素顔を知らない

基本二度寝

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「さて、話が逸れたね。…隣国からやってきた聖女を此処へ」

国王が従者に声を掛けると、扉が開き見知った髪色の女が現れた。

薄気味悪い黒い髪と黒い瞳。
暗い容貌の女は部屋に入ると、国王に向かって膝を折った。

「ああ。楽にしていいよ。これは非公式の訪問だからね。ですよね?王太子殿下」

隣国の王にそう言われてしまえば、王太子も追随するしかない。

「…無礼は問わない」

暗い女は姿勢を正すと「何か御用で」と王太子に向かってぬけぬけと答えた。

「…我が国が水害に見舞われている。力を貸してほしい」

相変わらずの陰湿な雰囲気の聖女に対し、しぶしぶながら要件を伝えた。
コレを連れ帰り、国の災害をどうにか収めなければ、王太子は引き継ぐ国を失ってしまう。

王太子が下手に出た発言をしたが、聖女は何も映していない瞳でじっと此方を見返すだけだった。

「…おい。返事をし」
「それだけですか?」

「…なに?」

それだけですか?」

聖女はじっと王太子を見つめている。

「国王陛下から聞いていた話と違いますね」

「なに…?」

王太子は国王に視線を戻した。
どういう事かと問うつもりで。

「確かに話が違うね」
「一体何なんですか」

国王は送られてきた書状を持ってこさせて、読み上げる。

「『聖女に謝罪し、助力賜る』とあるけど。『謝罪』はなかったように思うね」

国王の言葉に王太子は顔を顰め、睨みつけた。
いつもビクビクと震えていた聖女がこんなにも傲慢になっているとは思いもしなかった。

王太子の顔を見た国王の美しき正妻が怯え、夫にしがみつく。
夫は優しく妻を抱き、王太子を視界に入れぬよう彼女の頭を撫でる素振りで自然に視線を遮った。

「そのような顔をしないで欲しいんだけど。不満があるなら早く国へ帰ってもらって構わないよ」

国王に、薄く笑われながら発せられた言葉は、提案ではなく命令だとさすがの王太子も理解した。

それに、女神を怯えさせるつもりもなかった。

「も、申し訳ございません」

「私への謝罪は必要ない」

ピシャリと言い切られると言い訳もできない。

「謝罪すべき相手は、私では?」

黒髪の聖女はニヤリと笑う。
顔を伏せ、怒りの面を隠したまま、王太子は聖女に詫びた。

お前を追放すべきではなかった。申し訳ない、と。

「頭が少し…高くありませんか?」

聖女のその言葉に、王太子の目の前が真っ赤になる。

貴、様ごとき。

怒りで震える指先を握りしめ、王太子は毛足の長い絨毯に頭をこすり付けた。

頭をすぐに上げようとして、押さえつけられた。

「短い」

ぐっと後頭部を押され、再び額をつく。
実際よりも長く感じたその時間に耐え、重みが無くなってようやく頭を上げることができた。

その段階になって気づいた。

聖女の勝ち誇った顔を見上げて。

彼女の足が下ろされるのを見て。


王太子は薄気味悪い女に頭を踏みつけられていたのだと。

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