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「…答えは?」
レンニアーネは黙ったまま佇んでいた。
王太子を囲うように件の者たちが並ぶ。
勝ち誇る笑みを浮かべる令嬢を憐れみ、此方を忌々しそうに睨みつける騎士団長の子息、宰相の子息、そして魔術士団長の子息に嫌悪を向けた。
「どうなんだ。答えろ」
焦れた宰相の子息が声を荒らげる。
「どうとは?」
「殿下との婚約の破棄を受け入れろ」
騎士団長の子息がその長身から見下ろし、威圧する。
レンニアーネは、扇で隠して溜息を吐いた。
「…殿下。私は何度も進言いたしましたが」
「もういいよ。君の言葉は聞き飽きた」
「殿下…」
王太子殿下は首を振り、隣にいた令嬢が心配げに彼を気遣う。
こちらからは見えていないと思っているのだろうか、彼女の腰に手を回し、引き寄せ、尻を撫でているのはわかっている。
令嬢も頬を染め恥ずかしがってはいるが、止めさせようとはしない。
再び漏れそうになるため息を押し殺す。
レンニアーネは何度も警戒せよと伝えた。
身体を使い色香で惑わせる者が居る。
自分が惑わされることはないと自信満々だった彼は、今自分が置かれている状況を理解していない。
「婚約破棄は、本気でいらっしゃいますか」
「当たり前でしょ?態々僕らが証人として立ち会っているわけだし」
魔術士団長の子息は、煩わしそうにレンニアーネに書面を差し出した。
「婚約破棄の同意書、ですか」
この書面に署名をすれば、王命であった婚約も破棄されてしまう。
二度と縁を結べぬ精霊の契約。
父の怒りは買うかもしれないけれど、その程度で縁が切れるならこれ以上の幸運はない。
「後悔は、ないのですね?」
「何度も何度も煩い。私は口うるさいお前を煩わしいと思っていたよ。早く署名を」
此方も喜々と署名をしたいところだが、臣下として形だけの引き止めも必要なのだ。
笑みを隠して、ゆっくり署名する。
相手にはそれが如何見えているのか。
せめてもの抵抗とでも勘違いしてくれていたらいい。
書き損じで婚約破棄が認められなかったなんて事にはならないように慎重に、丁寧に、己の名を記す。
書き終えペンを置いたと同時に、レンニアーネと王太子の純潔を護る結界が解除された。
婚姻が成るまで、互いに純潔を守るための制約魔法も婚約破棄と同時に解かれた。
「ははっこれで婚約は破棄された!ようやく君と結ばれる事が出来るよ」
「嬉しいです」
王太子殿下は腰を抱いていた令嬢を抱きしめた。
「おめでとうございます」と祝福する子息らに、嫌悪の目を向けて、レンニアーネは部屋を辞した。
屋敷に戻り、父に報告をすれば、怒声を浴びせられたが、早く訂正して頂かねばと慌てて城に向かった。
王太子の独断で勝手に、しかし契約の力で婚約破棄した以上、もうどう足掻いても再び婚約者に戻ることはない。
深夜遅くに帰宅したらしい父は、翌朝もひどく疲れた様子だった。
レンニアーネにぶつける苛立ちもないほどに。
「…次はまともな縁談を組んでやる」
父の言葉を期待はしてなかったが、婚約破棄された傷者にはもったいないほど、名のある武人を紹介されて、レンニアーネは婚約破棄後間もなく新たな婚約を果たした。
新しい婚約者との仲睦まじさは、少しばかり婚姻が早まるほどではあった。
あれほど縁を持ちたがった王家と距離をとった父が、あの日、王城で国王陛下とどんな話し合いをしたのか、娘のレンニアーネに話す事はなかった。
敢えて此方から尋ねることもしない。
出会ったときからレンニアーネに素直な好意を示してくれた夫を煩わせるつもりもない。
知れば関わりを持ってしまう。
世の中には、知らなくていい事もあるのだと、レンニアーネは知っている。
