、命を取るという脅しか…?」
それには簡単に頷けない。侯爵家の矜持があった。
「違う。通告だ。脅しなどぬるいことはしない。ましてや命を取って簡単に終わらせたりしない。やるなら、生きながらに殺す」
年下の隊長は口角を上げて笑う。
しかしその瞳は、全く笑っていない。
デムロックは震える指先を握りしめた。
「大事な弟なんだろう?これからも奴を弟と呼びたいのならば、徹底的に管理しておけ」
ずっと何かを喚いていたが、あれだけ元気なら一食抜いても大丈夫だろう。
メイドに明日から食事を運ぶ際は私兵を連れて行くように伝え、デムロックは自室に戻った。
古書の表紙を撫でる。
『当主論』
また手元に戻ってくるとは思っていなかった。
この書物はかなり古い物だ。
トルクトのようなガサツな人間の手に渡れば、悲惨な状態になると思っていたのに、ほどんどダメージを受けていない。
レオネルは「アルシオーネが放置していて埃塗れの本を返しづらそうにしていた」と言っていたが、おそらくそれは嘘だろう。
本の何処にも雑に扱われた痕跡はない。
表紙の細かい装飾にも、もちろん埃の一つもない。
湿気にも日光にも弱い書物は、その状態から大事に保管されていたと思われる。
アルシオーネに大切にされていた。
おそらく、アルシオーネはトルクトを。
デムロックなら彼女を大事にしたのに。
デムロックが婚約者だったら…。
始めこそ父は、アルシオーネをデムロックに嫁がせてもらおうと言っていた。
伯爵家には男児がいる。
アルシオーネの年の離れた弟。
だから、縁のある我が家に、デムロックに嫁いでもらおうとしていたのに。
しかし、トルクトの将来を不安視した父は、伯爵に無理を言って婿入りを申し入れた。
デムロックには侯爵家を、トルクトには伯爵家を二人で力を合わせて盛り上げていけるよう、父は願った。
そう上手くは行かないだろう。
無駄に高いプライドのせいで、トルクトは伯爵令嬢のアルシオーネを蔑ろにし始めた。
けれど、デムロックは窘めなかった。
弟の婚約など破綻すれば良いと思っていたから。
トルクトに愛想を尽かせたアルシオーネに婚約を申し込もうと思っていた。
アルシオーネの気持ちが落ち着いたら。
そう悠長に構えていたる内に、下位貴族に掻っ攫われた。
騎士団に出向いたのは謝罪の名目で、やんわり婚約の辞退を促すつもりだった。
男爵家の者が伯爵令嬢を娶るなど図々しい。
奇しくも兄も弟と同じ考え方をしていた。
「レオ、無理言ってごめんね」
「無理じゃないけど?親父が好きな女の我儘は叶えてやるのが甲斐性だって言ってたし」
「おじ様ったら」
くすくすと笑うアルシオーネの声が扉越しに聞こえた。
トルクトとの婚約中は一度も聞いたことがないアルシオーネの笑い声。
案内役は、隊長室と掲げられたプレートのある扉をノックし、来客を告げ、デムロックを中に促した。
「レオ。私はここで」
「ん。ギアに送らせる」
「職権乱用でしょ」
「乱用するために役職についてるんだよ?」
「もう」
男はアルシオーネの頬にリップ音をさせて口づけると、入り口に居た案内役を「ギア」と呼び、アルシオーネを託した。
「お仕事邪魔してごめんね。邸で待ってる。ギアさんお手数をお掛けして申し訳ありません」
アルシオーネはデムロックと目を合わせなかった。
トルクトと婚約していた時に面識はあったのに。
まるで他人のように振る舞われた。
デムロックの心は折れた。
アルシオーネはトルクトと共にデムロックの存在も無かったことにしたいのだと、その振る舞いで理解した。
騎士団の第二隊長に、心のない口先だけの謝罪をした。
その時、家宝とも言える書物を返却された。
アルシオーネなら自分の手で返しただろうに、先程の態度から見ても、もう関わり合いたくないとそういうことなのだろう。
デムロックの心は再び折られた。
「次男もあんたくらい分別のつく男だったらよかったのにな」
アルシオーネに折られた心を目の前の男に見透かされたようだった。
「…愚弟でも、他人のしかも下位の貴族如きに言われる筋合いは、」
「次はない。次アルシオーネに付きまとえば、貴族名鑑からその名が消える」
年下の癖に、デムロックよりも貫禄ある物言い。
役職がそうさせるのか、もともとそういう人物なのか。
「それは、命を取るという脅しか…?」
それには簡単に頷けない。侯爵家の矜持があった。
「違う。通告だ。脅しなどぬるいことはしない。ましてや命を取って簡単に終わらせたりしない。やるなら、生きながらに殺す」
年下の隊長は口角を上げて笑う。
しかしその瞳は、全く笑っていない。
デムロックは震える指先を握りしめた。
「大事な弟なんだろう?これからも奴を弟と呼びたいのならば、徹底的に管理しておけ」
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