レンニアーネは黙ったまま佇んでいた。
王太子を囲うように件の者たちが並ぶ。
勝ち誇る笑みを浮かべる令嬢を憐れみ、此方を忌々しそうに睨みつける騎士団長の子息、宰相の子息、そして魔術士団長の子息に嫌悪を向けた。
「どうなんだ。答えろ」
焦れた宰相の子息が声を荒らげる。
「どうとは?」
「殿下との婚約の破棄を受け入れろ」
騎士団長の子息がその長身から見下ろし、威圧する。
レンニアーネは、扇で隠して溜息を吐いた。
「…殿下。私は何度も進言いたしましたが」
「もういいよ。君の言葉は聞き飽きた」
「殿下…」
王太子殿下は首を振り、隣にいた令嬢が心配げに彼を気遣う。
こちらからは見えていないと思っているのだろうか、彼女の腰に手を回し、引き寄せ、尻を撫でているのはわかっている。
令嬢も頬を染め恥ずかしがってはいるが、止めさせようとはしない。
再び漏れそうになるため息を押し殺す。
レンニアーネは何度も警戒せよと伝えた。
身体を使い色香で惑わせる者が居る。
自分が惑わされることはないと自信満々だった彼は、今自分が置かれている状況を理解していない。
「婚約破棄は、本気でいらっしゃいますか」
「当たり前でしょ?態々僕らが証人として立ち会っているわけだし」
魔術士団長の子息は、煩わしそうにレンニアーネに書面を差し出した。
「婚約破棄の同意書、ですか」
この書面に署名をすれば、王命であった婚約も破棄されてしまう。
二度と縁を結べぬ精霊の契約。
父の怒りは買うかもしれないけれど、その程度で縁が切れるならこれ以上の幸運はない。
「後悔は、ないのですね?」
「何度も何度も煩い。私は口うるさいお前を煩わしいと思っていたよ。早く署名を」
此方も喜々と署名をしたいところだが、臣下として形だけの引き止めも必要なのだ。
笑みを隠して、ゆっくり署名する。
相手にはそれが如何見えているのか。
せめてもの抵抗とでも勘違いしてくれていたらいい。
書き損じで婚約破棄が認められなかったなんて事にはならないように慎重に、丁寧に、己の名を記す。
書き終えペンを置いたと同時に、レンニアーネと王太子の純潔を護る結界が解除された。
婚姻が成るまで、互いに純潔を守るための制約魔法も婚約破棄と同時に解かれた。
「ははっこれで婚約は破棄された!ようやく君と結ばれる事が出来るよ」
「嬉しいです」
王太子殿下は腰を抱いていた令嬢を抱きしめた。
「おめでとうございます」と祝福する子息らに、嫌悪の目を向けて、レンニアーネは部屋を辞した。
屋敷に戻り、父に報告をすれば、怒声を浴びせられたが、早く訂正して頂かねばと慌てて城に向かった。
王太子の独断で勝手に、しかし契約の力で婚約破棄した以上、もうどう足掻いても再び婚約者に戻ることはない。
深夜遅くに帰宅したらしい父は、翌朝もひどく疲れた様子だった。
レンニアーネにぶつける苛立ちもないほどに。
「…次はまともな縁談を組んでやる」
父の言葉を期待はしてなかったが、婚約破棄された傷者にはもったいないほど、名のある武人を紹介されて、レンニアーネは婚約破棄後間もなく新たな婚約を果たした。
新しい婚約者との仲睦まじさは、少しばかり婚姻が早まるほどではあった。
あれほど縁を持ちたがった王家と距離をとった父が、あの日、王城で国王陛下とどんな話し合いをしたのか、娘のレンニアーネに話す事はなかった。
敢えて此方から尋ねることもしない。
出会ったときからレンニアーネに素直な好意を示してくれた夫を煩わせるつもりもない。
知れば関わりを持ってしまう。
世の中には、知らなくていい事もあるのだと、レンニアーネは知っている。
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